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2005年11月

2005年11月27日 (日)

ブラザーズ・グリム

監督がテリー・ギリアムでコスチューム物でファンタジー、これは劇場のスクリーンで見なくては、ということで観てきました。
期待にたがわず面白かった。
ストーリーは、グリム童話でもなくグリム兄弟の伝記でもないけれど、随所にグリム童話の雰囲気はちりばめられている。
これを見てグリム童話がわかるというのではなく、グリム童話を読んだことのある大人が見てクスッと笑うという映画。ただし、かなりブラックユーモアの部分が多い。
特にギリアムファンでなくても楽しめると思うけれど、「バロン」とかモンテイ・パイソンを知っているとより楽しめるかな。
ギリアム作品ではないけれど、ティム・バートンの「スリーピー・ホロウ」を見ていると、もっと楽しいと思う。

森の魔女のモニカ・ベルッチがとても美しくて、テリー・ギリアムは、映像美とか人を食ったユーモアのセンスとか好きな点はいろいろあるけれど、「美人でなくてはいけない役」に美人をキャスティングするところも好き。
あと、「魔法の豆」が効いていた。
主役の2人は、現実的な兄ウィルのマット・デイモン、夢想家で伝説の蒐集をしている弟ジェイクのヒース・レジャーともに良かった。
特に、マット・デイモンにあんなにコスチュームプレイが似合うとは思いませんでした。

英語圏の映画だからしかたがないんだけれど、ウィルヘルムがウィル、ヤコブがジェイクというのは、ちょっと違和感があったな。

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2005年11月24日 (木)

いわゆる「映画評」について

他人の視点を知るのは面白いので、映画評や感想を読むのはわりと好き。
自分の感想と違ったりすると「えーっ」と思うこともあるけれど、自分が見落としていたことに気づかされたりすることもあるし、読んだ映画評がきっかけで映画を見に行きたくなることも、たまにですがあります。
ただ、そういう中で、映画に点数をつけたりランクを付けたり、というのは、実はちょっと苦手。
雑誌の映画評のページであるとか映画サイトのユーザーレビューの星の数なんかは、最初からそういうシステムだと思って見るせいか特に気にならないのだけど、せっかく面白いと思って読んだ個人のblogの感想の最後に採点やランクが出てくると、正直がっかりしてしまう。
映画に限ったことではなく、何かを数値化する以上は条件を整理してデータとしての正確性を追求すべきだと思うので、個人の好き嫌いという要素が少なからず入った、適当というか漠然とした数値は、情報として見るとあまり価値がなく、それよりは気持ちの入った文章のほうが読み手にとっては有益な情報だと思う。(少なくとも私にとっては。)
それと、どういう動機であれ「映画を見る」、特に「劇場に観にいく」というのは、自分にとっては(ちょっと)特別な時間なので、そうやって観た作品に点数をつける・ランクをつけるということが感覚的になじまない、というのも一つにはある。個人的な感じ方ですが。

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2005年11月21日 (月)

外国人が見た日本?

映画館で「SAYURI」の予告編を見た。
テレビで流れているCMの映像にも軽い違和感を感じていたけど、スクリーンで見るロング・バージョンの予告編はそれどころの騒ぎじゃなく、思わず絶句。
髪型も着物の着付けも色使いも、そして女優の表情も日本じゃないし、お寺が関帝廟に見えた。

予告編で映画を判断すると失敗することがあるのは承知しているけど、ストーリーはともかく、映像の色使いは1分だろうが2時間だろうがあまり大差はないはず、と思うのです。

今までも、外国映画の中の数々の「妙な日本」を見てきたし、いちいち腹を立てたりはしなかった。
日本や日本人をパロディ化したものはむしろ余裕で笑えるし、考証を厳密にしろというつもりもない。
ないんだけれど、「SAYURI」(の予告編)の微妙な「これは日本じゃないぞ」加減には、受け入れがたいものを感じてしまった。
お金をかけて真面目に作っているらしいだけに、よけいに。

これが「外国人が見た日本」だとしたら、イヤな現実を見たというか、なんだかがっかり。
日本人に潜在的な美意識を自覚させようという壮大な作戦じゃないか、と思いたくなるくらい、強烈な違和感だった。

追記:
邦画で花柳界を描いたというと、思い浮かぶのは「香華」かなー。
何年か前にBSで放映されたのを見たけど、原作でかなり補完しながら観たので、映画自体がどのくらい詳細に描いていたかは思い出せない。それと京都と東京の違いもあるし。
とりあえず有吉佐和子の原作は面白かったです。

-----+-----+-----
具体的なところで一番強く違和感を感じたのは、「襟」。
襟の抜き方と襟元の合わせ方と。

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2005年11月20日 (日)

探偵事務所5”~5ナンバーで呼ばれる探偵達の物語~

先行ロードショーで「探偵事務所5」を観てきた。
これがすっごく面白かった。
常からお金を払って映画を見る時は、粗さがしよりは楽しもうというのが信条だけど、この映画は文句なしで、面白い映画を見た幸せを味わえた。
映画の中で完全に架空の世界を作り上げていて、それがとてもスタイリッシュ。
ディテールを見るのがとても楽しかった。
あと、音楽もかっこ良くて、サントラがほしくなったくらい。
登場人物のキャラクターも物語もしっかりしていて、飽きずに楽しめました。

以下、ネタばれ

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高橋尚子、東京国際女子マラソン優勝

故障していたということで、無理して大丈夫かと心配していたけれど、これは快挙というか、うれしいニュース。
これで高橋に何かあったら、陸連を思いっきり罵倒していたかもしれない。
アテネ五輪出場はともかく、その前の世界陸上に関しては、シドニーとベルリンマラソンの実績を考慮して、トライアルなしで出場という措置をとるべきだったと今でも思っている。
結果を残した人にプライオリティがあるのは自然なことで、実績のない選手たちと同じスタートラインに立たせる必要などはなかった。
過去の栄光で無期限に優遇しろというのじゃなく、直近の実績くらいは評価対象にいれても罰は当たらなかったと思う。

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2005年11月16日 (水)

再びラヴァーズ・キス(追記有)

「曽根崎心中」の道行の詞が「ラヴァーズ・キス」の原作、映画両方で重要なモチーフとして使われているのだけど、それがとても美しくて印象的だった。

此の世の名残り夜も名残り 死ににゆく身をたとふれば あだしが原の道の霜 ひと足ずつに消えてゆく 夢の夢こそあはれなれ

近松門左衛門は子供向けの現代語訳でいくつかは読んだことがあったけど、原文がこんなに美しいとは知らず、不明の至りでございます。
古典は王朝時代の十二単の世界のほうが好きでーとか、世話物はあんまり好きじゃなくてーとか、いろいろ理由はあったんだけど。

で、原作をじっくり読んでみて、先に「ラヴァーズ・キス」の原作を読んだ人は、映画のここが不満だろうなーなんてところも、なんとなく見えてきたような気がする。

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「無視」に対する過敏な反応

最近、高校生が起こした2つの事件のうち、静岡のタリウム事件のほうが異常性・特殊性は感じるけれど、身に迫った怖さというのは感じない。
この事件を起こした女子高生の行動に、以前から兆候はあったとはいうものの、それに周囲が気づかなかったことを安易に責める気にはなれない。
たとえば中学の文集に書いていたという「尊敬する人」にしても、グレアム・ヤングが毒殺犯だとわかる教師というのは、そうはいないはず。
(すぐにピンとくる教師というのも、それはそれでどうかと思う。)
私もタリウムときいて、アガサ・クリスティの「蒼ざめた馬」を連想したりはしたけど、グレアム・ヤングの名前はこの事件で初めて知ったし。
少女の家族にしても普通の人たちのようだし、自分のなかに存在しない異常性に気づくというのは、なかなか難しいものだと思うのです。たとえ我が子であっても。

でも、町田の事件には身近でも起こりうる怖さがある。
動機とされている「無視されたから」というのに強くそれを感じた。
少し前に、blogだったかで「携帯電話を忘れて外出して、メールをくれた友人に返信できなかった。そしたら、友人が無視されたと怒っていた」と書かれているのを見かけたことがあって、非常にありふれた日常の出来事なのだけれど、「無視されたと思って怒る」という感覚がちょっと怖いなと感じたのを思い出した。
たまたま連絡が取れなかったとして、何かあったのかと心配したりすることはあっても、一足飛びに「無視された」とは思うことはない、というのが、今までならば「普通の感覚」だったと思うのだけど、それが普通でなくなってきているんだなーと。
短絡的に「無視した・された」に結びつける感覚が、今の若い子たちの間では(おそらく)普通のことになってしまっているみたいである。
一方的に誰かを好きになることとか、思い込みが強すぎたりということならば昔からよくあることだけど、「無視」に対する過敏さ、我慢のきかなさは今の時代特有のものであるような気がする。

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2005年11月14日 (月)

鏡の歌(乱歩地獄)

「乱歩地獄」を観てきたのだけど、視覚的にグロいのはやっぱり苦手であることを再確認。
スカパーで放送された完成試写会で、主演俳優3人のコメントのうち、浅野忠信と松田龍平の腰が引けていたのはキャラなのかと思ったけど、映画の内容と関係があったのかもしれない。
ただし第2話の「鏡地獄」は良かった。好きかっていうと微妙だけど。
ストーリーもしっかりしていたし、レトロな雰囲気と音楽も良かったし、主演の成宮寛貴はレトロな背景と容姿が合っていて、見事な美青年ぶりだった。SMシーンはアレですが。
全編で使われた音楽は、マスネの歌劇「タイス」からの選曲で、「タイス」は、バイオリン版の「瞑想曲」しか聴いたことがなかったけれど、ソプラノの「鏡の歌」、ピアノ版の「瞑想曲」ともに気に入ってしまった。
「Dis-moi que je suis belle(私を美しいと言っておくれ)」なんて、映画の内容にぴったり。
斎透役の成宮君は、ほんの一瞬なのだけど美青年というよりは美少年に見えてしまう瞬間があったので、もう少し年がいってからだったら、もっと余裕を持って演じられたんじゃないかと思う。
そうはいっても彼以外にないという感じではありましたが。
実相寺監督、成宮寛貴主演で小野不由美の「東亰異聞」なんて面白そう。

なお、映画「乱歩地獄」を見るかどうかを決めるのは、くれぐれも自己責任で。
誘われたから、とか、○○が出るから、とか、軽い気持ちで見ると痛い目に遭うと思う。ええ。

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