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2005年12月

2005年12月26日 (月)

N響アワーに実相寺監督が出演

映画「鏡地獄」の音楽の使い方がとても印象的で良かったのだけど、実相寺監督ってクラシックに造詣の深い人だったのですね・・・って、「乱歩地獄」のパンフレットに「オペラを演出」って書いてあるし。
司会の池辺晋一郎とも一緒に映画の仕事をしているということで、実相寺監督は音楽を映像に合わせるのではなく、音楽はそのまま切らずに使うという逸話が興味深かった。
なんだかヴィスコンティみたいだなー、と。映画監督でオペラを演出、というのも共通点ですが。

「鏡地獄」で使われたピアノ編曲の「タイスの瞑想曲」と「鏡の歌」が気に入って、まずは「乱歩地獄」のサントラを購入したのだけど、そのうちにオーケストラ版も聴きたくなって「タイス」全曲を買ってしまいました。
最初は全曲を買うつもりはなくて「鏡の歌」が入ったハイライト集を探したのだけれども、これがなくて。
全曲入りを購入後に「ベスト・オペラ100」が発売され、その中に「鏡の歌」が収録されているのを知った時はちょっとショックでした。
といっても、全曲にしか収録されていない、瞑想曲の旋律にのせて唄う最後の二重唱がとても美しくて良かったので、結果的には買って良かったんだけど。
「タイス」は、ハイライト集どころか全曲入りのCDも二種類しか見つからなかったので、CDを探す過程で、「鏡地獄」がかなりマニアックな選曲だったことを実感しました。
「瞑想曲」だけは有名だし、たくさんの演奏が録音されているけれど、それ以外の曲はあまり知られていないようです。

「乱歩地獄」は他の話が精神的にきつかったので一度しか観ていないけれど、「鏡地獄」を観たことが「タイス」を聴くきっかけになり、自分の世界を一つ広げることができたので、私にとって「良い映画」です。

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NHKを民営化しろという話も出ているようだけど、不祥事に対する怒りは怒りとして、民営化には不賛成。
なんだかんだとNHKには「N響アワー」をはじめ教養番組が充実しているし、民営化で受信料を払わなくてよくなったとしても、番組内容がスポンサーの意向に左右されたり、ドラマがCMでぶつ切りになったりしては、あまりにも代償が大きすぎる。
今は、お金さえ出せばCSとかケーブルテレビで自分の見たいと思うコンテンツを選択できるけど、自分が選択したものだけだと興味のあることを深めることはできても、幅が広がらなくなってしまうと思う。
他に見るものがないと教育テレビに合わせる習慣があって、そういう時に意外と掘り出し物の番組に出くわしたりすることもあるので、内容の公共性とコンテンツの質を保つためなら受信料は惜しくないと思っている。
だからって、そういう視聴者の気持ちに甘えたりつけこまれては困るけど。

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2005年12月21日 (水)

功名が辻と国盗り物語

関東圏では深夜に「木更津キャッツアイ」を再放送中。
未見だったので録画して見ていますが、第7話で思いがけずガブとメイの声優(たっくんコンビともいう)の2ショットを見て爆笑してしまった。
この2人、第8話でも一緒に登場する場面があって、中村獅童がとんでもなく凶悪な顔で笑える。
成宮くんもカメラが引いた目立たないところで細かい演技をしているので、それもたいへんおかしゅうございました。

ところで、来年の大河ドラマ「功名が辻」のガイド本を読みました。
足利義昭役の三谷幸喜はイメージ的には合うと思うものの、本職の役者ではないので、このキャスティングはちょっと疑問を持っている。
でも、インタビューの中で三谷幸喜が大河ドラマ「国盗り物語」で伊丹十三が演じた足利義昭を挙げて、「伊丹さんが演じられた役ができるのならと引き受けた」というコメントしていたのは、なんとなく嬉しかった。
大河の「国盗り物語」、出演者は軒並み好演か名演といってもいいけど、その中でも伊丹十三は出色。
足利義昭の高貴な生まれの人独特のノー天気さ、権勢欲、プライドの高さ、無力さetc.複雑な人物像を過不足なく演じていた。歴史の表舞台から去るシーンの、自分を担ぎ出しておきながら(政治的に)葬る役目をになってしまった明智光秀を見やる諦観とも思いやりともつかない表情は圧巻。
伊丹十三はけっこう小芝居もする人で、光秀に背負われて山道を逃げるというシーンでは、喘ぎながら「揺られて苦しい」という表情をしていて、そりゃニコニコとかボーっとするのは論外としても、そこまで凝るかーと思ったくらい。

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2005年12月11日 (日)

あらしのよるに

すごく絵がきれいな映画。
嵐の夜、晴れやかな青空、ふかふか谷、吹雪の山、そして緑の森・・・。
特に子供たちに映画館のスクリーンで観てほしいと思った。
一観客が観てほしいっていうのも妙だけど、正直な感想です。
DVDもいいけど、ぜひスクリーンで観るべし。

オオカミのガブは擬人化された動きと動物本来の動きの移行が絶妙で、ヤギのメイはとにかく可愛らしい。
こんな可愛かったら、ガブは命がけで守ってあげたくなるよね、と思えてしまう。

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2005年12月 9日 (金)

ハリー・ポッター~炎のゴブレット

面白いか面白くないかといえば「面白かった」。ハリー・ポッターだし、ホグワーツだし。
ただ、思うところもいろいろありました。
まず、子供たちが大きくなってしまった。はい、「しまった」です。
ハリーもロンも背が伸びただけでなく、なんだか胸板が厚くなっていた。
そして、「ロンはロン毛が似合わない」。
音楽が「ヘドウィックのテーマ」以外はジョン・ウィリアムズではなくなったのも、大きな変化。影響で映画自体の雰囲気もかなり変わったと思う。
気になったのは、場面の切り替えがちょっとせわしなかったこと。
もう少し余韻が欲しい場面でも、さっと切り替わったりして。
エンドクレジットにあれだけ時間をかけるのなら、場面の転換にもう少し間を持たせても良かったんじゃないか。
本編とはまったく関係ないことなんだけど、エンドクレジットが長すぎた。
大作だから映画に携わった人数が多いのはわかるんだけど、スタッフ名の文字サイズがやたらと大きくて、しかも流れ方がゆっくり。
製作スタッフに対して敬意を表するにやぶさかではないけれど、もう少し速く流して、文字サイズを小さめにしても、スタッフをチェックしたい人にはわかると思うのだけど。
そのくせキャストの一覧は文字が小さくて、やたらと流れが速かったので、確認したいところを見逃してしまった。

R-15指定ということだったけど、それほどに残酷さやグロテスクさは感じなかった。
子供がどう感じるかは、わからないけれど。

「炎のゴブレット」は総じて面白かったのだけども、ここまでに映画化されたハリー・ポッター4作の中では3作目の「アズカバンの囚人」が一番映画的で好きです。

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それにしても、「ハリー・ポッター」を見て、こういう感想を持つのもなんなのだけど、映画版「陰陽師(1、2共)」はもう少しなんとかならなかったものか。せっかく面白い題材だったし、役者も揃っていたのに。
スケールを壮大にしてSFXに凝れということじゃなく、話はこじんまりしてもいいから、もっと丁寧に作ってほしかったと思う。
スケールはともかく、「細部に手を抜かない」ことなら日本映画だって出来るはずだと思うのです。
「陰陽師1」の安倍晴明と道尊が対決するシーンなんて、「ロケ地・平安神宮」そのまんまなのがテレビでもわかってしまった。CGとかSFXって、空を飛んだりする場面だけに使うものじゃないと思うのだけど。

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2005年12月 8日 (木)

不思議の国の探偵591号

また「探偵事務所5」を観てきました。これで三度目(笑)。
三度目ともなると、物語的にはちょっとかったるく感じられる部分もあったりするけど、大体のところは繰り返し楽しめる映画だと思う。
もともと、なんでも繰り返して見たり聴いたりするのが好き、というのもあるけれど。

二度目からは、主として主演の成宮くんの「動き」に注目して観たのだけれど、歩き方や手の動きなど、細かいところで面白い動作をしている。
どこかしらぎこちなく、コミカルに見えるように動いていて、ウェストをかなり絞った上着と山高帽から、シルエットがちょっと見にチャップリンみたいに見えたりすることもあって。
特に522登場以降がベテラン探偵との対比が際立つので面白い。
探偵591の成宮くんはかっこ良いかというと微妙だし、台詞の言い回し等も自然じゃなくて、むしろ不自然に感じることもあるくらい(これは意図的にそうしているんだと思う)。
でも、シュールさとリアリティを結びつける、探偵版「不思議の国のアリス」みたいな独特の存在感があって、そこに妙に心惹かれるものがあるのです。
初回の感想で「レベッカ」を引き合いに出したけど、新米探偵の「ものなれなさ」の演技には、どうしてもジョーン・フォンティーンが演じた「レベッカ」のヒロインを連想してしまう。
J.フォンティーンも、「レベッカ」だけ見ると、地味で不器用な女の子に見えるけど、他の映画では「堂々たる美女」を演じています。

キャスティングと演出の意図が、成宮君の雰囲気と存在感にあるとしたら、見事にはまったと思うし、探偵版「不思議の国のアリス」って、悪くないです。ただし、アリスといっても、「不思議な世界を好奇心いっぱいで進んでいくイメージ」ということで、女の子みたいということではありません。
成宮くんは、ぶっ飛んだ演技でも評価されているけど、こういうシュールとリアルの境界みたいな存在感も彼ならではの持ち味だと思う。キレた演技、ぶっ飛んだ演技はほんとにすごいと思うけど、わかりやすい部分でもあるのですよね。

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2005年12月 1日 (木)

女優の伝記

「女の一代記」第3夜 『悪女の一生~芝居と結婚した女優・杉村春子の生涯~』
昔、秋吉久美子主演のドラマで田中絹代物語とか、吉永小百合の映画「映画女優」(同じく田中絹代)がけっこう面白かったという記憶があり、成宮寛貴も出るということで、見ちゃいました。
物語はものすごーく駆け足だったけど、米倉涼子は役に合っていたと思う。
特に、3人目の夫の病室のシーンは、感情の動きの表現も良かったし、面差しもそこはかとなく杉村春子に似ていて、「若く見える53歳」に見えないこともない、という感じだった。
欲をいえば、着物はもう少し柔らかく着こなしているとよかったけど。

一応、杉村春子はテレビ、映画で見たことはあるのだけれど、私が見たのは全部、三人目の夫を亡くして以降の杉村春子だったのですね。
なんとなく杉村春子、田中絹代、ヴィヴィアン・リー、阮玲玉の生年と没年を検索してみたら、みんな同世代ではないですか。その中でも杉村春子は一番年上で、しかも長命だった。
杉村春子 1906(?)-1997
田中絹代 1909-1977
阮玲玉(ロアン・リンユィ) 1910-1935
ヴィヴィアン・リー 1913-1967

なんでこの人たちかというと、私が伝記を読んだり映画やドラマを見たことがある女優という、ただそれだけなんだけど、「舞台女優」杉村春子、「映画女優」田中絹代、「伝説の女優」阮玲玉が同じ時代を生きていたんだというのが、なかなか感慨深いです。
一番年下の"スカーレット"ヴィヴィアン・リーは、杉村春子とは「欲望という名の電車」のブランシュが当たり役だったという共通点があって・・・といいつつ、これは映画も舞台も見ていないんだけれど。痛ましくて。
杉村春子が芝居と結婚した女優なら、田中絹代はいわば映画と結婚した女優で、25歳の若さで自殺した阮玲玉以外は、現代よりもずっと窮屈な時代を生きながら、したたかでたくましい人たちだったと思う。
今の時代ならば短命といえる54歳で亡くなったヴィヴィアン・リーも、W不倫に略奪結婚と私生活は情熱的だったし、アカデミー主演女優賞2回受賞の栄光を手にしていて、病気(肺結核)の影響で美貌の衰えは早かったとはいえ、若い頃は掛け値なしの「絶世の美女」。幸せだったかどうかはわからないけど、常人には許されない歓喜を味わったということだけはいえると思う。

「阮玲玉(ロアン・リンユィ)」は同名の映画を見ていて、「3人の男」が出てくるところは杉村春子のドラマと同じといえば同じかも。
ただ、ロアンの場合は、最初に出会った男性が甲斐性なしのヒモ、2番目の男性との関係が姦通罪に問われることになり(しかも告発者は最初の男)、最後の男(映画監督)も主演映画で彼女を世間の矢面に立たせるだけ立たせて守ってはやれず、追い詰めてしまった。
姦通罪の告発や世間からのバッシングが、25歳ではなく30歳くらいになってからのことなら、もっと強くなっていて、もしかしたら乗り越えられたのかもしれないけど。
ちなみに、「阮玲玉(ロアン・リンユィ)」は、1930年代の上海が舞台で、衣装、セット、音楽が美しく、私がDVDとサントラの両方を持っている唯一の香港映画だったりします。

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