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2006年1月 6日 (金)

復讐の女神

夏に見逃してしまった「名探偵ポワロ」がBS2で再放送されます。
 「ナイルに死す」   1月 9日(月)深夜【火曜午前】1:00~2:39
 「杉の柩(ひつぎ)」 1月10日(火)深夜【水曜午前】0:30~2:04
 「五匹の子豚」    1月11日(水)深夜【木曜午前】0:30~2:04
 「ホロー荘の殺人」  1月12日(木)深夜【金曜午前】0:30~2:04

「ナイルに死す」については心に残るラストシーンだったので感想を書いたけど、台風のため録画した大部分が砂の嵐だった。
今回再放送される4本は、アガサ・クリスティの中でも特に人間の描写がこまやかで好きな作品ばかり。
その中でも「杉の柩」と「五匹の子豚」は特に好きで何度も読み返している。

ところで、アガサ・クリスティでなんとなく思い浮かんだことを書いてみる。
放送される作品とは関係なく、おまけにミス・マープルものですが。
「復讐の女神」と「スリーピング・マーダー」についてですが、これから読まれる予定のかたはネタバレになるかもしれません。ご注意を。

アガサ・クリスティはいわずと知れた「ミステリの女王」なんだけれど、犯罪のトリックとか推理の過程よりも、時代背景や登場人物の描き方が好きで、そこに注目して読むことが多かったりする
ポワロにしてもミス・マープルにしても、そしてパーカー・パインも、いずれも優れた人間の洞察者だし。
で、「復讐の女神」と「スリーピング・マーダー」なんですが、この2作に共通しているのが、
「若者を偏愛から束縛する保護者」と「束縛から逃れようとする若者」が登場すること。

「復讐の女神」のなかで、旧家で保護者(実の両親ではない)の愛を一身に受けて育てられた少女と素行の悪い青年が出会って恋に落ち、青年は更生しようとし、やがて2人は駆け落ちを決意する。

副司教は決して楽観的ではありませんでした。わたしが思いますのに、副司教はこの結婚を決して幸せな結婚とはみておられなかったのでしょうが、そういっておられるように、必要な結婚だったのです。必要というのは、それほどにも愛しているのならば、その代価を払うべきで、たとえその代価が失望であり、少々の不仕合せであっても、ということです。


この部分、ミステリー小説の一つのモチーフという以上に、そして登場人物についての描写という以上に、(これを書いた時点での)クリスティの結婚に対する考えが示されているようで印象深かった。
結婚を、ただ恋愛の結果というだけでなく、社会的な自立の一つの方法と捉えていたのだなと。
そして「スリーピング・マーダー」にも、結婚によって自分を束縛する兄から独立を図る若い女性が出てきます。

私自身は親に束縛された経験はなく(親にそのつもりがあったとしても聞かない性格だし)、今の時勢は束縛よりも放任のほうが問題なくらいなのだけれど、このモチーフを繰り返し小説に用いたクリスティは一体どんな思いでそうしたのだろうかと、ふと思うことがあります。何を訴えたかったのか、と。
ひょっとすれば、うっかりしていただけなのかもしれないけれど、それにしても、心にかかっていたことではあるだろうから。

というわけで、「復讐の女神」はある意味深い要素を含んだ、とても印象的な物語なのだけれど、惜しむらくは後半部分の訳が非常に雑で、特に会話文の口調のニュアンスが、ただ訳語を並べただけに思える部分があること。
訳しているのは乾信一郎という人だけど、この人の翻訳は他の作品も日本語としてこなれていなくて、非常に読みにくい。
物語自体はクリスティでもマープル物の中でも面白いので、ぜひ改訳か新訳を出してほしい。

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