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2006年2月 1日 (水)

小早川秀秋

ザッピングしながら「戦国自衛隊・関が原」を見ていたら、藤原竜也が小早川秀秋役で出ていた。これは適役ですね。
TBS版「関が原」では、小早川秀秋の「木の枝に止まりそうで止まらない蜻蛉」に象徴される儚げな様子から狂気にいたるまでを国広富之が演じていたのだけど、今の役者が演じるなら藤原竜也か成宮寛貴だな、と思っていた。
「功名が辻」も、ガイドブックで概要を知る前は、成宮君が演じるなら小早川秀秋のほうが良かったのにと思ったりもしました。
小早川秀秋って、歴史的には大物ではないけど、破綻があるところが演技者としては見せ場が多く、かつ、20歳そこそこで亡くなっているから「若くなくてはならない」役でもある。
しかも、関が原の戦いのキーマンでもあって。
あまりにもドラマチックな役割を背負わされたことに耐え切れなかった、ともいえるけども。
ただ、先日の再放送を見た印象では、「国広富之演じる小早川秀秋」に近いのは二宮和也かもしれない。表情とか挙措が。まあ、近くなくてもいいんだけども。

それにしても、反町隆史の台詞が全然聞き取れないのは相変わらずで、これまで聞き取りにくい印象のあった渡部篤郎が妙に聞き易かったのが意外だった。矯正したのか比較の問題なのか。
滑舌をうるさく言い過ぎるのは自分としてはあまり好きじゃないんだけど、「なにいっているかわからない」レベルはちょっと困る。表情の演技は良いのに、もったいない。

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