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2006年5月

2006年5月28日 (日)

映画ダヴィンチ・コード

公開前のレビューやマスコミの報道では、映画の評判は賛否両論だったのでどうかなーと思ったけど、なかなか面白かった。
絶賛とまではいかないけれど、酷評に対してはムキになって反論したくなる、そんな感じ。
原作を読んだのがちょうど一年前で、ほどよくうろ覚えの状態になっていたのも映画を楽しむには良かった。
口幅ったい言い方をするならば「視覚化」ということを心得た映画です。
原作を読みながら思い浮かべていた場面がソツなく映像化されていた。
原作の内容を網羅することだとか、重厚さみたいなものを求めると不満を感じてしまうかもしれないし、特に字幕には問題アリなので字幕の台詞で物語を理解しようとするのはお勧めできない。
でも、映像ならではの強みは生かしていたし、深い知識でなくてもキリスト教の一般的な説を知っていれば、そして興味を持っていれば、それなりに楽しめると思う。
キリスト教の一般的な概念を知らず、「聖杯伝説」等にも一切興味がないという人には何の意味も面白みもない映画だと思いますが。
(以下、ネタばれ、になるかもしれない)

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2006年5月16日 (火)

「風神の門」~最終回まで

「風神の門」の最終話を見てしまって、これから2巡目(笑)。
全部見終わってみて、改めて人物と物語の描写が緻密で丁寧に作られていたんだなーと思った。
丁寧といっても、四半世紀も前の作品なので、いかにも「セットですー」というセット、才蔵と佐助が何故かダイナマイト状のものを持っていたり、才蔵が吹き矢で殺したウサギの死体がぬいぐるみ、5月末なのに咲いている花が桔梗と野菊、青子が寝巻の下にTシャツを着ているのが見えてしまった場面もあったり・・・と「あれ?」と思うことがないわけじゃなかった、というか、いろいろあった。
でも、そういう欠点を補ってあまりあるくらいに要所要所がしっかりしていて、演出も工夫されていたので、多少はツッコミを入れつつも最後まで楽しみました。

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いったん休み~「功名が辻」

成宮君の秀次が出るまでは見続けようと思っていた「功名が辻」だけど、成宮君が出てくる7月下旬まで見るのをやめようと思う今日この頃。
成宮君が登場してから俳優目当てに徹して見ることになりそう。
わざわざ宣言することじゃないんだけど・・・せっかくの司馬遼太郎原作の大河ドラマだったのに、上川隆也が出てるのに成宮寛貴も出てくるのに、「徳川慶喜」に続いてこれかという現実が悲しくて(涙)。

前から書いていることの繰り返しになるけれど、「功名が辻」自体は地味な話なので、千代を仲間由紀恵に合わせてキャラクターを変えるとか、一豊と千代の部分にオリジナルエピソードを入れるくらいは「想定内」。
でも、それ以外の主要な登場人物は司馬遼太郎の描く人物像を踏襲して欲しかった、というのが正直な気持ち。
相思相愛の信長と濃姫、天性の「可愛げ」のある藤吉郎、など。
信長は「黄金の日々」の高橋幸治、藤吉郎時代の秀吉と濃姫は「国盗り物語」の火野正平と松坂慶子が個人的なベストキャストです。
寧々は「黄金の日々」の十朱幸代。出番は少なかったけど、寧々の明るさ賢さと秀吉の死後の女の意地の両方が出ていて印象的だった。

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2006年5月10日 (水)

伊丹十三の大野修理

伊丹十三って、今はたぶん映画監督として記憶されている向きが多いと思うけれど、私にとってはまずエッセイスト、それから俳優という順で記憶した人だった。
「貧乏はしかたがないけど貧乏くさいのはイヤ」という考え方は伊丹十三に影響されたものだし、パスタをアル・デンテに茹でることもエッセイを読んで知りました。
そして俳優・伊丹十三については「風神の門」の大野修理役で印象づけられたと思う。
製作年度は足利義昭を演じた「国盗り物語」のほうが古いけれど、本放送の時は義昭の印象がなかったので、私にとっては「風神の門」の大野修理の印象のほうが先。
再放送を見逃しているため、「風神の門」は26年前に本放送を一度見たきりなのだけど、最終回の大野修理の台詞と表情は長い間ずっと記憶に残っていた。
26年ぶりに最終回を見て不覚にも涙ぐんでしまった。

大野修理は淀君の側近大蔵卿局の息子で、大坂城の実務責任者なのだけど、これが優柔不断で無能な人物で、主人公の霧隠才蔵などは初対面から嫌いになって以後は小馬鹿にし続けるほど。
真田幸村と初めて対面する場面では、背筋を伸ばしてまっすぐ歩く端整な幸村とせかせかと落ち着きがなく片方の肩を下げた姿勢で廊下をジグザグに歩く大野修理が対照的だった。
足利義昭は「勝ち目のない戦さを仕掛ける」無能さだけど、大野修理の場合は、その優柔不断と判断力の無さで勝機を自らどんどんつぶしていく。
野戦を主張する幸村、後藤又兵衛の意見を退けて籠城に固執したり、又兵衛の作戦を横取りしたり、所司代板倉にだまされて大坂城の堀を全部埋められたりと、もう散々です。
そんな大野修理が落城を目前にした「もはやこれまで」という局面で、妹・隠岐殿の「私はキリシタンなので自害はできない。敵と戦って死にたい」という願いを、母(大蔵卿局)の反対を押し切って許すのだけど、その場面の伊丹十三の演技がほんとうに素晴らしかった。
「おみつ! 良い、行け、兄が許す・・・行け」というこれだけの台詞なのだけれど、その表情と声から万感の思いを感じ取ることができる。

で、ここは演出っていうのかな、それも良いのです。
隠岐殿と大蔵卿局は向き合っているけれど、修理は二人に背中を向けてやりとりを聞いていて、隠岐殿から修理の表情は見えないし、修理にも隠岐殿の顔は見えない。
だから、隠岐殿が「大坂のため、城のために討ち死になされたご牢人達のためにも、みつは戦い抜こうと」と言った時に修理がかすかに表情を変えたことは隠岐殿からは見えないし、大蔵卿局が「死んだのは何も牢人だけではない。牢人牢人と何じゃ、好いたお人でもいたように」と言った時に隠岐殿が一瞬遠い目をするのも修理からは見えない。
二人の表情の変化を見ることができるのはテレビの前の視聴者だけ。
大蔵卿局の言葉は実は図星なのだけど、大蔵卿局は幸村と会ったことはないし「真田丸とは誰じゃ?」と尋ねたことがあるくらいに世事に疎いから、隠岐殿が幸村を好きだということは知らないので、「好いたお人」というのはあくまでも言葉のあや。
修理は「牢人」という言葉に反応して、自身のなにがしかの感慨から隠岐殿の願いを聞き入れるし、隠岐殿も兄の気持ちはわからないまま、ただ感謝の表情を浮かべる、という演出が心にくい。

ところでこれはうろ覚えなのだけど、「風神の門」撮影中に伊丹十三が体調不良~復帰というニュースを見た記憶があって、駿府編にかなり時間を割いたのは伊丹十三待ちだったのかもしれない。
この大野修理に代役なんて考えられないし、かといって修理殿なしで話を進めたら大坂城の堀も埋めないままで歴史が変わってしまいそう。

伊丹十三は、映画「細雪」の「養子の辰雄さん」も良かったです。

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翔ぶが如く連想(追記あり)

何年か前になるけれど、テレビを点けたら「きらきらアフロ」という番組をやっていて、松嶋尚美が西郷隆盛にまつわる下ネタの話(具体的な記述は差し控えさせていただきます)をしているところだった。
その下ネタは「翔ぶが如く」に出てくる話で、なんでそんな話をしているんだろうと思っていたら、まさしく「翔ぶが如く」について話していた、と。
松嶋尚美が司馬遼太郎を読むことを知って、ちょっと見直してしまった。
本当に読んでいないとしないであろう話の振り方だったのですね。
さらに話はうんと遡って、母とドラマ「田原坂」を見ていた時のこと。
ちょうど初代警視総監川路利良が登場したところで、母が「この人って、フランスの列車の中で新聞紙に用を足して窓の外に投げ捨てたんだけど、それが新聞に載っちゃったんだよねー」と言い出した。
「どうしてそういう面白おかしい話を信じるのだ」とたしなめたら、「だって司馬遼太郎がそう書いている」と母。
信じようとしない私に、母が「翔ぶが如く」の一巻を持ってきて、開いたページにはたしかにそのエピソードがあった・・・。

・・・というようなことをスカパーで放送している「翔ぶが如く」の再放送を見ていて思い出してしまった。
ついでに「田原坂」は"才蔵様"三浦浩一が村田新八役で出ていた、なんてことも思い出しました。

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2006年5月 8日 (月)

「風神の門」~衣装編

「風神の門」は、忍び、侍、大名、公家、姫君、侍女、町娘、遊女、盗賊、かぶき者etc.と様々な人たちが登場するけど、その衣装を見るのもなかなか楽しい。
「衣装代に○○千万円」という豪華さはないけれど、着物の色や柄に慶長という時期の独特の雰囲気が感じられた。
変装による大きな変化も楽しいのだけど、TPOにあわせた日常的な変化のつけ方がまた面白かった。

霧隠才蔵は、目的によっては忍び装束はいうまでもなく、三河万歳の衣装を着たり、侍姿になったり、時には女装(これが不気味で)もするけれど、濃い緑色の着物と同じ色の袴(裾には脚絆)、襟と裏地が紅の萌黄色の袖なし羽織が基本スタイル。けっこう派手です。
旅先等でお国と2人でいる時は羽織と脚絆は脱いでも袴は着けたまま、男3人で寝る時や分銅屋で昼寝をする時は袴も脱いで着流しになったりと、シチュエーションや相手によって微妙に変化をつけている。
遊女の梅ケ枝も、遊女屋にいる時、大納言家に参上している時、青子と旅をしている時で衣装が違って、大納言家にいる時に梅ケ枝が着ている明るいオレンジの着物に同系色の半襟の組み合わせはシンプルだけどお洒落。

獅子王院の服装は「膝丈の着物に角帯、足には脚絆」で「あずみ」の男の子たちをこぎれいにした感じなのだけど、帯の結びが小ぶりの文庫(ちょうちょ結びみたいなやつ)になっていた。
その文庫結びを見て「女の子みたい」と思ったのだけど、旅先の旅籠で才蔵が自分で袴を脱いで着流しになる場面でも帯の結び方は小型文庫。
検索してみたら、あれは男性が袴を着る時の「一文字」という結び方だそう。
ほかにも、お国が足袋を脱ぐ場面では足袋がアップになったりしていたけど、この頃の足袋にはコハゼがなかったこともわかって、いろいろ勉強になった。

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歴史小説のドラマ化(追記あり)

途方もなく暴走しているケースは論外として、歴史ドラマを見て微妙な違和感を覚える時というのは、脚本家が歴史もしくは歴史小説ファンかそうでないかによるのかもしれない、と思う。
歴史ファン(と括ってしまうけども)にとっては、歴史上の出来事だけでなく、その時代に生きていた人々がどういう考え方にもとづいて行動していたか等、時代固有の価値観の違いも歴史小説を読む楽しみの一つで、ドラマ化する場合もそこを描いてほしいと思っている。
ただし、歴史に忠実でありさえすればよいと思っているわけではないので、現代の視点で物語や台詞をわかりやすくすることには異論はない、というか、そのほうが好ましい。
衣装・風俗にしても、忠実に再現されていればそれはそれで楽しいけれど、そうはいっても、純粋に昔の基準の美男美女とか、点々眉にお歯黒が出てきたら、さすがになじめないから。

で、問題はその匙加減。

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2006年5月 3日 (水)

物語の綻び

先週ほどひどくはなかったけれど、「功名が辻」のドラマの構成や設定の矛盾が目につくようになってきた。「無理が通れば道理が引っ込む」ってやつです。
オリジナルストーリーなら些細な矛盾で済むことも、歴史物の場合は後々大きな矛盾を生むことにつながったりする。
原作はいろいろな歴史上のエピソードとの整合性をとりながらキャラクターを設定しているわけだけど、そこを安易に改変すると物語全体が妙なことになってしまう。
だから、原作を変えることがイヤなんですね。

たとえば、濃姫を根暗キャラにしたことなんかがそう。
濃姫は「美濃の国主になってからの斎藤道三に蝶よ花よと育てられた姫」で、「国盗り物語」では屈託のない明るい女性として描かれていて、信長もそういうところを愛しているという設定。
司馬遼太郎原作ではないけれど、「徳川家康」、「信長」も「明るくて賢い」という解釈だったと思う。
それをわざわざ陰のある性格にした必然性が見えてこないのです。
和久井映見は「動物のお医者さん」の菱沼さん、「あいのうた」の房子と、明るいキャラクターも演じられる人だし、明智光秀との恋仲設定自体が「国盗り物語」を踏襲しているのだから、濃姫の性格を変える意味はない。
今回と次回の秀吉の軍律違反も、「国盗り物語」では激怒した信長を濃姫が懸命になだめて気を静めるのだけれど、それは信長が濃姫には心を許しているという設定があってのこと。
濃姫のキャラクター改変によって、他の影響を受けそうなエピソードがいくつか出てきそう。

それから、六平太が情報収集のみならず、政局まで判断・分析して千代に教えるのもおかしい。

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