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2006年8月27日 (日)

ゲド戦記(原作と映画)

「ゲド戦記」の原作を読了。
すんなり一気に読めました。
「多島界(アースシー)」という世界観が面白かった。
「真の名」は「陰陽師」の「呪」にも通じるし、黄泉の国の概念も、古事記・ギリシャ神話と似た部分があるので、このあたりは洋の東西を問わない概念なのかな、なんて思ったりした。
「(動物への)変身を続けすぎると戻れなくなる」というのは映画「ハウルの動く城」にも出てきたので、これも昔からある魔法の考え方なんだろうか。
で、個人的に面白かったのは第一巻から第三巻と外伝。
ファンタジーというよりは、ギリシャ神話の人間界のエピソードを読んだ時がこんな印象だったような気がする。
ただ、第四巻、第五巻はテナーの述懐があまりに多く、作者の主張がナマというか、ストレートに入りすぎている気がして少し鼻についてしまった。「女は・・・」、「男は・・・」というのも強すぎた。
それと第五巻で、カルカドの王女セセラクがテナーの擁護にもかかわらず、ちっとも魅力的に感じられないのも不満だった点。お気に入りのアレン(レヴァンネン)のお相手としては不服です。
テナーに諭されずとも言葉を覚えようとする積極性くらいはあらまほしかった。

概して、世界観と物語は面白かったけど、それにもかかわらず登場人物にはあまり思い入れを感じなかった。
例外がアレンなのだけど、これは映画のキャラクターが影響しているかもしれない。


ここからは原作を踏まえた映画の感想(映画を踏まえた原作の感想かも)。

原作全体を2時間でまとめるのは不可能だし、かといって原作未読の人はアチュアンで脱落するのは(おそらく)必至なので連続モノにも向かない。
やはり映画版の元にもなった「さいはての島へ」が一番映画には向いていると思う。
ゲドとアレンの目的がはっきりしているから物語にも一貫性があり、いろいろな島が出てくるから、アースシーの世界を見せることにもなる。
特にいかだ族の国とか黄泉の国は絵として見てみたかった。
ただ、原作に忠実に映画化した場合、テナーとテルー(テハヌ)が出てこないことになるわけだけど。
映画で、ゲド、テナー、テルー(テハヌ)、アレンと主要な登場人物を全部出したのは、ある意味、原作への敬意といえなくもないと思う。
結局、そのために説明不足に陥り、全体として中途半端になってしまったけれど。
テナーの過去とゲドとの関係を短くまとめるのは難しいし、それならいっそ出さないでおいたほうが映画としてはすっきりしたと思う。
「テルーの歌」はいかだ族のお祭りで誰かが歌うことにしても良かったし。
ただ、テナー、テルーを登場させたかったこともわからないではないので、原作への敬意という点で映画が批判されるのは、すこし厳しいと思う。
でも、原作者のル・グウィンが、「『となりのトトロ』の繊細な緻密さや『千と千尋の神隠し』のパワフルで素晴らしく豊かなディテイルがない。」と評したという点は頷けるし、アニメーションとしての技術がジブリとしては水準以下だったことは非常に残念。

私が初めてジブリのアニメを見たのは「となりのトトロ」で、物語の展開もトトロたちや猫バスのキャラクターの可愛らしさも大いに魅力はあったけど、なによりも「すごい」と思ったのは、実は「メイの階段の昇り方」だった。それと野菜畑のナスやトウモロコシの色とツヤ。
「アニメでここまで凝るか?」と驚いた。
別に幼児の階段の昇り方や野菜の描き方にそうまで凝らなくてもトトロの物語を描くには不足はなかっただろうけど、それでも宮崎駿はこだわった。
その「こだわり」こそがスタジオ・ジブリのクォリティだったと思う。
なので、「ゲド戦記」の冒頭で、映像が「ナウシカ以前」に見えてしまったことはとても残念だった。
細部にこだわっていたら、物語も説得力を持ちえたかもしれないし、もっと良い作品になっただろう、と思う。

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コメント

こんにちは、
「ゲド」の読みやすさについては、日本語訳がとてもこなれているからかなと思ったりしています。(清水さんの講演を聴いた時に、「最近の大学生たちは本をあまり読まないので、「ゲド」などもなかなか読めなくて・・・」と言ってましたが。)
私も、大人になってから一気に読みましたので、若い頃に読むのとはまた大分違う感想なんだろうなあと思います。一巻から三巻は神話的世界が描かれているので、物語の展開にそってぐんぐん読めるとは思いますが、私は、年齢的に四巻以降のテナーに最も近いので彼女の愛情あるぼやきのようなセリフに共感しながら「帰還」もおもしろく読みました。ハンディやアスペンの悪党ぶりも現代的ですし。五巻はちょっと観念的な部分を理解しきれてなかったりしますが。そして、ぐだぐだになったのち再生していくゲドの姿もなかなか好きなんですよね。(あの映画では、続編があったとしても、その辺りは描けないわけですが・・。)
ジブリファンの批判も多いのですが、映画自体は、テルーとアレンの物語にしたところが(テルーをヒロインとして出したかったんでしょうね)充分にジブリ的だと思うし、原作ファンとしては、その部分がなんかやっぱ違うなと思います。せめて三巻を忠実に映画化してくれれば(私も黄泉の国を見てみたかった)こんなにあれこれ思わなかったと思います。私が監督なら、あの映画をル=グィンさんに見せる勇気はないですが・・・。一巻のオタクのエピソードとか、ハヤブサのエピソードなども充分面白いのにねと残念ですね。

投稿: azami | 2006年8月31日 (木) 17時22分

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