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2006年10月

2006年10月30日 (月)

心を打たれるといふこと(追記あり)

フィギュアスケートのGPシリーズ第一戦を見た。
安藤美姫がここまで復活するとは、正直、予想外だった。
それもこんなに早く。
復活するにしても、もっと時間がかかると思っていたので、嬉しい驚き。

全体的にシェイプアップして、氷上に立っただけで、節制して厳しいトレーニングをしてきたことはうかがえたし、なによりあの演技中の集中力。
もともとのポテンシャルは高いわけで、トリノの挫折を経て、能力を支えるに足る精神力を身につけたようですね。
で、「トリノ五輪でこれができていたら・・・」というのは無理な注文なんだろうと思う。
あの経験があって、今の安藤美姫がいるわけだから。
ただ、挫折を味わったことは、結果として本人の今後のためには良かったのかもしれないけど、マスメディアやスケート協会など、取り巻いて足を引っ張っていた大人たちには「終わりよければ・・・」とは思って欲しくない。
そりゃ、本人もメンタルとかいろいろ問題があったけど、それを悪化させていたのは大人たち。

SP、フリーともに選曲がとても好みです。
好みの曲というだけでなく、18歳の安藤美姫に合った選曲でもあったと思う。
オペラの楽曲は好きだし、ドラマ性があってメリハリがきいている曲が多いから、見ていて楽しいけど、オペラの世界を18歳の女の子が表現するには若すぎる気がする。
その点、オペラではないけれど物語性のあるシェエラザード、情緒的な要素と激しい要素の両方が詰まっているメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はぴったりだと思った。
プログラムとしては、SPのシェエラザードのほうが、ところどころアラビア風の手の動きが入っていたりと面白味があったかな。
でも、フリーは、振付がどうのとかいうことを越えた、理屈じゃなく「心を打たれる」演技でした。


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2006年10月23日 (月)

のだめキャンペーンとCCCD不買運動

週末にまたしてもタワーレコードでCDまとめ買い。
しばらく前から、タワーレコードには「のだめカンタービレ」コーナーが設置されていて、コミック全巻と関連CDが並んでいたのだけど、ドラマ放送に合わせて一段とパワーアップしていた。
買うとステッカーがもらえる「のだめキャンペーン対象商品」までありました。

クラシックのCDに関しては大手CD店に足を運ぶほうが欲しいものが手に入る可能性が高い、というのがこのところの実感。
ネットで在庫切れのものも見つかったりするし。
ネット通販もそれはそれで便利なんですけどね。

話は変わるけど、9/17にNHK教育の「トップランナー」でソプラノ歌手の森麻季の歌声を聴いて、「これは新しいCDが出たら買おう」と心に決めた。
クラシックの新譜を買うことはほとんどないのだけど、それを覆すくらい透明感のある素晴らしい声でした。
でも、CCCDだったのでやめました。

音楽はパソコン~iPodに取りこんで聴くことにしているけど、バックアップとして手元におくためにCDは買うことにしている。
でも、手軽にパソコンにコピーできない(orコピーするのがたいへん)ようなディスクは買う意味がない。
著作権を守りたいのはわかるけど、CCCDは、むしろ「面倒だから買わない」という人を増やすだけだと思う。
実際、Queenの「JEWELS」もその理由で買うのを止めたし。

どうして今時CCCDなんかにするんだか(怒)。

追記:
勘違いしていたんですが、新譜だと思っていたのは二年前に出たアルバムでした。
新譜のアリア集はCDだったので、後日購入しました。

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2006年10月22日 (日)

ライ麦畑でつぶやいて

自殺中2の同級生「先生がからかったので…」と両親に
福岡県筑前町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、同級生が「先生がからかっていたので、自分たちもしていいと思った」などと、遺族に告白していることが分かった。

毎日新聞の記事はこうだけど、ニュアンスが少し違いますね。

いじめっ子たちの行為が教師の非常識な言動の陰にかくれた観があって、そのことが気にかかっていたのだけど、この記事を読んで、「13歳って、こんなに幼稚なんだっけ?」と愕然としてしまった。
元担任の言動の酷さは論外で、自殺の直接の原因かどうかに関係なく、厳しい処分が下されてしかるべきだと思う。
でも、当の子どもたちが教師に責任転嫁したとなると、子どもにありそうなことではあるんだけど、それだけで片付けられない「イヤな感じ」、です。

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2006年10月19日 (木)

いろいろとカンタービレ

iPodのインナーイヤフォンをSHURE E2Cに替えた。
ヴァイオリンのソロがすごくいい。
グリュミオーの"カンタービレ"なヴァイオリンが久しぶりに歌って聴こえる!!(感涙)
通勤時間が音楽鑑賞タイムということで、プレイヤーの軽さ・便利さ及びイヤーフォンの音質は常に重要な問題。
MDからiPodに切り替えてからというもの、イヤーフォンは試行錯誤の繰り返しでした。
首にかけっぱなしにできるネック・ストラップのインナータイプを使っていたのだけど、音質にはかなり妥協せざるを得なかった。
でも、友人にSHURE E2Cの音を聴かせてもらって音質の良さに購入を即断し、さらに眼鏡用のバンドを使ってネックストラップ化にも成功(誇)。
財布とも相談しなくてはならないので、さすがに6万円の品に手を出そうとは思わないのですが、9800円でこのレベルの音ならば大満足です。
違いが際立つのはヴァイオリンの音色だけど、先日大人買いしたクリスティアン・ツィマーマンのピアノ協奏曲各種(ラフマニノフ、ショパン、ブラームス)も重厚感が感じられて素晴らしい。
前に使っていたイヤーフォンでも、ピアノに関しては音色のきらきらした感じまではなんとか出ていたのだけど、響きとか重厚感はなかったのですよね。

ところで、ドラマ版「のだめカンタービレ」。
期待と不安がどちらも大きかったけど、原作へのリスペクトが感じられるつくり方で、一番懸念された音楽面が良かったので満足です。

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2006年10月15日 (日)

POPEYEのインタビュー

「POPEYE」の成宮君のインタビューを読みました。
若さに似合わず老成したところがあって、頭の良い人だなぁとしみじみ思う。
率直さもありながら、なんでも本音を言えばいいとも思っていない、隠すべきことは隠しておく、というところにイマドキの若者らしからぬ聡明さを感じます。
最近、「とにかく人に理解されたい」という傾向が強くなりすぎているように感じているので、特にそう思うのかもしれないけど。
それと、「今はドラマで自分よりも下の存在を見てホッとしたがっている人が多いんじゃないか」には分析力の高さを、「面白くてギャラの少ない仕事と、つまらないけどギャラの多い仕事があれば両方やる」というコメントもバランスがとれていてクレバー。
そう、理想ばかり追っては食べていけないし、不本意な仕事ばかりすると自分が煮詰まる、だから両方必要なんですよね。

成宮君といえば、携帯サイトのマネージャー日記も最近の楽しみの一つ。
「美味しいものを知っている」、「食事のとりわけ方がきれい=躾が良い」などの情報で成宮君の好感度はさらに急上昇したし、「成宮寛貴の良さを伝えよう」という熱意が感じられた。
それと、食事のとりわけ方のスマートさに気がつくあたり、マネージャーも良い育ち方をした人なんだろうなと思う。

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2006年10月12日 (木)

京都・瑞泉寺と三条木屋町界隈

尾道に行った翌日、京都は三条にある瑞泉寺に行ってきた。
豊臣秀次と妻子たちのお墓があるお寺です。
このあたりは前にも行ったことがあったのに、お寺があることには全然気づかなかった。
繁華街の中にひっそりと入り口があって、門のところには「功名が辻」の"成宮"秀次の写真入りのドラマの紹介記事が貼ってあった。
着いたのは拝観時間の終了間際だったのだけど、資料を展示している一角に五、六人ほどの人がいて、豊臣秀次について熱っぽく語らっていました。
ほとんどが「功名が辻」を見て秀次の悲劇的な生涯と墓所の存在を知ってやってきたという人たちで、大河ドラマの影響はやはりすごいわ。
みなさんとても秀次一族に対して同情的だったので、今回の秀次がそれだけ印象的で、強く心を動かした、ともいえるかもしれない。
ただ、影響力が大きいからこそ、大河ドラマであまりトンデモな説は流して欲しくないのですよね。
もっとも、参拝に来た人たちには、ドラマで秀次が最期に言わされた間抜けな台詞などは、まったく心に留まっていなかったようなので、それが救いですが。

広くはないけれど落ち着いた佇まいで、由緒の感じられる立派なお寺。
秀次一族は、思っていたよりも遥かにずっと手厚く菩提を弔われ、守られ続けてきたんだなぁと感慨にふけってしまった。
なんとなく、秀次の死後かなりの年数を経てから建てられたというイメージを持っていたのだけれど、瑞泉寺の建立は秀次事件から16年後とのことで、まだリアルタイムで記憶している人が多く存命していた時期なんですね。
建立した角倉了以はひょっとしたら面識があったかもしれないし、どういう思いでお寺を建てたのだろう?なんてことに思いを馳せてしまった。

瑞泉寺を出てから、レトロな建物が並んでいる界隈を散策したけど、そこも趣きがあってよかったです。

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2006年10月11日 (水)

尾道散策と「ふたり」

三連休を利用して尾道に行ってきました。
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今更私が書くまでもなく多くの人が褒めているだろうけど、やっぱりいいところです、尾道。
迷路のような細い坂道や階段をぬっての古寺巡り、高台からは瀬戸内海の島々が見渡せて、お天気が良いと海の色が鮮やか。
住宅街の中にロープウェー乗り場があるのも楽しい。

すっかりウキウキして、散策しながらノヴェレッテン(映画「ふたり」で流れた)を口ずさんだり、「ここで映画を撮りたいと思う気持ち、わかるよねー」と3回くらい言ってしまっていた。機材を運ぶのは大変だっただろうけど。
のんびりした土地柄か猫がとても人なつこくて、人間を「警戒すべきもの」と思っていない様子。
東京の猫は警戒心が強くて、生きるためにはしかたがないこととは思いつつも常々寂しく思っていたのだけど、尾道の猫たちの友好的な態度には癒されました。

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2006年10月10日 (火)

レビューについて思うこと

自分の感想に影響することはないけれど、見てきた舞台や映画の感想・批評は気になるものなので、ひととおり見たりするのですが、毎度思うのは、人の見方って本当にそれぞれということ。当たり前といえば当たり前なのだけど。
それと劇場内のナマの反応と掲示板やブログの批評・感想は微妙に違うようです。

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2006年10月 6日 (金)

ものわかりがよいふりは必要はない

小文字:10代女子に流行、難解・新表記 ネット時代の自己表現!?

こういうお遊びをすること自体は、この年頃によくあること。
自分たちの間だけで通じる符牒みたいなものを編み出して使うのが楽しい年頃だし、それはいつの世も一緒。
TPOに応じて使い分けさえできていればOK。
だけど、問題なのは、その使い分けができない子が増えたんじゃないかと思われること。
私には10代の子のブログや掲示板をのぞく趣味は皆無だけれど、それでも小文字使いの文章が目に入ってくるので、これはちょっと考えてしまう。
それと、こうやってマスメディアが取り上げることにも反対です。
いちいちメディアが自己表現だなんだと分析したり話題にして、「注目されている」と思わせることは、ただでさえ自意識過剰な年代の子たちにとって悪影響になりかねない。
小文字にしても、頭ごなしに叱ってやめさせるようなことではないけれど、大人のテリトリーで使用した時は注意するのは大人の務めでしょう。
理解しなくてはいけないことは他にいくらでもあるし、こんなことで物分りの良い大人を演じる必要はない。

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2006年10月 3日 (火)

雨月物語

先日、久しぶりに「雨月物語」を読み返してみた。
豪農の放蕩息子・正太郎が献身的な若妻を裏切り遊女と出奔、妻の怨霊にとりつかれる話「吉備津の釜」の、「そなたという御仁は心に鬼を持たぬゆえ、外から鬼に狙われる」という一節にちょっと衝撃を受けました。
今回読んだのは石川淳訳の「新釈雨月物語」なのだけど、このくだりは訳者が挿入したものであるらしく、以前に別の現代語訳を読んだ時には記憶になかったし、原文には見当たらない。
でも、ものすごく深いし、内容にも合っている言葉だと思ったのです。

この放蕩息子の正太郎というのが、仕事はしないし、遊郭に入り浸るし、妻をだましてお金を用意させ、そのお金をもって愛人と逃げるという、ほんとにひどいヤツなのだけど、不思議と人には好かれる男でもある。
妻の磯良のことは嫌っているわけではなくて、ただ束縛されるのがきらいで、気の向くままにしているだけで、他人に対して害意も悪意も持っていない。
「ごめんなさい」でなにもかもが済むと思っているような、そういう若者。
くだんの言葉は正太郎が助けを求めた陰陽師に言われるのだけれど、「心に鬼を持たぬゆえ・・・」とは実に言い得て妙だと思う。
自分の心の中に鬼を持っていればこそ、他人の心の鬼を慮るようにもなるのだろうから。

ところで、今回この「雨月物語」を読もうと思ったのは、豊臣秀次が出てくる「仏法僧」を読みたくなってのこと。
「仏法僧」の関白秀次殿下は「烏帽子と直衣姿の貴人」として現れて、つき従う人々と風流に詩歌の解釈なぞをしていたかと思うと、一変して「はや修羅の時にや」と騒いだりする。
姿を見た旅人二人を修羅に連れて行けと命じたりと怖い一面を見せるけれど、「いまだ命尽きざる者ですよ」と重臣にたしなめられるとあっさり聞き入れるあたり、この関白秀次は意外と素直。
怖いんだかなんなんだか。
実は、崇徳院の出てくる「白峯」と「仏法僧」とで記憶がごっちゃになっていたのだけど、崇徳院のうらみがましさに比べると、「仏法僧」の秀次一行はなにやら楽しんでいるようにさえ見える。
そこがまた怖かったりもするのだけれど。

好青年の秀次も良かったけど、「仏法僧」のこの世のものならぬ関白秀次も成宮君で見たくなった。
大河ドラマで見せた衣冠束帯姿の優雅さと、舞台で見せた異形の天草四郎の妖しさの両方を合わせ持つ関白秀次を見てみたい。

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2006年10月 2日 (月)

ツィマーマンの「悲愴」

NHK教育でクリスティアン・ツィマーマンのリサイタルを鑑賞。
ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」の第二楽章を初めていいなと思った。

ベートーヴェンのフレーズって、「ロマンス」や「運命」等、有名すぎて食傷してしまうことが多々あって、「悲愴」もそうだったのだけど、なぜだかツィマーマンの演奏は心に染みました。
ながら視聴していたのだけど、気がついたら聞き入っていた。

ツィマーマンが18歳でショパン・コンクールに優勝した時のことはよく覚えていて、なぜならば、子どもの目にも「輝くばかりの金髪の美少年」だったからです(笑)。
当時はツィメルマンと呼んでいました。
この容姿と経歴ならば、ことによったら後のブーニン並に騒がれても不思議ではなかったと思うのだけど、そうはならずにキャリアを積み上げてきたところがまた渋い。

あまり聴く機会がないなと思っていたら、小曲集のCDを出さない人だということで納得。
二週間くらい前にカラヤン&ツィマーマンのグリーグのピアノ協奏曲を聴いて、その時は「ちょっと、ためすぎ」と感じたのだけど、「悲愴」を聴いて、改めてツィマーマンのほかの演奏も聴いてみようかなという気持ちになった。

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映画「梟の城」(CS)のことなど

CSで映画「梟の城」を観た。地上波放映に続いて二度目の視聴。

司馬遼太郎の同名の小説の原作に忠実な映画化。
原作のドラマ化・映画化というのは、ある種、感想文みたいなところもあると思うのだけど、「原作のここが面白い」という見どころがしっかりとおさえられている作品はやはり良い。
まあ、私が面白いと感じるものというのが、だいたい原作のツボを押さえているものに限られる、ということもあるのだけど。
かつての「風神の門」にしても、先月見たばかりの舞台「魔界転生」にしても。
別に原作どおりでなくてもいいけれど、忠実に創るにせよ、設定を変えるにせよ、原作をしっかり咀嚼してあるとないとではまるで違ってくると思うのです。

「梟の城」は、よーく見ると合成なのがわかったりとか映像的には粗が見える箇所がないわけじゃないけど、奥行きのある絵もまた多く、原作の雰囲気はしっかりと感じられる。
衣装の美しさ、この時代特有の風俗や異国情緒も見どころの一つ。

主人公の葛籠重蔵は、欲をいえばもう少し男の色気が欲しかったけど、中井貴一で特に不足はなし。長身で声が良いのは見栄えがする。
個人的には大河ドラマ「国盗り物語」でこの役を演じた露口茂がベストなのだけど年齢的に無理だし。
鶴田真由の小萩、葉月理緒菜の木さるもなかなか良かった。
秀吉役はマコ・イワマツで、つかみどころのない不思議な秀吉。
上川隆也が演じた風間五平は、顔は美しいし腕もたつけれどその使いどころを間違えて惨めな最期を遂げるけっこう悲惨な役どころ。
上川隆也のファンの友人には非常に不評で、ファンの気持ちもわからないではないけれど、俳優としての幅は広がったんじゃないかと思う。

この「梟の城」の風間五平役の印象があったので、「功名が辻」も、美化しない、原作のイメージに近い山内一豊像を期待してたんですけどね。まあ、脚本がアレではしかたがない。

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