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2006年10月22日 (日)

ライ麦畑でつぶやいて

自殺中2の同級生「先生がからかったので…」と両親に
福岡県筑前町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、同級生が「先生がからかっていたので、自分たちもしていいと思った」などと、遺族に告白していることが分かった。

毎日新聞の記事はこうだけど、ニュアンスが少し違いますね。

いじめっ子たちの行為が教師の非常識な言動の陰にかくれた観があって、そのことが気にかかっていたのだけど、この記事を読んで、「13歳って、こんなに幼稚なんだっけ?」と愕然としてしまった。
元担任の言動の酷さは論外で、自殺の直接の原因かどうかに関係なく、厳しい処分が下されてしかるべきだと思う。
でも、当の子どもたちが教師に責任転嫁したとなると、子どもにありそうなことではあるんだけど、それだけで片付けられない「イヤな感じ」、です。

「いじめる」という行為に走ることについては、あってはならないことではあるけれど、その場の衝動から発したり、周囲に流されたりと子どもにはありがちなことでもあると思う。
だからこそ、周囲の大人(特に教師)が歯止めをかけてなくてはならないし、教師が助長するような行為は許し難く、責任も厳しく問われるわけです。
で、性善説じゃないけれど、子どもたちのほうは、一時的な衝動や雰囲気からいじめをしてしまったとして、13歳ともなれば、心の奥に良心と罪悪感は持っているだろうと思っていた。
良心があっても時として流されてしまうのが子どもだし、だからこそケアが必要だと。
でも、この記事を見ると13歳にしては、罪悪感や良心が育っていないように思える。
情操教育と道徳教育って、今はどうなっているんだろう。
ゆとり教育って、もしかして教師のためのゆとりだった?

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少し前に見た「とくだね」によると、くだんの元担任は将来を期待されていた、いわばエリート教師で、時として悪ふざけが度を越すことはあるものの、生徒には人気があった、ということ。
でも、「学校以外の社会で生きる大人」の感覚からすると、この教師の悪ふざけは非常に趣味が悪いし、幼稚。こんな人がエリート扱いなの?とあきれてしまった。

まあ、教師の当たり外れというのはいつの時代にもどこにでもあって、子どもばかりを相手にしている教師に幼稚な人が多いというのも今にはじまったことではなく、それを乗り越える・やり過ごすことも含めて「子どもが大人になる」ということでもある。
だから、子どもたちには、ダメな教師・意地悪な教師に遭遇してしまった時は「フン」と一蹴する強さがあったほうがいい。
ただ、そうかといって教師に対する尊敬の念が根こそぎなくなるのもまた好ましいことではなく、大人としては子どもに「ダメ教師なんだから言うこときかなくていいんだよ」と大声ではいえないし、言うべきではないことでもある。
「成長のために必要な負荷」として、問題教師を放置するのも本末転倒だし。

で、子どもたちや家庭に教師への敬意を失わせることなく、子どもたちがレベルの低い教師の犠牲になることを防ぐには、「学校側が教師の問題行動をきちんと把握して、問題が見つかった場合はしかるべき措置をとること」に尽きると思うのです。
とにかく「いじめをした人間は、教師でも生徒でも報いを受けるのだ」ということを子どもたちに知らしめること。
非常にあたりまえのことだけど。

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