赤ひげ診療譚~鶯ばか
スカパーの日本映画専門チャンネルで黒澤明監督の「赤ひげ」を観て号泣。
さらに山本周五郎の原作「赤ひげ診療譚」を読んで、また号泣してしまった。
人情モノが好きじゃないもので、これまで山本周五郎を読まず嫌いしていたけど、情がありつつ情に浸りきったりしない描き方は、かなり好みかもしれない。
「涙のつぼ」は一家心中のエピソード。原作では「鶯ばか」に出てくる話です。
映画は7歳の長次を中心に描かれていて、長次役の頭師佳孝の演技が素晴らしかった。
「遠くに行くことになった」と永の別れを告げに来た時の表情、瀕死の場面の演技のせつなさといったら。
生死の境にいる長次の魂を呼び戻そうと、養生所で働く女たちが井戸に向かって必死に叫ぶ場面もグッときた。
原作では長次の母・おふみの口から身の上話が淡々と、でも切々と語られ、無力だけれど悪い人たちではないことが察せられる。
一家心中のきっかけは7歳の長次が板塀のきれっぱしを泥棒し、それが発覚したこと。
でも、そのことで騒いでいるのは近所の鼻つまみ者の女だけで、被害に遭った人自身は事を荒立てようとはしておらず、むしろ穏便に済まそうとしている。
そして、近所の人たちも長屋の差配も、訴えでた女よりも長次たち一家に同情している。
長次の両親にもう少しだけ図々しさがあったら、生き続けることもできただろうに。
でも、彼らはそれを潔しとしなかった。もちろん、あと少しでも生活力のある人たちだったら幼い長次が泥棒しなくても済んだのですが。
この無力と矜持がなんとも切なくて、「生きて苦労するのは見ていられても、死ぬことは放っておけないんでしょうか」という長次の母の問いかけが重い。
淡々とした語り口であるがゆえに、なおのこと泣けてしまう。
原作では、長次は手当ての甲斐なく死んでしまうけれど、黒澤版は助かるので、そこが救われる。
母親の述懐にあるように、助かったからといって、その後幸せになれるあてはない。
長次はいろいろな重荷を背負って生きていかなくてはならないけれど、それでも助かってほしいと願わずにはいられない。
「赤ひげ」を見たのは、かなり以前に田原俊彦の保本登、萬屋錦之介の新出去定でドラマ化されたのを見て以来。
このドラマ版、長次の生死は原作どおりだったけれど、養生所に別れを告げに来る場面を入れたあたりは映画版を踏襲したのでしょう。
この時の長次役の子が上手いわ可愛いわで、息を引き取る場面があまりにも悲しかったため、その後「赤ひげ」が何度かリメイクされても見ることができなかった。
ドラマくらいで簡単にトラウマにはならないけれど、これはトラウマといえるかもしれない。
なにしろ、泣きすぎて熱を出してしまったほどだったので。
子役の演技については辛口なので、お涙頂戴の演技には白けてしまうけれど、テレビ・映画ともに長次は名演。
いじらしさ健気さだけでなく、「極貧の中にいても人の情けにはすがりたくない」という子どもながらの矜持・心意気を表現したところがすごい。
黒澤版の長次・頭師佳孝は大人になってからしか知らなかったけど、子どもの頃からうまかったのね。文字どおりの名子役。
ドラマ版の長次・右田聡一郎君は、その後は見なくなったけど、最近の子役でいうなら神木隆之介クラスの演技力だったと思う。
泣かせる演技だけでなくコメディの「間」も良い子でした。
今はすっかり大人になっているだろうけど。
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頻発している親による子どもの虐待のニュースを見ていると、極貧の中でも親子の愛情はあった長次のほうが幸せ・・・とは絶対にいわないけれど(やはりアレを幸せといってはいけないだろう)、長次よりも不幸な子どもが後を絶たないことに暗澹たる思いです。
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