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2007年8月

2007年8月22日 (水)

カバー曲についての雑感(追記あり)

小田和正が裕次郎さん超え!シングル最年長1位を記録という記事ですが、目についたのはこの部分。

 また、27日付のアルバムチャートでは歌手、徳永英明(46)の女性歌手の名曲カバー盤「VOCALIST3」が1位を記録。こちらは徳永にとって、3年10月の「Revolution」以来通算4作目、15年10カ月ぶりの1位獲得となった。男性ソロ歌手によるカバー盤の1位は、吉田拓郎の「ぷらいべいと」以来、30年3カ月ぶりの快挙。


リスナーにとって快挙云々は関係ないことではあるけれど、徳永英明のカバーは良いです。
なので売れていることは頷ける。
それにしても「ぷらいべいと」が1位になっていたとは知らなかった。
で、井上陽水の「UNITED COVER」がそうじゃなかったというのがちょっと意外。
「ぷらいべいと」はLPで持っていたけど、CD切り換え時に買いなおしをしないままになっていたアルバム。
でも、ギター伴奏のみの「やさしい悪魔」、ぶっきらぼうな「よろしく哀愁」、なげやりな「夜霧よ今夜もありがとう」など、ちょっと聴いてみたくなっていたところです。
「ああ、青春」と「悲しくてやりきれない」は普通に良かったですが。

カバーから入ってオリジナル曲を聴き始めることが結構多いのだけど、カバーって、受けそうな曲をピックアップして唄えば良いってものでもないし、そのミュージシャンのセンスとか純粋に音楽的な部分の力量が試される。
「ピアニストとして名高い人はピアノ曲が得意」ということがあったりと、作る曲はその人の演奏力によって大きく限定されることが多いので、厳密にはまったく関係無いとはいえないけれど、ソング・ライティングと、楽器としての魅力(つまり声)、歌唱力は別のものとして捉えるべきことじゃないかと思っている。

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2007年8月20日 (月)

劇空間と日常

雑誌「acteur」の成宮君関連の記事を読みました。

「お気に召すまま」のオープニングでタンクトップを着ているのは、「男が女を演じていることを強調しているんです」という意図があり、カーテンコールでウェディングドレスのスカートをまくり上げる理由も「男なんだよ、見世物はこれで終わり、ってことをあえて見せて、お客さまに我に返ってもらおうと思ったんです」とのこと。
スカートをまくり上げることは「これでお芝居は終わりだよ」というメッセージも含んでいるんだろう、と思っていたけど、オープニングの私服のことまでは思い及ばず。
今に始まったことじゃないけれど、いろいろ考えているんだなぁと思った。

舞台の写真も載っていて、一度しか見られなかった私にはうれしかったけど、なかでも印象的なのがP55の、ロザリンドが木のそばで笑いながら話している立ち姿の写真。
この、写真で切り取られた瞬間も、立ち方から表情、仕草まで「男装している女の子」なんですね。

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2007年8月16日 (木)

VOCALIST

徳永英明の「VOCALIST」を結局1から3まで揃えてしまった。
気に入った曲をiPodに入れてハード・ローテーションで聴いています。

一時期、カヴァーアルバムというと飛びついていたこともあったけど、玉石混淆で「これ」というものに出会うことは稀。
オリジナルよりも歌が下手なのは論外だし、個性的過ぎて「オレ流」になっているのもカヴァーとしてはいまいち。
徳永英明には、「ハイトーンで歌い上げる」、「甘い」というイメージを持っていて、これまでは聴こうと思うことがなかった。
ハイトーンなら、ほかにもっと好きな声があったし。
でも、こうしてシリーズを通して聴いてみると、甘さ控えめで、表現力もあるし、一つ一つの音符と歌詞を大切に唄っていて(ここがいい加減な歌手が結構多い)、こういう言い方はなんだけど、すごく上手い。
で、良い意味で驚いています。
これは「VOCALIST」というアルバムタイトルに恥じないと思う。
(実は、「VOCALIST」ってどうなのよ?と思っていた)

好みもあるけど、前よりも今の声のほうが好き。

「曲は良いけど元歌の歌唱力がいまいち」な曲の救済的なカヴァーもあるけれど、大橋純子、竹内まりや等、もともと上手い人が歌っている曲が思っていたよりもずっと良かった。
欲をいうと、もう少しアレンジにメリハリが欲しかったかな。
「たそがれマイラブ」が良かっただけに、そこのところだけは残念。

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2007年8月11日 (土)

the popular music

映画「魔笛」のサントラを買いにCDショップへ行って、ついでに筒美京平トリビュートのアルバム「the popular music」を試聴してみた。
これがものすごく気に入って、即断で購入。
原曲を収録した「the popular music オリジナルコンピレーション」が並べて置いてあったので、こちらも購入。
この商売上手!!

「日本らしさとはなにか」ということを考える時に思い浮かぶことの一つが筒美京平だったりする。
歌謡曲をベースにいろんな要素が混じりあった、言ってみればごった煮みたいなメロディとサウンドだけど、その混ざり具合が洗練されていて、かっこいい。
こういう、外国の文化(この場合は音楽)を取り入れて、咀嚼して、洗練させる、というのは、日本のお家芸で、筒美京平って、ある意味とても日本的だと思う。

「the popular music」は、曲によって元歌と同じアレンジだったり、かなり変えていたりしているんだけど、そこのあたりの取捨選択のセンスが好き。
試聴しようと思ったのは草野マサムネが唄う「木綿のハンカチーフ」に興味を持ったからで、これも良かったけど、予想以上に気に入ったのが徳永英明の「たそがれマイラブ」とクレイジー・ケン・バンドの「また逢う日まで」でした。

「また逢う日まで」は、ほぼ原曲どおりのアレンジでラストの「ぱぱぱー」まで一緒なのだけど、それだけにボーカルの特色が引き立っていると思った。

これをきっかけに徳永英明が女性ヴォーカリストの曲をカバーしたアルバムを聴いてみて、気に入った曲がいくつかあったけれど、やはりこの「たそがれマイラブ」がアレンジ・歌唱ともに白眉。

それから、オリジナル版のほうは、桑名正博の「セクシャルバイオレットNo.1」がとにかくカッコよかった。
カッコよいだけでなく、やはり上手い!!
「さらば恋人」では堺正章の良さも再認識しました。

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2007年8月 9日 (木)

映画版「魔笛」

ケネス・ブラナー監督の映画「魔笛」を鑑賞。

ケネス・ブラナーの映画は、好みの点からいくとストライク・ゾーンではないのだけれど妙に心に残ることが多い。
「後をひく」っていうんだろうか。
「ハムレット」然り、「ヘンリー五世」然り。
「魔笛」もそういう感じかな。
ブラナー作品の中で、「フランケンシュタイン」は物語も背景も衣装もすべて好みだったのだけど、あまりにも胸に迫りすぎるので一度しか見ておりません。

で、「魔笛」です。
時代背景や設定は大胆に変えて、タミーノは兵士だし、ザラストロは平和運動?の指導者。
長くうねる塹壕とか、ふらふらと降りてくる飛行機、戦車が出てくる。
このスペクタクルとか質感は映像ならでは。
ケネス・ブラナーには「舞台で出来ることは映像でやらない」若しくは「映像でしか出来ないことをやる」というポリシーでもあるのかと思ったりする。
それと、既に決定版が存在する映画は、わざと解釈を変える、とか。

映画を観にいく前日に、たまたま、実相寺昭雄演出の「魔笛」を見た友人と話をして、アニメ風の衣装や怪獣たちが登場するという実相寺版のファンタジックな演出には大いにひかれるものがあって、オペラ「魔笛」としては、そっちのほうが面白そうだと思った。
でも、それを映画として見たいかというとそうでもない。
舞台は様々な制約や創り手と観る側の「約束事」があるから逆に冒険ができるけれど、映像は可能性が多いだけに難しく、一歩間違えると陳腐になってしまう。
「指輪物語」などの原作の世界観が完成されているファンタジーと違って、「魔笛」は、あくまでも音楽ありきの物語だし。
ファンタジーの部分をそのまま映像化しようとするとB級映画のようになってしまいかねないし、物語に補足を付け加えたりすると音楽を損なってしまう。
それだったら紙芝居に音楽をつけるほうが良い。
(ちなみに、以前、NHK教育で子供向けに放送したテレビ紙芝居の「魔笛」は面白かったです。)

映画版「魔笛」では、緑の大地、日光、めまぐるしい時間の経過など、映像ならではの表現や描写を駆使していて、そこにとびっきり美しい音楽が流れてくる。
(音の調和が気持ちよすぎて何度か意識が飛びました(汗)。)
たくさんの飛行機が降りてくる場面は「紅の豚」を、戦争で荒廃した大地が緑に覆われていく場面は「もののけ姫」を連想した。
観る前は歌詞が英語なのが心配だったけれど、実際に聴いてみるとあまり気にならなくて、サントラを買おうかと思っているくらい。
といっても、やはり「魔笛」はドイツ語の響きに愛着がありますが。


ザラストロは見るからに人望を感じさせる存在感があって、現実にこんな指導者がいたら、間違いなく清き一票を入れてしまうことでしょう。
歌の素晴らしさは言うまでもなく。
NHKが放送した「モーツァルトイヤー・ハイライト」の録画を見てみたら、ルネ・パーペはガラ・コンサートに出演していたのですね。ちょっと得した気分。

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ハリーポッター~不死鳥の騎士団

原作は読んだり読まなかったりなので、特に原作のファンというわけでもなく、でもこれまでの全作を劇場で観ていることになる。
なんだかんだと見続けているのは、ホグワーツをはじめとするビジュアルの楽しさと出演者の魅力が大きいからかもしれない。
「大人になりすぎっ」という不満はあるものの、主要キャスト(子役たち)の変更がなかったのも結果的に良かったと思うし、なによりも脇を固める大人たちが名優ぞろいなのが見逃せなくて。
エンド・クレジットを見ると、改めて豪華キャストなんだなと思います。

5作目は原作未読で鑑賞。
今回の新キャラは「紫ピンクのおばさん」アンブリッジとベラトリックス・レストレンジ。
アンブリッジは、ニコニコと微笑みながら、これでもかっていうくらいに憎たらしい。
演じているイメルダ・スタゥントンは、これまで見た作品では「うっとうしいけど、どこか憎めない」というキャラクターが多かったけど、こんなに憎々しくも演じられるのねー、と思った。

ベラトリックス・レストレンジ役のヘレナ・ボナム・カーターは、「チャーリーとチョコレート工場」の家族を愛するお母さんからは想像もつかない極悪ぶり。
だいたい、シリウス役のゲーリー・オールドマンは個人的に「三大怖い悪役」の1人で、その人を向こうに回して迫力負けしない女優なんてそうはいない。

ヘレナ・ボナム・カーターは、以前は19世紀後半から20世紀初頭を舞台にしたコスチューム物に多く出演していて、もしかしたら映画館で観ている回数が一番多い女優かもしれない。
コスチューム物の映画が好きなもので。
ちなみに、ヘレナ・ボナム・カーターを初めて観たのは、メル・ギブソン主演の「ハムレット」のオフィーリア役。
小柄で可憐、狂気の場面は静かな中に悲しさと痛ましさをにじませたオフィーリアだった。
それが今度は「良心なんて欠片もないわ」っていう演技で、演技の振り幅と振り切れ方がほんとにすごい。


前作の「炎のゴブレット」が場面転換がせわしなかったり、映像的にも平板だったりと、映画としてはイマイチに感じたのだけど、今回はホグワーツの風景が美しくて「映画として」面白かった。
ただ、これが子供向けなのかというと首をかしげてしまうけど。


最終巻が出たということで早く結末が知りたいのだけど、日本語訳が出ていないのは良いとして、英語版のハードカバーしか出ていないというのはいかがなものか。
早くペーパーバックを出してほしい。
というか、児童書の値段設定って高すぎませんか?

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