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2008年1月28日 (月)

あれを感動とはいいたくない

2004年のアジアカップでは、延長後半に入ってシュートをしようにも足が上がらない状態になりながらも必死でボールをキープし続ける鈴木隆行に感動したし、2006年のフィギュアスケート全日本選手権では、肩を脱臼しながら演技を続行した安藤美姫の姿に胸打たれた。

そんな私ですが、大阪国際女子マラソンの福士佳代子選手には冷めた気持ちになりました。
何度も転倒する姿は痛々しかったし、あの状態で完走した気力には敬服するけど、感動話に仕立てて盛り上げようとするマスメディアの扱いを見ると、「それは違うでしょ」と思う。

万全の準備をしたつもりでも不可抗力が起こったり、後になって「ここが足りなかった」ということがあったりするもの。
そういうシチュエーションならば感動したかもしれないし、市民ランナーの誰かであったなら拍手を送ったと思う。
また、練習で30km以上走ったことがなかったとしても、もっと規模の小さい大会で試験的に走ってみた、とでもいうのなら、練習の一環として納得できる。
ただし、その場合は「転倒しながら完走」という悲壮な状況には追い込まれないだろうけど。
でも、五輪代表候補と目されている選手が選考レースにぶっつけ本番で臨むのは無謀としかいいようがないし、アスリートとしての姿勢を疑ってしまう。
それを感動話として扱ってほしくない。
スポーツが与えてくれる感動ってこんなお手軽なものじゃないはずです。

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