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2008年2月

2008年2月28日 (木)

ロミオと白薔薇

先日、CSでフィギュアスケート欧州選手権のエキシビションを見ていたら、ステファン・ランビエールが一輪の白薔薇をジュリエットに見立てた「ロミオとジュリエット」を滑っていたのだけど、これが素晴らしかったのなんの。
ランビエールって「スピンが得意な選手」という認識だったけど、こんなに表現力があったとは。
この時の使用曲がニーノ・ロータ版ロミオとジュリエットをジョシュ・グローバンが唄ったもの。
もともとニーノ・ロータのロミオとジュリエットには無条件で弱いのだけど、これがまたアレンジ・歌唱ともに良かったので早速iTuneストアでダウンロードした。
この曲と「You Raise Me Up」と「ニュー・シネマ・パラダイス」が収録されたベストアルバムが出たら是非買おうと思うので早く出してください。

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2008年2月27日 (水)

保護者の義務とか

以下、競技ではなく教育問題的見地による興味なのですが。

浅田真央選手がコーチ解任及び拠点を日本に戻すとのニュース。
http://www.nikkansports.com/sports/p-sp-tp0-20080227-327931.html
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/sports/news/CK2008022702090794.html
コーチ解任の是非はともかく、日本に戻るという決断は本人のために良かったと思う。
周囲の大人もひっくるめたパッケージとしての「浅田真央」には不自然さを感じるので(控えめにいって)好きじゃないけれど、一人の17歳の女の子として見ると気の毒な状態だと思っていた。
優秀なスポーツ選手が学業より競技生活を優先するのはよくあることだし、ある程度はそういうことも許容されていいと思うのです。
でも、彼女の場合、極端というか、他の部分の犠牲があまりにも大きく思える。
どうやら語学習得が得手ではないんだろうし、物事への好奇心も薄そうだし。
(いずれも2年近くアメリカにいながら英語が上達しなかったことから判断。)
そういうタイプの子を同年代の友人や母国語の情報から引き離して長期にわたって海外で生活させたのは非常に酷だった。
言葉ができないということは情報も入ってこないということだから。

卓球の福原愛が大学を休学するかどうかで騒がれていたけど、彼女みたいにインタビューの受け答えがしっかりしていて、短期間で中国語を習得できるようなタイプなら、今学校に行くことにこだわらなくてもいいと思う。
学習能力も意欲もあるわけだから後になってから学ぶことができるし、黙っていても自分に必要な情報収集はするだろうし。
ハニカミ王子こと石川遼も同じく。
彼らの親たちがはたして「良い親」なのかという点については些か疑問もありますが、子どもたちは標準よりは上の社会的なスキルが身についている、ということはいえると思う。

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2008年2月25日 (月)

デジタルデバイドで失うもの

先週の週刊文春(2月28日号)で、林真理子が自らの機械オンチぶりを連載エッセイに書いていた。
これがネタとして誇張したのだとしても微妙だし、事実だとしたら、これまたどうよ?という話だった。
特に気になったのが、「DVDを再生できない」というくだり。
DVDデッキを買い換えたら使い方がわからなくなった、ディスクの出し入れがOPEN/CLOSEじゃない英語が書いてある・・・というのだけど、この「OPEN/CLOSE」じゃない英語とは、おそらく「EJECT」のことだと思われる。
でも、この手の機器はカセットデッキ・ビデオデッキから「EJECT」が一般的で「OPEN/CLOSE」表記のほうが珍しいはずなんですね。
カセットテープやビデオテープはどうやって再生していたのかと。
というか、そもそもユニバーサルデザインになっているから、DVDの出し入れくらいは「見ればわかる」はずなのだけど。
これがネタではなく事実だとしたら、ちょっといろいろと問題だと思うのだけども。

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2008年2月24日 (日)

大河ドラマ・翔ぶが如く

スカパーの時代劇専門チャンネルで大河ドラマ「翔ぶが如く」を放送中。
なかなか毎回は見られないけど、やっぱり面白い。

このドラマはなんといっても鹿賀丈史演じる大久保利通が圧巻です。
雨の中、傘を持って佇んでいるだけで「大久保」としての想いが伝わってきて、これぞ名演。
このドラマの後、「料理の鉄人」を見た時は変貌ぶりに驚いたもんです。

先日「江戸開城」の回を見たけど、鳥羽伏見の戦い~将軍慶喜が大阪から江戸に逃げ帰る~江戸開場と、普通なら三話くらいに分けそうな濃い内容だった。
「翔ぶが如く」の原作は、明治になってからの話で、このあたりのベースは「最後の将軍」。
慶喜が先見の明があって才気煥発、合理的な思考をする一方で、徹底した勤皇思想の持ち主、という矛盾を内包した人だったことは、原作を読んでいれば、「頭では」わかるのだけど、ドラマのこの回からは、そのもろもろが「感じ」とれた。時間にすれば十数秒のシーンから。
これはドラマ化の醍醐味の一つじゃないかと思う。
もちろん、それまでの歴史的経緯とか、慶喜の権謀術数を正面から丁寧に描いていたからなのだけど。
三田村邦彦の徳川慶喜は原作も脚本も相当読み込んだんだろうなーと思う。
それこそ血や肉になるくらいに。

・井伊直弼を一喝
・酔っ払って四賢侯を罵倒する場面
・新門辰五郎に見送られて江戸を去る場面etc.
これが慶喜が登場する場面ベスト3

矛盾といえば、勝海舟も「幕府」のことは見極めをつけつつも、将軍への忠義は尽くすという矛盾を抱えた人であることがドラマを見ていてよくわかった。

「翔ぶが如く」で島津斉彬を演じていたのが加山雄三、久光が高橋英樹。
加山雄三は見るからに育ちが良さそうで、江戸育ちの英邁な殿様らしかったし、高橋英樹は「兄斉彬ほど優秀ではないけれど愚鈍でもなく、時にはわからずやにもなるけれど基本的には家臣思いな殿様」という複雑な久光像を演じていた。
高橋秀樹の久光役があまりに良かったため、「篤姫」の斉彬が久光に見えてしかたがありません。

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2008年2月18日 (月)

銀盤の音楽

引き続きスケートの話題。

安藤美姫が使用している「カルメン組曲」を入手しました。
バレエ用に編曲したシチェドリン版ということで、入手するのにちょっと苦労しました。
一般的な「カルメン組曲」ならば普通に手に入るけど、シチェドリン版は街のCDショップはもちろんアマゾンでも在庫切れ。
結局、タワーレコードのオンラインサイトで見つけることができたけど、届いたCDを見たらタイトルと曲名がロシア語表記だったのでドキドキ。
iTuneの曲名は英語で表示されましたが。
有名なほうの「カルメン組曲」も好きだけど、カルメン登場のメロディ、「カルタの歌」をフィーチャーしたシチェドリン版は選曲もアレンジもシブイです。
前奏曲と運命の旋律の打楽器もカッコいい。
安藤美姫のカルメンは、オペラやビット版よりも原作に近いイメージだけど、そこがシチェドリン版カルメン組曲と合っていると思う。

他にCSで全米選手権を見たのがきっかけで、長洲未来の使用曲「コッペリア」のCDを購入。
バレエの「コッペリア」はテレビで何度か見ていたけど、こんなに素敵な曲だったのね、と認識を新たにしました。
ちなみに購入したのはカラヤン指揮のもの。
このCDは他に「レ・シルフィード」が収録されていて、オーケストラで聴くワルツ作品64-2と華麗なる大円舞曲もなかなか味わい深い。
以前から「ショパンのワルツって踊れないワルツよね」と思っていて、それはピアノだと一音一音を聴こうとしてしまって、それが足の動きと合っていないと気になるからじゃないかと思う。
でも、オーケストラ編曲は踊りにぴったりじゃないですか。
メロディはとびっきり美しいわけだし。
で、スケートも曲をイメージとして流して滑るプログラムなら良いけど、曲にあわせて滑るタイプのプログラムにピアノ曲は不向きな気がする。
特に超高速の「幻想即興曲」は難しいと思うのだけど、使いたがる人が多いのが不思議。
速いパートにあわせようとすると、実際よりも遅く見えてしまって損だと思うのだけど。
この曲に合わせて見劣りしないのって、ランビエールの超高速スピンくらいじゃなかろうか。
(他にもいるかもしれないけど、たまたまCSで欧州選手権のエキシビションを見たもので)

フィギュアスケート使用曲を集めたCDというのはいろいろ出ているけど、実際に使用されているバージョンではないことが多いのが残念。

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2008年2月17日 (日)

無謀な賭け、果敢な挑戦

フィギュアスケートの四大陸選手権・女子シングルフリー。
放送を見る前に結果は知っていたので、四回転を失敗した安藤美姫の演技が気がかりだったけど、失敗を引きずらなかったのが良かった。

トリノ五輪の四回転挑戦と今回のそれは挑む姿勢も意味合いも全然違うと思うのです。
挑戦に失敗はつきものだし、「せっかく跳べるんだから大舞台で挑戦したい」というのはアスリートの性(さが)みたいなものなのだろうけど、トリノの時は無謀な賭けにしか見えなかった。
フィギュアスケートはジャンプを跳ぶためだけにあるわけではないし、五輪は個人の思い出作りの場ではないし。
いえ、本心から「思い出作り」と割り切れていたのならいいけど、トリノ五輪の時は、結局は不調をごまかすために虚勢をはっていたわけだし、虚勢をはらざるをえないような状態で大技などが決まるはずもなかった。
まあ、当時はマスコミの過熱ぶりもひどかったけど。
でも今回は、身体も絞れているし、ジャンプのエッジも矯正したし、他の要素も質を高めてきて、そのうえでのトライ。
マスコミは「起死回生のための大技」と煽ったけど、一アスリートとしてのこだわりとして臨んだ四回転だったから、失敗しても爽快感があったし、今回は「果敢な挑戦」だと思えるのだと思う。
他の要素でレベル4を4つとって、それで3位は結果としても悪くない。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/winter/skate/figure/column/200802/at00016393.html
http://iceblue.cocolog-nifty.com/figure/2008/02/3_c749.html


エキシビションの安藤美姫を見ると、根っからショー向きのスケーターだと思う。
観客の気持ちを掴むし、アドリブも利くし、サービス精神もある。
先月テレビで放送されたスターズ・オン・アイスを見ていて、荒川静香がプロとして努力して身につけようとしている要素を安藤美姫は生まれながらにして持っているんだなと思った。
(荒川がもしも嫉妬する対象があるとしたら、それは安藤だと思う。でも妹のように可愛がっていますね)
逆に安藤美姫のほうは、競技としてのフィギュアスケートでより高い域にのぼるためには、荒川静香のような優雅さを身につけることも必要になっていくんだろうけど。
SPが「サムソンとデリラ」、FSが「カルメン」なのでセクシーさばかり言及されがちだけど、動きが柔らかくなったと思います。

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2008年2月 8日 (金)

ドラマのことなど

「鹿男あをによし」(フジテレビ・木曜10時)をなんだかんだと毎週見ています。
藤原先生のキャラクターが面白くて見始めたけど、リチャード(児玉清)、学年主任(篠井英介)、つかみどころのない福原先生(佐々木蔵之介)、京都のマドンナ(柴本幸)等、脇の登場人物もみんな一癖ありそうで面白い。
なにより鹿は可愛いし、奈良と奈良近郊と京都の街並みや風景が出てくるのも楽しい。
奈良から伏見稲荷に行くのに嵯峨野の竹林が出てくるのはどうかと思うけど、それもまたご愛嬌。
鹿が出てくるたびに「カワイイ」と大騒ぎで、意外と鹿好きな自分にびっくりです。
たしかに鹿島神宮に行けば鹿にエサをあげるし、安芸の宮島にも行ったけど。
(宮島の鹿にはブラウスの裾を噛まれたし)
歴史の薀蓄も楽しい。

そして、やっぱり藤原先生。
もうね、ストーリー展開とか、大和杯の勝敗とか、「サンカク」の行方とかはどうでもいい(いや、よくないんだけど)。
過去のきれいどころの役ではあまり魅力を感じなかったけど、「歴史おたくでカリントウ好きで、話が飛びまくって、手酌でビールを飲んで、鹿に馬鹿じゃないのかと言われる」藤原先生の綾瀬はるかはホントに可愛い。
表情の一つ一つ、仕草の一つ一つがおかしくてラブリーで目が離せない。
「ホタルノヒカリ」でコミカルな役も出来るんだなと思ったけど、藤原道子のほうがよりハマっている。
「里見八犬伝」の浜路役の時はボロクソ言っていた友人も、藤原先生は大絶賛です。


「ハチミツとクローバー」も毎週見ているドラマだけれど、出演者目当ての場合ちょっと無理して見ることも多いのが、そういうこともなくスッと入る感じ。
ものすごく強く感情移入したり、ものすごく心を揺さぶられたりはしないけど、みんな可愛くて頑張っていて。
舞台が美大ということで、絵画や彫刻を製作する過程をドラマチックに描くのはなかなか難しいだろうし、美術品を見て受ける感動というのも本来は静かなもの。
かといって製作シーンでモノローグを入れられてもうっとうしいだけだし。

無理矢理に「予想外の展開」に持っていって気持ちをぐいぐい引っ張ろうとするようなドラマにはちょっと辟易なので、どちらのドラマも気楽にたんたんと見ていられるところがむしろ好ましい。

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2008年2月 6日 (水)

傘さし運転の謎

雪がちらつく東京の朝、傘さし運転する人に遭遇。
徒歩でさえ傘なんてささずに済めばこしたことはないし、濡れることが心配なほどの雨ならまだしも、「ちらつく」程度の雪で傘をさして自転車に乗ろうと思うことが不思議・・・と思ったけど、もしかして「片手運転は危険」という認識そのものが欠如している人が増えてきているんだろうか。
夏になると遭遇する晴天の日に「日傘」を持ってふらふら自転車に乗っている「比較的高齢の女性」の存在も、片手運転を危険だと認識していないのなら腑に落ちる。
腑に落ちるといっても、日傘さし運転もチラ雪で傘さし運転も禁止行為であることには変わりはないし、たとえ傘さしでなくても本格的な降雪時に自転車に乗るのは雨の日以上に危険ですが。

傘をさすかどうか、自転車に乗るかどうかって、その日のお天気を見てケースバイケースで判断するものだと思っていたけど(本来そういうものでしょう)、「天気の如何によらず自転車には絶対に乗る」、「雨・雪が降ったらとにかく傘をさす」という固定観念でもあるのかなと思ったり。
これって一種の思考停止じゃないでしょうか。

自転車に乗って携帯電話を使用するのも、ヘッドホンで音楽を聴くのも、幼児を前後に乗せるのも、そして傘さし運転も、規則で禁止するまでもなく普通に危ないとわかることだと思っていた。
でも、それがわからない人が増えてきて、だからルールで規制するしかなくなっている、ということだろうか。

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2008年2月 4日 (月)

普通に話せばよかったのに

倖田來未の「羊水腐る」発言、予想以上に波紋が大きかったようです。
くだんのラジオは聞いていないけど、言いたかったのは「高齢出産はリスクが大きい」ということで、悪意があるとか、含むところのある発言には思えない。
だとしてもデリカシーを甚だしく欠いていることは否めませんが。

このことで気になるのは、いわゆる「失言」とは様相を異にしていること。
普通、「口が滑る」とか「失言」というのは、口にすべきではない話題、もしくは婉曲に言うべきことをうっかりストレートに言ってしまうこと。最近だったら菅直人の「利権顔」なんかがそれに当る。
でもこの発言は、不用意というよりは、普通に言えば済むことをわざわざ下品な言い方をして騒ぎになったように思える。
ついうっかり失言したわけではなく。
だいたい「羊水」という単語が常日頃から脳裏にあって、何かの拍子につい口から出てしまう、なんていう人はそう滅多にはいないはず。

倖田來未は「エロカッコイイ」をはじめ、独自の表現を使うのが好きなようだから、人と違った表現をしようとするあまりに行き過ぎてしまったのかな、と思う。
だとしても下品すぎるし、その点は擁護する気はないのだけど、過激な表現に走る傾向はこの人に限ったことじゃないので、そのことが気になっている。

ここまでの騒ぎになることはないにしても、一般レベルでも「自分語」で周囲を不快にしている子っていうのが少なくない気がする。
「自分なりの表現」の前に、社会でいきわたっている「あたりまえ」の表現をまず学ぶほうが先だと思う。
人を不快にしないためにも、自分が痛い目に遭わないためにも。
ありきたりの表現だって、それなりに意味があるものだし。

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