« モノンクル~伊丹十三 | トップページ | 残念、でも楽しみ »

2008年6月19日 (木)

ブラナー版ハムレット(DVD)

ケネス・ブラナー監督・主演の「ハムレット」のDVDを購入。

公開当時は4時間と長いし、時代設定を19世紀に変えたことも好みに合わない、ということで敬遠したのだけど、何年か前にBSで放映したのを見て、思わず引き込まれてしまった作品です。
「好きじゃないのに引き込まれる」というのはめったにないけど、降参したようなものなので、その分思い入れも深くなる。
テレビで見た時、特に印象に残ったのが、ラストのノルウェー軍が侵入する場面で、それを観るためにDVDを買ったといっても過言ではない。
でも、今回DVDで見直してみて、全編にわたって素晴らしい映画であることを再認識した。
それまで退屈だとかただの装飾だと思っていたハムレットの台詞の一つ一つが、ブラナーの声と抑揚と表情で語られるとストレートに心に入ってきて、ハムレットという人物が立体的に見えてくる。
時代背景の変更も、ブラナー監督作でも「空騒ぎ」の衣装風俗の時代設定を新しくしたことには必然性を感じなかったし、ディカプリオがロミオを演じたバズ・ラーマン版「ロミオとジュリエット」も演出や美術は斬新で面白かったものの、思いっきり現代の設定なのに2人が携帯電話を持っていないことが不自然だったりと、時代背景の大幅な変更は裏目に出ることもままあったりする。
でも、この「ハムレット」ではそれが大成功で、変更したことにはっきりと必然性も感じられた。
鏡を多用した演出も効果的だったし、「国王と王妃」「王子」「宰相」という立場の描写が明確になり、最後のノルウェー軍の侵入--整列した軍隊がじわじわと宮殿に迫ってくる--の描き方も時代設定の変更あればこその場面。
整然と動く大軍団というと近代以前ではローマか古代中国に遡ってしまうから、従来のハムレットの時代設定では描けない。
拘束衣を着せられて床に転がされた状態で登場する狂気のオフィーリアの描き方も衝撃的だった。
ただ、オフィーリア役のケイト・ウィンスレットが、墓地で棺から抱き起こされる場面で体格が良すぎるのは興ざめ。
衣装がパジャマみたいなのも身体のごつさを際立たせていたので、貴婦人の正装にすればよかったのに。
狂気の場面は熱演だし、19世紀から20世紀初頭の衣装が似合って、前半の父とハムレットの板挟みになるあたりはとても良かったのだけど。

要所要所で登場する豪華キャストも効いていて、特に墓堀人夫のビリー・クリスタルがウィットがあって好き。


ブラナー版の前には1990年のゼッフィレリ版があって、フォーティンブラスは出てこないし、台詞を大幅に省略していたりと駆け足だし、ドラマとしての深みという点では物足りなさもあるけれど、時代背景をシェイクスピアの頃よりもずっと昔に設定して、ヴァイキングの時代を彷彿とさせる粗い生地の衣装に建物、小道具、そして荒涼とした風景と、映画を「ハムレット」という昔話のヴィジュアライズとして捉えるならば、こちらのほうが好みです。
もともと近代よりも中世のほうに興味がある、というのもあるけれど。
出演する俳優の容貌もゼッフィレリ版のほうがブラナー版よりもフォトジェニック。
ポール・スコフィールドの先王の亡霊は昔からのイメージそのまんまの亡霊だし、レアティーズは爽やか二枚目なお兄さんで、ホレーシオも優しげ。
オズリック役がジョン・マッケナリーなのも「ロミオとジュリエット」好きとしてはうれしいキャスティングだった。
グレン・クローズ演じる、母としても妻としても「女」を強調したガートルードも良かった。
この映画のガートルードの衣装は全部好き。
オフィーリアについては、演出がまるで違うことを差し引いても、ヘレナ・ボナム・カーターのほうがいい。
ヘレナ・ボナム・カーターのオフィーリアは容姿の可憐さもさることながら、後半の狂気の演技が秀逸。
オフィーリアの視線の先にはクローディアスがいて、兄レアティーズがいて、その目は彼らを見ているのに、そこにいない誰かを見て話しかけている、と感じさせる静かな狂気の演技なのですね。
レアティーズ・オフィーリアの兄妹は、こちらの美男美女の兄妹が好きです。

このゼッフィレリ版を観て、それまで単なるアクション俳優だと思っていたメル・ギブソンを見直すことになったのだけど、ブラナー版をじっくり見た後だとメル・ギブソンの演じるハムレット像がいささか単調で平面的に見えてしまう感は否めない。
終始一貫して挙動不審なのはゼッフィレリがそういう解釈で演出したのかもしれないけど、やはり主役の演技力の違いは歴然と感じる。
ただし、メル・ギブソンがダメというのではなく、ブラナーの演技力がすごい、ということだけど。

このDVDは「ケネス・ブラナー、ラッセル・ジャクソン教授による音声解説」も興味深い内容で面白いので、字幕で解説を読みながら映画を見るのも一興。

DVDの特典としては、他に過去のシェイクスピア映画の予告編が入っていて、1930年代の「ロミオとジュリエット」、「真夏の夜の夢」の予告がそのまま「全米が泣いた」式なのは笑ってしまった。
オリヴィエ版「オセロ」になると現代的というか予告にも工夫が見られるようになったけれど。
予告編の中にはゼッフィレリ版の「ハムレット」もあって、手元にある古くなったVHSの映像と比べると鮮明で美しい。
これと、ブラナーがイアーゴを演じた「オセロ」の2本のDVD発売を切実に希望。

そんなにハムレットが好きか、シェイクスピアが好きかと問われれば、それほどでもないとも思うのだけど、ブラナーの扮するイアーゴとナサニエル・パーカーのキャッシオーは見てみたいし、ゼッフィレリの衣装とセットも是非ともDVDの鮮明な映像で見たいのでよろしく。

|

« モノンクル~伊丹十三 | トップページ | 残念、でも楽しみ »

映画(洋画)」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。トラバさせていただきました。
よろしくです。

投稿: ryotaro | 2008年7月 3日 (木) 21時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブラナー版ハムレット(DVD):

» 『ハムレット』シェイクスピア [ryotaroの文学散歩]
デンマーク王が急死。 死後、大してたたぬうちに妃のガートルードは 王弟のクローディアスと結婚します。 王子ハムレットは「弱きもの、汝の名は女なり」と フェミニスト団体が怒りそうな発言w その後、父の亡霊から、実はガートルードとクローディアスに 殺されたのだと明... [続きを読む]

受信: 2008年7月 3日 (木) 21時36分

« モノンクル~伊丹十三 | トップページ | 残念、でも楽しみ »