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2008年6月

2008年6月30日 (月)

フロスト警部

ミステリー・チャンネルは、元々はアガサ・クリスティのドラマと「シャーロックホームズの冒険」のために契約したようなもので、長らくそれ以外のドラマには興味がわかないでいた。
それが、ナサニエル・パーカー目当てでリンリー警部を見始めたことから「主任警部モース」と「フロスト警部」も見るようになったのだけど、犯罪捜査モノのドラマとしてはモースとフロストのほうが面白いんじゃないかと思う今日この頃。

終盤しか見られなかった「フロスト警部」の再放送が始まって、たいへん喜んでいるのだけど、第一話の「クリスマスのフロスト」を見て、脚本の上手さに改めて脱帽しました。
日本の2時間サスペンスだったら再現シーンにしたり、説明台詞が続きそうなところを、さりげなく、でも印象的に描いていて、これは作る側が視聴者を信頼しているからできることだと思う。

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デーヴとCHANGE

木村拓哉主演のドラマ「CHANGE」の、総理大臣になって以降のストーリー展開に映画「デーヴ」を思い出した。
総理らしからぬ行動に反発していたSPがキムタクを心から案じるようになっていく過程とか、寺尾聡演じる官房長官は映画でいうならフランク・ランジェラの大統領補佐官だな、とか。
「CHANGE」って、キムタクの足を引っ張りたいおじさんマスコミからはとかく揚げ足をとられることが多いし、パクリだなんだと言う人もいそうだけど、「デーヴ」のオマージュ的ドラマを作ろうというのは良いことじゃないかと思う。


ちなみに、「デーヴ」は1993年公開のアメリカ映画。
小さな派遣会社を経営するデーヴは大統領のそっくりさん。
アルバイトで1日限りの大統領の影武者を演じるが、本物の大統領が脳卒中で倒れてしまい契約延長することに。
困った人を放っておけないデーヴの温かい人柄が国民の支持を得て、本物の大統領との仲が冷え切っていた大統領夫人とも心を通わせるようになり、そして・・・という物語。

現実にはあり得ないといえばそれまでだけど、「こんな大統領がいたらいいな」と思える、大好きな映画の一本です。
デーヴと大統領の二役を演じるケヴィン・クラインは、心優しいデーヴと傲慢なビル・ミッチェルを見事に演じ分け、ブッシュ・シニアを真似たという演説も迫力満点。
それから、スーツの着こなしがとても素敵。
大統領役だからオーソドックスなスーツなのだけど、それがとてもスマートに見える。
シガニー・ウィーヴァー演じる大統領夫人エレンは、毅然としてかつエレガント。
カテゴリーとしては現代のお伽話になるのだろうけど、描き方は細部にわたって神経が行き届いていて、ホワイトハウスのセットもリアリティがある。
で、こういう、一見地味な映画や「フォレスト・ガンプ」のCGに製作費をかけるところがアメリカ映画の底力というか、良心だなと思ったものだった。
その後、「タイタニック」の「一等船客=俗物、三等船客=活気があっていい人」という単純な二元対立な描き方に、「ハリウッドの良心」についてはかなり疑いを感じるようになったけど。

キムタクはビジネススーツが似合わないので、「華麗なる一族」の時はそこがマイナスだったのだけど、今回は「普通の青年が総理になる」という設定なので、似合わなさも含めて設定に生かされていると思う。


別に「CHANGE」を熱心に視聴しているわけでもなんでもないけど、100%フィクションで作られているドラマがあり得ない展開という理由でバッシングされるのなら、連続高視聴率を持ち上げられている「篤姫」はどうなのかって思うわけである。
一応、「史実にもとづいたフィクション」のはずだけど、あり得ない人物設定にあり得ない超展開の連続なのですが。
今に始まったことじゃないけど、ダブスタですね。

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2008年6月27日 (金)

残念、でも楽しみ

テニスの試合中継って、必ず視聴する対象ではないのだけど、ウィンブルドンは毎年なんだかんだと見てしまう。
で、錦織圭のウィンブルドン初挑戦の試合について。
18歳でツアー初優勝したということで、騒がれていたのは知っていたけど、プレーを見るのはこれが初めてです。
「最年少○○」「弱冠○○歳で~」というのは決して嫌いではないけれど、一瞬の花火で終わってしまうこともママあるから、早熟の天才に期待しすぎは禁物・・・と錦織選手に対してもちょっと様子見の気分でいた。
でも、プレーを見て期待感が高まりました。
調子の波に乗ってガンガン行くのではなく、常に自分をコントロールしながらプレーしていて、フォアハンドは威力があるし、サーブ&ボレーも良かった。
ヒューイットにちょっと似てるかしらん。
腹筋痛による途中棄権は残念だったけど、先が楽しみ。

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2008年6月19日 (木)

ブラナー版ハムレット(DVD)

ケネス・ブラナー監督・主演の「ハムレット」のDVDを購入。

公開当時は4時間と長いし、時代設定を19世紀に変えたことも好みに合わない、ということで敬遠したのだけど、何年か前にBSで放映したのを見て、思わず引き込まれてしまった作品です。
「好きじゃないのに引き込まれる」というのはめったにないけど、降参したようなものなので、その分思い入れも深くなる。
テレビで見た時、特に印象に残ったのが、ラストのノルウェー軍が侵入する場面で、それを観るためにDVDを買ったといっても過言ではない。
でも、今回DVDで見直してみて、全編にわたって素晴らしい映画であることを再認識した。
それまで退屈だとかただの装飾だと思っていたハムレットの台詞の一つ一つが、ブラナーの声と抑揚と表情で語られるとストレートに心に入ってきて、ハムレットという人物が立体的に見えてくる。
時代背景の変更も、ブラナー監督作でも「空騒ぎ」の衣装風俗の時代設定を新しくしたことには必然性を感じなかったし、ディカプリオがロミオを演じたバズ・ラーマン版「ロミオとジュリエット」も演出や美術は斬新で面白かったものの、思いっきり現代の設定なのに2人が携帯電話を持っていないことが不自然だったりと、時代背景の大幅な変更は裏目に出ることもままあったりする。
でも、この「ハムレット」ではそれが大成功で、変更したことにはっきりと必然性も感じられた。
鏡を多用した演出も効果的だったし、「国王と王妃」「王子」「宰相」という立場の描写が明確になり、最後のノルウェー軍の侵入--整列した軍隊がじわじわと宮殿に迫ってくる--の描き方も時代設定の変更あればこその場面。
整然と動く大軍団というと近代以前ではローマか古代中国に遡ってしまうから、従来のハムレットの時代設定では描けない。
拘束衣を着せられて床に転がされた状態で登場する狂気のオフィーリアの描き方も衝撃的だった。
ただ、オフィーリア役のケイト・ウィンスレットが、墓地で棺から抱き起こされる場面で体格が良すぎるのは興ざめ。
衣装がパジャマみたいなのも身体のごつさを際立たせていたので、貴婦人の正装にすればよかったのに。
狂気の場面は熱演だし、19世紀から20世紀初頭の衣装が似合って、前半の父とハムレットの板挟みになるあたりはとても良かったのだけど。

要所要所で登場する豪華キャストも効いていて、特に墓堀人夫のビリー・クリスタルがウィットがあって好き。


ブラナー版の前には1990年のゼッフィレリ版があって、フォーティンブラスは出てこないし、台詞を大幅に省略していたりと駆け足だし、ドラマとしての深みという点では物足りなさもあるけれど、時代背景をシェイクスピアの頃よりもずっと昔に設定して、ヴァイキングの時代を彷彿とさせる粗い生地の衣装に建物、小道具、そして荒涼とした風景と、映画を「ハムレット」という昔話のヴィジュアライズとして捉えるならば、こちらのほうが好みです。
もともと近代よりも中世のほうに興味がある、というのもあるけれど。
出演する俳優の容貌もゼッフィレリ版のほうがブラナー版よりもフォトジェニック。
ポール・スコフィールドの先王の亡霊は昔からのイメージそのまんまの亡霊だし、レアティーズは爽やか二枚目なお兄さんで、ホレーシオも優しげ。
オズリック役がジョン・マッケナリーなのも「ロミオとジュリエット」好きとしてはうれしいキャスティングだった。
グレン・クローズ演じる、母としても妻としても「女」を強調したガートルードも良かった。
この映画のガートルードの衣装は全部好き。
オフィーリアについては、演出がまるで違うことを差し引いても、ヘレナ・ボナム・カーターのほうがいい。
ヘレナ・ボナム・カーターのオフィーリアは容姿の可憐さもさることながら、後半の狂気の演技が秀逸。
オフィーリアの視線の先にはクローディアスがいて、兄レアティーズがいて、その目は彼らを見ているのに、そこにいない誰かを見て話しかけている、と感じさせる静かな狂気の演技なのですね。
レアティーズ・オフィーリアの兄妹は、こちらの美男美女の兄妹が好きです。

このゼッフィレリ版を観て、それまで単なるアクション俳優だと思っていたメル・ギブソンを見直すことになったのだけど、ブラナー版をじっくり見た後だとメル・ギブソンの演じるハムレット像がいささか単調で平面的に見えてしまう感は否めない。
終始一貫して挙動不審なのはゼッフィレリがそういう解釈で演出したのかもしれないけど、やはり主役の演技力の違いは歴然と感じる。
ただし、メル・ギブソンがダメというのではなく、ブラナーの演技力がすごい、ということだけど。

このDVDは「ケネス・ブラナー、ラッセル・ジャクソン教授による音声解説」も興味深い内容で面白いので、字幕で解説を読みながら映画を見るのも一興。

DVDの特典としては、他に過去のシェイクスピア映画の予告編が入っていて、1930年代の「ロミオとジュリエット」、「真夏の夜の夢」の予告がそのまま「全米が泣いた」式なのは笑ってしまった。
オリヴィエ版「オセロ」になると現代的というか予告にも工夫が見られるようになったけれど。
予告編の中にはゼッフィレリ版の「ハムレット」もあって、手元にある古くなったVHSの映像と比べると鮮明で美しい。
これと、ブラナーがイアーゴを演じた「オセロ」の2本のDVD発売を切実に希望。

そんなにハムレットが好きか、シェイクスピアが好きかと問われれば、それほどでもないとも思うのだけど、ブラナーの扮するイアーゴとナサニエル・パーカーのキャッシオーは見てみたいし、ゼッフィレリの衣装とセットも是非ともDVDの鮮明な映像で見たいのでよろしく。

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2008年6月 1日 (日)

モノンクル~伊丹十三

日本映画専門チャンネルで「13の顔を持つ男 -伊丹十三の軌跡-」を見た。
伊丹十三が多才な人だということは知っているつもりだったけど、思っていたよりも遥かに多才で、
かつ、一つ一つを極めた人だったことを知る。
子ども時代に描いた絵を見て、その類稀な観察眼と表現力には感じ入った。
そして、今のテレビのドキュメンタリーの手法は伊丹十三に負う部分も多かったのですね。

伊丹十三は、エッセイスト、俳優の順にその存在を認識して、「パスタをアルデンテで茹でる」ということを著書で知った、ということは以前にも書いたことがあるけれど、私にとっては「物知りで、わけ知りでハイカラな親戚のおじさん」のような存在だった。
もちろん精神的に、ってことですが。

子どもには、こういう「おじさん」的存在が必要なんじゃないか、と思ったりする。
たとえば「あ・うん」の父の旧友門倉とか、「更級日記」の主人公に「まめまめしきものはまさかりなん」といって「源氏物語」を贈るおばさんのような、生活に彩を添えてくれる人が。

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