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2008年10月

2008年10月30日 (木)

服装・態度で不合格は当然

入試は合格…独自の服装チェックで不合格

校長は解任されるらしいけど、これは学校側を支持しますね。
謝罪なんてする必要はなかったのに。
「人を外見で判断しちゃいけない」というのは、生まれつきの顔立ちとかのことであって、身だしなみのことじゃない。
それがきちんとできていないのなら、不合格にされてもしかたがないでしょ。
大人になったらそういう状況にイヤというほど出くわすのだし。

#ちょっと心配なのは、学校の教員にはなぜだか「天然の茶髪と染めた髪」、「天然のくせっ毛とパーマ」の見分けがつかない人が多いことですが。

入試の合否からは話が逸れますが、前髪とか襟足の長さを校則で決めたりするのは行き過ぎだと思うけど(そういうところもあったから)、茶髪、ネイルアート、下着が見えそうなミニスカート、ズボンの引きずりを禁止するのは当然のこと。
別に受験期間だけ真面目なふりをするんでもいいんですよ。
臨機応変にTPOに合わせようという気持ちが大切。
入試の期間さえも服装と態度を改めなかったという、そのことが問題だと思う。
学校は社会に出るための準備でもあるのだから。

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2008年10月29日 (水)

おめでとう&お疲れ様

田辺聖子が文化勲章を受賞とのこと。
好きな作家がふさわしい栄誉を受けるのは素直にうれしい。

現代モノで読んだのは「日毎の美女」と「感傷旅行」だけですが、「新源氏物語」、「舞え舞え蝸牛」、「隼別王子の叛乱」など古典モノは軒並み大好きです。
(「鬼の女房」の小野篁の幽霊妻の話も切なくていいなぁ)

文章が流麗なだけでなく、史実の捉え方も偏りがないし、評伝では人物の捉えかたが立体的。
エッセイで語られる内容はとても良識があって「練れて」いるけれど、現代の常識を古典モノに持ち込んだりしないところも好きな点。
「千すじの黒髪」の与謝野鉄幹、「花衣ぬぐやまつわる・・・」の杉田久女など、常識に外れた行動や性格の欠陥は冷徹に描きつつ、でも、対象への愛情は厳として感じられるのです。
サブタイトルに「わが愛の」とつけているとおりに。

そして、引退会見をした高橋尚子選手。
シドニー五輪後はいろいろあったけど、「強くて速い」金メダリストだったことは記録にも記憶にも残るから。

で、陸連には心から反省しろといいたい。高橋に謝罪してもいいくらいだ。
名古屋国際女子マラソン前に故障していたこと及び北京五輪に出られなかったことはともかく、アテネ五輪に出場できなかったことに関しては、陸連が故意に妨害したも同然だと思っている。
少なくとも2003年の世界陸上まではシード扱いで良かったはず。
ベルリンマラソンで優勝・世界新を出して結果も出していた。
それでなくても調整が難しいマラソンという競技で、実績のある選手を実績のない選手と横並びに扱って出場権獲得で消耗させたことが残念でならない。
時間の無駄だし、公平・平等を履き違えている。
陸連のそういう体質が、北京五輪の失態(野口の欠場、土佐礼子の途中棄権)を招いたんだと思う。

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2008年10月27日 (月)

銀盤のジゼル

いよいよフィギュアスケートのシーズン開幕。
ランビエールの引退発表は残念でした。
優雅な演技はショーでは見られるのだろうけど、真剣勝負の場で見られなくなるのはさびしい。


さて、スケート・アメリカ。
安藤美姫のSP「SAYURI」はステップの転倒以外は良かったけれど、右まぶたが腫れていたのはストレスのせい?
紺とピンクの大胆な配色の衣装は、芸妓の華やかな雰囲気をかもし出していて良かったです。
変に着物っぽいデザインが入っていなかったのも良かった。
氷上のくのいちファッションは嫌いなので。

フリーは、ネットの評判があまりに辛口だったので、録画をおそるおそる見たけれど、恐れていたほど悪くなかったので一安心。私が安心するのも変なのだけど。
新プログラムの「ジゼル」は、ジャンプ以外は滑り込みが足りない印象で、プログラムについてはなんともいえないのだけど、ジゼルの狂乱を表現した箇所などはバレエを彷彿とさせて面白かった。
ジゼル比べでは、演技自体は中野友加里のほうがまとまっていて良かったけど衣装が野暮ったいのが惜しい。
バレエの衣装をそのまま取り入れたデザインだけど、長めのスカートとトゥシューズを履いてこそ映えるデザインだし、ローザンヌなどでもそうだけど、舞台セットなしだともっさり見えてしまう。
衣装については安藤の方が冒険していて見栄えがするものの、去年のカルメンのように「好き!」という感じではなく、どうせならもっと抽象化するか、いっそ第2幕の「死の衣装」みたいな感じなら良かった。

キム・ヨナのSPの点数の高さはちょっとどうかなと思ったけど、動きの美しさ、メリハリはほんとにほれぼれしてしまう。
衣装もよかった。


スケートアメリカの安藤美姫というと、どうしても2006年の復活劇が頭にあるので、「今年も!」と期待してしまうけど、そうそううまくはいかないものです。

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2008年10月26日 (日)

ブーリン家の姉妹

「ブーリン家の姉妹」を観てきました。
ネットの評判が辛口なものが多くて、たしかに観終わってから「もうちょっと」と思う場面もあったけど、当時の肖像画から抜け出たような衣装の数々を見るだけでも楽しめたし音楽も良かった。
衣装デザインは「恋に落ちたシェイクスピア」のサンディ・パウエルで、この人の衣装は時代の雰囲気を醸しだしていて好き。
アンの衣装のみがちょっと異質な感じがしたけど、それはわざと狙ったのかなと思った。

原題になっている「もう一人のブーリン娘」メアリー役のスカーレット・ヨハンソンは好演で、おっとりとして、家族の野心の道具にされながらも、運命に流されそうで流されないメアリー・ブーリンで、衣装もとても似合っていた。
「真珠の耳飾りの少女」でコスチューム物が似合うことは知っていたけど、この映画のメアリーの衣装は全部素敵です。
一方、アン・ブーリン役のナタリー・ポートマンは大熱演。
この映画のアン・ブーリンはかなりイヤな女性だけど、よくもここまで演じたなーと思う。
20年前ならヘレナ・ボナム・カーターで見たかった役だけど。

原作の上巻を読み終えたところで映画を観にいったので、前半は原作との違いを考えながら、後半は予備知識なしで観ることになった。
レディ・ブーリン(アンとメアリーの母親)の性格が原作とは変えられていたけど、これについては映画のほうが良かった。
原作のレディ・ブーリンはあまりにひどい母親で、逆にリアリティを欠いていたので。
クリスティン・スコット・トーマスがとても味があって、自分自身は大貴族の娘で、その矜持を持ちつつも新興の夫を支える妻、という感じがよくでていた。

それからキャサリン王妃役のアナ・トレント。
顔だけみた時は「え、これが?」と思ったけど、自らの正当性を主張する場面など、優雅で堂々とした威厳のある王妃でした。

ヘンリー8世のエリック・バナは、年齢的にもぴったりだし、トロイのへクトールが良かったので、かなり期待していたのだけど、可もなく不可もなく、という感じだったのがちょっと残念。
「1000日のアン」のリチャード・バートンのような「むせかえるような男の色気」を期待したのですが(笑)

原作を端折るのは上映時間の制約があるからしかたがないのだけれど、アンとメアリーが表舞台に登場する前にヘンリーが愛人に庶子を生ませていたことは、ナレーションだけでも説明したほうが良かったんじゃないかと思う。
ヘンリーが「嫡出の男子」に執着していることを説明するために。
もっとも、なにをどうやっても、ヘンリー8世はよくわからない人ではありますが。

一国の君主の心理など簡単に理解できるものではないんだけど、それでも、たいていの場合、その行動にある程度の一貫性はあるもの。
生まれながらにして型破りだったり、生涯を通して謹厳実直だったり。
でも、ヘンリー8世は法王から「信仰の擁護者」の称号を受けるほど熱烈なカトリック信者で、いってみれば優等生だったのに、いざ王妃との離婚問題が発生するとローマ・カトリック教会から離脱。
恋愛至上主義だとしたら祖父のエドワード4世ゆずりともいえるけど、エドワード4世はシラッと重婚していたりとずぶとい人でもあったのに、そういうわけでもない。
英国国教会まで作って結婚したアンのことは3年で離婚・処刑してしまうし。
嫡出の男子にこだわるのなら、安産だった女性と結婚すれば確実だろうに庶子を生んだ女性たちには冷淡。
ほんとになにがしたかったのかと思ってしまう。


「1000日のアン」を観たくなったので、DVDを出すかWOWOWで放送するかしてほしい。


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追記:
原作を読了。

原作にはカール5世(スペイン王・神聖ローマ帝国皇帝)とフランソワ1世が戦ったパヴィアの戦いとその戦後処理がヘンリー8世とキャサリン王妃の関係に影響するくだりがあって、面白かった。
アン・ブーリンは映画よりもより一層悪辣なイヤな女で、後半はそれがさらに加速。
王妃になって以降のアンが追いつめられていく様子は面白いし、ストーリーとしては辻褄はあっているけど、いささかやりすぎの感は否めない。
あまり極端な説って敬遠してしまうんですよね。

ヘンリー8世がアンを追いつめるやり方は「エリザベス~愛と陰謀の王宮」でエリザベスがエセックス伯を追いつめるところと重なって、可愛さ余って憎さ100倍という感じ。
狡猾さといい強引さといい、似たもの親子。

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2008年10月25日 (土)

さよならみどりちゃん

NHKのドラマ「ジャッジⅡ~島の裁判官奮闘記」が始まった。
去年放送された1を欠かさず見ていたのに、続編があることはノーチェックだったので、危うく第一話を見逃すところだった。
丁寧な作りのドラマで、舞台となっている南の島の自然が美しく、主人公の判事補を演じる西島秀俊は本当にはまり役。
視聴率狙いの大河ドラマにはウンザリだけど、こういう良質なドラマを作ってくれるなら、受信料を払い続けてもいいかなという気にもなろうってもの。


ところで、西島秀俊が「ジャッジ」とは正反対の役柄を演じている映画「さよならみどりちゃん」を見ました。
スカパー「日本映画専門チャンネル」で放送していたのを途中から見て、妙に惹かれるものを感じたので、再放送を録画。

自分が本命ではないと知りつつ、遠距離恋愛の彼女がいる男と関係を続けているOLユウコの物語で、西島秀俊が演じているのがユウコが思いを寄せているユタカ。
ユウコ役の星野真里とユタカ役の西島秀俊は配役の妙だなーと思う。
一歩間違えると映像的にドロドロしてしまいかねない話なのに、この二人だとそうならない。

星野真里はちょっと前にバラエティに出ているのを見て面白いなと思っていたけど、この映画でさらに好きになった。
透明感とみじめじゃない切なさがあってとても良かった。
文字通り「体を張った」演技なのだけど、張っただけのことはあったと思う。

ユウコはユタカがひどい男だとわかっていても、ただただユタカが好き。
そういうユウコはものすごくダメな女の子だし、身近にいたら「相手の人柄や行動を考慮しなさい」と説教の一つや二つはしてしまいそうなタイプ。
世の中にダメな男に魅かれてしまう女の子と、そういう女の子を夢中にさせてしまう男が存在することは知っているけど、自分がそういう男に出会ったとしても恋に落ちることはない。たぶん絶対に。
現実にそういう男がいた場合、絶対嫌なオーラを放っているし、嫌悪感を感じるから。
なので、本来であればユウコの気持ちはまったく理解できないのだけど、映画を見て「その手の男」がまるごと西島秀俊の容姿だったらちょっとわからないな、と思ってしまった。

で、女にやたらとモテる顔のいいダメ男というだけなら、もっとぴったりの俳優もいると思うけど、そこのところをあまりリアルにしてしまうと映画を見終わる前にいやけがさしてしまうと思う。
でも、西島秀俊だと、ダメ男のイヤな部分・ダメな部分に対する見る側の感覚が鈍くなって、「ユウコの気持ちは100%理解できない」から「わからないでもない」という感じになる。
「ダメオーラ」が感じとれない女の子の感覚を疑似体験できるというか。
西島秀俊のちゃらんぽらんなダメ男ぶりは容赦ないんですけどね。

ユタカにとってユウコは気の許せる女の子で、時には独占欲めいた感情も見せることさえある。
ただ、恋愛感情における「好き」だけがない。
恋愛が人生の伴侶を探すための準備段階のものならば、ユウコはユタカを選ばないだろうし、逆にユタカはユウコを選ぶと思う。
ユウコだけでなくユタカも、ある意味、恋愛というものに対しては純粋。
まあ、社会的な要素は人生において大切なものなので、現実においてはそういうのを美化しちゃいけないんですけど。

こういう話を共感を持って見られるようになったのは、私がユウコの年齢を過ぎている、ということもあると思う。
リアルなお年頃だったら、身につまされるか、反感を持つかのどちらかだろうから。
たぶん、反感のほうが強いかな。


エンディングがユーミンの「14番目の月」のカバー。
ユーミンの歌詞がこんなに心に染みたのははじめてかもしれない。

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2008年10月24日 (金)

フェルメール展と大琳派展

休暇をとって東京都美術館の「フェルメール展」と国立博物館の「大琳派展」に行ってきました。
10時ちょっと過ぎに上野駅の公園口改札を出ると、平日とは思えない人の出。
しかも、その大半は同じ方向へ歩いていく・・・。

東京都美術館に着いてフェルメール展の会場に入ると、中はすでに人でいっぱい。
入り口で開催の挨拶をじっくり読む人たち(展覧会のお約束?)とデルフトの巨匠たちの絵画の前で立ち止まっている人たちを追い越して、フェルメールの作品が展示されている階に行くと、フェルメールの絵のほうが空いていた。
フェルメールをひとしきり観てからデルフトの巨匠たちのコーナーに戻り、再びフェルメールのところへ。
今回の展示作品の中では一番好きな「小路」を特に念入りに鑑賞しました。

室内を描いた絵はほとんどが左から光が入る構図で、映画「真珠の耳飾りの少女」の絵画の再現度の高さを再認識。
「フェルメール・ブルー」というけれど、これまで見た作品では黄色のほうが印象が強かったりする。

出口付近にはフェルメールの全作品の複製の展示コーナーが設けられていて、「デルフトの眺望」と「真珠の耳飾の少女」は絶対見るぞと固く心に誓うのでありました。
図録を購入して会場を出ると長蛇の列。


それから国立美術館の「大琳派展」へ。
数年前に国立近代美術館で観た「琳派・RIMPA展」も豪華だったので、「大とつくからにはもっとすごいんでしょーねー」などと軽口を叩いたけど、「大琳派展」の名に相応しい充実した内容だった。
4つの風神雷神図が並んでいる様は壮観。
好みからすると花鳥風月を描いた作品のほうが好きで、特に草花のデッサンの精緻さが素晴らしい。
それなのに人物画がデフォルメされていたり簡略化されているのが不思議。
こういうのを見ると、日本も捨てたもんじゃないなと思う。ほんとに。

☆俵屋宗達がないなと思ったら28日から。「アンスホーイ展」の時にもう一度来ようかな。
☆尾形光琳の「燕子花屏風図」の展示期間を逃してしまってがっくり。

大琳派展とフェルメール展の図録を手に持って歩いていたら、見知らぬ女性に「フェルメール展はどうでした?」と声をかけられた。
フェルメール展に行ったら40分待ちだったので大琳派展を先にしたとのこと。
40分待ちと聞いて、出勤よりも早い電車に乗るのは辛かったけど、早く来ておいて良かった~と思いました。

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2008年10月22日 (水)

海街、ミモザの庭

エクステの成宮君つながり、でもないんですが、「ラヴァーズキス」(原作のほう)と登場人物・舞台がリンクしている「海街diary」の第二巻を読みました。
これを読むとまた鎌倉に行きたくなってしまう。
収録されているうちの一編「花底蛇」には藤井朋章も引き続き登場。
このキャラクターに、作者はよほど思い入れがあるんだろうか。
「ラヴァーズキス」では、朋章が高校生にしてはゴツすぎたのが違和感があったので、「海街diary」では朋章の線が細くなって高校生らしい外見になったのはうれしい。
いくら体を鍛えても高校を卒業したばかりの18、9の男の子って、意外とまだ華奢なんだなーというのが、Jリーグの練習を見学に行っての感想。
ルーキーとベテラン選手が一緒に練習しているのを見たりすると体格が全然違う。
朋章だけでなく里伽子も高校生にしては老け過ぎだったので、もっと高校生らしい容姿に描いて「海街diary」にちらっとでも出してくれるといいのに。

それにしても、同じ吉田秋生の漫画の登場人物でも、藤井朋章が抱える悩みからすると、初期の作品の「カリフォルニア物語」のヒースは何が不満だったのかと思ってしまう。
今からすると。
ヒースは両親が健在で、ヒースの父は謹厳実直だけど悪い人じゃないし、母親もそう。
優秀な兄のテリーは弟のことを気遣っている。
両親の夫婦仲は悪かったけど、ヒースに八つ当たりなどはしていないし。
むしろ多感な時期に両親の不和を目の当たりにしたテリーのほうがよほど傷ついたはず。
これでグレられちゃたまりませんわ。
このあたりは「カリフォルニア物語」を描いた当時の作者の人生経験がまだ浅かったことによるんだろうし、テリー視点の「夢の園」を描いたのはそれを埋めるためもあったのかな、なんて思う。
「海街diary」では、朋章だけでなく、「すず」も「裕也」も自分の境遇を受けいれて坦々と背負っていこうとしていて、いろいろと成長を感じます。

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2008年10月21日 (火)

憂い顔

「ブラッディ・マンデイ」、「イノセント・ラヴ」と成宮君のドラマ出演が続いています。

「イノセント・ラヴ」は、もっとベタベタな恋愛モノかと思ったら、意外とサスペンス色が強かった。
番組の宣伝は、そういう面をアピールしたほうがよかったんではないかな。
それと、あのポスター(堀北真希と北川悠仁のツーショット)は逆効果だったと思う。
同じミュージシャンでも、ロック系の人はステージで激しく動くから半分アスリートみたいなものだけど、フォーク系は体を鍛えないのでしょうか。
それはさておき、長めの髪とコンサバ(?)な服装で憂わしげな表情の成宮君は少女マンガから抜け出たよう。
思わせぶりな視線と表情に、思う相手を勘ぐってしまいそうになるけど、ここまでわかりやすいとどんでん返しがあるんじゃないかと深読みしてみたり。
まあ、美しければそれでいいんですが(オイ)。

「ブラッディ・マンデイ」は情報が出ていたソフトモヒカンではなく、「イノセント・ラヴ」と同じ髪形での登場とのこと。
「ブラッディ・マンデイ」はSFジュブナイル(眉村卓とか、そのあたり)の現代版みたいなテイストで、物語としては月9よりも期待していて、より好みの髪型で見られるのは朗報。
外見が同じまま180度違う役を演じるほうが面白いと思うし。
公式サイトの写真の表情も企みを秘めた感じでいいですね~。

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2008年10月14日 (火)

長谷寺~橿原・今井町~奈良町

二日目は長谷寺へ。
Hasedera
またしても階段ですが、こういう回廊というのが無性に好きなのです。
牡丹で有名なところだけど、花の季節以外でも眼福です。
駅から長谷寺に向かうまでの家並みにも風情があります。


この後は、橿原市・今井町へ。
お昼を過ぎていたので、区画の入り口にある「粋庵」というお店で、まずは腹ごしらえを。
地元のお酒「出世男」、料理ともに満足の美味しさでした。
観光地の食事って控えめにいって微妙なことが多いけど、たまたま入ったお店が美味しいというのは、すごく得をした気がする。

今井町は江戸時代の街並みが残っている区画で、お寺を中心とした寺内町(じないちょう)といわれる集落なのだそう。
Imaicho_1 Imaicho_2
日本で古い街並みがこんなに広範囲に残っているのを見たのは初めてです。
規模が大きいだけでなく、路地一つ一つが風情があって散策していてとても楽しい。
歴史好き、伝統的建造物好きには一見の価値あり。


そして、春以来の宿題の奈良町。
前回来た時はデジカメを忘れて、携帯でしか写真を撮れなかったのが心残りだったんである。
図らずも、「神無月に奈良」も実現していました。
鹿のいるところには行かなかったけど。

奈良町の活気を見るに、今井町が観光資源としての素晴らしさに比して観光客が少ないのがもったいない気がしてしまった。
まあ、あまり大勢押し寄せるようになると住民には迷惑なのかもしれないけど。

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琴平~栗林公園

三連休を使って関西へ行ってきました。
大阪を拠点にした日帰り旅で、1日目は四国・香川は金比羅宮。
伏見稲荷、上醍醐、パリはサクレ・クール寺院と、「階段に挑戦シリーズ」です。
リフトやケーブルカーなど文明の利器があれぱ迷わず利用するけれど。

で、「膝が笑う」をリアルで体験したけれど、金比羅さんの本宮は古式ゆかしく、門前町も趣があって、なかなかよいところでした。
温泉もあるし、「千と千尋の神隠し」を髣髴とさせる場所。
Konpira_dan


そして、讃岐といえば「うどん」ということで、二軒ハシゴ。
階段のぼりでエネルギーを消耗したとはいえ、するすると食べてしまった自分にびっくり。

旅先では糖分補給も兼ねてご当地ソフトクリームを食べることにしていて、琴平は和三盆ソフトが美味しかった。

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2008年10月 8日 (水)

カルボナーラ

ベッキーがイタリアの麺を食べまくるといううらやましい企画の番組を見ていて、カルボナーラが日本では「クリーム系」にカテゴライズされていることを初めて知った。
外食でカルボナーラを頼むことはほとんどなく、生クリームや牛乳を入れるレシピがあることは一応知っていたけど、あくまでも亜流だと思っておりました。
入れるにしても「コクを出す」程度の量だろうと。

私がカルボナーラという料理を知ったのは伊丹十三のエッセイ。
荻昌弘の本にも作り方が書いてあったけど、どちらも材料は「ベーコン、卵、黒胡椒」。
なので、雑誌やテレビでカルボナーラがカロリーの高いパスタとして名前が挙がっていることは、怪訝に思っていたのでした。
そりゃ「クリーム系」になるくらいたっぷり入れたらカロリーも高くなろうというもの。
番組ではローマの有名なパスタ店のウェイターが「生クリームは入れません」と断言していて、ちょっとすっきり。


ネットを見ていたら、「生クリームも牛乳も使わないカルボナーラのレシピ」なんていうのがあって、なんだか本末転倒。

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2008年10月 6日 (月)

リセットのハードル

留学仲介業者の経営破綻の件、「業者が悪い」というのは言うまでもないですが、それはそれとして、バブルが崩壊してずいぶん経つのに、いまだに「語学留学」を志す人がいる・・・というか増えているのに驚いた。
ブラッシュアップ症候群(今は青い鳥症候群?)とか批判もあったのに。

留学自体も、そのために会社を辞めることも、昔はもっとハードルが高かったけど、ワーキングホリデーとか語学留学という名目がずいぶんと低くしてしまった気がする。
正規の留学は狭き門だし、何か目的があるわけでもなく、ただ遊びに行くだけでは会社を辞めるところまでは決心がつかないのを「語学留学」という口実が出来たためにあっさりやめてしまった人も少なくないんじゃないかなー、と。
仲介業者・代行業者によって手続きが簡単になり、さらにハードルは下がったわけで。
ハードルが低くなるというのは一見良いことのように思えるけど、簡単に人生を左右しかねない決断をしてしまう人が増えてしまったようにも思う。
罪なことである。


ネットの普及で旅行の手配が楽になったことなどは本当にありがたいし、便利になるのは基本的には進歩であり、良いことです。
でも、こと私費留学に関してはハードルが高いくらいでちょうど良いんじゃないかと思う。
ほんとに留学したい人はそれでもなんとか行くんだろうし、手続きの煩雑さであきらめるのならそれまでのこと。
「海外に行って見聞を広める」のだったら旅行でじゅうぶんだし。


留学でも転職でも、本来は自分のキャリアの上にさらに積み上げていくものなのに、いわゆる「青い鳥症候群」の人って、いちいちリセットしてしまうんですね。
だから、いつもゼロからのスタート。
それと、コミュニケーションツールとしての語学は多少の努力でなんとかなるけど、それを仕事の武器にしようということになるとプラスαが必要・・・ということは、幾度となく語られていることだと思うのに、語学留学を志す人の耳には入らないらしいのが不思議。
語学以外に目的がある場合は別として、数ヶ月の語学研修で得られるものは知れているし、リセットと引き換えに得るものは少ないと思うのだけど。

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「カナダの人と友だちになりたくてカナダに行ったのに、語学学校はカナダの人がいないんだもん」
「そうだね、カナダの人は語学学校に英語習いにいかないよね」
語学留学した子が半年の予定を一ヵ月半で切り上げて帰国した時の会話。

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2008年10月 5日 (日)

ムンク「サン・クルーのセーヌ川」

府中市美術館の「パリ-ニューヨーク20世紀絵画の流れ」を観てきました。
正直なところ20世紀絵画にはあまり関心がないのだけど、「コローもあるらしい」というので出かけることに。

展示作品はコロー以外にもモーリス・ドニ、セザンヌなどもあり、わりと幅広い。
本来は守備範囲外のアンディ・ウォーホール、リキテンシュタインの本物を見られたのもこういう企画展ならでは。
ポスターに使われているジョージア・オキーフの「青い朝顔、ニューメキシコⅡ」も良かった。

一番印象に残り、かつ好きだなーと思ったのがムンクの「サン・クルーのセーヌ川」。
沈んだ色調の青に船や街灯の光が仄見える感じが胸にしみいるよう。
「叫び」のイメージが強かったけど、こんなに素敵な風景画を描いていたとは知りませんでした。
「ムンク展」をパスしてしまったことをちょっと後悔。

この企画展はフランシス・リーマン・ロブ・アート・センターというヴァッサー大学に附属する施設の所蔵品展とのこと。
ヴァッサー大学というと、「あしながおじさん」の大学生活のモデルになった学校だわ、なんてことを思い出した。

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2008年10月 2日 (木)

僕のピアノコンチェルト

深夜、たまたまWOWOWにチャンネルを合わせて、ピアノの音色にひかれてながら視聴しているうちにいつの間にか真剣に見ちゃってました。

主人公はヴィトスという男の子でIQ180でピアノの天才。
「のだめカンタービレ」のリュカと「天才ファミリー・カンパニー」のアミィが合わさるとヴィトスみたいになるんだろうか。
千秋と勝幸ともいえるけど。

「周囲とのギャップに悩む天才少年」という題材は少し前にエントリを書いた「リトルマン・テイト」と共通しているけれど、この映画の主人公ヴィトスは裕福な両親のもとで英才教育を受けている点が違っていて、フレッドよりもクールな少年。
ヴィトスは「普通になりたい」という願いから、転落事故を偽装してショックから天才でなくなったフリをするのだけど、親の前で能力を隠して普通のフリをするうちに、しだいに自身の能力を有効活用する道を見出していく、というお話。

途中から見始めたせいもあるけれど、「僕のピアノコンチェルト」というタイトルからもっとピアノががんがん出てくるかと思いきや、祖父名義でインターネットで株の売買をして大金持ちになったり、その祖父も家の修理そっちのけで儲けたお金でフライトシミュレーター、はては飛行機を買ってしまったりというのが楽しい。
でもヴィトスのピアノへの愛情もまたきちんと描かれていて、それがラストのコンサートの感動にもつながります。
「レクイエム」の演奏で祖父の死を暗示する場面も印象的。
こういう音楽の使い方は大好き。

ほんとにたまたま見始めたので、予備知識は一切なく、主役の子のピアノの弾きフリ上手いわーと思っていたら、演じているのは正真正銘の天才ピアニストで、劇中の演奏もすべて彼だとのこと。

11月にまた放送があるので、今度は全部録画しようと思う。
こういう出会いみたいなのがあるから、映画のテレビ放映はあなどれない。

来月の放送を待つつもりが、サントラを買いに行ったついでにDVDも買ってしまった。
映像を見ながら聴くと演奏は何割増かよく聴こえるものだけど、テオ・ゲオルギュー君のピアノは映像なしでも聴き劣りしません。
巨匠たちと比較すれば拙さはあるのだけど、その曲が流れた映画の場面と演奏が呼応していて、彼なりの解釈が感じられる。
まだ子どもの手でこれだけ弾けることもすごいんだけど、なにより感受性がとても豊かなんだなーと思う。

こういう映画を見ると、音楽を扱った映画の演奏のリアリティというのは重要だとしみじみ思う。
どんなに演奏が素晴らしくても、大人のピアニストの演奏に体の動きだけ合わせては違和感があるだろうし、自分で弾いていたとしても、「そのへんの巧い子レベル」の演奏では天才設定に無理が生じてしまうし。

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備えあれば憂いは少ない

パリのお気に入りのビストロ「シャルティエ」を酷評しているブログがあって、接客態度などはちょっと特徴のあるお店ではあるので賛否が分かれるのは当然といえば当然なのだけど(私は好きだけど)、「フランス語のメニューがわからなくて当てずっぽうに注文したら不味いものが出てきた」という文句は、ちょっと待て、と思ってしまう。
これは自業自得じゃないかと思うのだけど。
日本で和食のお店に行っても、食べたことのない品がお品書きに載っていることはザラにあるのに、異国で当てずっぽうで頼んだらワケのわからないものが出てきてもしかたがないでしょう。
現地の言語に堪能である必要はないけど、レストランのメニューに載っている単語くらいは覚えていく、もしくは単語が載った会話帳を携行する、というのは個人旅行者の嗜みで、自衛の策でもあると思う。
それから、酷評の中には「肉の焼き加減」もあったけど、これもおそらくちゃんと指示しなかったせいだと思われる。
ちなみに「ヨーロッパのレストランで何も言わなかったらウェルダンを持ってくるに決まっている」とは一緒に旅行した連れの言で、レアの焼き加減については絶賛していた。

海外旅行でイヤな目に遭った人の話を読むと、思いも寄らないトラブルに巻き込まれたりした事例はほんとに気の毒としかいいようがないけれど、ちょっとした準備やコミュニケーションのとり方で避けられたであろうこともまた多かったりする。
備えあれば憂いなし。
それと、「自分に合ったガイドブック選び」も結構重要だと思う。
前回のフランス旅行で意外と重宝したのがイラスト会話ブック フランス―フランス語 (イラスト会話ブック)
イラスト会話ブックは別のを既に持っていたので、玖保キリコの漫画を目当てに買ったのだけど、「サラダを頼むと必ずパンがついてくるので、少食の日本人はサラダ単品でOK」等のプチ情報がなかなか役に立ちました。

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2008年10月 1日 (水)

都合のイイ男

この間、久しぶりに「篤姫」を見たら、ちょうど篤姫と久光が会談する場面で、久光の後ろには小松帯刀が控えていて、この頃の小松の役目って久光の近習だったんだっけ?というのはさておき、小松が部屋を出る篤姫を顔をあげてじろじろ見上げていたのに驚いた。
小松のような育ちの人が絶対にするはずのない不作法な行為なのですが。
その後、篤姫と小松帯刀が2人きりで、それも大奥で会っていたものでまた驚いた。
ここまでくると演じている瑛太が気の毒になってくる。
「功名が辻」の成宮"秀次"、筒井道隆の竹中半兵衛もひどい台詞を言わされて可哀想でならなかったけど、瑛太の不幸に比べればマシだとさえ思えてくる。

個人的には「史実は小説より奇なり」なのであまり手を加えないほうが好きだけど、それでも主人公が美化されたり、歴史の解釈から悪者にされる登場人物がいたりというのは歴史ドラマにおいてはつきもの、とは思っている。
時には面白い視点のものにも出会えるし。
最近の女性向け大河ドラマが酷い点は、無茶な設定変更をしたために登場人物のキャラクターまで改変して、本来あるべき長所や魅力までが失われてしまうこと。
こういうドラマが高視聴率というのは、ドラマに「現実では自分が経験し得ない状況や感情」を求めるのでなく、感情移入するのに都合の良い展開と都合良く自分を思ってくれる男性をドラマの世界ですら求める視聴者が増えているっていうことなんだろうか。
チェーザレ・ボルジアをはじめ「悪の魅力」も相当好きな私には度し難いことだけど。
(都合の良いチェーザレ・ボルジアなんてちっとも素敵じゃない!)

まあ、そういう価値観の人向けのドラマがあってもいいけど、大河ドラマの枠でそれをしなくても良さそうなものだし、視聴率目当てでレベルの低いドラマを作るのなら、いっそ受信料制度をやめてスポンサーでもつければいいのにと思う。
逆に、まともなニュースと歴史ドラマの専門チャンネルがあったら喜んで契約する。

ところで、篤姫がずいぶんと険のある顔になっていて、役作りの一環なのかもしれないけど、あの険は大御台所の威厳とか(原作の)篤姫の一本気とか頑なさの表現とは違うと思う。
前にも書いたけど、宮崎あおいが得意な、現代の女の子をリアリティをもって演じることと、今とは違う価値観の時代の人物を演じることは、要求される素質が違うのかもしれない。

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