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2008年11月28日 (金)

Dolls(ドールズ)

北野武監督作をまともに見るのはこれが初めてですが、西島秀俊出演作ということでレンタルしてきたのを途中まで見て、これは手元に置いておくべき映画である、と思った。
だからといって北野武の映画をどんどん見てみようとかいうのではないのだけど、「Dolls」は繰り返し観たいと思ったのです。

三つのエピソードは非常にシンプルで、ありふれているといってもいいほど。
縦糸になっている「逆玉のチャンスに恋人を捨てた男と、捨てられて悲観する女」というのもよくある話だし、老境のヤクザと彼をひたすら待ち続ける女の話は寓話的で、顔に大怪我を負ったアイドルとファンの話は「春琴抄」そのままと、既成といえば既成の話。
でも、愛の物語って実は核になる部分はどれも単純なもの。
複雑怪奇なラブストーリーはいろんなオプションがついているからだし。

自殺を図るほどに思いつめた恋人がそばにいてもわからない佐和子(菅野美穂)、待ち続けた男が隣に座ってもわからない女(松原智恵子)には、ふとトリュフォーの「アデルの恋の物語」を思い出した。
ただし、「アデル・・・」のラストは愛というよりは妄執だけど、「Dolls」で描いているのは厳として愛である、という点が違いますが。

ヤクザとアイドルの物語の合間に、メインのエピソードの二人がふっと通り過ぎるのが印象的です。


四季折々の景色の中を赤い紐につながれた二人の男女が歩く--という映像がとにかく美しくて圧巻なのだけど、そこに至るまでの描き方が丁寧なのが実はちょっと意外だった。
北野武ってもっと独りよがりな監督かと思っていたもので。
台詞は「ありがとう」「ごめんなさい」「気をつけろ」といった日常会話レベルのものしかなく、佐和子の自殺未遂を知らされた松本が行動を起こす際も、その胸中の説明などは一切ない。
彼の行動と周囲で起こる出来事を淡々と見せるだけなのだけど、これが非常に行き届いていてよくわかる。
車上生活を始めた松本の黄色の車が汚くなっていく様子も生活感があってリアルに描かれている。
この時点ではまだトイレに行ったりもしているんだな、とか。

佐和子に玩具の遊び方を教えてあげる時に見せる松本の笑顔は好きな場面の一つで、回想シーン以外で松本の笑顔はここだけ。
結婚式場ではずっと何かに身構えるような、はりついたような無表情だし、佐和子を連れ出してからもほとんど表情は変えないのが、この場面だけふっと柔らかな表情を見せたことで、松本にとって佐和子は心を許せる存在なのだと感じたシーン。

車中で生活を始めてから、松本がどんどん汚くなっていくのに佐和子が変らないのは、松本はかろうじて日常に留まっているけれど、佐和子はあっちの世界に行っている、ということなのかなと思った。
まあ、こういうことをあまり合理的に解釈しようとするのは不粋だけど。
二人が赤い紐につながれて歩き出すところから松本も狂気の世界に足を踏み入れ、ここからは外見の変化がなくなる・・・衣装は次々変るけど。
非現実的な世界に転換するきっかけとなったのが、車のシートに紐でつながれていることにも気づかず前へ行こうとする佐和子を松本が抱きしめて「ごめんな」という場面。
それまでの松本の行動はもしかしたら「いつか許されることを期待しての贖罪」だったのかもしれないけど、ここから「許されることはないと覚悟の上の贖罪」に変わったのかなと思った。

ラスト近く、一瞬正気を取り戻した佐和子が松本からもらったペンダントをさし示して微笑む場面には不覚にも涙が出てしまった。
ここまで「泣くぞ泣くぞ」という気持ちの盛り上がりは皆無で、歩き続ける二人をただ淡々と(ボーっと?)見ていただけだったので、これは不意打ちで、佐和子の笑顔に一瞬にして涙のスイッチが押されてしまった。
この場面が事実上のエンディングだと捉えたので、ラストシーンにはそんなに衝撃を感じなかった。
佐和子は疾うの昔に自ら死を選んでいるのだし、佐和子に許された(笑顔をそう解釈しました)ことで松本にとっても生死は問題ではなくなったのだろうと思うから。

精神を病んだ佐和子を演じる菅野美穂は、その人形のような容貌も相まって、ほんとうに魂が抜けた人のよう。
この映画を観た目的でもある西島秀俊は、あてもなく歩き続ける姿が絵になるだけでなく、社長令嬢との縁談が持ち込まれたり、捨てられたことを儚んで自殺を図るほど恋人に思われるという青年にぴったり。
どちらか片方だけなら演じられる人はいるだろうけど、両方はまる人というのは他に思いつかない。
時折はさまれる回想シーンの佐和子と松本が、屈託がなくて幸せそうなのも、歩き続ける場面と見事なコントラストになっていて好きです。


桜のシーンのロケ地が「さくらん」のラストシーンと同じ場所ということだけど、先に「Dolls」を観ていたら、「さくらん」のラストにはもっと文句を言っただろうなと思う。
「道行」ってこんな安易じゃないだろう、と。


衣装を手がけたのがヨージ・ヤマモトということで、「エドワード2世」でティルダ・スウィントンがキャサリン・ハムネットを着ていたことを思い出した。
自分が何を思って「エドワード2世」を見たのか忘れてしまったけど、やはり時代考証無視の「カラヴァッジオ」と共に映画の衣装に対する固定観念を破ってくれた映画です。

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