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2009年2月 4日 (水)

無知な人による賞賛は迷惑かもしれない、という例

ブログを検索していて見つけたこの文章。
BARFOUT 一月号の記事らしいのだけど、内容のあまりのひどさに唖然としてしまった。

今回の【どっちが勝ち組でショー】は、松山ケンイチ VS 成宮寛貴。
共に映画、ドラマ、CMと大活躍の20代人気俳優。実は今回、結論からいうと、勝算は成宮寛貴にありそうなのだ(もちろん編集部の独断と偏見のもとである)。
成宮にあって松山に無い魅力とは?

ある映画ライターがこんな事を言っていた。
「松山クンはもともと変わった性格の子みたいで、なかなか人の輪に溶け込めない。俳優という才能に目覚めてからは、役になりきる努力を人一倍に行っていて、若いのにオリジナルの演技を入れたりする。
そんな独創的な部分が評価されているのではないか。」

現在日本テレビの『銭ゲバ』に主演中の松山ケンイチ。
青森県むつ市出身の23歳。そんなに痩せて見えないが、身長180cm、体重60kgと細い。天然パーマで、顔に「ニキビ後」が残っていて、ごく普通の青年に見えるが、とにかくホリプロと日本が誇るファッション・デパート「PARCO」が、1万人以上の男の子の中から選び出したのだから「モデル要素」もあるのだろう。

東北弁や、青森での暮らしも、松山を通すとオシャレに見える。
(ちなみに『銭ゲバ』の~ズラは、静岡・山梨でよく使われる方言。)キラキラ光る目よりも、への字口に特徴があり、それが個性的な演技スタイルを持つ先輩俳優、西島秀俊の「売れてない」頃を思わせる。
松山は立て続けにヒットを飛ばし多忙なせいか恋愛スキャンダルも無く、「男の色気」はいまのところ感じられない。

かわって、『ララピポ』『ドロップ』『ハルフウェイ』とカタカナ・タイトルの映画がこの春3本も立て続けに公開される、正真正銘の美男子の成宮寛貴(なりみや ひろき)。「ナリ」と良く呼ばれるので、名前がヒロキである事を忘れがちだが、本名は平宮博重(なりみや ひろしげ)。めずらしい苗字に聞こえるが、離婚した父と他界した母は沖縄県の出身。ハッキリした南国系の顔立ちは、北国出身の松山ケンイチと対照的だ。しかし家庭の事情で新宿生まれの成宮は、中学時代は不登校。10代の頃は夜の街にも出入りしていたという。現在も「憂いを帯びた目」で多くの男女を虜にしている“ナリ”にとって新宿はバックグラウンドであったに違いない。

日本では、評価が低いジャンルだが「売春、同性愛、ドラッグ、近親相姦といったヘビーな青春」を“切なく描く”アメリカ映画に良質な作品が多い。
その代表的な監督が、ガス・ヴァン・サント監督であり、故リヴァー・フェニックスが主演した『マイ・プライベート・アイダホ』は“初期”の代表作でもある。成宮もつ独特な雰囲気がこの映画に被り、またこの世界に耐えられる深い印象がある。一見今風の“ナリ”の乾いた瞳には何故か「愛に飢えた感」が漂う。

松山はジョニー・ディップを目標としていると語っているが、「チャーリーとチョコレート工場」のように作品を量産している最近のジョニーは、俳優としての魅力に欠ける。商業ペースに乗り、特殊メイクで“化けるだけ”の俳優になりたいなら構わないが、今後制作費が“押さえ気味”の映像界では生き残れないであろう。

コスプレ主流の松山より、地味な役でも光りそうな成宮の方が重宝がられ、海外デビューも夢ではないか。(Tech Insight)(編集部:宇佐木野ミミ)

書き手がリヴァー・フェニックスと成宮君の顔が好きなことはわかったけど、それ以外は何が言いたいのか言語明瞭意味不明。
この記事について松山ケンイチのファンがずいぶんと怒っているのを見たけど、松山ケンイチだけでなくジョニー・デップ、西島秀俊、そして褒めているはずの成宮君にも失礼な内容である。
だいたい「松山ケンイチ VS 成宮寛貴」と銘打って記事にするなら、書くことは他にあるだろうに。
「コスプレ主流の松山」というけど、特殊メイクこそないものの成宮君も役作りは凝るほうで、演技へのアプローチはわりと共通点があると思うんですけどね、この二人は。
でも、演技については具体的に触れていなくて、それどころか過去の出演作についての言及もない。
容姿のことだけ書きたいのならそれでもいいけど、その場合、ジョニー・デップの悪口は要らないし、西島秀俊の名前を出す必要もないでしょ。

好きな俳優が褒められた時って、どんな褒め方であれ、たいていは悪い気はしないものだけど、他の部分がここまで見当違いだと、成宮君を褒められてもちっとも嬉しくないな。
知らないで貶すのも腹が立つけど、知らないで褒めるのもありがたみゼロ・・・というよりも迷惑でさえある。

それにしてもジョニー・デップを「特殊メイクで化けるだけ」とは恐れ入りました。
だいたい誰かを目標にする場合、直近の活動だけを目標にするわけじゃなく、過去も含めてのことでしょう。
そのくせ「最近の」というわりに、最新公開作だった「スウィーニー・トッド」でなく「チャーリーとチョコレート工場」を挙げるあたりも不可解である。
(量産のイメージを工場になぞらえたってことはわかるけど、そもそも最近のジョニー・デップは"量産"してないし。)
それから、「売れる」の定義にもよるけれど、西島秀俊は「売れていなかった」時期のほとんどない人ですけどね。
テレビドラマしか見ていなければ、確かに「最近、顔を見ないね」という時期はあったけど、映画にはコンスタントに出ていたわけで、エンターテインメント情報誌に記事を書いているライターがその認識ではマズイでしょ。
いつ頃を指して「売れてない頃の」と書いているのかイメージがまったく伝わってこない。
作品名を挙げるなり、何年頃のと書けば普通に伝わるものを、なんでまわりくどくかつ失礼な書き方をしたのか理解に苦しむ。

公共のメディアでこの手のプロ意識に欠ける文章を見ると、それだけでも腹立たしいものだけど、西島秀俊、成宮寛貴、ジョニー・デップの名前が出てきたもので、いっそうムカッときてしまった。

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