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2009年12月

2009年12月28日 (月)

五輪代表決定

全日本選手権終了

五輪代表、男子はすっきりと決まりました。
代表に決まった三選手は、それぞれの課題を残しつつ、でも先の展望はしっかりと持っている、という印象です。
GPFの時は発言に余裕が感じられなかった高橋大輔が「自分をコントロールできた」と落ち着いたコメントをしていて、足元が見えてきた感じ。

そして激戦の女子。
五輪代表が内定している安藤美姫には「思いきってジャンプに挑戦を」と思ったけれど、コンディションもあるだろうし、選手本人はいろいろと考えることがあるから、そう簡単には思いきれないのですね。
それでも新編曲を試したりと有意義ではあったようだし、怪我やアクシデントなく終えたのでまずは良かった。

スケート本来の美しさ・楽しさを見せてくれる鈴木明子が代表になったのもうれしい。
プログラムも好きだし、この人の演技には「技術的な癖がないことの強み」を感じます。
個性は大事なんだけど、技術的な癖は成長を妨げる要因になるし、「なくて七癖」だなーと思うので。

ところで、国内大会で高得点が出るのは、基本的にはかまわないと思っているのだけど、それを真に受ける選手がいることを思うと、ちょっと考えてしまう。
ご祝儀だとわかりつつ気分良くなるのはいいけれど、得点を自分の実力と勘違いすると後で痛い目に遭う。

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2009年12月25日 (金)

坂の上の雲、龍馬伝あれこれ

録画していた「坂の上の雲 第4回 日清開戦」を視聴。
ネットでは日本軍の描写に批判が上がっていたので、ちょっと不安もあったのだけど、見てみたらまったく気にならなかった。
ただ、過去の大河ドラマでは「このくらいまではギリギリ許容範囲か」と我慢しているうちに、さらに逸脱して激しく落胆させられたことが頻繁にあったので、過剰反応する人がいるのもわからないでもないですが。
でも、その後の秋山真之が東郷平八郎に問いかける台詞が「指揮官とは?」だったので、原作をはなれて自虐史観や反戦を押しつける意図はない、と安心できた。
これが「戦争とは?」だったら、私も危惧を感じてしまっただろうけど。
強引や自虐史観や反戦もイヤだけど、それに対してあまり神経過敏になるのもよろしくない気がする。

「坂の上の雲」は、録画して年末年始にまとめて視聴する人も多いんじゃないかな。
名作の誉れ高い「花神」の平均視聴率は19パーセントだったというし、作品のクオリティと一般受けするかどうかは必ずしも直結するものではないけど、家庭用ビデオがさほど普及していなかった頃よりは潜在的な視聴者は多いと思う。


「龍馬伝」は今のところ静観の構え。
「JIN」の内野龍馬が良いこともあって、福山雅治の坂本龍馬には不安もあるけれど、脇の配役はちゃんとしている。
演出はハゲタカの大友啓史だし、脚本の福田靖が書いたドラマは楽しんで見ていたものが多くて、そこは大河以外も見たことがなかった田渕久美子、小松江里子とは違うところ。
気がかりなのが予告でマザコン設定になっていたことと、脚本家が「史実にこだわらない」と言っているらしい点。
ただ、この「こだわらなさ」というのも、中学で習うレベルの歴史の知識がない奴と、一般教養以上のレベルの知識を持っている人とでは大きく違うので、後者であることを願っています。

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タイタニック(映画)的大河ドラマがきらい

「功名が辻」と「篤姫」について既に何度も文句を書いているのですが、嫌いな理由は映画「タイタニック」と共通している。
史実の扱い方とか人物描写の浅薄さとか。
タイタニックの事故を巡る経緯はドラマチックで興味深いし、20世紀初頭という時代背景も好きだし、「タイタニック」は公開前は観るのを楽しみにしていた映画だった。
結局、いろいろあって映画館には行かなかったのだけど、テレビ放映されたのを見てがっかりしたというか、腹が立ったというか。
劇場で何度も見たという職場の女の子は「吹き替えのせいですよー」と言っていて、妻夫木聡・竹内結子の吹き替えも確かにひどかったけど、腹が立ったのはそこじゃなかったんだな。
衣装とセットは素晴らしいし、音楽も良いし、ケイト・ウィンスレットは好きな女優で、ディカプリオも嫌いじゃない。
普通、ここまで揃っていれば映画としては気に入るはずだったけど、物語の通俗臭が長所を楽しめないほどに鼻についてしまった。

イヤだったのは「一等船室の金持ちの乗客のほとんどは俗物で、三等船室の乗客は貧しいけど活気がある」という単純な二元対立で描いたこと、ジャックとローズに重点を置きすぎたこと。
タイタニックの悲劇を背景にした二人のラブストーリーとして見るには設定も話の展開も陳腐すぎるし、狂言回しの物語としては時間を割きすぎてタイタニックの事故の印象か薄まってしまった。
婚約者とその執事?がジャックを手錠でつないで逃げられなくする話などは不要で、そんな強引な作り話でハラハラ感を演出せずともタイタニックの事故の緊迫感は描けたはず。

「思考機械の事件簿」のあとがきに、タイタニックの一等客だったジャック・フットレルが、優先権があったにもかかわらず女性と子どもに救命ボートを譲って船に残ることを選択、夫人も夫に従って従容として死に臨んだ、という記述がとても心に残っているのだけど、「一等船客は俗物」という描き方では史実にも反するし、フットレル夫妻のような人たちが浮かばれないと思うんである。

史実を脚色するのも架空の話を織り交ぜるのも、史実をより面白く見せるための工夫としてならば歓迎するけど、興味深い史実をさしおいて陳腐な作り話を見せられるのは勘弁して、と思う。

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2009年12月14日 (月)

パブリック・エネミーズ

土曜日、買い物に出たついでに、窓口でレイトショーのチケットを確保すべくシネコンに向かったら、なんだかすごい人出。
自宅に帰ってネット予約をしようとしたら「ただいま○○人待ち」の表示が。
何事かとおもったら「ONE PIECE」のせいだったらしく、「ONE PIECE」畏るべし。
「パブリック・エネミーズ」もレイトショーにしては、かなりの混雑だった。


クラシカルなスーツ姿に帽子といういでたち(そして素顔)のジョニー・デップはひたすらカッコいい。
恋人ビリー役のマリオン・コティヤールは美しくてチャーミング。エディット・ピアフ役が別人のよう。
俳優が魅力的な上に衣装、セット、音楽、時代考証も良いとくれば、映画館に足を運んだ価値はじゅうぶんあった。
そして、映画が進むにつれ、ジョニー・デップであることを忘れてジョン・デリンジャーを観ている自分がいたりしました。
紳士的でスマートでユーモアのセンスがあって美学(仲間を最後まで見捨てない、奪うのは汚れた金)を持っていて、大衆に人気があったのも頷ける。
そのユーモアとかウィットの表現はジョニー・デップならでは、なのですが。

映画は終始デリンジャーの足跡とそれを追う捜査局の動きを淡々と描いていて、物語を盛り上げるような演出はなく、観客の感情移入を敢えて避けたようにも思える作り。
監督は「ジョン・デリンジャーはこんな人だったよ」というのを俳優の演技と映像で見せたかったのかなと思った。
それと重低音の銃撃戦の迫力とを。
日頃、過剰な盛り上げ演出や説明過多の描写に辟易していることもあって、私には好ましかったです。
「足りないくらいが美味しいの」って感じ。
感情の引き出しがたくさんあって、深い感情表現ができる俳優陣を起用しているからこそ成り立つやり方なんだろうけど。

※たとえば「アンタッチャブル」は捜査側もマフィア側もキャラクターがはっきりして見やすいし、エンターテインメントとしては優れているんだけど、息詰まり過ぎて疲れてしまうことがある。


劇中に映画館が何度か登場するのだけど、指名手配犯として自分の顔がスクリーンに映しだされた時にデリンジャーが見せる表情の変化が印象的。
デリンジャーが観ていた映画「男の世界」のクラーク・ゲーブルの台詞とデリンジャーの心境がシンクロするのも心にくい演出だった。

捜査の陣頭指揮を執ったメルヴィン・パーヴィスについても、活躍と失策の両方をこれもさらりと、でもきっちり描いていた。
パーヴィスを演じたクリスチャン・ベールの微妙な存在感が面白い。
希薄なような、それでいて記憶に残るような。
終盤はウィンステッド捜査官に見せ場を持っていかれてたけど。

後のFBI長官フーヴァーが実に感じが悪く、「パーヴィスは1960年に自殺した」というテロップを見て、パーヴィスが死を選ぶまでの経緯の説明はなかったにもかかわらず反射的に「フーヴァーのせいだね」と思ってしまった。
そういえばフーヴァーを褒めている映画やドラマを見たことがなく、「チャーリー」でもチャップリンのスキャンダルをネタに追い詰めたりして、フーヴァーの印象は最悪だった。
デリンジャーが生きていた時代から既にイヤな奴だったのね。

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デリカシー(追記あり)

政権をとってからの民主党を見ていて、一番強く感じるのがデリカシーの欠如。
事業仕分けにおける対応や言動、今回の特例会見の問題は、文化への理解とか、高齢の方の体調に対する配慮等、人としての基本的な感受性や思いやりが欠けていることが引き起こした、という面もあると思う。
もちろん政治的な見地としても問題大ありですが。
与党だった時に自民党にデリカシーがあると思ってはいなかったけど、少なくとも民主党よりはあったようです。
じゅうぶんとはいえないまでも。

この民主党のデリカシーのなさが外交でも軋轢を起こすんじゃないかと非常に心配。
自国民の感情を逆撫でする無神経な人たちが外国人の心情を慮れるとはとても思えず、既にいくつか問題を起こしているし。


民主党の仙谷議員がまたしても「文化大革命」と発言したそうだけど、本意はどうあれ文革を肯定的な意味で使う人物が閣僚だなんてありえない。
この発言をマスゴミが批判しないのも不思議だけど、周囲の人間は注意したりしないんだろうか。
それとも、民主党は文化大革命を肯定的に考えている人間ばかりなのか。
麻生前首相の漢字誤読よりも、よほど深刻だと思うが。


自民党に不満を持っていた人が、政権交代前の時点で未知数だった民主党に期待したのは一応理解できなくもない。
でも、今の段階に至って、今回の政権交代を「革命」と持ち上げる人は理解不能。


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特例会見問題についての追記:

世の中には法律で決められているわけじゃないけど守るべきルールがいろいろとある。
フォーク並びとか、ゴミのポイ捨てをしないとか。
なぜ、そういうルールが出来たかといえば、それは必要だから
一人二人が破ったからといってさしたる影響はないけれど、全員が守らなくなったら収拾がつかなくなってしまう。

一ヶ月ルールの存在は知らなかったけど、高齢と健康を慮って公務の負担を軽減しようという動きがあることは知っていたし、それが今まで守られてきたことはまことに良いことだと思っている。
宮内庁にはいろいろ思うところもあるけれど、この件についてはGJ。
そして、ルールを定めた以上は例外を作らないのは当然のことだし、国際親善に恣意的な優先順位をつけないのもこれまた当然のこと。
これについては羽毛田長官を全面的に支持します。

臨機応変もことによりけりで、法律ではないからこそ安易に例外を認めてはルールの意味がなくなってしまう。
それをごり押しするのは「健康なんか知ったこっちゃない」と言っているも同然。

・文句を言うなら辞表を出してからにしろ
・法律じゃないんだろ
小沢幹事長のこの発言に至っては話にならない。
レジで割り込みする人たちと一緒じゃん。

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2009年12月 7日 (月)

グランプルファイナル雑感(2009)

安藤美姫が2位に入って五輪代表内定。
途中、思わぬ期待をして勝手に落胆する局面などもあったけど、まずはめでたい。
だんだん精度が上がっているので、これからが楽しみ。
曲は「マルコ・ポーロ」のパートは好きだけど、「ローマ」の部分は正直なところ「大好き」とはいかないのだけど、なんとなく見入ってしまう奇妙な魅力があるプログラム。
毎回変えている衣装は、今のところロシア杯の茶色のが一番好みです。

優勝したキム・ヨナのミスには彼女も人の子なんだと妙に安心した。
でも、大崩れせずにしっかりまとめたのはさすが。
好きな選手のライバルとして考えると、無敵で突っ走る選手よりは、ミスをカバーする強かさのある選手のほうが実は手ごわいのだけど、好感度は高い。

3位に入った鈴木明子の演技が非常に素晴らしく、五輪代表選考を思うと複雑な気分になったほど。
「ウェストサイドストーリー」は女子のフリーの中では一番好きなプログラム。
OVERTUREが聞きたくなって、中国杯の後にはサントラを買ってしまいました。
「TONIGHT」や「MARIA」のボーカルのは持っていたけど、オーケストラもいいなーと思って。
GPFの赤い衣装は可愛くて好き。
グランプリシリーズの白いブラウスを羽織った衣装は、ウェストサイドストーリーの世界には合っているものの華やかさにかけているのが難かなーと思っていた。
その点、今回の衣装は「マリアの初めてのダンスパーティ」という趣があって良かったです。

男子はなんといっても高橋大輔のキレキレで目の覚めるようなSPが印象的だった。
残る課題はフリーを滑りきるスタミナかな。
長く試合に出ていなかったせいなのだろうけど、サッカー選手が試合に出続けていないと90分走る体力がなくなる、という話を思い出した。
気になったのがエキシビションの衣装。
以前から中途半端に和のテイストを入れるのが好きじゃないのだけど、「おばあちゃんのタンスの着物で作りました」風衣装はどうなんでしょう。

教え子二人の五輪出場が内定して、モロゾフコーチの気勢が上がっているもよう。
不穏当な言動に「大人になれ」と言う人もいるけれど、彼がその矛先を収めてしまったら情熱も失われるんじゃないかと思う。
問題意識が強いから結果も出せるのだろうし、言動は物議を醸すことが多いけど、選手の指導については計画的かつ着実。
彼のような言動や性格を日本人が真似する必要はないと思うけど、日本人にはない特質として理解を示す雅量はあらまほしいと思う。
それに、記者の質問や談話の切り取り方によって内容も印象も変わるものだし。

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地上波で放送された男女シングルのSPとフリーは、いつになく落ち着いていてテレ朝にしてはまともな内容だったのに、エキシビションで台無し。
不意打ちって感じ。
録画とかリプレイとか映画の宣伝は要らないから、出場した選手の演技や表情をきちんと見せてほしい。
キャンデロロなど、過去のエキシビション映像は面白かったけど、出場できなかった現役選手の「今季の映像」は混ぜなくていいから。

それと、これも毎度のことながら、試合の放送も含めてカメラワークが最悪。
途中で動きを追いきれずに見切れてしまったりと技術的にもヘタだけど、それを置いても、スパイラル、スピン、ステップの「上半身だけ」を映そうという意図がわからない。
視聴者の気持ちになって考えたら、そんなものを見たいと思わないことくらい理解できるだろうに。
頭を使って仕事しろ!!

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