そして人生は続く
CSでフィギュアスケート全米選手権のエキシビションを見ていたら、本番が始まる前に米国の過去の金メダリストが紹介されたのだけど、もう出るわ出るわ。
金メダリストだけでもこんなに輩出していたとは、米国のフィギュアスケートの歴史畏るべし。
長野五輪当時は老け顔が好きじゃなかったタラ・リピンスキーがすっかりきれいになっていて、サラ・ヒューズは相変わらずチャーミングだった。
居並んだ歴代の金メダリストを見て、金メダリストとして讃えられ続けるには、その後の人生も大事よね、と思ったのであった。
それなりの近況でないと、こういう場で紹介しづらいんじゃないかと思うので。
日本の某メダル候補の女子選手のインタビュー動画を見たら、「金メダルを獲ったらどうするか」という問いに「みんなに見せたい」「早く欲しいです」と語っていて、質問自体も極めつきの愚問だけれど、その答えにもモゾモゾ。
金メダルが欲しいのは、アスリートならみんな欲しいと思うけど、あくまでも「自分が納得のいくパフォーマンスをしたご褒美として」欲しいのだと思うのですね。
なので「早く」っていうのに違和感を感じてしまった。
そんな簡単なものかしら、と。
誰に見せたいかと聞かれて答えられなかったのも「??」。
「金メダルを獲ったらどうしたいか」なんてトラタヌもいいところだけれど、メダルを獲れるかどうか、獲ったメダルの色によっては引退後の生活設計が大きく変わるという現実もある。
なので、口外はしなくても心ひそかに将来のことを考えている選手はいるだろうし、影響の大きさを知るが故に、具体的なことを考えないように努めている選手もいることと思う。
プレッシャーを避けるために。
でも、彼女の場合、「早く欲しい」という言葉の背景に、将来のプランがあるようにも思えず、本当に「人に見せる」ことが望みのようにも思えてしまう。
以前、バラエティ番組で世界選手権の金メダルを見せたように。
「人に見せる」ことが目的だとしたら、もしも獲れたとしても犠牲にしたものが多すぎるとは思わないものかな?
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