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2010年3月

2010年3月31日 (水)

グルメ探偵 ネロ・ウルフ

AXNミステリーで「グルメ探偵 ネロ・ウルフ」を視聴中。
どちらかというと英国ミステリー贔屓なので、アメリカのドラマはあまり見ないのだけど、古き良きアメリカの雰囲気が漂っているのと、テンポが良くて軽妙洒脱な会話が気に入った。
音楽もおしゃれ。
ウルフの助手アーチー・グッドウィンを楽しげに演じているのがティモシー・ハットン。
ティモシー・ハットンは製作総指揮・監督も兼ねていて、映画では見かけることが少なくなったけど、こんな素敵な仕事をしていたとは。
五話の前半に、ショスタコーヴィチのワルツを切らずに(たぶん)使った場面があって、音楽をぶった切らない演出はそれだけでうれしくなってしまう。
登場する女性たちが雰囲気のある美女ぞろいなのも○。


ティモシー・ハットンつながりで、FOXの「レバレッジ」も見ましたが、こちらも面白かった。
演じている役の性格は対照的だけど、ネロ・ウルフと続けて見ると、ニューヨークの今と昔という趣。

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それが人にものを教わる態度なの(追記)

豊田市に教えに来てくれるバレエの先生を募集中という記事を見たけれど、いろいろと微妙。

五輪の銀メダリストが表現力をブラッシュアップするためにバレエを習いたいといえば、名の通った人を紹介してもらうことは難しいことではないはず。
東京には、それこそ世界的に名だたるダンサーがいるし、大阪や名古屋にも良い先生はいるだろう。
でも「豊田市に来て」という条件がつくと、これはどうでしょう?
費用一つとっても、自分から足を運べば謝礼と交通費くらいで済むけれど、コーチを呼びつけるとなれば金額は大幅に違ってきて、拘束時間の収入をペイする報酬+交通費は優に必要になる。
スポンサーがついているといっても、この世知辛いご時勢に、先生を呼びつけるための費用など出してくれるものなんだろうか。
選手が自分から習いに行く費用ならともかく。

・・・と、いくら最近のスポーツ紙の記者がアレだとしても、これくらいの疑問は持ったはずで、だからこそ、この記事を掲載した各紙は「出張」とか「豊田市に」という文言をさりげなく入れたんじゃないか、と思ったりした。

http://www.daily.co.jp/general/2010/03/31/0002826683.shtml
http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/winter/news/20100330-OHT1T00343.htm
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2010/03/31/03.html
http://www.nikkansports.com/sports/news/p-sp-tp0-20100331-612355.html


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表現力アップといえば、五輪前にみたNHKの特集で、タラソワコーチが「怖い顔で!」等と指導しているのを見て、わかってないなーと思った。
コーチが。

ルイサダの「顔を上げて遠くを見て」とか、熊川哲也の「王子は下を見ない!」とか、具体的な言葉で指導するさまを見るとナルホドと思うけれど、ただし、どちらも高い水準にある人たちを教えている場合。
曲や役の背景は充分に理解したうえでその指導を受けていて、だから顔を上げて遠くを見る意味、王子は下を見ないという言葉に込められた意味は即座に理解できている。
でも、タラソワに「怖い顔で!」と言われた某選手は、文字通り「怖い顔」をするという意味にしか捉えなかったと思う。
彼女がプログラムの意味や背景を理解していないことは、取材で振付の意味を聞かれたときの「わかりません」という答えからも明らかだし。
タラソワの指示は、大方のプログラムを理解している選手には有効だけど、某選手には曲の背景などを一から説明してあげるべきだった。
言語の壁もあるし、なまじ身体能力が高かったために、選手の理解力を勘違いをしたとしても不思議はないけれど。


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新たにエントリーを作成するのもなんなので、ここに追記:

「心理学を勉強してみたい」、「恋もしてみたい」そうで、「恋をしてみたい」発言は去年あたりも目にした気がするけれど、この「してみたい」という言い方にはいつも違和感を覚える。
スポーツ紙は記者が勝手に口調や表現を変えることが多いけど、少なくとも2紙が「してみたい」と伝えているということは、本人がそういったのだと思われる。
大学生が心理学を勉強するのは現実的かつ容易なことなのに、「してみたい」という言い方は他人事に聞こえるし非常に不自然で、12、3歳ならいざ知らず、19歳にもなって「恋をしてみたい」もなんだかな。
スケートの練習が多忙で交際する暇はなかったとしても、男の子を心ひそかに好きになった経験もないのかと思ってしまう。
片想いでも経験したことがあれば、「してみたい」というふうには言わないものだと思うので。
なんだか「勉強すること」、「恋をすること」のイメージというか認識がかなりズレているみたいである。

http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/winter/news/20100405-OHT1T00002.htm
http://www.sponichi.co.jp/osaka/spor/201004/05/spor218573.html

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2010年3月28日 (日)

世界選手権inトリノ

高橋大輔選手、世界選手権優勝おめでとう。
ニーノ・ロータは大好きな作曲家なのだけど、「道」はあまりに切なすぎて好きではなく、高橋のプログラムも当初はさほどに魅力を感じなかったのが、五輪からじわじわと好きになってきた。
アスリートとして4回転にこだわりつつ、でも振り回されなかったのが良かったと思う。

2位のパトリック・チャンは、スケーティングの評価が高いのは頷けるのだけど、今ひとつ胸にグッとくるものがなくて、何が足りないんだろう?
それとは逆に、3位のブライアン・ジュベールは、以前は無骨なジャンプだけのつまらない選手(失礼)だと思っていたのだけど、今はその無骨さがむしろ味になってきたように思う。

上位以外ではフェルナンデスの「パイレーツ・オブ・カリビアン」、シュルタイスの不思議世界が面白かった。
選曲では、ケビン・レイノルズのツェッペリン・メドレーもやるなーっていう感じ。


そして4位に入った安藤美姫は頑張りました。
フリーは今季で一番の出来。
スピード感があって、これまでこのプログラムにうっすらと感じてきたもどかしさを今回は感じなかった。
SP11位の結果を見て、
A.高難度ジャンプで起死回生をはかる
B.ぐっとこらえて堅実な演技
C.ぐだぐだ
の3つの選択肢があると思ったけれど、他の選手はともかくトリノで無謀な挑戦をしたことがトラウマになっている安藤にとって、今の段階でAの選択肢はあり得ない。
堅実な演技をする道を選び、それをやり遂げたことには敬意を表します。
でも、これからは状況に応じてAを選ぶことがあってもいいと思うし、それくらいトリノの呪縛から自由になっていてほしい。

フリーでは崩れてしまったけれど、長洲未来のSPはほんとに素晴らしかった。
音楽にのれる選手って大好き。

長洲未来のSPとフェルナンデスのフリーが目にも耳にも残ったので、「パイレーツ・オブ・カリビアン」をダウンロードしてしまいました。

地上波の騒ぎが煩わしいためJSportsで見ていたのだけど、カメラワークの拙さが目に余る。
スピンの足だけとか、上半身だけとか見せてどうしようっていうの。
あげくに思いっきり見切れたり。
バンクーバー五輪のカメラワークもかなり酷かったし、これまで日本の民放が下手なのかと思っていたけど、どうもNHKだけが突出して上手いのだと思えてきた。

続きを読む "世界選手権inトリノ"

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2010年3月24日 (水)

鏡は横にひび割れて

AXNミステリーでジョーン・ヒクソン版を視聴したので、ドラマと原作を織り交ぜての感想をちょっと。

この物語の初見は映画「クリスタル殺人事件」。
適当な日本語タイトルもさることながら、ミス・マープルを演じたアンジェラ・ランズベリーはイメージと違うし、豪華キャストのわりに印象に残らなかった。
この時はプロットも動機も「だからどーした」と思ってしまったのだけど、原作を読んでみたら、今度は胸にグッときたんであった。
この物語で一番印象的なのは殺人の動機、それから被害者のキャラクター。

往年の名女優マリーナ・グレッグがセント・メアリーミードの豪邸を購入、パーティを開く。
パーティに参加した村人の一人バドコック夫人がマリーナのカクテルを飲んで死亡し、当初はマリーナを狙った犯行と思われていたが、真相は被害者が得意そうに語った思い出話に隠されていた。
その思い出話とは、自分は昔からマリーナの熱烈なファンで、入院中の病院を抜け出して会いに行ったことがある、というもの。
マリーナは前夫との間に障害を持った子どもがいて、病院に入ったまま。
バドコック夫人の昔の病気というのは風疹だったのだけれど、マリーナは、彼女が妊娠初期の自分に会いにきたことが子どもの障害の原因だったと知って・・・。

エネルギッシュで親切で世話好きだけど独善的で、時として他人にとって迷惑な存在で、それでいて本人には悪意など微塵もない、バドコック夫人のような人は珍しくもない。
平凡な女性の軽率な行動が、少なくとも二人の人間の人生に修復しがたいダメージを与えてしまった、ということが心にずっしりと響く。
妊娠初期の女性への風疹の影響は知識として知っていたけれど、これを読んで、こんな悲劇も起こりうるのだと認識を改めた。

「深刻な事態を生じうる軽率な行動」というと、伝染する病気で歩きまわるのもそうだけど、飛行機の中で携帯を使うこと(携帯使用許可の機種は別)、傘さし運転もこれに当る。

テレビ版は、変化しつつあるセント・メアリー・ミードの村、人は好いけど押しつけがましい付添い人に戸惑うミス・マープルの様子をきちんと描いているし、マリーナ・グレッグ役のクレア・ブルームは、「神経が繊細で、エキセントリックな面と人を逸らさぬ魅力を合わせ持つ往年の名女優」のイメージに合っている。
クレア・ブルームならバントリー夫人がシャーロット姫を連想するのもわかるし。
映画版のエリザベス・テイラーは、往年のスターにはぴったりだったけど、エキセントリックというよりもヒステリックな印象で、あまりピンとこなかった記憶あり。

織物は飛び散り、ひろがれり
鏡は横にひび割れぬ
ああ、呪いは我が身にと
シャーロット姫は叫べり


Out flew the web and floated wide;
The mirror crack'd from side to side;
'The curse is come upon me,' cried
The Lady of Shalott.

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2010年3月23日 (火)

Thin Ice

YouTubeで荒川静香とステファン・ランビエールのペアの演技を見た。
さすがにリフトやスロージャンプなどはなかったけど、シングルのトップスケーターならではの高い技術、かつ息の合った演技で、これは楽しい。
前に見たランビエール・バトルが男同士で「二億四千万の瞳」を滑ったのも楽しかったけど、こういう試みは大好きです。
以前は、ダンサブルな曲では少し無理をしている感のあった荒川静香の動きから、ぎこちなさがすっかり消えていたのにも拍手。

ショーとして見せる演技をする場合に、音感とか表現力は必須だけれど、その部分を事実上調整点にしてしまっているアマチュアの採点(特に女子)にはますます疑問を感じる。
高難度のジャンプの話題ばかりを煽るマスメディアもちょっとなーと思う。

若いうちにできること、若いうちにしかできないことは貴重で、高難度のジャンプもその一つだけど、表現力の土台となる情緒と知性を育むためにも少年少女期は大切な時期。
ほとんどの選手は、そのあたりをわかったうえで、勉強と練習のバランスをとるべく、いろいろと模索しているのだと思うのだけど、社会教育・情操教育を放棄したも同然な選手が少なくとも一名存在する。
で、自分がなんで社会教育と情操教育の放棄をこんなに気にするのだろうと考えてみると、フォロワーが出るのが一番心配なんだと思う。
一人だけなら時代の徒花で済むけれど。

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2010年3月20日 (土)

カバーソング特集

SMA STATIONでカバーソング特集を見てのち、何曲かダウンロードした。

特に気に入ったのがNOKKOの「LA・LA・LA LOVE SONG」。
NOKKOがカバーアルバムを出したことは知っていたのだけど、テレビでロハスなNOKKOを見てしまい、かつてのノリの良さが失われているんじゃないかと思って、手を出すのを躊躇していたんである。
でも、実際に聴いてみたら、グルーヴ感は顕在で声も伸びやか。
これは良いじゃないかと思い、アルバムごと購入。
その他に稲垣潤一と山本潤子のカバーソングも何曲かダウンロードした。

カバーの存在は知りながらも聴かずじまいだった曲を聴くことができて、ありがたい企画でありました。
CDショップやiTuneストアで試聴できるけど、試聴するには「これを聴いてみよう」というかなり積極的な意思がなくてはいけないわけで、「流れてくるのがふと耳に止まって」というほうが音楽との出会いとしては望ましい。

リクエストの一位はタイマーズの「デイドリーム・ビリーバー」。
ゲストの坂本冬美が清志郎の名カバーとして「上を向いて歩こう」を挙げていたけど、ワタクシとしては「サン・トワ・マミー」をイチオシしたい。


以前にも書いたことがあるけれど、カバーというのは曲の解釈や演奏・歌唱の技術とセンスが問われる。
もしかしたら、オリジナル以上に。
当然、安易な企画は淘汰されるし、出来上がったものの良し悪しを語るのは良いのだけれども、「オリジナルで勝負すべき」などカバーそのものを否定する意見を見ると、音楽はアイデアやオリジナリティの有無だけではないのに、と思ってしまう。
優れたオリジナルを創り出せるというのは素晴らしいことなのだけど、もちろん。

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2010年3月19日 (金)

レッグリフレ

長い間、足の裏の疲れは悩みの種で、思い余って電動肩たたき機を足に使ったりもしてきた。
これはかなり効くのだけど、電動とはいえ持ったままなので手が疲れるのが難点だった。
このたびパナソニックのレッグリフレを購入したのだけど、エアーバッグで加圧する仕組みのマッサージ器で、付属のパッドをつけると足裏にも使える。
さすがに人間の手の心地よさにはかなわないけれど、かなり効きます。
装着したまま本を読んだり、うとうとできて快適。

なお、ネックリフレも出ていて、首と肩の凝りにも悩んでいるけれど、低周波治療器が効いたことがないので、そちらはパス。
やっぱり凝りには物理的な刺激がよい。

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2010年3月16日 (火)

白衣も素敵

西島秀俊出演ということで、4月から始まる「ジェネラル・ルージュの凱旋」を今から楽しみにしている。
どちらかとというと設定のかっちりしたドラマで見るほうが好きかも。
予告を見たけど、白衣と聴診器も似合っている。
衣装がサマになっているかどうかは、役作りの上で重要なポイント。
スーツ一つでも、エリートサラリーマンとそれほどじゃない人、刑事役では微妙に着こなしが違うから。

西島秀俊が役作りをしない人であるかのような勘違いをしている人を見かけるけれど、そういう人の意見を見ていると、役作りの定義が曖昧で、演技の好みと役作りを混同しているフシがある。
役作りというのは「役のリアリティを出すための作業」であって、自然体だから役作りをしていないということにはならないと思うのですが。
「大奥」でも、将軍を演じた時と歌舞伎役者では立ち方から違っていたし、津軽弁の台詞を違和感なく話す、画家の役の時は画家らしく見える、裁判官役の時は法律用語を澱みなく話す、役による衣装の着こなし、体を見せる役の時は体を鍛えることも役作りの一環。
それから、アクションシーンのある映画のために武術を習うのも。
これまでにも何度か書いているけれど、西島秀俊は、役の感情については起伏の少ない表現をすることが多く、その点では好みが分かれるかもしれないけれど、少なくとも、役の背景にリアリティを持たせる作業や準備はしっかりとしている俳優だと思う。


話は遡るけれど、WOWOWのドラマ「蛇のひと」を見ました。
表面上は仕事ができて誠実な人、実は関わった人が微妙に不幸になっているという魔性を秘めた男の役に西島秀俊がぴったり。
西島秀俊の抑揚は上手いんだけどちょっと違和感のある関西弁が、はたして狙ったのかそうでないのか、判然としないところが面白い。
(津軽弁をあそこまでこなせるのだから、違和感のない関西弁もやろうと思えば、できると思うのですね。)
救いのあるラストも良かった。
後半の子ども時代の話がちょっと長いかなと思ったけども。

ストーリーに恋愛が絡むのは良いのだけど、恋愛そのものがテーマのドラマは設定その他に好みがあるため、ハマる時はハマるけど、いくら好きな俳優が出ていても、映画館に足を運ぶほどには食指が動かないこともある。
というわけで、映画「サヨナライツカ」は未見。
CSで放送したら見ると思うけど。

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2010年3月15日 (月)

平成22年のひたむきさ

報道ステーションで世界ジュニア選手権で優勝した村上佳菜子選手の特集を見た。
踊り心の感じられる演技、手放しで褒めたくなる容姿など、先が楽しみな選手だけれど、それはひとまず置いといて。

番組では、「自分は何も背負っていないから」と全日本選手権の公式練習で五輪代表のかかった先輩選手たちに遠慮したり、人の演技を見て感激して、自分の番でポジションを間違えてしまった・・・などのエピソードが紹介されていた。
その間、しきりに某先輩選手の映像が挿入され、話のはしばしにも引き合いに出されていたけれど、ダンスが好き、人と競争するのが嫌い、人を気づかう、他人の演技に感動する、コーチとの信頼関係など、村上選手のエピソードは軒並み引き合いに出されていた先輩選手にはみられなかったものばかり。
別の局では、ジャンプの失敗に悔し泣きする様子も紹介されていたので、15歳の女の子とはいっても一面的ではなく、番組で放送されたのはあくまでも一部分であるはずだけど、敢えて共通点ではなく、先輩選手とは対照的なエピソードをとりあげたのはなぜなんだろう?と、ふと思ったりした。

「競争するのが嫌い」なんていうのを聞くと、「ああ、イマドキの子だなー」と思うのだけど、そういう性格は嫌いじゃない。
日本人のアスリートがメダルを逃したりすると、とかく「ハングリー精神が足りない」というような論調になるけれど、21世紀も10年が過ぎ、平成も22年になった今、ハングリーとか競争意識とは違うアプローチでモチベーションをあげる道もあるんじゃないかと思うし、そういう方向に向かってほしいと思う。
ひたむきなのはよいけれど、なりふり構わないのはちょっと違うかな、と。

わたしも横になって、船の底に水のぶつかる音を聞きながら、今、自分は、自分の道を歩いているとわかった。思えばわたしと閏土との距離は全く遠くなったが、若い世代は今でも心が通い合い、現に宏児は水生のことを慕っている。せめて彼らだけは、わたしと違って、互いに隔絶することのないように…とはいっても、彼らが一つ心でいたいがために、わたしのように、無駄の積み重ねで魂をすり減らす生活をともにすることは願わない。また閏土のように、打ちひしがれて心がまひする生活をともにすることも願わない。また他の人のように、やけを起こしてのほうずに走る生活をともにすることも願わない。希望をいえば、彼らは新しい生活をもたなくてはならない。わたしたちの経験しなかった新しい生活を。

引き合いに出された先輩選手についての報道を見ていると、母親は40代半ばということで、少女マンガ華やかなりし時代に育っているはずなのに、少女マンガというよりは梶原一騎の世界を感じてしまう。
がむしゃらに努力した過去の日本があって今があるのだけれど、それを踏まえつつ、もっと違う何かがあるはず、と思うんである。
トリノ五輪の前の荒川静香、五輪後の上村愛子の努力は、計画的かつ着実で、結果はどうあれ、今の時代の努力のあらまほしい形だと思った。
ただ、そこに一人、逆行している選手を見ると、なんともいえずモヤモヤしてしまう。
ノスタルジーとも違うしね。

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2010年3月11日 (木)

iPodの歌詞表示機能

iPodに「これなら覚えられる!フランス語単語帳」のCDを入れている。
テキストを同時表示できないものかと思っていたら、iTuneで歌詞を入れられるではないか。
CDにはテキストデータがついていないので、よく使いそうな表現からこつこつ手入力しているところ。

iPodに対応したソフトもありそうだけど、この単語帳はテーマ別編集で、「思う・考える・感じる」というような、似た意味で微妙に使い方が違う単語でグループ分けされているので重宝しているんである。

今までこの機能に気づかなかったことが口惜しい。


なお、「ヨーロッパ四カ国語三昧DS」が発売されたので、それも購入するつもり。
語学学習ソフトを買うのは、もはや趣味だな。

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2010年3月10日 (水)

ソチ

ふと思いたって、次の冬季五輪開催地の「ソチ」について検索してみたのだけど、そうか、「コルキス」だったのかー。
ギリシャ神話でイアソンが黄金の羊の毛皮を探しにいったり、王女メディアがいたりした、あの国ですね。

黒海沿岸で温暖そうなところだけど、冬季五輪なんて大丈夫なんだろうか。

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地図なしEX

週末、地図なしの五輪フィギュアのEXと「鋼の錬金術師FA」が再放送されたので、非常にうれしい。
ハガレンはDVDが出るのは確実だから、再放送がなくてもいずれ地図なしで見る手だてはあるけれど、ちゃんと放送してくれる心意気がうれしいじゃありませんか。

ところで、ネットで五輪EXの感想を見ていたら、高橋大輔の演技順にえらくご立腹の意見があったのが意外だった。
主催者側が従来のような順位どおりの登場にしなかった意図はよくわからないけれど、トップバッターがそんなに悪いとも思わないので。
開会式のイベントでブライアン・アダムスがトップに出てきたけれど、だからといって扱いが軽いとは思わなかった。「掴みはOK」という感じ。
EXはカナダの銅メダリストのジョアニー・ロシェットも前半に滑っていたりと、前のほうに登場した選手たちを軽視したわけでもなさそうで、高橋大輔の演技への反応も悪くなかったと思う。
大盛り上がりというわけにはいかなかったけど、淡々とした穏やかな曲調のプログラムなのだから自然な反応。
選手自身がEXで盛り上がることを狙ったなら別のプログラムを持っていったはず。
「ロクサーヌ」とか、もしくはカナダの作曲家を使うとか。
現地の観客の反応を過剰にとやかくいうのは、自分のファンに向けての感謝の気持ちを表現したという選手の気持ちに反するんじゃなかろうか、と思ったりする。


なお、アップテンポな曲調にもかかわらず、浅田真央の「カプリース」への反応が冷ややかだったのは、ひとえに衣装にギョッとした人が多かったんだろうと思っている。
一見露出度の高い衣装でも「隠すところは隠す」のがお約束。
今まで見た中で一番露出度が高かったのはトリノ五輪EXのナフカの衣装だけど、胸はちゃんと隠していた。
それなのにカプリースの衣装はよりにもよってバストトップからウエストまでの部分が肌襦袢。
音楽と合っていない動きとか、扇で股を仰ぐように見える振付、衣装の色使いなどが気にならない人でも、うら若い女の子が上半身の胸元から下が肌色の衣装を着て出てきたのだから、驚いたであろうことは想像に難くない。
テレビで見る分にはピンクの肋骨みたいなラインが入っていることがわかるけど、会場にいる観客からは、座席によっては肌色しか見えなかった人もいたかもしれないし。
もちろん肌襦袢であることはわかるにしたって、「なぜそんな部位に肌色を使ったのか?」という疑問は浮かぶわけで。

時期が時期だけに男女のメダリストが一緒に語られることが多いけど、リズム感が抜群の選手とリズム感皆無の選手を並べて褒めているのを見ると、リズム感の優れた選手の良さを本当にわかっているのかと思わないでもない。


そういえば、キム・ヨナを「妖艶」と評するのをよく見るけれど、それにはちょっと違和感あり。
昨季のキム・ヨナのプログラムはSP「死の舞踏」、フリー「シエラザード」で、どちらも妖艶さを狙ったプログラムではなかった。
ボンドガールは、色っぽさもあるけれど、妖艶というよりは「カッコいい」プログラムだと思う。
本家007でも、ボンドガールが単なるお色気要員だったのは1970年代まで遡るし。

フィギュアスケートが、バレエみたいに同じ曲・同じ振付で違う選手が滑る機会があると面白いと思う。
安藤美姫の007を見てみたいし、キム・ヨナが安藤版のカルメンを演じるのも見たい気がする。

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2010年3月 1日 (月)

EXと衣装についての雑感

後でじっくり録画を見ようと思ったのに、フィギュアスケートのエキシビションが日本列島の地図入りになってしまった。
まあ、天秤にかけるまでもなく津波情報のほうが大切なんですが、「鋼の錬金術師」も地図入りでいとかなし。

EXの演技で印象に残ったのはプルシェンコ、安藤美姫、ランビエール、川口・スミルノフ組・ドムニナ・シャバリン組。

プルシェンコの演技の面白さは、プルシェンコ自身が発する魅力によるんだな、と思った。
プルシェンコが使用した曲がジョニー・アリディの曲だったけど、ランビエールの「Ne me quitte pas」といい、欧州の音楽事情が興味深い。
シャンソンもしくはフレンチ・ポップスは20代の青年にも好まれているのだろうか。
それともコーチの趣味?

安藤美姫のレクイエムは渾身の演技。
4年前、トリノ直後のショーで見た時は、情緒の豊かさは感じつつも表現しきれていなかったのが、今は音楽と感情を体の動きで表現できるようになって、それだけでもモロゾフの指導は無駄じゃなかったと思う。
娘のEXのための衣装をこっそりお母さんが作っていたのもいい話である。
今までのパープルグレーの修道女風衣装のほうがシンプルで好みだけど、五輪EXの衣装は胸元の飾りがきれいでスピンが映えて見えた。

ずっと前のことになるけれど、教育テレビで宮崎国際音楽祭の模様を見ていたら、世界的ヴァイオリニストの故アイザック・スターンが公開レッスンで子どもを指導していた。
子どもといえども、いずれも腕に覚えのある子たち、巨匠の前で超絶技巧を見せたがるのだけど、スターンはそれを制して、「もっとゆっくりした曲を弾きなさい。一つの音をいかに美しく響かせるかが大切」と教えていた。
先日、ニコライ・モロゾフが「一蹴り(漕ぎ?)の美しで魅了するのが本当に素晴らしいスケーター。安藤美姫にはそんなスケーターになってなってほしい」と語っていたのを何かで見たのだけど、それで思い出したのが、前述のアイザック・スターンの言葉だった。
モロゾフのプログラムのつなぎが薄い云々の議論を最近よく見るし、そのために選手に不利になっては困るけれど、一蹴りの美しさを重視する姿勢は正しいと思う。

ランビエールの演技はいつもどおり素敵だった。

キム・ヨナは「タイースの瞑想曲」。
好きな曲なので期待したのだけど、思ったよりも印象が薄かった。
競技ではあんなにも圧倒的な演技を見せるのに、EXではいつも凡庸なのが不思議。
作りこまないとダメなタイプだったりするのかな。


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