« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月31日 (月)

ニコラ・ル・フロックのパリへ

週末にパリ+α旅行に出かけます。
しばらく前から頭と気持ちをフランスモードにするためにと「王立警察 ニコラ・ル・フロック」の原作を読み始めたら、これが滅法面白い。
「ブラン・マントー通りの謎」の最初の10ページほど読んだところでハマリそうな気がしたので、「鉛を呑まされた男」、「ロワイヤル通りの悪魔憑き」も入手。
一気に読んでしまった。
小説をこんなに夢中になって読んだのは久しぶり。


物語の背景となるルイ15世当時のフランス国内の情勢や国際情勢、フランス宮廷のかけひきがきちんと描かれているので、ミステリーとしてだけでなく時代小説としても面白い。
パリとパリ近郊の地名が詳細に出てくるのでそれを地図とひきくらべながら読んでいるのだけど、ドラマでは街並みを視覚的に味わえるけれど、ロケをしている場所は当然違うわけで、あまり細かい地名を出すのは差し支えもあるだろうし、詳細な地名で足取りを追う楽しみは小説ならでは。
地名が指輪物語方式の直訳にカタカナのルビで表記されているため、地名の由来がわかるのもうれしい。「オレンジ園=オランジュリー」は「ああ、なるほど」と思ってしまった。
ニコラとブルドー行きつけのビストロの料理は今で言えばB級グルメということになるんだろうけど、どれも美味しそうで、そういうところも池波正太郎みたい(笑)。
ただ、牛脂を使うレシピが多いので、頭の中でオリーブオイルかグレープシードオイルに変換しながら読みました。
ドラマのポンパドゥール夫人はブーシェの絵の印象とは違う疲れた感じの人だったけど、原作を読んで納得。
亡くなる少し前という設定だったのね。


原作とドラマはところどころ設定が違っているけど、「文章で表現されている内容をいかに視覚的に見せるか」に配慮した脚色なので、話が進むにつれてニコラのキャラクターが脱線しつつあるものの、ドラマはドラマとして楽しめる。
そして原作を読んでみて、ニコラ役のジェローム・ロバートがイメージにぴったりだということを改めて認識。
ハンサムで職務に真面目で、でも据膳は食っちゃう男--選り好みするけど--がはまってる。
ヴィヴィアン・リーのスカーレット・オハラ、高橋幸治の織田信長、中村梅之助の村田蔵六、杉浦直樹の「あ・うん」の門倉と同じくらいのハマリ役(←ワタシ的に最大級の賛辞)。
原作とはかなり設定が変わっているけど、ラ・サティンを演じているVimala Ponsもコケティッシュで可愛くて、イザベル・アジャーニに似ているかな。
フランスのテレビ局は、「モンテクリスト伯」にジェラール・ドパルデュー(とオルネッラ・ムーティのメルセデス)という強引な配役でドラマを作ってしまったこともあったけど、ニコラ・ル・フロックの配役は文句なし。

※ドパルデューのエドモン・ダンテスは、土方歳三役を西田敏行を演じるくらい強引。
ジェラール・ドパルデューの「レ・ミゼラブル」は文句なしに良かったですが。
「モンテ・クリスト伯」は、舞台版の内野聖陽(テレビで見た)が一番原作のイメージに近いかな。「風林火山」や「臨場」とは違って二枚目然としていました。


---
警視ニコラシリーズを読んで、ニコラの出身地のゲランドに興味を持った折りも折り、Bunkamuraザ・ミュージアムのミュージアム・ショップでゲランドの塩を販売していたので買ってきた。

Bunkamuraザ・ミュージアムでは「ストラスブール美術館所蔵~語りかける風景展」を開催中。
シスレー、コロー、モネなど好きな画家のほか、ストラスブール出身の画家の絵、抽象画じゃないカンディンスキー、ストラスブールを描いた絵で構成されていて、心地よい絵が多かった。
ストラスブールは今度の旅行先の一つで、こういう絵画を収集している美術館がある街ならば、実際に歩くのもさぞ楽しかろうと、旅行への期待も勝手に高めたのでありました。
観光の時間は限られていて美術館でじっくり絵画を鑑賞する時間がとれるかどうかわからないので、日本にいながらにして鑑賞できて良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月26日 (水)

投げ出さないという才能

安易な精神論・根性論は大嫌いだけど、錦織・伊達の逆転勝利を見ると、最後に事を決するのは精神力なのだとしみじみ思う。
ただ、この場合の精神力とは、窮地に陥っても自分を見失わずに持てる能力を最大限引き出すためのものであって、いわゆる火事場のクソ力とは違う。
技術や才能の不足を精神力で補うことはできないけれど、精神力がなければ才能を生かすことはかなわない。
あきらめず、自分を見失わず、自分に出来ることを考えながらプレーを続ける、ということをやり遂げられるというそのことも、既に一つの才能なんだと思う。


「W杯には鈴木隆行を選ぶべき。彼ならパルプルンテを使える」と半ば冗談半ば願望で言っているけど、華々しくゴールを決めたカメルーン戦をのぞいて、鈴木が起死回生のチャンスを得た時というのは、競り合ったりスローインの権利を得たりという、とにかく地道なプレーをあきらめずに繰り返した結果だった。
思えばベルギー戦のゴールもそう。
「あきらめない」という才能において、鈴木はおそらく歴代の日本代表No.1。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

責難は成事にあらず

小野不由美の「十二国記」の中の短編「華胥の幽夢(かしょのゆめ)」に出てくる言葉。
今更だけど、これは民主党政権にそのまま当てはまる。
時には新機軸もいいけれど、前政権のしてきたことを全部否定してかかったら、そりゃ国の土台がおかしくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月25日 (火)

是々非々

週刊文春のコラムで、小林信彦が「民主党バッシングが不愉快だから新聞を読まない」というようなことを書いていた。
この人の民主党贔屓には苦々しさを感じつつも、多少のタワゴトは大目に見るべき高齢だし・・・と思っていたけど、普天間基地問題と口蹄疫問題を「見なかったこと」にして民主党を擁護するのは、いくら高齢でもずいぶんな態度である。

小林信彦に限らず、他の点では見識があって敬意を抱いていた人が民主党のこととなると何故だか過剰に肩入れするのを見て複雑な気持ちでいたけど、そういう人たちのほとんどが現在ダンマリを決め込んでいるのがまた釈然としなかったりする。
一般的には自分が応援している存在の失態はなかなか認めがたいものだけど、政党は仕事してナンボのもの。
仕事の出来ない政党に心情的に思い入れる気持ちがよくわからない。
ちゃんと仕事をしたら認める、出来なかったら批判する、それでいいじゃないかと思うのだけど。

もちろんその人たちは、政治に責任を負う立場にはいないのだけど、無責任な政党を応援する人たちもまた無責任、という感は拭えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間失格

山田農水副大臣が49頭の種牛について、「家伝法(家畜伝染病予防法)に従って、直ちに殺処分と。今でも生き残っていて、ウイルスをまき散らしていることは、許されないことだ」と、尊大な口調でコメントしているのをテレビで見た。
原則的には言い方よりは内容重視、いちいち口調や表現をあげつらうのは好きじゃないけど、この状況、この時期にこういう言い方をするかな。
情にほだされて対策を誤ってはいけないとはいえ、あまりにも畜産農家に対する配慮を欠いた、心ない発言。
「ウイルスをまき散らし・・・」って、そういう状況に追い込んだのは自分たちだし、他に言い方があるでしょーが。
赤松大臣・山田副大臣とも、無能なうえにデリカシーもないということがよくわかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

錦織圭、全仏オープンで逆転勝利

WOWOWはスカパー経由で加入しているため生中継のチャンネルは見られないので、191chの放送開始まで公式サイトのスコア速報を見て一喜一憂していた。
2セット先取された時は「やっぱり怪我明けだから」と勝手に諦めかけたのだけど、3セットのタイブレークからまさかの逆転勝利で一回戦突破。
フルセットを戦い抜くスタミナ、逆転に持ち込む気力、胸のすくショット、いいプレーを見せてくれてありがとう!!
次もガンバレ!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月20日 (木)

マス“ゴミ”にもホドがある

電車の中で他の乗客が読んでいた日刊ゲンダイに、「東国原浮かれ知事に天罰 口蹄疫大被害と疫病神知事 お笑い芸人失格人間を知事に選んだ宮崎県民に責任があるのに国の税金で救済は虫が良過ぎないか」という見出しがデカデカと。
たかがタブロイド、それもゲンダイとはいえ、この記事は酷すぎる。
自由な社会ではあるし、タブロイド紙がどこの政党に肩入れしようが勝手だし、下世話な記事、毒のある記事に需要があることもわかっている。
それからなんらかのガス抜きの役に立っていることも。
でも、そういうモロモロを差し引いても、この記事は許される限度を越えている。
言論の自由って、こういう記事を垂れ流させるためにあるわけじゃないから。
不買運動を・・・と思うけど、もともと買っていないのが悩ましいところ。

テレビで東国原知事が会見で声を荒げている映像を見たけれど、質問している記者はなんであんなにエラソーに詰問口調なんですか。
「われわれ」とか言ってたけど、前から言っているようにマスゴミの記者を代表なんて思っておらず、「われわれ」に含まれるのはマスゴミだけなので、心して置くように。
自分を内閣に入れろとか言っていた時は批判したけど、口蹄疫の対応に奔走する東国原知事には「頑張って」と思うだけ。
視聴者は知事へのバッシングなど望んでいない。
吊るし上げるなら赤松農水大臣にどうぞ。それなら大歓迎。


---
「とくダネ!」で小倉智昭が、前日の放送で「永田町では、赤松農水大臣がゴーデンウイーク、海外出張中にゴルフをしていたことが問題にされていたけど、そんなことよりも、牛や豚の1頭1頭をどうやって救うかが大事。おかしなことを問題にする国だなと思う」と発言したことについて謝罪していた。
「ゴルフはしていない」と赤松農水大臣から抗議をうけたそうで。
ゴルフをしたしないの話以前に外遊したことが問題なので、それに対して抗議をするほうもするほうなら、謝罪というのも妙な感じ。
「過ちて改むるに憚ることなかれ」なので、マスメディアが誤報について速やかに謝罪するのは誠に結構だけれど、そもそも小倉智昭の前日の発言からして問題の本質から外れすぎているわけで。
前日の発言は、「視聴者から抗議の電話が来ることを覚悟していた」そうだけど、それを敢えて口にした真意も意味不明。
何もない時期に海外出張中にゴルフをしたからといって咎めるにはあたらないし、赤松農水大臣が「牛や豚の1頭1頭を救うために」奔走中とでもいうのなら擁護するのもわかるけど、どうみたって奔走しているようには見えない。
帰国してからこのかた、ロクに役に立たないばかりか、口蹄疫対策に奔走している野党議員をパフォーマンス呼ばわりするなど、人の神経を逆撫でするような言動を繰り返している。

翌5月19日の会見でも、記者から「何が遅れたと思うか」と問われ、
  「僕、ご批判を受けることは全く構いませんけれど、例えば、じゃあ、『この時点で、20日の時点で、何々しなかったことがこういうふうになった原因じゃないか』と言われるなら、どうぞ、そう言ってくださいと。だけど、みんな具体的に何も言えないんだよね、聞くと」
などと独自の主張を展開した。

こんなことを言ってたそうだけど、そりゃ「何々しなかったこと」ではなく「何もしなかったこと」が問題だから。
逆に「自分はこれをやりました」と言えることがあるなら言ってみろ。
消毒薬の手配、自衛隊の出動要請etc.農水大臣がやるべきだったことが多すぎて枚挙しだすとキリがない。
まあ、帰国してからの行動を見ると、たとえ外遊しなくても、この人は何も出来なかったんじゃないかと思うけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月17日 (月)

赤松口蹄疫

☆☆口蹄疫被害に対する義援金募集のお知らせ☆☆

畜産についての知識は荒川弘の「百姓貴族」で読んだことがほぼ全ての私ですが、口蹄疫の発生が重大事であるという認識は「百姓貴族」を読む以前から持っていた。
たしか英国で発生した時は当時のブレア首相が声明を出していたはず・・・と思ったら、選挙日程を遅らせて対応したんですね。
そういう経緯を知っていれば、口蹄疫が国家として最優先に対処すべき緊急事態であることは素人にもわかることだし、少なくとも「首相直々に対応するレベルの災害」ということは頭にインプットされた。
ところが、わが国の農水大臣は口蹄疫発生の報告を受けながら外遊するような素人以下の危機意識と認識しかない人物だったようで。
おまけに総務大臣は情報統制して風評被害に対処したと的外れなことを言っているようだし。
口蹄疫の感染力の凄まじさを考えたら、風評被害を憂えて情報統制するよりも実質的な対策をとるほうが先だし、そのためには正しい情報を伝えることが必要だろうが。

そして、この記事を見て脱力。
政府が口蹄疫対策チーム、現地に常駐へ
今になって常駐の対策チームがニュースになるということは、とどのつまり政府はこれまで何もしていなかったか、していないも同然だったということなのだろう。
しかも何で月曜日? 日曜では、土曜ではダメだったのか?

ここにきて、発生初期に宮崎県が見逃していたことが記事になっていて、それは県にとって痛恨のミスだけれど、だからといって、"まだ被害の少ない段階に""報告を受けながら"赤松農水大臣が外遊した事実、農水大臣外遊中の責任者(福島瑞穂消費者担当大臣)が何も手を打たなかったという事実は変わらない。

-参考-

2010年日本における口蹄疫の流行


テレビで鳥越俊太郎が「人に感染しない、食べても大丈夫。ならば、なぜ(殺処分など)そこまで厳重にするのか」と頭に虫がわいたような発言をしていたらしいけど、ほんとに虫でもいるんじゃないかと思える馬鹿発言。
繰り返すけど口蹄疫の感染力は凄まじいし、回復する見込みのない家畜を置いておくことも畜産農家の負担になるんだよ。
「百姓貴族」を100回読んで出直してこい。

人外魔境な総理大臣、口蹄疫発生を知りながら外遊する農水大臣、文化大革命を肯定する行革大臣・・・。
今の与党はこんなんばっかり。
ガセメールの対応とか国益捜査発言とか、政権をとる前から民主党の素人くささはわかっていて、だから「一度やらせてみる」には大反対だったけど、さすがにここまで酷いとは思わなかった。
休日の分散化とか子ども手当とか余計なことを思いつくだけでなく、やらなくてはならない仕事をまともにこなす能力すらないとは。
政治の素人というよりも社会人としても呆れるくらいアマチュアな人たちの集団だということがよーくわかった。
思えば「100年に一度の経済危機」に挙国一致どころか前政権の足を引っ張ることしかやらなかったし、今回は見かねて動き出した自民党議員に懲罰動議を提出するとかしないとか。
無策な大臣を非難したら懲罰動議なんて、ファシズムじゃないですか?
そして、そういう政党に政権をとらせるべく繰り返し偏向報道をしてきたマスメディアは、日露戦争で戦争継続を煽った時と同じことをしている。
マスメディアは発生したことを粛々と報道すればいいんで、世論を誘導しようとか色気を出さないでください。
ほんとにロクなことがない。

-----
転倒した議員の映像を見たけど、明らかにタイミングがズレていて笑ってしまった。
それに、三週間の打撲傷で車椅子とか松葉杖は使わないし、わざわざ膝の包帯が見えるようなスカートも履かないな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 9日 (日)

三菱一号館美術館

三菱一号館美術館の「マネとモダンパリ展」。
「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」をメインに据えた一点豪華主義な展覧会かしらと思っていたら、テーマのまとめ方も面白く、最後まで飽きさせない構成だった。
やや動線を無視して詰め込みすぎな部屋もあったけど。
マネ展は既に何度か見ていたこともあって、今回はジョサイア・コンドルの建築を復元した三菱一号館を見るほうが主な目的。
雰囲気やレンガの材質にこだわりつつ、現代の利便性も取り入れていて、結構好きかも。
隣接する丸の内ブリックスクエア(「レンガ広場」ではいけないのか)は、オープンカフェがあって緑と花の多い心地よい空間になっていた。
美術館って、展示内容の充実はもちろん、建物や周囲の雰囲気が良いのも重要なポイント。
ルーブル美術館は、建物自体の壮大さや重厚な質感、テラスのカフェの快適さも魅力の一つだったりするし。
三菱一号館美術館は、展示室の広さや動線の良さでは国立西洋美術館には及ばないものの、建物の美しさとカフェの充実は非常にポイント高し。
東京駅から徒歩で行ける距離というのもうれしい。


なお、三菱つながりで、3月に国宝の曜変天目茶碗を見るために静嘉堂文庫美術館に行ったけど、そちらも閑静な佇まいで、趣のある良いところだった。
閑静なだけに駅からは遠いけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

王立警察 ニコラ・ル・フロック

AXNミステリーで第一話を見たら面白かったので、早速予約録画リスト入り。
衣装やセットが本格的で、ちょっとベルバラの外伝みたいなテイスト。
ルイ14世、ルイ16世の時代は歴史的大事件が重なるので、ルイ15世の治世下と時代設定は物語を楽しむのにほど良い感じで、警察内の解剖の場面に「サンソン」がいたりと、歴史の小話としても面白い。
警視ニコラ役のジェローム・ロバート(ロベールじゃないのか?)がとても魅力的で、時折見せるくしゃっとした笑顔が素敵。
これなら身近な人たちに愛されるし、女性たちにも好意を持たれるわ。

これを日本に翻案すると「鬼平犯科帳」って感じだろうか?
そしてサンソン≒山田浅右衛門とか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 7日 (金)

休日分散に賛成する人たちって

GWの高速道路の渋滞や空港の混雑のニュースに関連して、日テレのニュースでキャスターが連休の分散化を支持する旨の発言をしていた。
地域ごとに連休を分散するなんて、ちょっと考えただけでもデメリットのほうがいくつも思い浮かぶんだけど、これに賛同する人って、いわゆる自由業の人が多いような気がする。
「連休になると渋滞して迷惑だし、休日を分散しちゃえば万事OK」と短絡的に考えていそう。
サラリーマンのお父さんたちは、休日を分散することによる社会的なリスクが、渋滞の大変さよりも深刻なことを知っているから、道路の混雑に喘ぎながらも粛々と家族サービスしているんだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »