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2010年7月

2010年7月28日 (水)

龍馬伝・第3部

「龍馬伝」第3部が始まって、これまでのところ良い感じ。
竹久夢二の絵から抜け出たようなおもと、女豪傑の大浦お慶、そしてなにより高杉晋作がカッコイイ。
これまで高杉晋作役といえば「花神」の中村雅俊だったけど、見た目と、切れ味が鋭く傲岸不遜でいながら書生、という雰囲気なら伊勢谷友介の高杉は優っているかも。
というか、容貌的には全然似ていない中村雅俊(なにしろ垂れ目だし)の高杉が長年ベストであり続けたことがある意味すごいんですが。

伊藤俊輔役が「真木栗ノ穴」で置き薬のセールスマンを演じていた尾上寛之で、ちょっと楽しみなんだけど、脚本が井上聞多との描き分けができていなかったのが気にかかる。
どうしても「花神」と比べてしまうけど、井上聞多と伊藤俊輔にコメディリリーフの役目を負わせながら、二人の背景やキャラクターの違いを描き分けていた大野靖子はさすがであった。


岡田以蔵役の佐藤健の「(出番が終わって)さびしい」というコメントを見かけて、あの以蔵ならば演じ甲斐があっただろうし、寂しさを感じるのも理解できる気がする。
歴史の描き方には必ずしも満足ではないけれど、「龍馬伝」は去年や一昨年のような俳優の見せ場をなくしたり、魅力を削ぐようなドラマではないから、そこは認めている。


ところで、「龍馬伝」のプロデューサーが岡田以蔵のキャスティングを自画自賛している件について。
http://mantan-web.jp/2010/07/25/20100724dog00m200041000c.html

岡田以蔵は従来のパターンでキャスティングしたら佐藤健君が演じることはあり得ない。萩原健一さんや勝新太郎さんという、もっとワイルドでごつごつした人がやってきた役だし、一般的なイメージも同じ。


佐藤健が良かったことは否定しません。確かに良かった。
でも、「従来のパターンでキャスティングしたらありえない」というのはきっぱり否定します。
時代劇専門チャンネルで放送中の「竜馬におまかせ」、TBS版の「竜馬がゆく」では反町隆史と長瀬智也が岡田以蔵を演じていて、二人とも今はワイルドな雰囲気もあるけど、以蔵を演じた当時はどちらも「薄幸の二枚目」のイメージを有していた。
なので、佐藤健の岡田以蔵を初めて見た時は、反町~長瀬路線の配役だなと思ったし、ここ20年くらいの傾向からいえば、むしろ以蔵役の主流といっていい。
それをプロデューサが「奇抜な配役で新機軸を打ち出したぞ(エッヘン)」と思っているのだとしたら非常に滑稽。
「功名が辻」の大石静もそうだけど、奇を衒って得意がっていると実は二番煎じ、というケースが少なくなく、過去や他人の作品をもう少し調べてからモノをいえばいいのにと思う。
ただし、プロデューサーの勘違いはともかく、佐藤健の以蔵は良かったです。

このプロデューサーは「龍馬の大芝居」の回についても自画自賛。
龍馬の空白の4ヶ月間をフィクションで埋めようというのはいいんだけど、龍馬の打った芝居が武市や以蔵の運命に何ら影響を与えなかったことは知っているし、後藤象二郎絡みの話の布石でもなさそうだし、徒にドラマ全体の印象を荒唐無稽に見せただけで、物語としてちっとも面白くなかった。
一時は視聴をやめようかと思ったくらい酷かった回を自画自賛されると、高杉晋作とおもとと大浦お慶を見て気を取り直しているものの、先行きがちょっと不安。


ところで、久しぶりに見た「竜馬におまかせ」。
キャスティングは良かったし、もっと真面目な演出だったら脚本や出演者の面白さが生きただろうに、演出が率先してふざけてしまったために、せっかくの面白味を殺いでしまったのが残念だった。
正統派時代劇の実績があるNHKかフジテレビならもっと面白くできたんじゃないかと思う。
NHKは「天下御免」「天下堂々」を作った実績があったし。

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2010年7月26日 (月)

アニメンティーヌ~Bossa Du Anime~

クレモンティーヌが唄うアニメソングのカバーアルバム。
少し前、テレビでパリのJAPAN EXPOの話題をとりあげた時に知って、アマゾンに注文。
早速iPodに入れて、ヘビーローテーションで聴いています。
心地よくて洗練されていて、夏に聴くのにぴったり。
今お気に入りなのは「ラムのラブソング」、「はじめてのチュウ」、「風の谷のナウシカ」、「タッチ」、「Cat's Eye」。
「ラムのラブソング」は前からフレンチ・ポップスっぽいと思っていたけど、見事にフランス語の響きがハマっていて、クレモンティーヌのオリジナルといっても通用しそう。
「Cat's Eye」はカッコよく、「タッチ」は切なく、「はじめてのチュウ」はおしゃれでかつ甘酸っぱい。
日本のアニメソングのメロディの良さも再認識できました。

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2010年7月22日 (木)

エーゲ海の音色

ナナ・ムスクーリの「Singles+」を購入。
ナナ・ムスクーリはサラ・ブライトマンほどではないけどCMで歌声を耳にする機会が多い、クラシカル・クロスオーバーの草分けみたいな人。
最近「Over and Over」、「日曜はだめよ」をiTuneで見つけたので喜んでダウンロード。
クラシックを歌っているアルバムは容易に手に入るけど、1960年代から70年代の曲が入っているCDが見つからなかったんである。
この2曲を知ったのは母が昔持っていたレコードからで、アレンジや楽器の音色にそこはかとなく地中海の雰囲気が漂っていて、「紅の豚」のサントラ、「グラン・ブルー」のタオルミナの街を歩くシーンで流れる「Sicilia」に懐かしさを感じたルーツはこれだ、と思った。
「日曜はダメよ」は曲調からしてギリシャだし。

で、懐かしさついでにiTuneでは見つからなかった「Mama」という曲をどうしても聴きたくなって検索してみたら、「Singles+」に収録されていることを知ってネットで購入。
「Mama...」と呼びかけるナナ・ムスクーリの声が優しいので、優しい曲だと思っていたけど、歌詞をみてみるとなかなかシリアスで切ない曲なのだった。

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2010年7月20日 (火)

おけいはん

このところ着てないけれど、着物好きとしては気になるニュース。

おしゃれ?非常識?祇園祭おけいはんポスターに「逆さ帯」

京阪電鉄は「スタイリストが浴衣メーカーに『逆にしても間違いではない』と確認を取っていた」と話している。


呉服量販店などは売らんかなで伝統を壊しにかかっているようにさえ思えるし、メーカーだからといって正しい知識を持っているとは限らず、どういう問い合わせ方をしたかによっても答えは変わる。
文様が青海波であることと祇園祭のポスターに使用することを伝えたうえで聞くのと、単純に「帯を上下逆にしめても大丈夫ですか」と聞くのとでは反応は違ってくるから。

それにしても、こういう相談を受けた時に「正しい」と言い切れないのなら、「やめておいたほうがいいですよ」とアドバイスすべきなんじゃないのかな。
どうも基準が曖昧な場合にゆるい基準を示す傾向があるけど、それってなんだか無責任。


帯の上下のことはおいても、「年齢設定が10代で元気の良さをアピールしたい」というわりに浴衣の柄が10代の子が選びそうにない色柄だし、青海波の帯も同じく。
無地とか縞とか無難なのがいくらでもあるし、帯締めと帯留めも10代らしくないセンス。
10代云々という以前に、比較的こまかい柄の浴衣に細かい柄の帯をあわせるセンスが野暮ったい、ともいえるけど。
どちらかというと「親が選んでくれた浴衣を着ている素直な娘さん」に見えて、スタイリストの言う「元気の良さのアピール」というコンセプトと選んだ浴衣が全然一致していないものだから、ますます言い訳に思えてしまう。

-補足-
浴衣のブラントと思しきサイトを見たら、そちらの写真ではもっとヴィヴィッドな色で、たしかに元気の良い10代らしい色とデザイン。
ポスターではわからなかったけど。

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先だって、桜や梅が入った古典文様の浴衣を「オールシーズンで着られるからよい」と書いているブログを見て目が点になったけど、振袖ならともかく、浴衣ってオールシーズン着るものじゃないんだが。
まさか販売員がそんなことを売り文句にしていないだろうね、と思ってしまった。

着やすさ・動きやすさでいったら残念ながら洋服のほうが断然上。
それでも着物を着たいと思うのは日本の伝統的な衣服だからというのも大きな理由だと思う。
そこから季節感とか伝統美をなくしたら、浴衣も着物も着る意味を失うんじゃないかと思うし、それは着物を創る人、売る人たちの首を絞めることになる。
浴衣は着物の入門編で、だからこそちゃんとしたものを作って勧めるべきだと思う。
大量生産で安く売るのも悪くはないけど、せめて柄の季節感くらいはちゃんとしようよ。

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2010年7月19日 (月)

コメ

先日、NHKの朝の番組で米離れ傾向を食い止める取り組みの話題をとりあげていて、炭や紫芋の粉末で色づけしたお米とか、アイデア料理を紹介していたけど、どれもイマイチ。
これだったら、サラダ・ドゥ・リのレシピを広めるほうが効果的じゃないかと思う。
あとはライスプディングとか。
焼ライスプディングはトルコで食べたデザートの中で一番好きで、ドンドルマ(のびるアイスクリームですね)よりも美味しいと思ったくらい。

お米のサラダは日本米よりもタイ米を使うほうが美味しいので、日本米の消費増につながるかどうかは問題だけど、人工的に色をつけた米を作るくらいなら日本でも長いお米を作ればいいと思う。

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2010年7月17日 (土)

旅行の復習

旅行中、スーツケースのロックの調子が悪くなって開閉のたびに汗をかいてしまった。
完全な故障ではないけれど、このままでは安心して旅行ができないし、連れが持っているファスナー式ハードケースが使いやすそうでうらやましく思っていたところだったので、思いきって買い換えを決断。
ネットなどを見て検討の末、プロテカスペッキオにしようと心に決めてお店に行ったら、折りよく同じ型と機能で若干安い70周年記念の限定モデルがあったのでそちらを購入。
色はパールレッド。
次の旅行はまだまだ先だけど、なんとなくウキウキ。

初めてスーツケースを買った時は大きさと色と値段くらいしか気にしなかったけど、3個目ともなるとフレームの他にもハンドルの操作性とか車輪の構造などなどチェックポイントも増えてきて、こうやって自分に必要なものが何かを知っていくんだなーと妙にしみじみ。
旅行の準備は「自分が快適に過ごすために何が必要なのか」を問い直す機会でもあったりする。

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その他、旅行で役に立ったアイテムなど

ソルターウェイトチェッカー
持ち上げて荷物の重量を計測する器具。
特に荷物が多いほうではなく、重量オーバーしたこともないんだけれど、転ばぬ先の杖として。
航空会社のカウンターでドキドキしないで済むので精神衛生上もよろしい。

☆ハワイアンドライタオル(大)
体を拭くのはコットンのタオルじゃないといやだけど、これは洗濯物を乾かすのに使用
吸水性と速乾性にすぐれているので、洗濯物の水分を吸い取った後、干しておけば翌日また使える。たいそう役に立った。

☆セームタオル(小)
髪を乾かすのに使用


次回持っていこうと思うアイテム

☆小型のピンチハンガー
以前、旅行用品として販売されているコンパクトなピンチハンガーを持っていったら壊れてしまったため、以来ひも付きピンチと荷造り用のひもを持っていっていたけど、それならいっそ普通に売っている(旅行用品でない)ピンチハンガーにすればいいと思い至った。

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2010年7月16日 (金)

除湿機稼働中

梅雨にじめじめするのはお約束として、梅雨が明けても湿度が高い日本の夏。
暑さ以上に湿度が耐え難いので、このたび除湿機購入に踏み切った。
冬場の加湿器がコンパクトタイプで用が足りたので、除湿機も最初はコンパクトタイプを探したのだけど、検討の結果コンパクトじゃないヤツを買うべく方針変更。
夏冬使えるハイブリッド式にちょっとひかれるものがあったけど、夏場に強いというコンプレッサー式に決めた。
ただいま即戦力で活躍中。
タンクの水の貯まりっぷりがすごくて、水を捨てるたびに驚いているけど、これだけの水分が空中を漂っていればジメジメもするわけです。

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2010年7月12日 (月)

鋼の錬金術師-FULLMETAL ALCHEMIST-

原作のコミックスを読んでからアニメを見ようと思いながら、最終回の一部をついついリアルタイムで見てしまい、結局コミックスの既刊を追い越したあたりからの録画を全部見てしまった。
最終回放送から一週間経ってなお絶賛リピート中。
最終巻発売は11月だし、それまで見ないでいるなんてやはり無理であった。
面白かったので全然後悔はしていない。

漫画とアニメを両方見続けて、かつ、どちらも面白いというのは久しぶり。
絵が好きな漫画はアニメの絵にがっかりすることが多いし、アニメはいいけど漫画の絵がいまいちということもあったりするので、たいていはどちらか片方しか見ない。
その点「鋼の錬金術師」は原作・アニメいずれもクォリティが高くて良かった。
原作で好きだった台詞がアニメでは変更になったり削られたりという小さな不満はあるけれど、「自分の意思で物語の展開を追いかける」原作の読者とテレビアニメという媒体の視聴者では同じ台詞でも受ける印象が違うかもしれないし、そこを配慮したのだろうということは理解できる。

原作には漫画でしか表現し得ない奥行きと味わいがあり、アニメには映像表現としての良さがそれぞれあって、これぞ原作の理解・分解・再構築。
マスタング大佐の炎の迫力は映像ならでは。
中盤以降はイシュバールの場面を随所に挿入したりと映画的な演出が多かったのも好き。
賞賛されている「約束の日」のエンディングの演出はゾクゾクワクワクしたし、最終回のエンディングも「ホログラム」が物語の終わり方とマッチしていてとても良かった。
アニメとの違いも含めて、コミックスを読むのがますます楽しみです。

久しぶりに「ホログラム」の時のオープニングを見直してみたら、原っぱに咲き乱れている花がヒナゲシで、赤いヒナゲシはモネの有名な絵画もあるけれど、初夏のフランスで最もよく見かける花。
そしてハガレンの舞台は架空の国だけど、現実の世界で言えばヨーロッパで、ヒナゲシが咲いている絵はとても似つかわしい。
細かいところにも配慮して、雰囲気を出そうとしていたことに今更ながら気づいたのであった。

※それにひきかえ早春の場面に彼岸花を出した去年の某大河ドラマときたら・・・。

真理の扉について、掘り下げ過ぎずに謎や余白を残したのも良かったと思う。
小野不由美の「十二国記」の戴国の話の続きを首を長くして待っているけど、「黄昏の岸 暁の天」で天意について突き詰めすぎたんじゃないかという気もしているもので。
ファンタジーの世界観とか決まりごとって適当すぎてももちろんダメだけど、整合性をとろうとし過ぎると収拾がつかなくなるか、理に落ちてつまらなくなってしまう。

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発言のブレ、批判のズレ

民主党の大敗にはひとまず安堵したけれど、菅首相への批判がどこか焦点がズレているのが気にかかる。
消費税発言はタイミングがどうかと思ったし、還付云々の発言は日本の所得の分布とか所得層の生活水準を首相が把握していないことを露呈してしまったけど、選挙に大敗した原因はそれだけじゃないでしょ。
何度も言っていることだけど、この10ヶ月で民主党には政権担当能力がないことを知らしめてしまったことが敗因で、消費税発言は追い討ちではあっても本質的な原因ではない。
支持していない政党・首相であっても見当違いの批判は困る。
見当違いの批判は評価すべきことを評価しないことと表裏一体だから道を誤る元。

それと、マスゴミはなんでもかんでも「ブレている」と批判するのはやめろ。
鳩山前首相はほんとにブレていたけど、菅首相の還付発言の金額が二転三転したのは単なる無知によるもので(それはそれで困るけど)考え方のブレとは違うし、散々批判された麻生元首相の発言にいたってはブレでもなんでもなかった。
まがりなりにも言葉を使う商売なんだから、言葉の定義や使い方にはもっと神経を使うべき。






[追記]
民主党が国民のことを考えていないとは思わないけど、民主党の面々が見ているのは現実の日本ではなく「脳内日本」。
救おうとしているのは現実に困窮している人ではなく、存在するかどうかも不明な「自分の想定する困っている人」。
したがって現実が見えていないから、迷惑きわまりない政策を思いついたりする。
菅首相が目指しているという「最小不幸社会」という理念にしても、その是非はさておいて、なにが最小不幸なのかを把握しないと目指しようがないだろう。
そのためには、数字がすべてではないけれど数字も必要。


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2010年7月11日 (日)

ぼっこし大工政党

http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/news/20100710ddm002070072000c.html

塩野七生が「文芸春秋」8月号の巻頭随筆で「民主党の圧勝を望む」と書いているとのこと。
「日本人へ--国家と歴史編」を読んだばかりで(面白かった)、好きな作家だけに「えー、何を言ってるの?」とちょっと暗澹とした気持ちになりかけた。
ただまあ、好きな作家だからといって意見のすべてに賛同できるわけでもないし、一般論としては政権安定が望ましいのはそのとおり、外国に住んでいると民主党の無能ぶりは細かく伝わらないんだろうと気を取り直した。
掲載されたのは月刊誌だから、塩野七生が執筆した時点では菅首相の消費税発言とか仙谷官房長官の戦後補償に関する発言も知らなかっただろうし。

鳩山前首相から菅首相に交代した時は、「宇宙人から地球人に代わった」と正直私もホッとしたものだけど、民主党の根本的な問題点は首相が誰かよりも、組織として実務能力が著しく低く、「口蹄疫問題」を筆頭に自らの職務すら理解していないとおぼしき閣僚が少なからずいること。
それと、地球人の気持ちがわかっても、散布図で考えるべき問題を平均値で考えてしまう首相では困るんだな。

「理解・分解・再構築」は錬金術の基本・・・だけでなく、いろいろなことの基本。
でも民主党の人たちのほとんどが理解せずに分解しようとするから危うい。
この11ヶ月を見ていると、自分たちが理解できていないことを理解できていない。
「ぼっこし大工」という方言があるけど、まさしくそれ。
壊すつもりではなく再組立てするつもりだけど、結果的に壊して放置。
たとえ故意でなくても、国を壊したあげくに放置されては困るんである。


それにしても、仙谷官房長官の発言がテレビで問題視されていないのがとても不可解。
以前も文化大革命という言葉を肯定的な意味で使ったりと、歴史認識が極めて危なっかしい人物なのに。

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2010年7月 5日 (月)

四月期のドラマ雑感

4月期は視聴したドラマが多かったので、ちょこっと感想など。

予約録画必須かつリアルタイム視聴枠だった「ジェネラル・ルージュの凱旋」は、田口・白鳥・速水という組み合わせの妙が良かったので完走。
白鳥の鋭い追及は余裕で受け流す速水先生が、田口先生の不器用な誠実さには虚をつかれる、というのは好きな図式。
ちょっとさじ加減を間違えるとありがちというか陳腐になってしまいかねないけれど、それを陳腐に見せなかった。
物語の展開にはツッコミどころもあったけど、そこは連続ドラマだからしかたがないかな、と。

で、前から思っているのだけど、日本の連続ドラマの1クールって1話完結のドラマを放送するにはよいけど、一つの物語を展開するには中途半端な回数だと思う。
大体、10回から12回くらいにちょうどよくおさまる原作というのは少ないし、放送回数に合わせて端折ったり引き伸ばしたりされるとがっかりする。
NHKのように全4話か5話でまとめるか、大長編は原作に合わせて回数を決めるのが望ましい。

西島秀俊が出演しているホノボノ系のCMが相次いでオンエアーされているけど、顔も髪型もそのままながら速水先生と別人にみえるのがすごい。プロだから、といえばそれまでだけど。


「ヤンキー君とメガネちゃん」は、他愛ないといえば他愛ないけど、出演者が好きなので見てました。
成宮君と仲里依紗のコンビは予想どおり微笑ましくて良かったし、古田新太と伊東四郎もナイスコンビ。

石川三千花・中野翠共著の「ともだちシネマ」という本の「コメディエンヌは動きがきれいであるべき」という意見を読んで「なるほど」と思って以来、女優の動きに注目するようになったのだけど、仲里依紗の喧嘩シーンはキレがあって非常に良い。


「新参者」で見直したのが溝端淳平と速水もこみち。
溝端淳平の役は実年齢よりも少し上の設定のはずだけど、違和感を感じさせなかったし、「BOSS」の時といい、台詞の「間」が良い人だと思う。
速水もこみちは「絶対彼氏」のアンドロイド役がぴったりだったけど、「新参者」の虚栄心に振り回されるセレブ役にも独特の無機質な感じがはまっていた。

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2010年7月 4日 (日)

歴史劇の衣装

ドラマ「王立警察ニコラ・ル・フロック」の7~8話「謀略を奏でる旋律」に登場した女装の諜報員は実在の「デオンの騎士」ということで、まさに事実は小説より奇なり。
リアル・オルランドみたいな人が実在して、外交官をやっていたというのが面白い。


ところで、ドラマの中でニコラの恋人サティンがドレスを脱ぐ場面があったのだけど、「そっか、スカートは別なのか」とか「コート?とブラウスはつながっているのか」とか「前あきに見えないけど前あきなのか」とか、スカートを膨らませるための骨みたいなのがついてるのね、とかいろいろと興味深かった。
こういう衣装の構造を見るのが昔から無性に好き。

以前、麻美れいと白石加代子の「メアリー・ステュアート」の舞台(のテレビ放送)を見た時も、舞台上で白いネグリジェの上にスカートとボディス(っていうの?)と袖をつけてドレス姿に変わる場面が面白かったし、名前も思い出せない外国映画だけど、きれいなドレスを着たヒロインがスカートと袖の飾りとベストを脱いでネグリジェ姿になったのが面白くてワクワクした記憶がある。
昔見に行った「ゼッフィレリの衣装と絵コンテ展」も、「ロミオとジュリエット」や「オセロ」の衣装の袖を紐で結んだところが面白かったし。
装着したり取り外したり、というのが好きなのかも知れない。


同じくAXNミステリーで放送している「The Tudors」の衣装も豪華なんだけど、こちらは刺激的に見せようとするあまりか、考証やリアリティにちょっと疑問が。
良家の子女のドレスを脱がせたらいきなり裸だったのにはびっくりしたし。
少し前に読んだ「ファッションから名画を読む」によれば、当時のそれなりの階級の女性は白いリネンの下着を身につけていたはず。
「The Tudors」は、一時期の東映時代劇のような感じなので、日本の時代劇の「帯びといてクルクル~」みたいな感じを出そうとしたのかもしれないけど、いくらなんでもやりすぎ。
それでなくても不要不急の裸や濡れ場が多いわりに、ドキドキよりもギョッとすることが多くて、裸を見てギョッとするのはどうなのかなーと思わんでもない。

「The Tudors」は脚本家が「エリザベス」の人ということで多少のけれんみは覚悟しつつ、若き日のヘンリー8世を描くというので期待していたのだけど、結局キャサリン・オブ・アラゴンとの離婚問題が起こるあたりからだったので、ちょっとがっかりした。
ヘンリー8世が王太子になる前か、いっそヘンリー7世がボズワースの戦いでリチャード3世を破ったあたりから描いてくれたら、まさしく「Tudors」なのに。

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