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2010年12月

2010年12月28日 (火)

フジテレビ(-.-#)凸

前にも同じようなことをやらかされた記憶があるのでBSも録画するつもりではいたけれど、地上波の「メダリスト・オン・アイス」はランビエールの演技を全部カット。
もうね、誰のための放送なのかと。
ゴールデンタイムの地上波を見るのはコアなスケートファンだけではないけれど、それならばなおのことランビエールの演技を紹介する意味はあるのじゃないか。裾野を広げるためにも。
スケートファンなら、もちろん見たいに決まっているし。
それと、これだけ録画機器が普及した昨今に同じ映像をくどいほどリピートする構成も意味不明。


なにやらマスゴミは復活と騒いでいるようで、「奇跡の復活」は私もきらいではなく、激しいバッシングをうけながらも年齢による体型変化を克服した安藤美姫、大きな怪我から復活した高橋大輔の復活劇には感動したけど、某選手の不振は基礎を疎かにしてきたことによる自業自得なので一緒にしないでほしい。
復活といっても根性(これは認めます)を見せた以外、技術的には何も「乗り越えて」いないのに。

マスゴミの女子シングルの2位選手プッシュの鬱陶しさは、2002年W杯の決勝トーナメントで日本が敗退した後の「共催国を応援しよう」キャンペーンに感じたのと似ている。
某選手のことはもともと好きじゃないし、優勝したのは応援している選手なので、状況は違うのだけど。
マスゴミって、大きな声で叫んで、しつこくキャンペーンをはれば大衆を丸め込めると思っているフシがあるけど、むしろ逆効果だと思う。
こういう不自然な報道を続けていると、日韓W杯の時のように、もとはニュートラルな人も某選手に反感を持つようになると思うんだけど、マスゴミ的にそれは良いのだろうか?

女子フリーの直後は、記事の表記の順番が、優勝者を差し置いて浅田・安藤になっていたのが、エキシビションでは安藤・浅田になっていて、これって○オタ記者が調子に乗って記事を書いた後、世間の空気がちょっと違うことに気づいて順位どおりの表記にしたのかと穿った見方をしてしまった。

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2010年12月26日 (日)

祝!全日本フィギュア優勝

安藤美姫が全日本フィギュア優勝。
SP、FSともにミスのない素晴らしい演技。
選手が実力を発揮することが先決だけど、良い演技をしたならやはり結果もあらまほしいので、優勝という結果になってほんとにめでたい。
今回のような演技を見ると、安藤の敵は安藤自身なんだなーとしみじみ思う。
陰謀論は嫌いだけど世の中に「大人の事情」というものが存在することは知っているし、それでなくてもスケ連の言動は胡散臭いことが多いので、女子の結果が出るまでは疑心暗鬼でした。

インタビューを見ていると、まだトリノ五輪前後のことがトラウマになっているみたいで、「こういう時は手放しで喜んでもいいんだよ」と言ってあげたい。

上位以外の選手、ジュニアの選手も見どころが多くて、特に庄司理紗と大庭雅の演技には心惹かれるものがあったし、西野友毬が大人っぽくエレガントになっていたのも印象に残った。
ここ数年来のマスゴミの某選手プッシュの影響で、情緒の乏しいスケートロボットみたいな選手が増えることを懸念していたけど、それは杞憂だったよう。
みんな、演技や所作から年齢なりの感受性が感じられて、ちゃんと学校に行ったりとスケート以外の生活も充実していることがうかがえる。

それにしても、こうなるとNHK杯の枠を放棄したというのが非常に不可解。
経験を積ませるには格好の場だっただろうに。
それと、全日本フィギュアが始まる前、フジテレビが鈴木明子をほぼ無視していたことも。

スケ連もテレビ局も、あまり恣意的なことをやりすぎると、アマチュアスポーツとしての魅力や価値をおとすことになる。
今だって、視聴者は番組の作り方にウンザリしているんだから。

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スタンドアローン

「坂の上の雲」第二部のエンディングが第一部のサラ・ブライトマンのヴォカリーズから森麻季による日本語の歌唱に変わって、「スタンドアローンという曲を日本人が日本語で歌う」というコンセプトにおいては現時点で望みうる最上の人選だと思う。
掲示板で森麻季を下手と書いているのを見かけて、演技や歌についてやたらと下手とか大根とか棒とか書く輩がいるのはお約束だけど、これはかなり恥ずかしい。
たとえば濃厚なソプラノを好むオペラファンが森麻季の声に物足りなさを感じるとかならわかるし、「サラ・ブライトマンの声が好きなのにー」という人もいるだろうし、オペラの歌い方が好きじゃない人もいるだろうと思う。
でも、歌唱のテクニックにおいて森麻季がサラ・ブライトマンに劣るということはない。
それなのに、「下手」と臆面もなく言える人って、サラ・ブライトマンのことも知名度で評価しているだけで、ほんとうの良さをわかっていないんだろうと思う。
「日本語の歌詞をつける」ということの是非については、当然異論はあるだろうし、あっても良いと思うけど。

NHKのスタジオパークで広瀬武夫役の藤本隆宏が「スタンドアローン」を歌っていて、心のこもった素直な歌で好感が持てた。
ユアン・マクレガーとまではいかなったけど。

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衣装で減点はないのか

黒のハイネックに明るめの赤いバラという組み合わせはタンゴには合うと思うけど、なぜブラの形にするのだろうか。
バラをブラの形につけようという発想も、それを作ってしまうことも、ほんっとに理解できない。
去年のカプリースに続いて、見るのが苦痛なくらい下品な衣装、これじゃどんなに良い演技をしてもマイナス10。

前日練習の映像ではジャンプを跳んだ時の軸が素人目にもばらばらになっていたのに本番で着氷にもっていった根性はすごいと思うし、得点についてはジャッジが判断したことだけど、赤バラブラ衣装の選手のファンは、二度と他の選手について陰謀論を吐かないでほしいもんだ。

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2010年12月23日 (木)

思い出をスキャンする時

書庫代わりの部屋を整理したいと思いつつ、本やCDを本格的に整理しようとすると分類が必須で、分類を始めると大掛かりになることは必定。
とりあえず搦手から攻めようと、溜めに溜めた映画雑誌やサッカー雑誌の切り抜きをスキャンすることにした。
根本的な解決には程遠いけど、小さなことからコツコツと。

切抜きをスキャンすることは今使っている複合機の前の機種を買った時から考えていたものの、切り抜くことさえせずに月日が流れていたんであった。
実践するまでに何年かかったことだろう。
脳はやり始めないとやる気が出ないってほんとう。

スキャンを始めてみると、データがjpegのままでは閲覧するのに不便で、関連のあるものはファイルにまとめて管理したい・・・というわけで、「いきなりPDF」を買ってきた。
PDF化自体は1枚ずつならフリーソフトでも可能だけど、バラバラのものを複数ページまとめたりということになるとフリーソフトというわけにはいきません。
「いきなりPDF」は、一度に読み込むページ数が多すぎると編集できなくなるなど、仕事で使っているAcrobatに比べればさすがに機能は劣るけど、個人で使うには充分目的に適っている。

雑誌の切り抜きなんて、なくても困らないものの最たるものだけど、言うなれば心の軌跡みたいなものでもあって、それを全消去するのはしのびないものがあるので、スキャンという手段があって良かった。
ドキュメントリーダーと裁断機があれば、作業ははるかに楽だろうし書籍のデジタル化もできるけど、本は本の形で読みたい。
以前の自分なら、裁断機でサクサク本の端を切り取ることとかドキュメントリーダーでスイスイ読み取ることを想像しただけでワクワクして買ってしまっていたに違いないけど(苦笑)、そんな気が起らないあたりは「断捨離」の影響。

PDFソフトを買いに行ったついでにエネループを購入してきた。
Wiiのバランスボードの電池が切れかけたので、これを機に充電式電池に切り替えてもいいかなと思ったんである。
これがウォークマンとかデジカメとかで大量に単3乾電池を消費していた頃だったら、充電する本数も頻度も半端じゃないので、乾電池を買う手軽さを選んだだろうし、逆に一年に一回取り替えるかどうかというモノなら、やはり充電式にする必要を感じないだろうけど、リモコンと合わせて6本くらいなら充電の手間もさほどではないので、これでゴミも減らせるなら楽なもの。

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2010年12月21日 (火)

他者不在

映画の舞台挨拶に出かけて映画を見ないで出待ちするとか、ブログに写真の無断掲載をして注意されて開き直るとかいう話を目にすると、アガサ・クリスティの「鏡は横にひび割れて」に出てくる独りよがりな熱狂的ファンを連想する。

それにしても、舞台挨拶をわざわざ見に行くほど好きでありながら、好きな人・憧れの人の気持ちや不利益さえまったく意に介さず、「好きな人によく思われたい」という気持ちはないらしいのが不思議なところ。
「人によく思われたい」という感情が強すぎるのも困るけど、まったくないのもなんだかなーと思う。
好きな人・憧れの人の気持ちを思いやらない人って、一体誰の気持ちなら思いやってあげられるんだろうか。

※つきつめると、「自分を好きなだけだよね」ってことになるんだな。

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2010年12月18日 (土)

断捨離その後

断捨離をはじめて三ヶ月経過。
途中、引越しブルーとダンボール恐怖症?になったりもしましたが、今は落ち着いています。
買い物する時に以前よりは慎重になったこと、使いたい食器や調理器具が取り出しやすくなったのは断捨離の具体的な効果。
断捨離にスピリチュアルなものは一切求めないけど、不要なものがないと思うと気分が良いのは確か。
ただ、あまり欲がなくなると活力みたいなものも薄れるので、「断」と「離」はほどほどに、というのも今回やってみて感じたこと。
「捨」は心がけないといけないけど。

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本は断捨離の対象外といいつつ、このたび料理本と家庭の医学を処分した。
料理のレシピや健康についてはインターネットで手軽に調べられるようになったから要らないな、と。
この先料理本を買うとしたら、写真にひかれてとか、手順や分量の説明がすごくわかりやすいとか、付随する文章が面白いとか、になりそう。
音楽も、今はパソコンに取り込んでiPodで聴くので、音楽CDは不要といえば不要なのだけど、バックアップとしておいておきたいため、これも断捨離対象外。
アルバムを買っても全曲聴くわけではなく、気に入った曲をダウンロードするほうが安上がりではあるんだけど、後になって他の収録曲を聴きたくなることもあるもので(わりと多い)。
それに音楽って、「この曲はもう聴かないから(ポイッ)」というものでもないし。
ただし、省スペースのため元のケースは捨て、不織布のケースに入れて、プラスチックケースに収納しています。

それにしても、カセットテープ→MD→iPod、ビデオテープ→DVD→HDDという変化もそうだし、料理のレシピをインターネットで検索できることといい、ここ10年のテクノロジーの進化はすごいですね。

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2010年12月16日 (木)

GPFのことなど

グランプリファイナルの女子フリーを見て、安藤美姫はSPの出遅れが響いたのが惜しかったけど、一位になったフリーは本当に素晴らしかった。
ミスのあったSPも完成版が楽しみなプログラム。
今年は女子シングルに好きな曲がそろっているので楽しい。
レイチェル・フラットの「10番街の殺人」も好きなのに、今回は精彩を欠いてしまって残念だった。
鈴木明子はタンゴに定評があるけど、個人的には昨季も今季もFSのミュージカルナンバーのほうが合うと思うし、好きです。

エキシビションの放送中「テレ朝またか」と思う部分もあったけど、過去の名演技集を放送してくれたのは良かった。
伊藤みどりのアルベールビル五輪の3Aと14歳の安藤美姫の4回転映像を続けて見られたのはありがたい。
トリノ五輪の頃まで、安藤美姫については「ジャンプのみで年上の選手たちを脅かす選手」という認識であまりちゃんと見ていなかったのだけど、今見ると華奢で可愛くて、自分の凄さを自覚していないらしいところがいかにも少女らしかった。
伊藤みどりのジャンプは言わずもがなではあるけれど、何度見ても高くて速くて迫力がある。
そして、「バレエ的」と記憶していたけど、ほんとに氷上でバレエを踊っていたオクサナ・バイウルに驚愕。

久しぶりにカタリナ・ビットの「カルメン」を見たけど、あの伝説の演技をみてもなお、安藤美姫の「カルメン」も好きだなーと思う。


ところで大躍進の村上佳菜子については、踊り心いっぱいの楽しい演技だけど、プログラムがどれもせわしなくて、欲を言えばもう少し叙情性がほしい。
それと、やはり衣装。
プログラムが違うとはいえ、表彰台でシズニー・コストナーと並んだらフリーの衣装がゴテゴテして見えてしまって、せっかく可愛いのにもったいない。
片身違いで違うキャラクターを表現しようという意図はわかるけど、選手自身を引き立てることも考えたデザインにしてほしい。
同じような試みでも、中野友加里の「オペラ座の怪人」の衣装は、スッキリとしたデザインながら黒と白でキャラクターの違いを表現して良かったのに。
今回はコストナーの衣装が「牧神の午後」を表現し、なおかつ選手にも似合っていたから、一層見劣りして見えてしまった。
それと、帰国後の会見で「ノーミスしたい」と言っていたので、やや失望。
せめて「ノーミスで滑りたい」か、できれば「パーフェクトに演技したい」と言うように指導してほしい。
今まで「パーフェクトに」と言っていたのが、なんでここにきて「ノーミスしたい」と言うようになったのかも不思議だけど。

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2010年12月12日 (日)

やんちゃは免罪符にはならない

週末のテレビで何度か見かけたキーファー・サザーランドは飲酒運転で服役した経験があり、ロバート・ダウニーJr.はよく復活できたと思うくらいの深刻な薬物依存症だったし、今はマイホームパパのジョニー・デップはホテルの部屋を破壊して逮捕歴がある。
俳優やミュージシャンの仕事に支障を来たさない程度の武勇伝は嫌いじゃなく、スポーツでも、松田直樹みたいなやんちゃを絵に描いたような選手はわりと好き。
だけど、「やんちゃ」を免罪符にするのは反対。
海の向こうのやんちゃな人たちは問題も起こすけど、リハビリしたり服役したりと、罰も受けているから法に則って罪を償っているし、「やんちゃ」を免罪符にしているわけでもない。
キーファー・サザーランドが不祥事を起こしたからといってドナルド・サザーランドがコメントしたりすることもなくて自己責任。


普段暴力を振るわない人が腹に据えかねることがあって堪えきれずに殴ったとでもいうのなら、「彼は理由もなく人を殴らない」と言う擁護もありかと思う。
でも、年がら年中人をボコボコにしている輩の場合、腹に据えかねる以前に「腹に据える」努力そのものを放棄しているとしか思えず、理由があって人を殴るのではなく殴る理由を探して正当化しているだけじゃないか。


週刊文春で林真理子が海老蔵の「やんちゃ」について「芸の肥やしだから」的擁護をしていて、「やんちゃ」の例として瀬戸内寂聴に「源氏物語は先生が書いたの?」と訊いたという話を挙げていた。
文春の別の記事には、京都御所に行った海老蔵の「宮内庁ってエライの?」「御所って何?」という発言も紹介されていたけど、そういうのはただの無知であって「やんちゃ」とは違うし、「天然」とも違う。
で、度の過ぎた「やんちゃ」も見過ごせないけど、こういう「無知」も見過ごせない。
これがヘキサゴンに出ているタレントとかなら、御所を知らなかろうが源氏物語の作者を知らなかろうがかまわない。
でも、イヤでも古典に触れる機会の多いであろう歌舞伎の家に生まれ育って、「宮内庁御用達」の品を目にする機会だって多かった人がそれじゃまずいだろうと。
歌舞伎には御所が出てくる演目もあるし、おまけに光源氏は祖父の先代團十郎の当り役。
「源氏物語と枕草子の作者が誰か」なんて「必ず試験に出ますよ」という真面目に授業に出ていればわかることでもあるけど、よしんば稽古や公演が忙しくて学校に行けなかったのだとしても、歌舞伎役者なら普通に接していた知識のはず。
知識を得られる環境になくて無知なのはしかたがないけれど、知識のシャワーを浴びるような環境にいながら知らないままでいられる、というそのことが不思議だし、これをガッツ石松伝説や長島茂雄伝説と同じにとらえてはいけないと思う。

海老蔵に限らず、近頃は自分が興味がないことが目にも耳にも入らない人が増えている気がしていて、情報に踊らされるのはよくないけど、自発的に関心を持ったものしか取り込まないというのは自分の幅を狭めてしまう。

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ささやかな追記:
学校で習ったはずのことを全然覚えていなかったりすると、多少は焦るものだと思っていたけど、最近は知らないことを自信満々に口にする人をちらほら見かけることがある。
「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥」って、もう死語なんだろうか。

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気持ちと言葉と家族

GPFの男子の優勝者パトリック・チャンの演技を見るにつけ、スケーティングは文句なしに美しく、体で表現する技術は高いのに、退屈だなーと感じてしまう。
2008年くらいまでの浅田選手の演技についても同じような感想を持っていて、叙情性はともかく技術は高いと思っていたので、滑る姿勢やスケーティングなどを見直しているという今の事態は、非ファンとしてもかなり意外。
自身の不調について「気持ちの問題」とコメントしているとのことで、元々身体能力は高い選手のことで(基本どおりではなくても)難しいことが出来ていたわけだから、気持ちの問題といえばそうなのかもしれない。
ただ、彼女の語彙の乏しさや「愛の夢」に犬を持ち出すイメージの貧困さを見るに、「気持ちというもの」をどのくらい理解しているのかはなはだ疑問だったりもする。
もしも不調の原因が本当に気持ちの問題なのなら、彼女に必要なのはスケートの練習よりも自分の思考や感情を分析し、的確に言語化する訓練ということになるし。

言葉だけでは伝えられないことはあるし、言葉がすべてではないけれど、自分の気持ちを言い表す語彙を知っているといないとでは気持ちのありようは違ってくる。
自分の気持ちをうまく言葉にできないともどかしいし、ぴったりはまる言葉を見つけた時は咽喉のつかえがとれたような気になったりもする。
逆に、言語化しないでいると失われてしまうものもあるし。

「ウォーター」を理解する前のヘレン・ケラーにも人間らしい感情がなかったわけじゃないだろうけど、言葉の理解なしには自分の感情を伝えることができなかったわけだから。

大河ドラマ「花の乱」がドラマとしてはいまひとつの印象だったものの、萬屋錦之介と対峙した場面で迫力負けしなかった野村萬斎の存在感は大いに目を惹かれたものだった。
で、同じ狂言師ということで「北条時宗」の和泉元彌もそれなりに期待感を抱いて見始めたけれど、演技の下手さに失望して脱落。
どこを下手と思ったかというと、「困った場面で困った顔をする」という引き出しのなさだったのだけど、それは演技以前に感情表現の引き出しが少なかったせいなんじゃないかと思う。
今にして思うと。
和泉元彌というと当時は結婚前で母親と姉がもれなく付き添っていて、ちょうど浅田選手と似たような状況だったし、師匠につかずに自主練習というのも共通点。
肉親以外との接点があまりに少ないと、感情の引き出しが乏しくなるものなのかなーと思ったりする。
たった2人、というか2家族の例ではあるけれど、他にそういう家族をみないし。

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2010年12月10日 (金)

GPF

安藤美姫の新SPはヨー・ヨー・マ演奏の「ミッション」とのこと。
前のSPも衣装がカッコよくて好きだったけど、安藤の滑りにチェロの音色は合うと思うので新プログラムも楽しみ。
昨季のクレオパトラにも一部同じアルバムからの曲が使われていたし、お気に入りなんだろうか。

映画「ミッション」は、かなり昔に主演のジェレミー・アイアンズ目的で見たけれど、ジャングルの中に突如現れる伝道所の美しさが印象的だった。


ところで、マスゴミは、まるで村上佳菜子がグランプリファイナルの優勝候補みたいな報道をしているけど、まったくマスゴミだなーと思う。

まあ、優勝候補筆頭の安藤美姫も、今季のパーソナルベストは次点の鈴木明子も、マスゴミに放っておいてもらえるほうがありがたいだろうし、村上佳菜子はメディアに対してほどほど警戒心を持って応対しているようでコメントにもソツはないから、トリノ五輪当時の安藤のようにトラウマを植えつけられるような事態にはならなさそうだけど。

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2010年12月 6日 (月)

チャンネル銀河

引越しでスカパーからCATVへとテレビの視聴環境が変わり、視聴できるチャンネルも若干変わった。
チャンネル銀河が視聴可能となり、早速「街道をゆく」を見たのだけれど、「街道をゆく」は本放送当時にVHSに録画したものの、DVDに慣れるとビデオの画質を見るのは厳しいものがあって、また鮮明な画質で見ることができて幸せ。

NHKで「坂の上の雲」の第二部が始まって、渡辺謙のナレーションは、今の時点で望みうる最高のキャスティングだし、実際素晴らしいナレーションだと思うのだけど、「街道をゆく」の田村高廣の声を聞くと、「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」を田村高廣で聞きたかったとないものねだりなことを考えてしまう。


1月からは大河ドラマ「毛利元就」が放送予定でこれも要チェック。
以前、時代劇専門チャンネルで放送された時は、まだ西島秀俊祭りが始まっていなかったので録画しなかったのだけど、今度は相合元綱の登場回を忘れずに録画しなくては。
なお、作品全体もここ近年のスイーツ大河とは比較にならないくらい骨太で見応えあり。
けれんみが強くてツッコミどころは多いけど。

龍馬伝が終わってみて、一昨年のムカツキ感や昨年の脱力感はなく、ドラマとしてはまあ良心的だったと思う。
特に配役は良かったし、役者の見せ場も多かった。
伊勢谷友介の高杉晋作は「このキャストで『花神』が見たい」と思ったほど。
ただ、徳川方の描き方がとにかく雑で陳腐で、歴史に興味のない脚本家が歴史を描く限界が見えてしまったのが残念な点。
大河ドラマの主役は歴史だから、どんなに歴史への関心以外のところでカバーしようとしてもカバーしきれない。

再来年の「平清盛」は松山ケンイチが主役に決まって、役作りと演技に期待できる配役。
以前にも書いたけど、脚本家が「梁塵秘抄」を引用する人なら期待できるかなーと思っている。
清盛以上に気になるのが後白河院のキャストだけど、誰になるんだろう。


来年の大河については、お江に扮した上野樹里の映像を見たけれど、思いのほか可愛くて、それが非常に残念。
なぜ残念なのかといえば、上野樹里がどんなに可愛らしくても、田渕久美子の脚本では歴史の描き方に一切期待できないため、視聴をパスする予定だからである。

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マスゴミが一番ゴシップが好き

祖父の先代團十郎に似ているという舞台の姿はまだ見たことがなく、テレビドラマでは特に好印象につながる演技は見ておらず、トーク番組の言動の痛さには時としていたたまれなさを感じるし、被害者だとしても自業自得・・・と、市川海老蔵を擁護する理由はなにもないのだけど、マスゴミのマッチポンプは目に余る。
「上げて落とす」はマスゴミの常套手段だけど、今回はあまりにも話題を引っ張りすぎだしやりすぎ。
過去のネタまで持ち出すのなら、その時点で報道すればいいのに、「満を持して」という感じなのがいやらしい。
おだてられ、甘やかされて増長した本人は愚かだけど、それ以上にマスゴミのやり口が鼻についてきた。
世の中で一番ゴシップが好きなのは、視聴者ではなくマスゴミだと思う。


虚実入り混じった報道の中で、海老蔵の酒癖が極めて悪いことは事実のようで、酒乱の人たちの行動を見聞きするにつけ、飲んでいるあいだ楽しいのか不思議でしかたがない。
「酒癖がものすごく悪い人たち」って、根本的に解決しないといけない精神的な問題を放置しているように思えるけど、素面できちんと問題に向き合って解決できることは解決して、残りの憂さをお酒で晴らすほうが、心にも体にも良いと思うのだけども。
たまにハメをはずすのもいいけど、「道端でウンパルンパのダンスを踊ったりする(from「平成ヨッパライ研究所」)」くらいに留めておきたいものである。


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