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2011年10月

2011年10月30日 (日)

ミュージッククリップ

KT'S Clipsを見ていたら、「最後のHoly night」から「渚のすべて」がいかにもひところの日本製ミュージッククリップっぽくて笑ってしまった。
80年代後半から90年代半ばくらいまでの日本のビデオクリップって、リアルタイムで見ても首をかしげるものが多かったけど、今見てもやっぱり思わせぶりな静止画満載で意味不明。
抽象映画に影響受けまくった映像作家が、曲の内容を無視して独りよがりに暴走した、みたいな感じだったんでしょうか。
そんなこんなを思うと、ミュージッククリップ監督としての紀里谷和明ってすごいなと思う。映画監督としてはともかく。
ミュージッククリップに関しては、映像に凝りつつ独りよがりではなかった。

「君の休日」以降の曲のクリップはシンプルで、とても良いです。
ミュージッククリップは、やはりアーティストが歌っている映像が一番。
ありきたりでも、ファンはそれが見たいわけだし。

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2011年10月29日 (土)

増上寺山門

朝から良いお天気なので洗濯をしていたら、突然洗濯機からこの世のものならぬ音。
しばらくしてみたら時間表示が進んでいなくて、一旦電源を落としてからスイッチを入れるとなにやらエラーコードが表示され、調べたところ基盤損傷らしい。
相当長く使ったことでもあり、修理に出すよりは買い換えたほうが早いと、ネットを見てみたら、13時までに手続きしたら今日中に届くというではありませんか。
壊れた洗濯機の後継機種を選んで、購入手続き。
なんて便利な世の中なんでしょう。

おりしもテレビ番組で芝の増上寺で山門公開中と知り、洗濯機の配送に夜を指定してから、早速お出かけ。
以前、知恩院の山門公開中と聞いて急遽日帰りで京都まで登りに行った私ですから、東京の山門に登れる機会となれば行かずばなるまい。
テレビの影響か長蛇の列だったけど、45分ほど並んで登ることができました。

増上寺山門の公開は戦後初で、11月30日まで。

洗濯機が壊れた時はちょっと途方に暮れたけど、山門に登れたし、ぴかぴかの新しい洗濯機は届いたし、今は幸せ。
昼食に入った大門のビストロのランチも美味しかったし。

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2011年10月28日 (金)

観客もライブの一部なので(追記あり)

久々に行くライブに向けて気持ちを暖めているところで、残る気がかりはお客さん。
見に行くのはステージであって、基本的には関係ないんだけど、観客もライブの雰囲気を形成する一要因ではあるので。
といっても、そんなにうるさいことを求めるわけではなく、私語しないでねとか、曲中にトイレに立たないでとか、赤ちゃん連れは遠慮して欲しいとか、その程度のことです。
ライブの感想を見る限りではその手の話は見当たらないし、年齢的にもアーティストもファンもみんな大人もいいところだから、きっと大丈夫、のはず。

同じくらいの年齢層の別のバンドのライブレポートで、赤ちゃんが泣いても連れ出さない親とか、曲の途中でトイレに立つ人がいる、という話が載っていたので、ちょっと心配になって。
それにしても、ステージにいるのがアラフィフのライブの観客に小さな子ども連れがいるというのが不思議で、新規開拓が功を奏しているのか、古参のファンが孫を連れてきているのか、はたまた高齢出産なのか、としばし考えてしまった。
それはともかく、小さな子どもを連れてのライブ鑑賞の是非は、ある程度の年齢に達したファンを持つアーティストの宿命みたいな問題だけど、周囲に迷惑がかかるかどうかは個々のアーティストの姿勢に拠るところも大きい、と思う。
諸事情で託児所の設置が不可能であったりと、未就学児の入場を黙認している場合もあるけれど、そういう時も、たいていは「黙認であって歓迎ではない」ことがひしひしとわかる雰囲気がライブ中にも漂っているし、そういうところに連れて来られる子どもは騒ぐことなく、親も周囲に気を使っているのがわかる。

でも、件のバンドの場合、私が行っていた頃にも前列の赤ちゃんにお土産(スティックとか)をあげたりしていたので、「やめてよー」と思ったものだった。
もらえばうれしいに決まっているし(親が)、「また連れてこよう」と思っちゃうだろうし(親が)、これじゃ赤ちゃんの来場を歓迎しているみたいだよと。
最近の様子は知らないけど、いまだに赤ちゃん連れのマナーの悪さが報告されているということは、あんまり変わってないのかなーと。

前から思っていることだけど、ライブにおける赤ちゃん連れのマナー問題って、「預ける場所がなくてしかたなく子どもを連れて来る人たち」のことを前提に考えられているから、いっこうに解決しないんじゃないかと思う。
問題なのは、子どもを連れてきたいから連れてくる人たちなんだな、どうも。
「うちの子、○○(←アーティスト名)が大好きで、0歳からライブに行っているんですー」とか周囲にも吹聴したい人たち。
そういう人たちは、積極的にコンサートを子どもに聴かせたいわけだから、託児所があっても理由をつけて利用しないと思う。
「本来連れてくるべきではない」という意識を持たないことには。
なぜ連れてくるべきでないかといえば、言うまでもなく「オギャーッ」一声でバラードは台無しになるし、泣き声が気にならないような音量の中にいるのは赤ちゃんの耳には悪影響だから。
極端なことをいえば、非子連れ客が煩わされるのがイヤさにライブに行くをやめてDVD鑑賞を選び、ライブ会場は赤ちゃん連れと空席だらけ、なんて事態も考えられなくもないんだから、アーティストサイドが黙認どころか歓迎と受け取られかねない行動をするのは論外。

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2011年10月26日 (水)

誰得2

日9「僕とスターの99日」が面白いかどうかについてはまだ様子見だけど、始まる前の番宣には首を傾げてしまった。
キム・テヒが批判されているみたいだけど、問題なのは女優個人ではなく製作サイドでしょ。
妻夫木聡が西島秀俊を紹介というのも「共演とか、何か接点あったっけ?」と思ったけど、それはまあいいとして、ゲストの西島秀俊がもう一人連れてくるというのは、テレフォンショッキングの意味がない。
出演させるなら西島秀俊の紹介として月曜日に、というのが筋だけど、それがなんらかの事情で出来ないのなら、せめて袖から出すべきだった。
お友達らしく。
それを、正面の階段から大々的に登場させちゃって。
あれじゃメインが誰かわからなくなる。
西島秀俊目当てに見た人は多いはずなのに。
そんなに口数の多い人ではないけれど、前に出た時みたいなシネフィルぶりをまた見られると期待していたのに、がっかりである。
それでなくてもゴタゴタしているんだから、番宣は西島秀俊に任せて、「ドラマを見ていたらキム・テヒの好感度があがった」という方向に持っていくほうが、キム・テヒにとっても韓国にとってもイメージアップにつながると思うのだけど。
北風と太陽作戦。

今時、紹介した人とされた人がほんとに友達だと信じて見ている視聴者はいないし、番宣なのはわかりきっているにしても、お約束を守らなかったら「いいともに出演する」という意味も薄れてしまう。
フジテレビはイラッとする番組もいっぱい作っているけど、洗練された番組も作ってきたのに、このところちょっと酷い。
一連のベタベタなゴリ押しの仕掛け人が誰かは知らないけど、ほんっとにセンスがないから口を出さないほうがいいと思う。
視聴者の神経を逆撫でするのが目的ならば、目的は達しているし、こちらとしては見なければそれまで。
でも、放送免許を取得して電波を流している局にそういう行為を許したくないな。

ドラマにも出演俳優にも、「笑っていいとも」という番組にとってもマイナスにしかならないって、ほんとに誰得。

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2011年10月23日 (日)

僕とスターの99日

西島秀俊主演ということで第一話をざっと見ましたが。
この手の振り回され型のコメディって、振り回す側を演じる俳優(この場合は女優)の「間」がすごく重要なんだけど、キム・テヒの「間」が悪いのは演出のせいなのか、演技力のせいなのか、民族性の違いなのか、どうなんでしょう。

お話が荒唐無稽というなら以前に出演した「山おんな壁おんな」もドタバタだったけど、伊東美咲はシリアスはともかく、コメディのセンスは良かった。
「ヤマトナデシコ」も松嶋奈々子が性格の悪い桜子をきっちり演じたから、振り回される堤真一の欧彦さんが生きたわけだし。

佐々木蔵之介の怪演と桜庭ななみにちょっと期待。


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土曜日の「妖怪人間ベム」は、杏のベラがとても良かった。
ベム役は、アニメのイメージなら渡辺謙がぴったりという某所の書き込みを見て納得。
ただ、ベムとベラが親子というのは混乱を招くからNGだろうけど。

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気になったニュース

福島競馬は来年4月再開=JRA
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%ca%a1%c5%e7%b6%a5%c7%cf&k=201110/2011101700614

クリアしなくてはならない問題はまだまだあるだろうけれど、予定通り再開すれば福島にとっては最高のPRになる。
夏競馬はいつも新潟に行くので、福島競馬場にはまだ行ったことがないけど、JRAの運営や施設整備については信頼しています。
じゃなきゃお金なんて賭けられない。
競馬を再開する以上は、人馬に影響ないよう、きっちり除染するはず。


バカなやつ発言、平野復興相が衆院特別委で陳謝
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111021-OYT1T01037.htm

一個人の感情吐露としては許せるけど、政治家としては表現への配慮が足りないので、報道されてしまった以上は陳謝は当然。
人がどんなふうに受け取るかまで考えて発言するのが政治家の仕事だから。


自転車:歩道走行禁止、厳格運用…警視庁が安全対策策定へ
http://mainichi.jp/select/wadai/news/m20111019k0000m040191000c.html

ついに来たか、という感じ。
喫煙者に対しての風当たりが強くなったのと同じ流れだと思う。
自転車に乗る人が「歩道では歩行者優先」を守っていたら、歩行者としても厳格運用までは求めないんですけどね。
傘さし・携帯・イヤフォン・ヘッドフォン着用どころか、最近では自転車で併走しながらおしゃべりしている人までいますよ、歩道で。

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2011年10月19日 (水)

違和感なさ過ぎておかしい

映画テルマエ・ロマエ、北村一輝ら顔濃い俳優がローマ人に
http://journal.mycom.co.jp/news/2011/10/19/036/index.html

ハリウッドも昔は「アラビアのロレンス」のアレック・ギネス(ファイサル王子)みたいな力技を使ったものだし、阿部寛のルシウスには納得しつつも、一体どんなふうになるんだろうと思っていた映画「テルマエロマエ」ですが、写真を見ると驚くほど違和感がなく、あまりの違和感のなさに笑いが止まらない。
変で笑うのは普通だけど、しっくりしすぎておかしいとは。

この中で、市村正親は顔自体が濃い人ではないのに、こんなに似合うって、どれだけ存在感が濃いんだろう。

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Wishing your love

杉山清貴の「Wishing your love」を聴きながら通勤電車の窓の景色を見ていたら、ちょっと涙ぐみそうになる。
別に辛いことや恋の悩みがあるわけじゃなく、多感な年頃でもないのだが。
起伏の大きくないメロディに飾らない詞とアレンジの曲で、そしてその曲を奇をてらわずに、シンプルに丁寧に唄っているだけなのに、その「だけ」がすごく心に響いてきて、久しぶりに静かに感動。
大きな感情の揺さぶりは意外とあるのですが、じわじわくるのはわりと少ない。
http://www.youtube.com/watch?v=Je7Q_6mvWzI

杉山清貴について「若い頃の声量と歌唱力を維持」じゃなくて、「若い頃より声に深みと伸びがあって上手い」に感想を修正しつつ、ただいま28年?分の軌跡を遡り中。
一気に遡るには時間もお金も足りないので、そこはまあぼちぼち。

オメガトライブ時代とソロ初期のヒット曲~カバー曲を経て、猫を手なずける時のように慎重にオリジナル曲を聴き始めたのですが、「あ、これ好き」「これも好き」という状態に。
方向性が一貫してぶれていない分、そして私自身の好みが頑固な分、いざはまるとストライクな曲が多いみたいである。

ことあるごとに「カバー曲が好き」と言っているわりに、実はセルフカバーはあまり好きでなく、アップテンポの曲をスローにすると退屈に感じることが多いし、唄い方が変わると違和感があったり、リズムをいじりすぎて気に入らなかったりしがちなんだけど、「Hula moon sessions」と「Hula moon sessions in Tokyo Night」はお気に入り。
特に「Hula moon sessions in Tokyo Night」は声と唄い方に大人の色気があって、かつ、シンプルなアレンジによってメロディと詞が気持ちにすっと入ってくる感じ。
ベストアルバムで聞き流していた曲のメロディの美しさをこのアルバムで再認識し、再度オリジナルを聴いてみて「あ、こっちもいいじゃん」と思ったりを繰り返しながら今に至る。
交響曲をピアノアレンジで聴くとメロディラインがはっきりわかるけど、それに近い感じかな。
ライブ音源~オリジナルアルバム~ライブに行くというのが、マイブームが深みにはまる時の行動パターンだけど、今まさにそのパターンの中に。

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2011年10月13日 (木)

週刊文春10月20日号

“1000人大アンケート女子大生、OLがカレシにしたい歴史上の人物」”という記事、歴史ネタだからと軽い気持ちで目を通したら予想外に下品で参った。
カレシにしたい云々はいいけど、その先が妙に具体的で。
別に歴史上の人物を尊敬しなくちゃいけないと思っているわけじゃないし、歴史小説だって作家の妄想全開といえなくもなく、なかにはずいぶんな作品もあるけれど、小説として創造するのと自分の欲求をあけすけにアンケートに書くのとは違うと思うんである。

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2011年10月11日 (火)

誰得

祝日の月曜日、スポーツクラブのサウナ内のテレビでHEY×3をやっていて、クリス松村が知らないK-POPグループについて熱弁をふるっていた。
すぐにサウナを出たので番組の全容は知らないけど、どうもオネエ系タレントがK-POPをプッシュする、という企画だったらしい。
ごり押しぶりの半端なさもさることながら、そして自分自身がK-POPに興味がないということをおいても、これって誰が得する企画なんだろうか。
オネエ系タレントの人たちは嫌いじゃないけど、自分の好きな俳優やアーティストをあんなふうにプッシュされたら、嬉しいというよりは複雑だし、「オネエ系タレントがプッシュした」というのは好きになるきっかけにはなりにくいと思うのだけども。

韓流ドラマやK-POPがこれ以上メディアに露出することなど少しも望みはしないけど、本気で売りたいのなら、もっと他に手法はあると思う。
「冬のソナタ」の例もあるし。
それなのに、なぜ不自然なごり押しを続けるのかが不思議。
こんなやり方、日本はもとより世界のどこにいっても通用しないし、やっていることと目的が一致しないって、気味が悪いもんです。

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2011年10月10日 (月)

競馬も復興支援

東京競馬場に行ってきました。
しょっちゅう行く場所ですが、今日は、例年なら盛岡競馬場で施行されているマイルチャンピオンシップ南部杯が開催されたので、いつもと一味違う雰囲気。
Jpn1ということで、G1よりは少ないけどG2より人がたくさんいるかな、という賑わい。
売上げの一部は岩手競馬支援に使われるとのことです。

http://www.jra.go.jp/news/201110/101001.html


ホースリンクにチャグチャグ馬っこもお目見え
P1010717


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2011年10月 9日 (日)

石山寺と平城宮

滋賀県の石山寺と奈良の平城宮跡に行ってきました。

最初の目的地、石山寺は紫式部ゆかりの場所で、長らく気にしつつも行く機会がなかったところ。

まずは、ゆるキャラがお出迎え。
Ohtsuhikaru

紫式部に関する展示では、「54歩でわかる源氏54帖」(だったかな?)がとても簡潔で要領を得た要約でした。
浅井氏とも縁が深いお寺で、展示コーナーには淀殿の絵姿もあったけど、今年の大河ドラマと絡める動きは参道の店舗に「江」のポスターがひっそり貼られていた以外は見当たらず。
やはり関係したくないのに違いないと勝手に納得。

次の目的地は唐招提寺と平城宮跡。
まず唐招提寺をのんびりと一巡りしてから、駐車場の売店で蘇の最中アイスを食す。
蘇は飛鳥・奈良時代のチーズです。
前に飛鳥寺に行った時に「帰りに蘇を買っていこう」と思いながら、拝観しているうちにすっかり忘れ、別の出口から外に出て戻るに戻れない距離を歩いてから買い忘れに気づいた、という悲しい出来事がありました。
蘇のためだけに飛鳥寺に行くこともならず、以来気にかかっていたのだけど、ここでめぐり合えるとは。
以前よりもお土産に力を入れている印象。

そして平城宮跡。
ドラマ「鹿男あをによし」を見てから、奈良へは何度か行ったのだけど、平城宮については近鉄電車の窓から何度か見ただけ。
特に、去年の秋は遷都千三百年イベントの真っ只中で混んでたので、回避したのですが、先だって大極殿ライブを見て、やはり一度くらい行ってみようかと思って。
行って見たら広くて、これぞまさしく「なんと大きな平城京」。

朱雀門
Suzakumon1

大極殿
Daigokuden

大極殿から朱雀門まで、こんなに遠い。
Suzakumon2

平城宮の空き地は子どもの頃に見たあらゆる草が生えている原っぱになっていて、ちょっと童心に帰りかけました。

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2011年10月 7日 (金)

涙のアベニュー

「夏服 最後の日」を聴いているうちに横浜のプレイリストを作ろうと思い立ち、いくつか曲をピックアップ。
iTuneにサザンオールスターズの「涙のアベニュー」が入っていなかったので捜索開始。
それで気づいたのだけど、「涙のアベニュー」って、シングルのみでどのアルバムにも収録されていないのですね。
サザンにしては売れ行きがいまいちだったらしいけど、良い曲なのに。
それにしても、好きな曲と売れた曲が一致しない。

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ベイブリッジができて間もない頃、実家の知人のお年寄りが東京と横浜を観光し、帰ってきてからベイブリッジの意味をうちの親にたずねた。
こともあろうに「アメリカを米国というから、アメリカの橋という意味じゃないでしょうか」と答えてしまったのだけど、質問者は納得してしまった。
後日、その話を聞いて「すぐに訂正してっ」と親に迫ったのはいうまでもない。
なんだよ、ベイコクの橋って。

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2011年10月 6日 (木)

断線

iPodを聴こうとしたら、イヤフォンの接続コードが一部断線したせいで、音が小さいしボーカルが小さくなってカラオケみたいになっていた。
本体のSHUREだとかなり痛い出費になるのですが、接続コードは消耗品なので、早速買い替え。
というか、この接続コードのおかげでSHUREが守られているといっていい。
先代のSHUREはコードが長いのでそのままiPodに付けていたのだけど、接続プラグの部分を曲げることが多いせいか何度も壊れて買い換える羽目に。
今はコードが短いために接続コード必須なのだけど、曲げる箇所が接続コードの部分なので、出費が少なくて助かってます。
(なぜ曲げるのだというツッコミは無視)
この接続コードはもはや消耗品なんだけど、買い置きするわけにもいかないのが困ったところ。

それから、マウスも意外と消耗品。

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根本さんと杉山さん

過去にあったことの時系列があやふやになっているので、好きだった音楽を年表にしてみた。
記憶を掘り返す一助になるかしらと思って。
好きなミュージシャンのデビュー時期、聴き始めた時期、購入したアルバムやシングルのタイトル、その当時の流行や出来事とあわせてOpenOfficeの表計算ソフトに時系列に並べただけのものだけど、視覚的に把握できてなかなか面白い。
「ふたりの夏物語」のヒットは、シンボリルドルフの七冠の年なのか、とか。

1枚のアルバムのうち3曲気に入ると、そのアルバムは私にとって「当たり」と認定していて、好きな曲が半分以上を占めるというのは、アーティストの方向性と自分の好みが一致した、いわば蜜月。
My年表を見ていると、1人もしくは1グループに対して、そういう蜜月状態が続いたのは、大体オリジナルアルバム3枚程度。
この「1年1枚で3枚」、年数にして4年くらいというのが、1アーティストの一定の方向性での勢いが続く限界でもあり、リスナーの集中力の限界でもあるのかな?と思う。
ただし、これはオリジナルアルバムを一年一枚くらいのハイペースで出している場合で、アルバムの間隔が空いていると、つかず離れずで長続きしたりする。

「飽きっぽいだけだろ」といわれれば返す言葉もなかったりするけど、熱が冷めるにあたってはそれなりに複雑な思いもあるのです。
上質のAORと思っていたら現実感バリバリのメッセージソングに変わったり、「ご機嫌なポップチューンだぜ」と思っていたら重苦しくなったり、メロディラインが好きだったのにラップになった日には。
ただ、その変化がそのアーティストがその時にほんとにやりたいことを模索した結果なのだと信じられれば、ちょっと距離を置きつつ聴き続けたり、「今までお世話になりました。ありがとう。いつかまた会いましょう」とわだかまりなく離れることができる。
ほとんどは円満に別れ?ているけど、例外だったのがスターダストレビュー。
声の調子にアルバムの内容にと、いろいろ重なって、もはや自分が何に失望したのかも忘れていたほど疎遠だったけど、一昨年・去年のライブDVDを見て、リードヴォーカルの声が復活していたので気持ちが解けつつあるところ。
少なくとも、思い出すのがいやじゃない程度には。

少し前のライブのMCで「スタレビがアカペラをはじめたのは自分のリードボーカルが下手なのをカバーするためだった」と言ったらしいけど、そういえば、こういう過剰な謙虚さをファンだった時から苦々しく思っていたなーとちょっと思い出し怒り(苦笑)。
スタレビデビュー前から根本要の歌が上手かったことをファンなら知っているし、今ならネットで調べることもできる。
上手いと思って聴いているファンに、あまり謙遜するのもいかがなものかと。
謙虚は世間一般では美徳だけれど、アーティストがあまり謙虚なのも考えもの。
そのMCからは時間が経っているから、また変わっているかもしれないけど。

ライブの曲紹介で杉山清貴が「良い曲なので聴いてください」、唄い終わって「名曲です」と言っているのを聞いたけど、それは自画自賛というのではなくて、曲に対する客観的評価を素直に口にしたという感じで、こういうのは好き。
「自分の作品ではあるけれど、自分の手を離れて存在しているもの」というような。
アラン・ドロンが「SMAP×SMAP」に出演した時に、紹介用に流れた「太陽がいっぱい」を見て「名作だ」ときっぱり言っていたけど、それに近いか同じ。
ただし、自画自賛だったとしても別にかまわないです。
自分で良いと思わない歌を聴かされても困るし。
とかく過大評価が問題にされがちだけど、過小評価もかなり問題で、スタレビ離れするもとになった時の迷走も自信のなさが原因だった(と思う)。

杉山清貴のことを、長らく「ふたりの夏物語」と「最後のHOLY NIGHT」の人であると共に、「スターダストレビューの根本要が褒めた人」として認識していたけど、それは、根本要がパーソナリティをしていたFM番組に杉山清貴が出演した際、「杉山は歌が上手いからな」と言ったのが印象に残っていたから。
プロがプロに「上手い」とはなかなか言わないし(言い方によっては失礼になるかも)、根本氏は普段ゲスト褒める時はもっといろいろ言葉や褒めるポイントを選ぶ人なのに、やけにストレートだな、と思ったのです。
「上手い」と言った以外は、アマチュア時代からの昔なじみらしくマイペースな生活ぶりなどにチャチャを入れて、他の回のゲストにくらべて、むしろぞんざいな扱いだったのに。
15、6年を経て、その時の根本要の「上手いからな」という言葉が非常に正当な評価であることを実感している。

杉山清貴と根本要はヴォーカリストとしてのポテンシャルは大体同じくらいだろうと思っているんだけど、デビュー当時は要さんのほうが上手かったし、ラジオの「上手い」発言の頃以降を「敢えて」比較すると杉山清貴に軍配。
すごくハイレベルなところでの比較であり差だけど。
どこがどういうふうにという根拠は自分なりにあるけど、今は省略。
杉山清貴はヴォーカリストの自分とソングライターの自分を分けて考えているみたいだけど、それはファンだった頃に根本要に望んでいたことだったりもする。
要さんの場合、分けて考える要素にギタリストも加わるけれど。
声の不調が始まった頃、ライブで「君のために」のギターソロを間違えたうえに歌の入りが遅れ、さらに声が裏返った時には、「どっちかに専念してっ」とこぶしを握り締めたものだった。
あの時はほんとに腹が立ったなー(遠い目)。
「大極殿ライブ」を見た今だから言えることだけど。
声量と高音部だけなら薬師寺ライブもけっこう出ていると思ったけど、「さよならのオーシャン」のバックコーラスががなっているみたいで、まだ本調子じゃないと。
大極殿ライブは全体的にコーラスの声のコントロールが戻っていたので、「あ、復活」と思ったのでした。
絶好調の時はコーラスも上手かったから。
ただ、声が出ているのに、フェイクしまくりだったのが不思議だけど、癖になってしまったんだろうか。

杉山清貴も「First Finale 2」を見て「ハスキーボイスでオメガトライブを唄うとチューブになるのか」と思ったりと不調な時期はあったようで、誰しもあることなんだろうけど、チューブ化程度なら不安を抱きつつも復調を待てたかな。
今は復調どころではなくパワーアップしているけど。

話をちょっと戻しまして、スタレビというとア・カペラのイメージが強いけど、アカペラがほんとに良かったのは三谷泰弘在籍時までだと思っている。
私は純然たる要派だったので三谷氏に思い入れはないんですが、アカペラだけは別。
アレンジも良かったし、要さんとの声の相性も良かった。
長らく根本要とのハーモニーのベストマッチは三谷泰弘だと思っていたけど、薬師寺ライブの「今夜だけきっと」を聴いて、杉山清貴とも合うなと思った。
スタレビは、アカペラよりも演奏で勝負すべきだと思っていたので、「ゲストの曲を自分たちで演奏」というのはイイです。やっぱり上手いし。
おじさんたちのバリバリのバンドサウンドは貴重。

※基本的に人の呼称は「フルネームの呼び捨て」にすることにしているんですが、習慣とニュアンスでばらけてます。

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2011年10月 5日 (水)

日9

「僕とスターの99日」の車内ポスターを見た。
この時期にこの企画とは、なんて間が悪いんだろうと思っていたけど、西島秀俊はかっこいいし、キム・テヒも可愛い。
冴えないアラフォー男って、「犬猫」とか「帰郷」見たいな感じになるのだろうか。
役のキャラクターは「ヤマトナデシコ」の欧彦さんと似ているかな。
ボディガード役ということで、「丘を越えて」のような美しい踵落としが見られると楽しい。
・・・などと考えていると、思ったよりもイヤじゃないかも。
要はドラマの出来次第だな、と上から目線(笑)。

大映ドラマが好きじゃなかったので、同じようなストーリー展開の韓流ドラマに興味はない・・・というか、むしろ嫌いだし、ゴリ押し及び偏重がイヤなのは変わらないけど、韓国人俳優が必然性のある設定や役柄で日本のドラマに出演し、良い演技をしてくれることには異論ないです。
たとえば「聖徳太子」のソル・ギョングのように。

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2011年10月 4日 (火)

さようなら、皇帝

皇帝シンボリルドルフ死去。
ルドルフが走っていた時はまだ競馬を始めていなかったのだけど、強かっただけでなく、額の三日月がかっこよく苦みばしったハンサムホースで好きでした。
去年のジャパンカップに東京競馬場に来たけれど、トウカイテイオーが来た時はかなり長いことローズガーデンのホースリンクにいたのが、ルドルフは高齢のため相当な厳戒態勢で、姿を見るためには長蛇の列並ばなくてはならず断念(ヘタレ)。
もっと頑張って見ればよかった、と後悔先に立たず。

ルドルフが走っていたのは、すごく昔のイメージがあったけど、三冠達成したのは1984年、七冠達成は1985年と80年代真っ只中だったことが意外だった。
JRAが女性客を呼び込むための施設整備やCMに力を入れ始めたのは少し後なので、80'Sとシンボリルドルフがいまいち結びつかなくて。

最近は、一青窈の「影踏み」がワタシ的にディープインパクトのテーマソングだったり、歌と競馬のイメージが重なることもあるけれど。

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