« 聞こえよがし | トップページ | イベントなのか音楽なのか »

2012年1月23日 (月)

小澤征爾さんと、音楽について話をする

さくさく読めるんだけど、もったいなくてちょっとずつ読んでしまった。
美味しいお菓子を少しずつ口にするみたいに。

村上春樹は「1Q84」がまだ未読というか買ってもいない状態だけど(一応文庫待ち)、小説以外は読んでいて、なんだかんだと文章が好きなんだと思う。
音楽に譬えると、「最近、作る曲はちょっと好みじゃないけど、演奏はやっぱり上手いよねー」という感じ。

「ボクの音楽武者修行」には、「この人は文章で自分を語るのは得意じゃないんだな」と感じて、読み物としては今ひとつの印象だったけれど、村上春樹という優れたインタビュアを得ると、小澤征爾ってこんなに観察力が豊かで深い人なのかと、思う。
認識がすっかりあらたまってしまった。
岩城宏之とか中村紘子みたいに自分のいいたいことを自在に文章で表現できてしまう人たちは、逆にこういう化学反応みたいなことが起こりにくいかもしれない。
文章があまり得意じゃないからこそ実現したコラボとでもいうのか。

「先生」カラヤンと「レニー」バーンスタインの違い、マーラー、オペラなど全編興味深いですが、スイスのワークショップに村上春樹が参加したくだりも、それぞれの情景が目に見えるよう。
宮崎国際音楽祭やタングルウッドを映像で見たときのような感覚を文章から感じた。
スラーについての解釈が、人によって全然違うというのも面白かった。
「シドニー!」のサッカースタジアムのトイレのくだりでも思ったのだけど、着眼点・観察眼・分析力が優れているんですね。
(スタジアムやコンサートホールのトイレの数って、客にとっては切実な問題だけど、意外と見過ごされがち。)
スラーうんぬんも、その場にいたのが専門家だったら、気に留めなかったかもしれない。

村上春樹は終始「素人が専門家に話を聞く」というスタンスだけど、この場合の「素人」って、あくまでも「専門家ではない」というだけであって、クラシック音楽に対する造詣は極めて深く、だからこそ興味深い話を次々と引き出せる。
どこかに「知らないことが自分の強み」と言い放った脚本家がいたけど、中学生レベルの歴史の知識もないズブの素人の「知らない」じゃ話にならない。

|

« 聞こえよがし | トップページ | イベントなのか音楽なのか »

本棚」カテゴリの記事

音楽(Classic)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小澤征爾さんと、音楽について話をする:

« 聞こえよがし | トップページ | イベントなのか音楽なのか »