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2013年6月

2013年6月26日 (水)

華麗なるキャッツビー(2013)

原作にものすごく深い思い入れがあるわけではなく(多少はある)、レオナルド・ディカプリオのファンというわけでもないけれど、ディカプリオのギャッツビーはハマリ役だと思ったので、見たいと思っていた。
「ムーラン・ルージュ」で19世紀末を絢爛豪華に描写したバズ・ラーマンが1920年代のアメリカをどう映像化するのかも興味があったし。
が、地元のシネコンでは公開週はレイトショーが3D版しか上映がなく、これはWOWOW待ちかと思っていたけど、2D版のレイトショーが始まったので行ってきました。
(3D上映は私の映画鑑賞の障害です。)

で、ディカプリオのギャッツビーは予想通り素晴らしい。
わざとらしくて大仰で、どこか胡散臭いし、微かに病的でもあるんだけれど、それでいて一途で不器用なギャッツビー。
デイジーが恋に落ちるくらいにはカッコよく、でも身分や育ちの壁を越えるまでには至らず、再会の後はトムを捨てさせることができないのもディカプリオのギャッツビーだと説得力がある。
ブラッド・ピットやジョニー・デップもギャッツビーの謎めいたところとか内面は演じられると思うんだけど、この2人だとデイジーは「Rich girls don't marry poor boys」とは言わなさそうで。
音楽は「ラプソディ・イン・ブルー」の使い方が印象的。
ギャッツビーの邸の外観とインテリアも良かった。
1973年版は「とりあえず豪華にしてみました」という感じで、そこが成金の悲しさを表現しているといえなくもなかったけど、まあ平凡なゴージャス描写ではありました。
それが今回は思いきり斬新で、悪趣味と豪奢のすれすれな感じがバズ・ラーマンの面目躍如。
これぞ「好きな女性のために想像力と贅を尽くした」という家に見える。
ちょっとノイシュバンシュタイン城に通じる浮世離れ感。

面白かったし、全体としては満足なんだけど、惜しむらくは説明過剰だったこと。
最後の回想はギャッツビーの後姿だけのほうが余韻があったのに。
脚本に関しては1973年版のコッポラのほうが良かった。
自分で思っていたよりも、私は1973年の「華麗なるギャッツビー」が好きだったようです。
特に、デイジーの繊細な衣装とネルソン・リドルの音楽(特に「What'll I Do」)が。
コッポラの脚本でディカプリオのギャッツビーを見てみたかったな。

ギャッツビー以外の配役については、デイジー・ニック・トムは甲乙つけがたく、ジョーダンとマートルは1973年版のほうが好き。
写真を見た時はあまりピンとこなかったキャリー・マリガンのデイジーは可愛くて、ちょっとゼルダ・フィッツジェラルドの写真に似ている気がするので、キャスティングの時にそのあたりも影響したのだろうか。

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いろいろとぶつぶつ

☆とあるマットレスのCM、人間国宝の踊りとラジオ体操「白鳥」を分割画面で並べて流すとは、無神経というかなんというか。
制作者は作りながら疑問を感じたりしなかったのだろうか。

☆少し前にNHKスペシャルで韓国の観光産業の特集を放送予定という記事を見かけたけど、中国の春節のニュースに「中国人観光客への韓国観光業の営業努力」を不自然なくらい時間を割いてねじこんでいたことを思うと、かなり厭な予感。
そもそもニュースバリューを感じないし、しかも韓流衰退と言われるようになった「今」そういう企画をするというタイミングが非常に疑わしい。
民放は「見たくなければ見ない」で済むけど、NHKは強制的に受信料を徴収している放送局なんだから、そこのところを弁えてくれないと。
ヘイトスピーチには嫌悪を感じるしデモには賛同できないけど、嫌いもしくは興味がないものに莫大な時間と労力を使われるのも不愉快。
このところのNHKの偏向報道は目に余る。

☆育休取得を推進する政策は結構なんだけど、政治家のリサーチ不足なのか想像力の欠如なのか打ち出す策がどれもみんな的外れ。
産休及び育休取得時の一番の問題は代替要員をどうするかなのに、休暇を取れ取れというだけで対応策はまるで聞こえてこない。
企業に丸投げするとしわ寄せは他の社員に来るのだし、育休の給付金を引き上げるよりも、そちらへの対策のほうが先でしょう。
他の社員に穴埋めをさせるのなら、対応する社員に手当を支給するとか、代替要員の身分を保証するとか。
なお、育休3年に異論が多いのは、子育てをするママさんたちの望みが「子育てしながらとにかく収入を得る」ことではなく、「休む前と同じポジションで働く」を優先しているからだと思う。

☆ツアー客置き去り事件
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130614/biz13061414370017-n1.htm
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/06/20130605t13008.htm
社長の反省の弁がなんだか微妙。
添乗員の発言もアレだけど、「会社に過失なし」と金銭補償を拒否したことも問題だったろうに。
今は航空券・ホテル・鉄道切符・現地発着ツアーまでインターネットで手配できるから、個人で旅行するなら旅行代理店はなくても困らない。
個人手配で旅行する人にとってはハプニング含めて旅行の楽しみだけど、日本からの添乗員付きツアーを利用する人は、そういうものを求めてないわけで、このケースで旅行会社が「責任なし」と主張するのは、自らの存在を否定するに等しい。

まだ個人旅行をする自信がなかった頃、件の旅行代理店の添乗員付きツアーで南イタリアへ行ったのだけど、公共トイレのない観光地でトイレに行きたくなったと訴えた年配の夫婦に、添乗員が「そこのバールでコーヒーを頼んでトイレを借りてください!」と。
「バールに入ってトイレを借りる」スキルがあるのなら、添乗員付きツアーを利用しなくてもいいじゃないかと思ったもんでした。

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2013年6月15日 (土)

感想はライブの後に

何も言わないで ちょうだい
黙ってただ聴きましょう
観客の私語はうるさいから
ライブの後にしてね

ここはお馴染のライブ
いつものように楽しみましょう
(でも)せめて演奏中に
おしゃべりするのだけはやめて

誰にも負けず深く愛してる
あの曲も雑音で
台無しね

何も言わないでちょうだい
黙ってただ聴きましょう
だって客の私語はうるさい(から)
ライブの後にしてね

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杉山清貴アコースティックソロライブ「I AM ME」に行ってきました。
たいへん寛いだ雰囲気で、演奏曲には嬉しさに心の中で歓声をあげた曲が何曲もあったりといつもながら、いつにもまして楽しいライブでした。

が、あまりに寛ぎすぎたのかMCの間(一度は曲が始まってからも!!)ずっっっっっっっっっとおしゃべりをしている人が後ろにいて大迷惑。それも、声をひそめもせずに。
開演前に「撮影禁止・携帯の電源OFF」といったライブ中の禁止事項を書いたボードを持った係員が場内を周回していたけど、「私語禁止」も付け加えてほしい。
ほとんどMC中とはいえ、私は彼女たちの話し声を聴くためにライブに出かけたわけじゃありません(怒)。
リビングでDVDを見ているんじゃないんだから、というか、その場でいちいち感想を言い合わないと気がすまないなら、自宅のリビングでDVDを見ていて欲しい。
「Live, Life, Like」も発売されたことですし。

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2013年6月 2日 (日)

日曜の夜は

4月からは「八重の桜」~「空飛ぶ広報室」を見るのが日曜夜の過ごし方。
容保公と空井大祐の変貌というかギャップがたまらない。
違うといえば、綾瀬はるかも「JIN」の咲と八重ではまったく違う。
時代背景・着物・日本髪は同じながら、旗本と下級武士の家の娘の違いを演じ分けていて素晴らしい。
性格の違いを演じ分けているのはもちろんのこと。
弟の死に対する悲しみが怒りに転じるところが八重らしい。
これまでも気の強さは垣間見えていたけれど、これくらい気性が激しくないと伝え聞くような生き方はできないだろうし。
尚之助の報告を聞いてすぐに泣き叫んだりしたのだったら、それはただの「我慢のきかない人」だけど、時間が経過してから抑えていたものが噴出したというのは理解できる。
・・・常人と違う人生を送った人なのだから、理解や共感できなくてもかまわないんですけどね。

21回の「敗戦の責任」では神保修理が切腹する時に妻の名をつぶやくところで不覚にもウルっときたのですが、あの場面で修理がつぶやくとしたら殿様か身内の名前で、容保とは既に対面を済ませているから妻の名前を呼ぶのは至極自然なこと。
でも、その自然なはずのことを不自然に主人公を絡めて描いていたのがここ数年の大河だったのでした。

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