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2013年7月

2013年7月28日 (日)

芸能か芸ノーか

みんなの競馬を見ていたら井森美幸が出ていて、少し前まではテレビ東京の競馬番組のMCだったから一瞬「アレッ」と思ってしまった。
競馬に関するコメントはさすがのキャリア。
とはいえ宮澤佐江もちゃんと勉強しているのがわかるので好感を持っているのですが。
(今思い出してもほしのあきは酷かったな)

6月のアコースティックライブで、杉山清貴が芸能人の定義を「テレビに出ていたかどうか」で分類していたのがなかなか興味深かった。
私自身は、音楽=芸能、したがってミュージシャンも芸能人に入ると思っていたのだけど、最近は「芸がないから芸ノー人」みたいなタレントが増えているから、杉山氏の分類はある意味正しいかもしれないと思ったりした。
個人的には芸のある芸能人と私生活の切り売りで稼いでいる芸ノー人は区別したいけど。
この際、差別でもいいと思うくらい。

先だっての安藤美姫の出産告白について、「そっとして欲しいならテレビで告白しなければいい」という意見を結構見たけど、注目度を考えたら到底隠しおおせるとは思えないし、それだったら頃合を見計らって、しかるべき場で告白をと考えるのは当然の判断だと思う。
彼女の場合10代半ばから否応なしに注目されてきたわけで、「好きなこと(スケート)で注目されてちやほやされる」ことで有頂天になるのは無理からぬことだし、その頃にいささか調子に乗って不用意な発言をしたからといって、その後もプライバシーの侵害を甘受せよというのは、そりゃ違うでしょ。
彼女はそもそも芸能人ではないんだけど、仮に100歩譲って「芸スポ」という括りで芸能人の一部として考えるとしても、スケートの実力と実績がある以上、私生活を切り売りする芸ノー人とは一線を画す。
それと「プロとして」「仕事をちゃんとしろ」というような意見も見たけど、これなんか完全に事実誤認。
フィギュアスケートって、アマチュアもプロと一緒にアイスショーに出演するからプロとアマの境界線がわかりにくいし、中にはCMに出演したりブランドを立ち上げて商売しているアマチュア選手もいるけれど、安藤はそういう活動もしてなかったのに。

そういえば、スケ連の提示した安藤美姫が強化指定に戻るための五種トリプルという条件ですが、国際大会に出るためにハードルを設けるのは当然のことだけど、現在強化指定されている選手がそのハードルをクリアできない場合は、当然速やかに強化指定をはずすんですよね?
特別扱いしろとは思わないけど、強化指定中の選手よりも厳しい条件は不公平。

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2013年7月27日 (土)

聴きたかった・・・

「I AM ME」の発売記念イベントのセットリストを知って、猛烈に行きたかったと思う自分がいる。
新星堂の「時の過ぎゆくままに」「Deseprado」「潮騒」、山野楽器の「あの日に帰りたい」「いちご白書をもう一度」、聴きたかった~。
CD&DVDの購入特典だし、Amazonで買うことを選んだのは自分だから仕方がないのではありますが。(山野楽器は出遅れた)

曲は好きだけどオリジナルに不満があるからカバーで聴きたいというケースもあるけど、「時の過ぎゆくままに」とか、この中には入ってないけど「セクシャルバイオレットNo.1」はオリジナルもずっと好きで、沢田研二にも桑名正博にも一切不満などない。
ないけれど、杉山清貴が歌ったとなると聴きたくてたまらなくなる。
FEN3も出して欲しいけど、歌謡曲&JPOPのカバーもそろそろ出してくれないだろうか。
是非出してください、お願いします。

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八重の桜~会津篭城

「八重の桜」は京都編へ。
「花神」でも戊辰戦争における薩長の理不尽は一応描かれていたけれど、「八重の桜」ではそれをさらに重く深く感じてしまった。
それと、明治維新の意義みたいなものをわかったつもりでいたけど、わかっていなかったこともわかった。
倒幕して何をしたかったのか全然わからない。
革命政府が迷走するのはどこも同じなので、日本はまだ人材が残っていて幸運だったともいえるけど。

会津が犠牲者を出しながら抗戦したことは、現代の視点からすると愚かなことかもしれないけれど、「悪くないのに恭順なんてできない」と思うのは自然な情でもある。
「会津は逆賊ではねえ」という八重の言葉に思わず目頭が。
八重がだんだん我の強そうな表情になっていき、ついには容保に意見を述べるけれど、山本八重が男勝りなのは史実だし、そこに至るまでの描き方もしっかりしているから自然。
叱られる時は叱られているし。
ヒロインが目立つことがイヤなのではなくて、あり得ない状況で口出ししたり持ち上げられたりがイヤなのです。
能力のあるヒロインが、能力を伸ばして活躍して認められるのは嫌いじゃない。

男装して髪を切った八重ほどではなくても、時尾たちも襷がけに袴姿だったり、髷を結い上げずに垂らしたりとか「戦時」の描写がきめ細かい。
中野竹子役の黒木メイサがあんなに濃い顔なのに日本髪が似合うのがちょっと意外でした。
殺陣についてはもともと動ける人だから心配も違和感もなし。
容保の京都行きに従った時に、永久の別れになった人たちがいるんだけど、それをへんに強調しなかったのもあざとくなくて良かった。
(過去には、ものすごーく別れの場面を盛り上げながら、その後何度も会う肩透かしな展開の大河ドラマもあったけど)


きれいに掃除して明け渡した城の廊下に土足で上がって足跡をつける官軍、という演出は良かった。自分たちが汚してしまったことに気づく板垣退助も。


会津編があまりに良かったので、京都編はどうなるんだろうと思ったけど、京都編も面白そう。
色半襟を多用する明治風の着物の着付けが好きなので、八重の着こなしが楽しみ。
新島襄役のオダギリジョーが今回は「きれいなオダギリジョー」なのも。
覚馬と襄が並んだら、「メゾン・ド・ヒミコ」以来ですね。


会津攻防戦に入る前、「八重の桜」なのに八重の出番が少ないという批判を見かけたけど、そういう人たちが「鬼龍院花子の生涯」(の映画版)を見たら呆然とするに違いない。

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2013年7月26日 (金)

方眼紙Excelを全否定する理由

文書作成及びその清書は、手書き→タイプライター→ワープロ専用機→パソコンのワープロソフト(主にWord)と発展してきた。
タイプライターでは修正が入れば打ち直すしかなかったのが、ワープロ専用機の出現により文書の保存と修正・挿入・削除が出来るようになったのは画期的だった。
それからページ設定で文字の自動折り返しを設定できることも。
ワープロ専用機→Wordで便利になったのは、なんといっても表の作成。
それまでの表は「タブで文字を配置して罫線を引いて」作成していて、行単位の入れ替えは出来ても列の入れ替えは出来なかったのが、Wordでは可能に。
セルの概念が素晴らしい。

その素晴らしいセルをただの方眼としか見ていないのか、Excel本来の表計算の機能さえ犠牲にして清書ソフトとして使っているのが方眼紙Excel。
ワープロソフトも行末に逐一強制改行を入れられると迷惑だけど、それでも改行を消せばなんとかなるものを、方眼紙状態のExcel上に適当に文字を配置された日には修正のたびに打ち直し。
作業効率をタイプライターとワープロ専用機の中間まで戻してどうするのかと。
セル結合で複合表を作っているケースもしかり。
修正の可能性を考えたら、とてもこんなやり方をしていられないはずだけど、いちいちセルを結合したり解除したりを面倒くさいと思わないことが不思議。
Excelは表示どおりに印刷されないから、そもそも緻密なレイアウトには不向きなんですが。


方眼を入力用ではなくテキストボックスを貼る台紙みたいにして使っているケースもあるけど、ピクセルをいちいちミリに換算してセルを方眼にするくらいなら、ミリ単位でグリッドを表示できるWordを使うほうが合理的です。
テキストボックスを貼るのは、どうもExcelの文字列折り返しに不満があってのことらしいけど、だったらなおさら素直にWordを使えば良いのに。

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2013年7月22日 (月)

風立ちぬ

Le vent se leve, il faut tenter de vivre...

大正時代から戦前までの上流の子弟・子女の立ち居振る舞い、当時のインテリの気風が見ていてとても心地よかった。
フランス語の詩を説明抜きで唐突に引用して会話が成り立ってしまう教養と機知が素敵。
「まことに生きにくい時代」ではあっただろうけど、人の佇まいの美しさというものが存在した時代でもありました。
能力のある人が、自分の能力に適した夢を追い求める話は大好きです。

ストーリー的には実写でも良いと思うけど、絵の美しさはジブリのアニメならではだし、関東大震災と二郎の夢の場面は実写では描けないだろうなと思う。
カプローニとの邂逅がないと二郎の飛行機製作への業みたいなものが表せないだろうから、夢の場面はとても重要。
それから風の描写も実写では雰囲気が出なさそう。
もしもそれでも実写で映像化することがあるのなら、配役は今回の声の出演をした人たちで・・・といっても、二郎役はさすがに無理だろうから筒井道隆か稲垣吾郎あたり(追加で加瀬亮も)。
カプローニは、「のだめ」か「テルマエ」的アプローチで強引に野村萬斎で。
・・・実写で演じるのは無理といっても、庵野秀明の声は二郎のキャラクターに合っていたと思う。穏やかで浮世離れして、そして技術者に聞こえる。
(この映画の二郎の声に批判的な人はトトロの糸井重里も酷評しているようで、糸井重里のお父さんはよく思いついたなーという絶妙なキャスティングだと思っているので、あれを酷評する人がいるのはかなり意外。)
二郎と本庄のやりとりが、あの時代の技術系インテリの会話としてリアリティがあって、中の人は2人とも台詞の技術的な内容を完全に理解して話しているように感じられるのだけど、そういう効果も狙っての配役だとしたらすごいわ。
なお、この映画の本庄を見て、西島秀俊のいつもの抑揚を抑えた台詞まわしは意図的なものなのだと確信しました。

平和主義者なのに飛行機と兵器好きという監督の矛盾と葛藤を表現した映画とも言えるけど、その矛盾と葛藤こみでこの映画は好き。
愛煙家の禁煙の風潮に対する抵抗みたいに思えなくもない喫煙シーンもアニメだから許せる。といっても、結核の人のそばではタバコ我慢しろ~とは思ったけども。

映画の途中からとても涙もろくなって、映画館を出てからも目がウルウルして「何を見ても涙ぐむ」状態。
これが泣かせどころのはっきりしている映画なら「カタルシス効果ですっきり」になるのだけど、淡々と描写されていることで感情がひたひたと静かに水に満たされたような、そんな感じ。で、なかなか水がひかないと。
病身のために結婚をあきらめるのでも二郎にしがみつくのでもなく、自らのタイムリミットと好きな人と過ごしたいという望みのギリギリのラインを模索する菜穂子に、自分で思っていたよりも強く心を掴まれていたようです。

エンディングの「ひこうき雲」でさらに涙が。
荒井由実時代の曲なのに、「この映画のために書き下ろしました」と言われたら信じてしまうくらいに映画とぴったり。
固定なイメージがつかない、広がりのある言葉を選ぶ詞のセンスが素晴らしい。

小学校高学年くらいなら大丈夫だと思うけど、幼児にはこの映画はお勧めしない。
良さがわかるにはある程度の知識を要する映画だと思う。
大正時代から太平洋戦争終戦までの歴史と当時の風俗、結核が死に至る病だったことなど。
トーマス・マンの魔の山もあらすじくらい知っておいたほうが良いかな。
「楽しむには知識が必要」と言うと気を悪くする人がいたりするけど、そういう心理はよくわからない。知らないなら知ればいい、それだけ。
よほどマニアックな知識がないと楽しめないというのは娯楽映画として失格だけど、そこまで特殊な知識ではなく、中学の授業で習うようなことや、ネットで検索できることなら今からでも知ったほうが楽しいのに。

追記:
門前の小僧もしくは習うより慣れろ式に大人の見ているものを理解する子どももいるので、子どもに見せること自体は反対じゃない。映像と音楽の美しさから吸収するものもあるかもしれない。
でも、自宅で寛いで見るならともかく、「外出先+2時間じっとする」という条件では難しいし、子どもにも周囲の観客にも不幸。

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2013年7月21日 (日)

Stay My Blue

テレビを見ていたら徳永英明と根本要が「木蘭の涙」をデュエットしていた。
スタレビの「DEVOTION」に収録されている「元気をだして」は、聴く前の期待値と聴いた後の失望が同じくらい大きくて、要さんは個性的な声なんだから軽く歌ってちょうどいいくらいなのをやけに粘っこく歌われて辟易したのがその理由。
徳永英明がVOCALISTシリーズでカバーしてからは徳永版「元気をだして」をけっこう聴いたけど、要さんの声に求めていたイメージに近かった。
「DEVOTION」がリリースされた頃の徳永英明は今の声質ではなかったので眼中になかったのだけど、世の中わからないものです。
「翳りゆく部屋」も同じく。要さんがもっとサラッと歌っていたら、どんなに素敵だったことか。
徳永英明の「木蘭の涙」はさらりと歌っていて好感が持てたけど、この曲はアコースティックやピアノアレンジよりもバンドアレンジで、という気持ちは変わらない。
まあ、いい加減「木蘭の涙」以外の曲を歌ってほしいというのもあるけど。
いつの間にかスタレビの代表曲みたいになっているけど、スタレビのバラードなら「Stay My Blue」のほうが好き。
「夜更けのリフ」、「君のために」も良い曲なのにシングルとしてプッシュしなかったのが本当に惜しまれる。
自分が作った曲の良さをわかってないんじゃないの?と思えたこともたびたびあった。
「ヒット曲がない」と自嘲するわりに。

要さんが一番デュエットしやすいのは杉山清貴なんだろうと今回再確認。
当人比ではいろいろ不満もあるけれど、他と比べればキーも高いし声量もあるわけで、なかなか人と合わせるのはたいへんそう。
その点、杉山さん相手なら思いきり声が出せるから。


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2013年7月19日 (金)

坊主は坊主、袈裟は袈裟

今、やたらと「日本が右傾化している」と言われているけど、ヘイトスピーチとか、中韓との関係、改憲への動きなど、いろんなことをごちゃまぜにして「右傾化」というレッテルを貼っているように思う。
その中で憲法改正について心配するのはわからないでもないんです。
日本は「なしくずし」にする傾向があるから。
でも、それにしたって「改憲したら右傾化する可能性がある」ということであって現在右傾化していることにはならないと思う。
それ以外は右傾化とは関係はない。
ヘイトスピーチは一部のレイシストのやっていることだし、中韓との関係については、今の状況で不快に思わないほうが不思議です。
不愉快さを示すことを右傾化と言われても困る。


ところで、基本、ピース志向は良いことだし、好きな人の発言をとやかく言いたくないし、専門家の発言ではないから気にすることでもないんだけど、あまりにステロタイプで安易な政治家批判はモヤッとする。

こういうニュースがあったけど、
「地熱発電推進…地元反発根強く 生活直撃、「転換」道険し」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130714/trd13071414510005-n1.htm

火山国の日本で、地熱発電は非常に有力な原子力の代替エネルギーだと思うんだけど、そこにもやはり反対意見があるわけで。
そういう声に具体的に対処していくのも政治家や官僚の仕事であったりするわけですよ。
確かに、腹の立つ役人もいるし、地熱発電を事業仕分けの対象にした政党もどこかにいたけども。

近隣の独裁国家の脅威を軽視する発言も軽率。
民間人の拉致も、食糧危機なのに軍備増強することも、常識ではあり得ないけど、そのあり得ないことをしている国が現実に存在している。
これが脅威でなくてなんだろうか。
数日前にも武器を密輸しようとして見つかったばかりだし。
こちらがどんなに真摯に平和を願っても、相手が願わない限りは平和は実現しない。
独裁者の気まぐれで生活は否応なしに破壊され得る。
戦死者以上の人数を粛清した独裁者もいたしね。
別にミュージシャンや一民間人が一心に平和を願ってもいいけど、政治家がそれをやったらただの平和ボケだし、100年前の政治家を馬鹿にしちゃいかんよと思う。
当時の日本の政治家はかなり優秀。
戦争回避の努力はギリギリまでしたし、外交努力もしていた。
日露戦争の講和に不満で暴動を起こしたのは民衆だし、戦争継続を煽ったのはマスコミであることはゆめ忘れてはならないと思う。
80年前の軍部のような頭の人にはお引取り願わなくてはならないけれど。

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2013年7月 7日 (日)

非実在関係者

メディアリテラシーというものを意識し始めたのはサッカーに関心を持つようになってから。
試合についての記事が自分で見たものと微妙に(時には大きく)違っていたりしたことから「なんか妙だぞ」と。
そうしたら、捏造じゃないまでも不自然な省略とか強調とかが目に付くようになって、以来、新聞・雑誌の記事を鵜呑みにしないようになりました。

安藤美姫の出産告白で、これまでも存在が疑わしいと思っていた「某関係者」が非実在であることを確信することができて、すっきり。
子どもの父親が誰かよりも「某関係者」「某フィギュアスケートコーチ」が誰かのほうがよほど気になっていたけど、本当の関係者は秘密を守ったのだから、ぺらぺら「事情」をしゃべっているのは関係者ではないということ。
つまり、某とか「とある」関係者は存在しない。
存在しないのなら、記者の作り話ということで今後は無視するが吉
それにしても、ファンや好意的な人たちは軒並み「放っておいてやれよ」と思っているわけで、知りたがっているのは非ファンややじうまばかり。
マスゴミがおそらく自らの行動の根拠にしているであろう「知る権利」って一体誰のためのものなのかっていう話です。
文春のアンケートの件を見ても、マスメディアの人間が自分の覗き根性を満足させようとしているだけじゃないの?と思う今日この頃。

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2013年7月 6日 (土)

方眼紙Excel撲滅!(切望)

Excelのセルを方眼紙状態にする使い方、私の視界からは消えていたのでなくなったのかと思ったら職場を変わったら蔓延していた・・・。
ワープロソフトで、行末に逐一改行したりスペースでインデントした文書にも悩まされたものだけど、方眼紙Excelは改行を消して対応することもできないから、さらに始末が悪い。
表として使うにもExcel本来の機能が使えないし、ワープロ代わりにあの使い方をしている人たちは「推敲」ということをしないのだろうか。
デジタルで文章を入力する利点は見た目の美しさだけではなく、入力したデータを推敲してなんども直せること、そしてそのデータを再利用できること。
方眼紙Excelなどを使うより普通にWordを使ったほうが楽だし、レイアウトのためにどうしても網目表示にしたいのならWordの「グリッドを表示」を使えばいいじゃないかーーーっ。
・・・と心の中で叫びながら検索してみたら、こんな恐ろしいものが。

日経ウーマンが美文書「Excel方眼紙」特集、古傷を刺激された皆さんの叫び声が響きわたる

Excel方眼紙の使用者が(おそらく)「どや顔」しているであろうことにも腹が立つ。
ものすごく作業効率の悪いことをして、他人の効率まで下げているというのに。

なお、方眼紙Excelに入力された文章を修正する時は、
まず問答無用でWordにコピー
→セル結合
→表の解除
→置換で行末の改行(特殊文字)を消去
という手順で作業しております。
そんな手間をかけるのか?と思われる向きもあるかもしれないけど、一度Wordできちんとした形にしてしまえば何度でも直せるから、方眼紙Excelのままにしておくよりもはるかにマシ。

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2013年7月 2日 (火)

これだから目が離せない

ここ数日の安藤美姫関連の記事に歯がゆさを感じて、相変わらずマスコミの使い方がヘタだなーとか、周囲にちゃんとしたブレーンがいないのかとか言っていた矢先に「出産していた」という告白。
出産の事実にも驚いたなんてもんじゃなかったけど、それが今まで漏れなかったのは周囲の人たちの口が堅かったということだし、発表するメディア及びインタビュアーの選択も素晴らしい。
有能で誠実なブレーンがいるようで、もう大急ぎで前言撤回(自分の中で)。

これがよくあるデキ婚とか妊娠の報告だったら、受け取り方はかなり違っていたかもしれないけど、極秘出産というのは並々ならぬ決意だったのだろうなと思う。
それと、育児環境とか経済的事情によっては未婚の母を手放しで祝福できなかったりするけど、彼女の場合は裕福だし家族のサポートもあるみたいだし、わりと素直に良かったねと思った。
不安があると即顔に出るタイプだけど、インタビューは柔らかな良い表情だったし、あんなにリラックスして見えるのも今までなかったこと。
どこまでジャンプや滑りを戻せるかは未知数だけど、これは楽しみ。
女性アスリートの可能性を大きく広げることになるかもしれない挑戦だし。

アイスショーの映像を見て「太ると胸につくタイプなのか?」と思ったけど、納得。

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