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2015年8月

2015年8月30日 (日)

世に棲む日日でドラマ化希望

久しぶりに司馬遼太郎の「世に棲む日日」の後半を読んでみたけど、やっぱり面白い。
今回は高良健吾の高杉晋作をイメージして読んだけど、高良健吾で「世に棲む日日」を見たかった。
高杉以外もキャストはおおむね満足しているので、そのままで。
いえ、いくら原作が良くても、脚本家がアレだとアレなので、「花神」(高杉パートは「世に棲む日日」)のリメイクで。
大野靖子の脚本の原稿は残っていないのだろうか。
もう、なんだったら総集編に残っている部分のリメイクでもいい。

それにつけても「花燃ゆ」が残念。
今は高杉関連を見るために視聴していますが、ヒロインの描き方に相変わらずイライラ。
小田村伊之助もなんかイヤな奴になっているが、これでいいのか?
毛利家大奥を描くのはかまわないけど、ヒロインを無理やり持ち上げて史実に絡めるのはやめてほしい。
高杉の妻とヒロインが夫の浮気の話をする場面を入れるのはいいけど、あんな深刻ぶった演出ではなく、ふっと愚痴をこぼすくらいにしとけばいいのに。

とかく批判された「平清盛」は、オリジナルの設定が邪魔だったけど、宮中パートと摂関家は面白かったし、俳優の見せ場を台無しにするような演出はなかった。
「八重の桜」と「軍師官兵衛」は、好みの問題レベルの些細な不満以外は満足してたし。

年末、「花燃ゆ」総集編を作る時は、幕末の英傑場面とヒロインの登場場面を分けて編集してくれないかしら。
「幕末騒乱編」「女たちの幕末編」みたいな感じで。

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2015年8月16日 (日)

残念

準決勝のマレー戦は完敗。
NHK-BSで試合を見始めたけど、実況アナのテンションの高さにイラッとしてGAORAに変えた。
いつもGAORAなのだけど、たまに目先を変えてみようかと思うとこれだ。
フィギュアスケートといい、NHKのスポーツ関連の報道の質が下がっていないか?
任意でなく強制的に有料のチャンネルなんだからしっかりしてほしい。

マレー相手に苦戦は覚悟していたけど、第二セットはまったくボールを追えていなくて心配した。
思えば、前の大会ではチリッチ、イスナーに雪辱して優勝、この大会もナダルに雪辱したのだし、連戦で疲労が蓄積していても無理はない。
相当な緊張感もあったのだろうし。

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2015年8月15日 (土)

錦織、ナダルに初勝利

ロジャーズ杯で錦織がナダルに勝利。
待ち望んだ勝利だし、プレー内容も良かった。
でも、ボールに対するあきらめが早いナダルに一抹の寂しさも。
贅沢を言えば、「こんなボールに追いついて、それをそこに返せるのか?」という全盛期のナダルと、そんなナダルに勝つ錦織を見たかった。
ナダルの調子が悪いといってもここまで勝ち上がってきたのだし、勝った錦織がすごいんですけども。

何年か前はBIG4クラスと対戦すると、ストロークの球威で押され気味に感じられることもあったけど、今や互角どころか打ち勝っちゃうこともあって、ほんとに強くなったんだなーと感無量である。

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2015年8月10日 (月)

蝉時雨、夏木立ち、杉山清貴

杉山清貴の日比谷野音に行ってきました。
蝉時雨と心地よい夕風の中、夏らしいメニューのライブ。
夕方の風が涼しいと感じるなんて何日ぶりでしょう。
ミストボーイでもいるのかと思ったくらい。

去年の罪滅ぼし(笑)かのような野外ライブ日和に恵まれた中、ライブはスタート。
「OCEAN SIDE COMPANY」、「PRADISE OF SURF」、「SUMMER AGAIN」を聴くことが出来てとてもうれしい。
「SUMMER AGAIN」の声が伸びやかなことったら。
「ROCK ISLANDS」のバンマスの動きも素敵。
大盛り上がりの「ふたりの夏物語」で終わらずに「夢を見たのさ」でしっとりと〆たのも良かった。

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タブー

不肖の親兄弟を持つ芸能人やスポーツ選手の話は珍しくもないけど、最近週刊誌が記事にしたフィギュアスケートの某女子選手の場合、これまでの芸能人・スポーツ選手の家族ネタとはちょっと趣が違うんだな。
その手のバックグラウンドは、普通は、大っぴらに語られるか話題としてNGにするかのどちらか。
NGになっている場合は、当人が日頃の言動から気をつけたり、露出を控えてバックグラウンドを感じさせないようにする、たいていは。
母親は娘たちにフィギュアスケート以外にも習い事をさせていたようで、報道されているような環境にいた親が子どもにお金のかかる習い事をさせるというのは、普通は上昇志向のあらわれと解釈できるし、実際、水商売の親は子どもの躾に厳しいことが多い。
でも、某選手の場合、立ち居振る舞いに気を使っている様子もなく、バックグラウンドが見え隠れするのに、テレビ出演など露出は多く、そのくせ姉以外の家族・親戚の話はほとんど出てこなくてNG状態なのが不自然だった。
決定的だったのは園遊会にリゾート柄の服を来て出たことで、選手本人及び周囲のTPOの弁えなさもすごいけど、メディアが一切触れなかったのが今でも不思議。
他の芸能人やスポーツ選手だったらメディアにバッシングされまくっただろうに。
国民栄誉賞の金メダリストがちょっとおしゃれをしただけで女性誌にバッシングされたことを思うと、「なぜ?」と思うのです。
バッシングしないのは良いけど、だったら他の芸能人やスポーツ選手にもそうしろよと。

まあ、家族のことよりも、スケート連盟があからさまに彼女にべったりだったこと、彼女が絡むと不可解な採点になること、技術的な指摘について解説者が言葉を濁す状況のほうがより問題なんですが。

くだんの選手に関して、メディアやファンが「国民的~」という表現を使いたがるのも気になる。
今回も「国民が」待ち望んだ復帰」と書いている記事を見たけど、なんでそうなるかな?
別に復帰するしないは選手の自由だし、「ファンが待ち望んだ」くらいなら否定はしないけど、「国民が」と言われるとモヤッとくる。
一時期の宮崎あおいもそうだったけど、「国民的~」というフレーズを使って持ち上げる人たち及び持ち上げられる人たちって、特殊な「無理やり感」を感じてしまう。

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感情と妄想とレッテル貼り

安倍首相を批判するいわゆる「文化人」の人たちが冷静さを欠いて、言葉が乱暴になるのが不思議。
日ごろは温厚だったり礼儀正しいイメージのある人が次々と。
安倍首相の何が彼らをそうさせるのか全然わからない。

批判の内容が、首相が実際に発言したことならまだしもだけど、言ってもいないことを「こう考えているにちがいない」と想像で批判したりしている。もはや妄想の域。
批判するのなら、せめて実際に言ったことや行動に対して批判すればいいのに。
揚げ足取りにもなってない。
それと、平和を願う気持ちからの、一般的な意味合いでの「戦争反対」には反対する理由などなく、「戦争に行きたくない」と思うのは自然な感情だけど、安保法案を「戦争法案」と言い換えて批判するのも違うだろと思う。
安保法案を戦争法案といいたがる人たちの頭には戦争というと太平洋戦争しかないようだけど、自国の侵略行為だけが戦争の原因じゃないことは歴史の授業で習ったはずだけど。
偏った認識で、安保法案に賛成もしくは反対ではない人たちを「戦争をしたがっている」と決めつけるのはいかがなものでしょう。
降りかかる火の粉は払いたい、火の手があがっている場所があれば早期消火できるようにしたいということなのだが。
日露戦争の経緯だってもとはロシアの侵出を食い止めるためだし、戦後の国内の空気から迷走したけど、今は帝国主義の時代ではないし、歯止めをかけるためにも法整備は必要なわけで。

領土拡張の野心は持たないけど、交易の拠点を守るために海軍を保持したヴェネツィア共和国がイメージとしては近い気がする。

それから、子連れでデモに参加しているママさんたちは、子どもの熱中症を心配したほうがいいんじゃないでしょうか。
公式に否定されている徴兵制によって戦地に送られて命を落とす危険性よりも、炎天下に連れまわす親のせいで熱中症で命を落とす危険性のほうがはるかに高いぞ。

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2015年8月 9日 (日)

花燃ゆ

功山寺決起の回ということで、久しぶりに大河ドラマを見た。
高良健吾の高杉晋作は、いかにも天才肌でキレッキレで素晴らしい。
前髪がギザギザの髪型がいかにもザンギリという感じだし、よく似合っている。
でも毛利家大奥の場面になると緊張感がなくなり、かといって一息つく場面でもないのでなんだかガックリ。
毛利家の大奥はこれまで描かれたことがなかったし、それが出てくるのはいいんだけど、なんか組み立てが悪いって言うか。
高杉晋作の妻子を絡めて盛り上げるのも、無理やり感があって興をそがれる。
高杉晋作は高杉家の家督を継いでいないので高杉家の当主は父。当主の父が無事なら妻子にも累は及ばないはずだけど。

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