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2015年12月

2015年12月29日 (火)

遠い夜明け

全日本フィギュアの女子フリーの結果に「またか」と暗い気持ちに。
一夜明けて、朝、恐る恐るテレビを点けたら羽生の特集だったのでホッとする。
新聞の見出しや写真も宮原がメインで、これまた安堵。
ソチ五輪の後は心底ウンザリしたから。

浅 田 真 央について書く時は必ずメデイア批評がセットになっていて、これまではメディアの責任に若干重きを置いてきたけど、フリー後の発言と態度を見るにつけ、選手本人とメデイアのどちらの責任がより重いのかわからなくなってきています。

本来ならばベテランが現役を続けることに肯定的なほうです。
現行のルールで自分がどこまで通用するかを試したいというのなら納得できるまでやればいい。
ベテランを老害呼ばわりするのは好きじゃないし、若手がベテランを超えられないなら代表になれなくても仕方がない。
現スケート連盟会長が五輪出場にこだわった時も一部に批判があったけど、予選を勝ち抜いて記録をクリアして代表に選出されているのに理不尽な批判だと思ったものだった。
しかし。
今、フィギュアスケートの女子シングルで起こっていることはそれとは違う。
ジュニアの選手たちは技術点で既に浅 田 真 央を越えているし、スケーティングも所作も洗練されている選手が多いわけです。
ベテラン選手の技術点が、トップではないにしても、せめて二番手三番手くらいで、その上でPCSで順位が上になるのなら納得はいく。
でも、SPは技術点が18位、フリーは6位なのにPCSは1位、滑走順を考えても、調整したんじゃないかと疑わしい点差。
しかも、エッジエラーや回転不足の厳格化に対応できていないし、それどころか相変わらず「転ばなければノーミス」という認識で、会見で「エッジエラーは失敗とは思っていない」と言う始末。
なんのための復帰なのか、これが老害でなくてなんだろうかって話です。
しかも、過去にも、そのPCSの高さが納得できるような演技内容だったことは一度もないし。

テレビで浅 田 真 央の演技について、フィギュアスケートは勝ち負けだけじゃない価値云々と言っていたそうだけど、そりゃそういう演技もあります。例えばソチ五輪のアボットみたいな。
でも、浅 田 真 央の演技に情緒だとか芸術性を感じたことはないし、誰よりも順位を気にして、順位さえ良ければミスがなかったかのような発言を繰り返し、演技の内容がどうでも良いという態度なのが選手自身なのに。
(で、その態度を批判されると、微妙な修正をしてくる)

浅 田 真 央への賞賛とか擁護のコメントがことごとく事実と違うのが本当に不思議。
演技前のウォーミングアップで肩をまわす動作とかキスアンドクライの座り方、コーチに対する態度とかを見ていたら、ありのままに言えばガサツ、好意的に表現するならボーイッシュとか天然というのが妥当だと思うけど、そういう褒め言葉は聞いたことがない。
礼儀正しいとか大和なでしことか、「本当に見ているの?」というものばかり。
バラエティ番組の食事マナー(酷い!!)までは見ていなくても、自分が褒めようと思う選手のキスアンドクライは見ていてよさそうなものだと思うのだが。
タレントならCMのイメージで語るのもありだけど、タレント同然の活動をしているとはいえ現役のアマチュア選手なんだから、せめて試合中の振る舞いを見て語れよと思う。

フィギュアスケートに限らず、ファンは欠点も長所も理解して、それを受け入れたり、時には厳しく批判したりしながら選手を見守るものだけど、浅 田 真 央にはそういうファンが見当たらない。
過剰な擁護か、本人からはかけ離れたイメージで語る人ばかり。
ちゃんと見てくれるファンがいないのは可哀想なことだけど、もう25歳なんだし、あの客観性のなさを見ると同情心も失せる。
メンタルのせいにしているけど、問題は技術。
まあ、技術不足を認められないことをメンタルの問題と捉えることはできるけど。

「不振を乗り越えるのは精神力だといわれるけど、僕は技術だと思う」というイチローの言葉を今更ながら思い出しました。
アスリートとしての次元が違いすぎて、引き合いに出すのもイチローに失礼なくらいだけど。

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2015年12月22日 (火)

GPF~新たなる希望

フィギュアスケートのグランプリファイナル。
300点超えのNHK杯の後にどんな演技をするんだろうと思ったら、SPはNHK杯からさらに精度を上げてきて、高難度構成を高クオリティの演技で世界最高得点を更新しての優勝。
負けん気が空回りするタイプの選手もいるけれど、羽生はプラスにできるんですね。
二位のフェルナンデス、三位の宇野も、こういう試合じゃなかったら優勝でおかしくない演技。
いやー、眼福でした。

女子は宮原知子が銀。
SPの得点は納得いかなかったみたいだったけど、引きずられることなくFSは会心の演技。
彼女も修正力と安定感が素晴らしい。
小柄だけど手足が長くてメリハリがあるから演技が大きく見える。

優勝したメドベジェワは今季無敵って感じだけど、ロシアの女子は次々と凄い選手があらわれて、ほんとに層が厚い。
タノジャンプ多用がプログラムのバランスを損なっているのがちょっと残念だけれど、技術と表現には文句なし。


エキシビションはサプライズのゲストスケーターとして真っ赤な衣装も華やかな安藤美姫登場。
フェルナンデスが紹介するという粋な計らい。
安藤のマラゲーニャはセクシーでカッコよくって観客も大盛り上がり。
競技の緊張感もいいけれど、プロならではの演技も素敵です。

フィナーレで会場で流れた「Don't stop me now」にあわせて羽生がソチのEXの町田の真似をしたそうで、それ、もっと見たかった。
フィナーレを編集して日本人3選手のフリーの演技を流していたけど、今は録画機器も浸透しているし、BSでエキシビションを見るような視聴者はフリーの演技は当然見ているに決まっているのに。


JRAが大会スポンサーになって、会場に有馬記念の文字があったけど、スケート連盟現会長はマルゼンスキーの馬主の娘さんだったのだな、すっかり忘れていたけど。


GPFが終わってから日本のメディアのフィギュアスケートの報道が少し変化している気がする。
ソチ五輪では男子シングルの金メダルという結果にもかかわらず、「メダルより感動」と浅 田 真 央を持ち上げる気持ちの悪い報道に終始したのが、今回はそれがない。
称賛されるべき人が称賛されるという普通のことで喜んでいるのがちょっと複雑。
女子フリー終了直後は最下位の記事が二位よりも多くてモヤッとしたけど、エキシビション欠場のニュースの後はふっつりと。
まあ、宮原はもう少し取り上げられてもいいかなと思うけど、あまり騒がれすぎるのも選手にとっては迷惑なのかも。
で、この変化は羽生の300点超えで優勝という誰にでもわかりやすい結果によるところが大だけど、宮原知子とゴールドのSPの得点発表時に起こった観客からのブーイングも多少は影響しているんじゃないかと思っている。
得点が気に入らないからっていちいちブーイングしていたらキリがないし、基本的にはプロの判断は尊重すべきだと思うけど、かの選手が出場する試合の女子シングルの採点、特にPCSの扱いにはこれまでにも疑問を感じることが多々あったわけで。
滑走順から今回のブーイングが何を意味するかは明白だし、フリーの内容と結果から鑑みるに、そういう観客の異議申し立てをジャッジは無視できなかったし、メディアも変わらざるを得なくなったんじゃないか。
一部の声の大きいクレーマーを気にするあまり、本来のファンや観客への配慮が疎かになっていたのがここ数年だったけど、軌道修正に向かっているのだと思いたい。

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2015年12月 7日 (月)

映画みたいな夜

かつしかシンフォニーヒルズの杉山清貴 ~Special Things~映画みたいな夜、に行って参りました。
12月に入りつつ、クリスマスにはちょっと早いかなという時期にぴったりのスペシャルな内容でした。

いつになく緊張感を感じつつ始まったライブの(おそらく)メインは映画音楽の名曲を歌うコーナー。
「小さな恋のメロディ」以外は杉山さんもリアルタイムでは見てないだろうという映画からの選曲だったけど、そういえば昔って地上波での映画放映が今よりもずっと多くて、そんなに派手じゃない作品もよく放送していたし、自分が生まれる前の映画をわりと普通に知っていたんだなーと、ちょっと遠い目。

ジャズ・アレンジの「虹の彼方に」で始まり、まさかの「杉山清貴が歌うシェルブールの雨傘」を聴くことができて感無量です。
定番の「Shadow of your smile」はもちろん、「メロディ・フェア」、「慕情」も素晴らしい。
アレンジと演奏もとても良かった。
この編成で「風のささやき」が聴きたい。ぜひ。

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黄金のアデーレ

映画「黄金のアデーレ」を見てきました。
ナチス占領下のオーストリアを逃れてアメリカで暮らす一女性が、ナチスによって奪われたグスタフ・クリムトが伯母を描いた絵画を取り戻すまでのお話。

主演のヘレン・ミレンがそれはもうチャーミング。
大戦下のオーストリアからナチスの迫害から逃れてアメリカに渡り、今は小さな衣料品店を営んで自活している未亡人。
前向きに、地に足を付けて暮らしていたのが、絵を取り戻す訴訟を起こしたことによってウイーンで過去との対峙を余儀なくされる。

「場に相応しい格好をしなくては」とTPOを尊重するマリアはいかにも良家の出という感じで、裁判その他の場で着ているスーツが派手じゃないけど趣味が良くて小物使いもいちいち素敵。
こういうおばあさんになりたい。

回想場面の第二次大戦直前のウイーンの生活の豪奢さも見ごたえがあった。
なにしろクリムトの絵が自宅のサロンに飾ってある家ですから。
現代のマリアはつつましいながらも不自由のない充実した生活を送っていたけれど、絵を取り戻しても家には飾る場所がないというのがやるせない。


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NHK杯

羽生結弦・宮原知子がSP・FSを揃えた素晴らしい演技で優勝。

羽生結弦の世界最高得点はもちろんすごいんだけど、ミスのない演技を見られたのが何よりうれしかった。
SPの「バラード第一番」は去年からハプニング続きだったので、難度を上げてパーフェクトというのは永久保存版だ、と思っていたらFSも永久保存版とは。
フリーの「陰陽師」は最後の鼓?のポンという音と振りがヒタッと合うところがとても爽快。

SPでボーヤンの高得点を見て「見てろ、抜いてやる」と思ったというのも少年ジャンプっぽくておかしい。
フィギュアスケートのスポーツとしての側面を感じさせてくれた。

女子のほうは例によって実況がいろいろと微妙だったけど、宮原知子のジャンプ・スピンの安定感と繊細な表情、指先まで神経の行き届いた演技は紛うことなき日本の第一人者。
特にFSの「ため息」は緻密で美しいプログラム。
努力家であることが強調されているけど、修正点を見つけて正しい努力ができるのも才能です。

某女子選手が「最高難度に挑戦」をアピールしているけど、成功してなんぼであって、まわりきって転倒ならまだしも、回転不足と踏切違反ありきなんて挑戦でもなんでもない。

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