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2017年10月

2017年10月29日 (日)

マイナスポジティブシンキング

フィギュアスケートのシーズンが始まって、旅行から帰ってロシア杯から順番に録画を視聴。

今季の樋口新葉のプログラムはSP・FSともに好き。
FSの「スカイフォール」は何度もリピートして見たくなるプログラムで、これからブラッシュアップして良くなっていくのが楽しみ。

ところで、またかっていう感じだけど、このところのメディアの本田真凜についての過剰な報道が気になる。
「人気があることにして話題にする」手法はいい加減飽きた。
あくまでも有望な若手選手の一人であり、メディアがスターを作ろうとすると当の選手にとっても周囲にとってもロクなことにならないのでやめてほしい。

「(昨季のプログラムだった)ロミオとジュリエットのストーリーは知らない」発言とか、今回のコーチの苦言とか、選手に対しても思うところはある。
なんていうか、ポジティブ思考って必ずしも良いことばかりじゃなく、自分の問題に向き合うためには「きちんと挫折」することも時には必要なんだな、とか。
でも、彼女への批判に浅田真央を持ち出す人を見ると片腹痛い。
「コーチの言うことを聞かない」、「リカバリーの練習をしない」、「振付を省く」、全部浅田真央にも該当することなので。
違うのは練習量だけど、これを比較に持ち出すのはやぶへびだと思う。

そしてタイプは違うけど、ロシアのザキトワも浅田真央と似たところがある。
こちらは上半身の使い方と腕の所作が雑で、振付をこなしているだけなところが。
タノジャンプの多用もGOEはプラスでいいけど、PCSから減点してくれって感じ。
スケート≠バレエであることは重々承知しつつも、「ドンキホーテ」でバレエらしい動きが出来ていないっていうのはどうなのよと思う。
かといってアスリートタイプの選手でもなく、技術は高いだけに残念な感じ。

浅 田 真 央がシニアデビューした頃は「表現はいまいちだけどジャッジ受けする技術がある技術特化型」の選手なのだと思っていた。その後、ジャッジ受けはともかく技術特化は誤解というか、むしろ逆の選手だったことがわかったけど。
今のザキトワは「技術特化型」を真の意味で体現している選手だと思う。
好き嫌いはともかくとして。

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黒染め強要

海外旅行先のレストランで働く若者が鼻ピアスを付けていたりタトゥを入れていたりしながらも仕事の手際は良かったりするのを見ると「人は見た目じゃわからない」と思うけど、日本はまだそこまで自由が成熟していない。
服装が尖がっていると仕事が疎かになりがち。全部とは言わないけど。
なので、学校が制服の着方等を厳しく指導することには賛成です。
しかし、染髪NGは理解できるとして、わざわざ染めることを強要する意味がわからない。
私自身はカラーリング剤の刺激で鼻炎を起こしてしまうことがあったりして、白髪染めも躊躇するくらいなので、訴えた女子高生には心から同情する。
これって傷害じゃない?

昔からこの手の問題はあったけど、癖毛とパーマとか地毛が赤いのと脱色や染髪って素人目にもなんとなく区別がつくもの。
教師には見分けられないらしいのが昔から不思議です。

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2017年10月11日 (水)

発音

林修が紗栄子の教育方針にダメだしした件で、思ったよりも林先生への批判があって、いまだにネイティブな発音を身につけることを信奉する人が多いんだなと思った。
発音がどうでもいいとは思わないけど、ネイティブの発音を会得させることを目的とした子どもの早期教育は失うもののほうが多いと思うので反対です。
親が英語を話せるならまだしも、そうじゃない環境で子どもに英語を詰め込んだりすると親子のコミュニケーション不全につながりかねないから。

発音つながりですが、最近、日本人の洋楽カバーの発音をけなしているのを見かけて、ちょっと不思議な気がした。
けなされた対象がかなり発音が上手いと認識している人だったので基準は何?と思ったのもあるし、洋楽カバーって音楽的に好きかどうかは気にするけど、発音がネイティブと同じかどうかにこだわるのはちょっと無粋かなと思って。
「発音が上手い」と思いながら音楽を聴くってどこか違うというか。
スティングのフランス語の発音が上手いかどうかはわからないけど、スティングが歌う「Ne me quitte pas」が好きなのはスティングの声が好きだから。
昔のヨーロピアンポップスも歌手の国籍はいろいろだったし、クラシカルクロスオーバーは、元が英語の曲にイタリア語やフランス語の詞をつけたり​、​英語ネイティブではない歌手が英語で歌ったりと多言語だけど、それぞれ多少の訛りはあるはず。
映画や演劇の分野なら役柄によって厳密な発音が求められるだろうけど、音楽は多少寛容でいいと思うんですよ。
あまりにべたなジャパニーズイングリッシュはさすがにどうかと思うけど、音としての響きを壊さなければいいと思う。
そもそも英語ネイティブにだっていろいろな発音があるわけだし。
例えばバーブラ・ストライサンドはrememberをレメンバーと発音する、とか。

マーニャ・ニクソンみたいに「王様と私」、「マイフェアレディ」、「ウエストサイドストーリー」で英国人淑女、下町の花売り娘、プエルトリコ人の少女と役によって発音を歌い分けたのはすごいと思うので、発音軽視ってわけではないです。

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2017年10月10日 (火)

神エクセル

天敵・神エクセルについて​検索していたら、こんな素晴らしいサイトが。
http://honeshabri.hatenablog.com/entry/vlookup
久しぶりに大爆笑。

ただ、神ではないネ申Excelを量産しているのは、Excel初級者というよりも「ワープロソフトの目的を認識していない人」じゃないかと思う。
口々に「Wordは使いづらい」というけど、どうもページとか段組とか、ワープロ本来の機能を邪魔だと思っているフシがあり、思うところに直接入力できる方眼紙エクセルを使いたがる。
InDesignを使ったら、流し込みとか「何を勝手に!」とか思うんじゃないだろうか。

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初めての返品

長らくアマゾンを利用してきて、通常盤のCDを購入したら聴きたい曲が入っていなくて初回限定盤を買いなおして、ほぼ同じCDが二枚になったりとか、「失敗した!」と思うこともあったけど、これまでは自己責任と思ってその失敗も飲み込んできました。

このたびSHUREのイヤホンのリケーブルを購入し、開封してみたら端子が違うことに気づく。
自分の確認ミスで自己責任だし、変換プラグを購入して対処することも考えたけど、ケーブルまわりがごちゃごちゃするのがいやなので思い切って返品手続き。
初めての返品です。
返品の申し込み~返品用のラベルとバーコードの印刷~返品完了のお知らせが来るまで、スムーズにストレス無く手続き完了。
注文し直した正しいプラグの製品も無事手元に届き、快適な音楽生活を送っています。
アマゾンさん、ありがとう。以後気をつけます。

ラベルの印刷にあたって、自宅のプリンタがメンテナンスが必要な状態なのでコンビニでプリント。
これも初めてで、用紙の選択を間違えたりしましたが、やり方がわかったのは収穫(ポジティブ)。
印刷するPDFや写真はあらかじめスマホにダウンロードしておくといいです、というか、しておこう。

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2017年10月 2日 (月)

リベラルとは?

リベラル【liberal】
( 名 ・形動 )
① 自由を重んじるさま。伝統や習慣にとらわれないさま。また、そのような立場の人。 「 -な考え方」
② 自由主義に基づくさま。自由主義の立場をとるさま。また、そのような人。
③ 穏やかに改革を行おうとするさま。また、そのような立場や人。
(大辞林 第三版の解説)

リベラルって、本来は悪い意味ではなく、むしろ好ましい言葉だったのに。
最近の日本の政治における「リベラル」って「現実無視」とか「自分の考えと違う人を攻撃する人たち」を指す言葉になってしまった。
さらに今度は排除の対象にまで。

それにしても民進党は与党時代のまともな反省をしないままでしたね。
あ、マスコミも。

小池都知事の衆議院選出馬が規定路線のように報道されることに違和感があるんだけど、マスコミ的には女性首相という話題が欲しいようで。
そういう理由で都政と国政をおもちゃにしないでくれるかな。
都議選の時は、自民党の都連に対する反感が強かったことが都民ファーストへの追い風になったけど、今は状況が変わっている。
都知事として結果を出すほうが先じゃないかな。
具体的な実績もなしに政権交代なんてとんでもない。
民主党政権の二の舞は勘弁して。

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批判はわかるけど断罪はどうなの?

保毛尾田保毛男は好きじゃなかったし、低視聴率とかつまらないとか、別の理由で批判されるのなら気にならないけど、差別だなんだという騒がれ方をすると、ちょっと待てよと思う。
これに限らず、このところ批判の方向が高圧的と言うか、なんだか大上段に構えすぎ。
個人的な感想を表明するのは自由だし、そういった個人的な感想も集約されれば社会的な力になり得るけれど、最初から断罪する気満々で大声を出す人が増えているみたいで、言論弾圧っぽくてイヤな感じです。
ちょっとした笑いの毒とか悪趣味さを徹底排除する方向に向かっているのは危険だと思う。
これがダメだったらコントなんか全滅、モンティ・パイソンなんてどうなるのか。

それに、これがCMとか、こちらの意志とは関係なく目に入ってしまうものならともかく、一番組の中のキャラクターなんて番組を見なければ避けられるわけだし。

なお、好きではなかったけど、大原麗子が出たコントとプリンスのバットマンのパロディでマントを黒レースにしたのはちょっと好きだった。

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歌わない。聴くの

山下達郎「ライブ中の客の合唱は迷惑」発言、むりやり賛否両論にされた感あり。
否定的意見のほとんどは、おそらく山下達郎のライブに行ったことがない人だし。
終演後に一時的に難聴状態になるような音量のライブでは客の歌声は気にならないけど、達郎のライブはそうじゃないし。
山下達郎、もしくは同様の「歌と演奏を聴きたい人が多く足を運ぶライブ」に関してなのに、勝手に一般化されてもなーと思う。
投稿したリスナーの奥さんが隣席にいて、「あなたの声しか聞こえない」と文句を言うほどの大声で歌ったことが前提としてあるのに、そこを無視しているし。
観客の歌声に迷惑しているのは周囲の客で、だから山下達郎のきっぱりとした物言いに賛同の声が上がったのに(具体的な被害報告と共に)、客の合唱を擁護する人って、迷惑している客のことは無視なんですよね。


以下、個人的な総括。

▽一緒に歌うのはライブの楽しみ
そういうライブへどうぞ

▽演奏だけを聴きたいならCDを聴けばいい
ライブ演奏にはライブならではのグルーヴがあり、それを聴くためにライブに行くわけで、CDとの違いがわからない人、自分の声でせっかくの歌声がかき消されても平気な人こそCDを聴けばいいと思う。

▽アーティストが客の行動を制限するのはいかがなものか
コンサート中に客同士で注意って、相手の反応によっては周囲の人たちに迷惑がかかるかも、とか考えると言えないんですよ。ほとんどが泣き寝入り状態。
だからこそ、「よくぞ言ってくれた」という賛同者が多数いるわけで、そもそも話の順序が逆。

▽歌うくらい大目に見る寛容さが必要
迷惑に感じている人が圧倒的に多い状況で、一人もしくは数人の勝手な行動を我慢するのは寛容さ云々の問題じゃない。
一応音楽評論家を名乗るライターまでがアーティスト(この場合は山下達郎)VS.歌った人という図式で捉えていて、事実誤認も甚だしい。

▽ライブは本来聞き入るものじゃなかった?
確かに1970年代のライブアルバムを聴くと、ギターソロの間に名前を絶叫したり、歌っている間もざわざわしている。
でも、歌や演奏をちゃんと聴きたい人が多かったから、そしてステージ側もちゃんと聴いて欲しいから、「バラードは手拍子しない」とか「むやみに叫ばない」というマナーが定着していったんだと思う。
無秩序な状態に戻す意味がない。

以前にも書いたけど、手拍子や観客が歌うことは「デフォルト禁止」で、必要な時・求められた時だけで良いと思う。カメラのフラッシュと同じく。

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2017年10月 1日 (日)

コーラスグループ

先日、リトルグリーモンスターが歌っているのを見かけたけど、コーラスグループにありがちな「順番にメインボーカルをとる」スタイルの曲で、なんでこんなつまらない曲を歌っているのかと思った。
ハモリが上手い子たちなのに、あれじゃ中途半端なソロがいるだけですよ。
コーラスはどうした。
そもそもコーラスを活かすオリジナル曲というのがなかなかないし、作れる人も限られるわけだけど、なんでオリジナルを歌うかな。
既存の曲をコーラス用にアレンジして歌うのもコーラスの醍醐味なんだからカバーを歌えばいいのに、もったいない。

ちょっと前に町のイベントで通りすがりに「今夜もブギーバッグ」のア・カペラを歌っているのが聞こえて、つい足を止めてしまったけど、コーラスやるんならどんどんカバーを歌えばいいと思う。

作る人が限定されるとはいえ、ビートルズ世代の人たちにはコーラスアレンジが好き&得意な人がいるので、そういうあたりに頼んでみてはどうだろうか。

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1984

しばらく前に録画してあったNHK-BSの名盤ドキュメント 佐野元春「ヴィジターズ」をやっと見た。
思っていた以上に先鋭的なアルバムだったのだな。
日本語初のラップだし。
当時のレコーディングのエンジニアと録音原盤を聴きながら話す場面が面白かった。
「SOMEDAY」のDVDを見た時も思ったことだけど、エンジニアの人の記憶力には驚かされる。
自分のやった仕事のことはこんなに克明に覚えているのかと。

すごいアルバムであることはわかりつつ、でも好きかといえばそうでなく、「すごい」と「好き」が必ずしもイコールにはならないことを実感するとともに一抹の寂しさを感じたアルバムでもあるけれど、1984年にこれが出ていたことが感慨深い。
杉山清貴年表でいえば「ふたりの夏物語」の前年ですよ。

このアルバムの影響で伊藤銀次の作風まで変わって、当時は「私、何聴けばいいの?」と思ったものでした。
言葉とビートは大事なんだけど、「メロディアスな曲が好み」ということを認識するきっかけになった。

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