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2018年8月

2018年8月18日 (土)

初期の村上春樹作品を自炊、批判の作法

お盆休み、思い立って村上春樹の初期作品を自炊した。
初期のものはハードカバーなので自炊するには中古の文庫を購入するところから始めることになり、やろうと思いつつ伸ばし伸ばしにしていた。
それをやる気になったのは、ある記事がきっかけ。
ここまで否定されて逆に愛着が強くなったというか。
ここらで「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「カンガルー日和」をiPad miniに入れて、いつでも読めるようにしようと思ったのです。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」は既に自炊済み。

自炊作業に踏み切るきっかけとなった記事がこれ↓。

村上春樹の小説を僕が嫌いな理由(コリン・ジョイス)


嫌いな理由を論理的に分析しているのかと思いきや
「よくわからないし、ちゃんと読む気もないけど、自分がわからないのに人気があるから嫌い」という内容。
なんだこれ。

ファンが村上春樹の魅力を語れないと書いているけど、この人も「嫌いな理由」をタイトルにしながら具体的に説明できていないのはどうなのか。
私自身、今は熱心な読者ではないし、長編小説が長すぎるというくだりには大いに同意。
でも、それは「ねじまき鳥クロニクル」以降の話。
「ダンス・ダンス・ダンス」までは特に長いとは思わなかったな。

>>ただし僕が村上ファンと話をすると、いつも彼らは村上を支持する説得力ある理由を言えない。「特別な魅力がある」とか「作品の空気が好きなんだ」と言うだけで、村上が何について書いているのか、なぜ村上が重要かを理解できるようなことは言ってくれない。

そもそも、なぜ好きな作家の面白さを他人に理解できるように言わなくてはならないのか、というのもあるけど、「ダンス・ダンス・ダンス」までなら魅力は語れますよ、具体的に。
でも、「羊をめぐる冒険」を「途中まで読んでやめた人」を納得させることはできないだろうし、しようとも思わない。
この人が話したという村上ファンだって同じじゃないのかな。
「ノルウェーの森」以前は「羊をめぐる冒険」以外の作品には一切言及なしだし。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」も。

>>村上はジョージ・オーウェルやフランツ・カフカなど他の作家にさりげなく言及する。音楽家についても同じことをよくやっている(ヤナーチェクやコルトレーンなど)。ひいき目に見れば偉大な作家たちへのオマージュだが、シニカルに見れば自分が偉大な先人に近づいたことを暗に伝えようとしたり、彼らの名声を借りようとしたりする行為だ。

自分の好みじゃなかっただけで、ここまで穿った見方をするのかって思う。
「つまらなかった」でいいのに。

この人に限らず、村上春樹を批判する人たちの多くは「村上春樹を面白く思えない自分」に焦りを感じて、その原因である村上春樹を叩いているっていう感じがする。
「なんで自分に理解できない小説を書くんだ」、と。
その焦りがよく理解できない。
どんなベストセラーだろうが大作家だろうが、しょせんは好き嫌いの話でしょう?
いわゆるハルキストにしても、読むのが当然とか理解できない人に圧力かけたりはしていないと思うのだけど。
(してるのか?)
司馬遼太郎を司馬史観で括りたがる人たちともちょっと共通しているかもしれない。
勝手に権威扱いして、勝手に否定するという。
好意的な読者は別に権威だから読んでいるわけじゃなく、面白いから読むんだけど。

ちなみに、私が村上春樹を読んだきっかけは映画監督の大森一樹のエッセイ(コラム)でした。
ここまで言うなら読んでみよう、と思ったのが始まり。
さらについでに、レイ・ブラッドベリを読んだのは山下達郎がロングインタビューで勧めていたから、でした。

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2018年8月17日 (金)

メンタルと言葉

得意のはずのハードコートでちょっと残念な結果が続いている。

錦織圭「早くいいテニスを戻したい」全米に向けて


しばらく前にNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」の内村航平の回を見て、体操における内村の凄さなんて今更言うまでもないけど、内村航平の自己分析の鋭さとそれを的確に言葉にするセンスに感銘を受けた。
自己分析ができたからといって身体能力や才能がなければ元も子もないけれど、自己分析ができない選手は伸び悩む印象がある。
羽生結弦も言葉のセンスが卓越しているし。

短期の集中力を要する体操やフィギュアスケートと長丁場のテニスを一緒にしてはいけないけれど、錦織のメンタルを整えるために必要なのは自分の気持ちを日本語で表現することなんじゃないかと思ったりする。
実際、ブログをまめに更新していた頃は成績も良かったわけだし。
錦織は13歳で渡米したわりには言葉遣いもしっかりして日本語も決してボキャ貧ではなく、そこはご両親の薫育のほどが伺える。
でも、王者のメンタルを手に入れるためには、より緻密な自己分析と言語化が要るのではないかと。
では、何をすればいいかというと読書くらいしか思いつかないけど。


内村や羽生の分析力と言葉のセンスがあれば、少なくとも「ヤバい」「キモい」「ウザい」しか語彙がないような輩に付け入られることはないだろうなと思う。

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セレブリティ

語源自体が称賛とか賛美だから、セレブ(もしくはセレブになりたい人たち)が注目を浴びようとするのは当然といえば当然。
やりたい人は勝手にやればと思う。
炎上覚悟なんだろうし。
芸で勝負できる人は私生活を見せる必要はないと思うけど、表現したいことがある人や「たまに本音を言いたい」くらいのスタンスの人の発言が炎上するのは気の毒に思っている。

剛力彩芽は特にファンではないけれど、いろいろいわれつつも真面目に仕事に勤しんでいるイメージで、私生活を売りにするタイプのタレントとは一線を画していると認識していた。
なので、このところのSNS関連の報道はちょっと残念かな。
(SNSを逐一報道するのもどうかと思うけど。)
ワールドカップはやはり特別だし、決勝に連れて行ってくれる恋人がいたら「見て見て」って思うのは理解できるとして、その後の「劇場型恋愛」みたいなのにちょっと引いている。
恋愛や結婚は自由だけど、それをSNSで発信するのはまた別。
明らかに女優業にはマイナスになっていると思われる行動をとると、「そんなに仕事が好きじゃなかったか」と思えてしまうので。
「清洲会議」の松姫とか黒執事とかクロコーチとか良かったのに。

まあ、これは外野の勝手な感想だし、知名度と仕事内容などから剛力彩芽にセレブたる資格があることは認めるに吝かではない。
それまでのキャリアがセレブになるための踏み台だったりすると興ざめだけど。

なお、セレブは他人に認められてナンボのものなので、世界的スポーツ選手の女友達の自称元モデルはセレブにはなり得ない。
彼氏のお金で贅沢はさせてもらえても、それをいくらアピールしても羨ましがられることはなく、それによる満足感が得られることはない。
絶対って言えることは滅多にないけど、これは絶対。
そういえば、時々出てくる錦織ゴールイン間近という記事は誰得なんだろうか。
錦織ファンもしくはテニスファンで噂の彼女を歓迎する人は皆無だし、芸能活動の実体が無い彼女にファンはいそうにないもので。
訳の分からない意図がありそうという点で、同じように不可解なタイミングで出現する安藤美姫の中傷記事と共通点がなくもない。

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長い傘禁止

自転車の違法走行が目に余る。
片手スマホに傘差し運転、車道右側走行、歩道でベルを鳴らして歩行者をどかすなどの行為が後を絶たない。
事件や事故が報道されているのに見ないのか、自分は大丈夫と思っているのか。

道路交通法の周知徹底と警察の取り締まりを厳格にするしかないけれど、傘差し運転防止について一つ提案。
自転車に乗る時は長い傘の携行を禁止したらどうだろう。
自転車で長い傘を持っていたら即没収。

先月の自転車の転倒で赤ちゃんが死亡した事故、抱っこひもとか買い物袋とか他にもいろいろ問題点はあったけど、事故の直接の原因はハンドルにぶらさげていた長い傘が車輪にはさまったことだった。
折り畳み傘だったら最悪の事態は防げたはず。

フランスの小学校はマフラーと傘が禁止とのことで、マフラーの禁止は先がどこかに引っかかって首が絞まるのを防止するためで、傘は振り回すと危険だからというのがその理由。
こういう、危険要因は問答無用で禁止という姿勢は良いと思う。特に子どものことに関しては。
日本だとすぐに不便だとかなんとか言い出す人がいるけども。

長い傘を禁止したとして、折り畳み傘があるのだから不便ではないと思う。

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2018年8月12日 (日)

世論調査の謎

シャイニングマンデー、ネーミングはお役所のセンスの悪さ炸裂で、ものすごくいかがなものかと思う。
でも、月曜日の午前中をまるまる休みにするのではなく、少しのんびり出勤できるようになるのは悪くない。
サザエさん症候群の緩和にはなりそうだし、お役所の言うことだからと頭ごなしに反対することもない。

でも、サマータイムは絶対反対。
暑さ対策なら時間を前倒しにすればいいだけ。
世論調査で賛成53%って、どこの誰を対象に調査したんだか。
世論調査自体が胡散臭いし。

二度くらい世論調査の電話がかかってきたことがあるけど、二度とも平日の15時過ぎ。
平日の
午後3時に
固定電話に出られる人
こんな限定的な層を対象とした調査に意味はないと思う。

世論調査というなら、対象人数と年齢層、調査した時間帯、手段、質問内容を明示すべき。

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羊と鋼の森(書籍)とか

タイトルだけ見た時はなんだろうと思ったけど、「羊と鋼」はピアノのハンマーと弦の素材で、ピアノ調律師の物語。
縦糸とも言える佐倉姉妹の話も好きだけど、長く放置してきたピアノの調律を依頼されたエピソードに思うところが多かった。
調律が終わった後、依頼主の青年が「子犬のワルツ」を弾きながら癒されていくのがグッときた。
ピアノがテーマのわりに具体的な曲名がほとんど出てこない中で、ここだけ「子犬のワルツ」と曲名が出てきて、それが絶妙な選曲なのです。
音大を目指すほどではないけれど、それなりにちゃんと練習してきた人がピアノを弾かなくなって、上に埃が溜まるくらいピアノを放置していたけれど、ふっと思い立って調律を依頼。
そういう人が試奏に選ぶ曲として「子犬のワルツ」はリアリティがある。
ちょっと映画も観たくなった。

誰に聴かせるのでもなく、自分で楽器の音を出したい時があって、そうして楽器を弾くことで癒される瞬間って
確かにあると思う。
以下、本の感想からは逸れます。


既にある程度弾ける人(たとえば子犬のワルツを弾けるレベルの人)がポップスを弾きたいと思ったら楽譜を買ってくればいい。
人に聴かせるわけではないし、先生はいなくて弾くことはできる。
でも、そういう人ばかりが楽器を演奏したいわけではなく、初心者だって弾きたくなる時はある。
ただ、初心者は楽譜だけ買っても弾けるわけではない。
そこで音楽教室の出番。
でも、「費用が高いから行かない」ということになったら楽譜も売れなくなり、著作権者にとってもJASRACにとってはマイナスになる。
JASRACがやろうとしているのは金の卵を産むガチョウを殺す行為なのに、そこがわかっていないのが不思議。
JASRACには音楽教室で習った経験者が一人もいないのだろうか。

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