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2018年9月

2018年9月30日 (日)

義母と娘のブルース

主演俳優たち目当てで見始めたけど、ドラマ全体に満足。
娘が学校行事でいない時に夫婦でデート(最初で最後の)する場面が好き。
頼りなさそうな良一だけど、お店の予約とかワインの頼み方に人生の積み重ねが見えて、亜希子が平静を装いつつも良一の挙措にいちいちドキドキするのがまた良かった。
竹野内豊の「亜希子さん」の繊細な言い回しも。
年下のイケメンをふってでも、その時のトキメキを胸に秘めて生きていくことが腑に落ちた。
麦田の言い間違いもいちいち面白かったし、娘カップルも可愛かった。

脚本と出演者の好演と、すべてがハマッたドラマだった。
視聴率も良かったとのことで、好きなドラマが多くの人に支持されるのはなんとなくうれしい。
でも、視聴率がすべてではないので、このドラマの綾瀬はるかを称える一方で「精霊の守り人」を黒歴史扱いするのを見るとムカつく。
「八重の桜」が再評価されているのは喜ばしいけど。

MISIAの「アイノカタチ」もヘビロテ中。
元々上手いけど、「Everything」の頃より表現力が増している気がする。


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綾瀬はるかと石原さとみを比べる記事がいくつか出てきているけど、マスゴミってほんとに対立構造が好きだな。
「高嶺の花」は主演云々以前に脚本の問題だと思うのだけど。
シナリオ込み絶賛の「義母と娘のプルース」は綾瀬はるかなくしては成立しないから脚本がすべてとは限らないけど、「高嶺の花」は誰がやっても難しいでしょ。
綾瀬はるかは群を抜いて役の幅が広いけど、カヨコ・アン・パターソンは出来ない。(賛否あるけど、あれはケレン味も含めて石原さとみならでは)
それと、今のところ峯田和伸を活かせているのは岡田恵和だけの気がする。
その岡田恵和脚本の「この世界の片隅に」は結構良かったです。

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料理小物

買い出すとキリが無いので控えていたけれど、久しぶりに料理小物を購入

☆チョッピングカッター。
紐を引っ張ってカッターをまわしみじん切りをする器具。
ぶんぶんカッターという商品が有名ですが、ほぼ同じもの。
既にハンドブレンダーとマルチカッターを持っているので、買うかどうか躊躇したけど、買ってよかった。
少量のみじん切りに便利です。
ニンニクとかナッツとか。
この手の器具については大は小を「兼ねない」ことが多い。
大量のものはそれ用の器具、少量にも少量用の器具が便利。

☆ワッフルピーラー
ギザギザの刃で野菜の断面をワッフルのようにするピーラー。
料理の彩りになるけれど、母指球のあたりを削るおそれがあるので左手に軍手をして使います。

アヒージョ皿デシルバ両手土鍋15cm
直火→魚焼きグリルに入れるため、これまでは大小のスキレットを使っていたけど、どちらも大きさが中途半端。
陶器でかつ直火OK、しかもサイズもちょうどいい。

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ホスホリパーゼとか乳酸とか

キュウリには脂肪分解酵素「ホスホリパーゼ」があると耳寄りな情報が。
早速キュウリダイエット・・・と思ったけど、大きな障害がある。
好きなら丸かじりすればいいのだけれど、大のキュウリ嫌いなのである。
でも、ノーカロリーくらいならさっさと断念するけれど分解酵素とか「ホスホリパーゼ」とかに弱い私。

すりおろしが良いというので、ガスパチョとスネジャンカに入れてみたけどキュウリ臭さに挫折。
すりおろすとキュウリの成分が凝縮されて、キュウリ嫌いでない人もちょっときついとのこと。
次に試したのがツナ缶を使った冷やし汁。
これはまあまあおいしいけど、毎日食べると飽きる。
スライスして刻み生姜とポン酢をかけるのが一番手軽で生姜とポン酢がキュウリ臭さを消してくれる。
けど、やはり美味しくはないのがつらい。

同じくずっと嫌いだった柿は、某女優さんの犬猫インスタに載っていた柿とルッコラのサラダで克服。
あのインスタは、猫が可愛いだけでなく、載せている写真がいちいちセンスがあって好き。

それから乳酸キャベツにも挑戦。
7月くらいから気になっていたけど、思い立った時期が酷暑と重なったので涼しくなるのを待っていたのです。
35度を常温とは言わないし、発酵でなく腐敗しそうなので。
キャベツも高かったし。

刻んだキャベツと塩をジップロックに入れて揉む
砂糖と鷹の爪、ホエー(水切りヨーグルトから出たもの)を入れてジップロックの空気を抜く
ジップロックをパッド(ちょっと深めが良い)に入れて重石代わりのペットボトルを乗せる
常温で1~3日常温で放置して乳酸発酵

気泡が出て無事発酵したのを見て感激。
本当に塩とキャベツで発酵するんだー。

キャベツは嫌いじゃないし、保存も効くのでお弁当に入れて食べております。。
残る問題は手間、ですね。

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2018年9月23日 (日)

アコースティックライブ、35年目の真実

アコースティックソロライブに行ってきました。
久しぶりに高瀬順の生ピアノを聴けるのはうれしい。
「Driving Music」と「My Song, My Soul」からの曲数が多くなるのは歓迎なのだけど、今回もカバーがなかったのが残念。

それから、「オメガトライブ 35年目の真実」を読みました。
参加ミュージシャンの顔ぶれが豪華でびっくり。
今のほうが歌がうまいので、オメガの曲もオリジナルよりもライブ盤を聴くことが多いけどオリジナルも聴いてみようかなと思った。

本への反応を見ていると、音楽プロジェクトとしての「杉山清貴とオメガトライブ」として好きな人と「いわゆるオメガファン」の音楽に対するスタンスに違いがあるのが面白いっちゃ面白い。
いわゆるオメガファンにはテレビの公開録画のノリの人が多かったりして、音楽への入り口がテレビとラジオで違いがあるような気がする。

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リズム

関ジャムのセッション特集、ワイプの中の弘中アナのノリの良さに好感度上昇。
ほんとにリズムに合わせて自然に反応している感じ。
ミュージック・ステーションのMCだったのか(卒業したけど)。

ノリといっても、周囲に迷惑なほど動き回ったりするのは困るけど、ほど良いノリは見ていて気持ちがいい。

ライブで自分がノッていることを表わすために義務感みたいに手拍子する人を見かけるけど、無理して手拍子をしないでもっと音に集中すればいいのにと思う。
リズムに合わせて体が動かないタイプの人の手拍子は大体ズレるし、合わない手拍子はちょっと迷惑でもあるので。

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ミュージックモア

少し前になりますが、杉山清貴出演のTOKYO-MX「ミュージック・モア」のこと。
J-POPに詳しいだけでなく一家言あるクリス松村が結構自分の意見をぶつけて、それを杉山さんが受け止めたり受け流したりする加減が面白かった。
去年の野音のノスタルジアの映像に続いて、ブライアン・アダムスの「Summer of 69's」のPVとヒューイ・ルイスの「The Power of Love」とともに「バック・トゥ・ザ・フューチャ」の映像が。
ブライアン・アダムスの「Reckless」は「Heaven」から入ったのだけど、後になると「Summer of 69's」がじわじわきて、一番多く聴く曲になったな、なんてことを思い出した。
野音で歌ったことがあるとのことで聴きたかったな。
「The Power of Love」を久しぶりに聴いたけど、イントロから「元気な80年代」で、シンプルなロックンロールというイメージだったけど、80年代の楽曲らしい展開もあって、改めていい曲。
ヒューイ・ルイスのボーカルがないと成立しない曲という点が杉山清貴との共通点といえなくもない。

村田和人の話へのクリス松村の反応が、おざなりな感じでなく70年代から本気で音楽を聴いてきた人のソレだったので、ちょっとグッときた。

昔は洋楽カバーがファンに不評だったという話をしていたけど、ライブではビートルズの曲を知らない人を見かけたりと洋楽が苦手な人がわりと多い印象ではある。
で、これも結構不思議。
オメガトライブが売れた頃って、ベストヒットUSAが放送されていたし、それ以外も洋楽MTV番組の全盛期だったのに。
リスペクトが強いとお勧めのCDなどをホイホイ買うファンが少なくなかったり、それによって聴く音楽が広がったりもするけど、目をハートにしてステージを見ているわりに杉山清貴の音楽性に対するリスペクトが少ない感あり。
ごく一部なんだろうけど、洋楽を食わず嫌いのまま、若い時に聴いた音楽が出発点ではなく終着点になってしまっているのはもったいない。
「行きて帰りし」で、いろいろ聴いて出発点に戻るのはいいんだけど。

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中国語学習と人名・地名の読みについて

しばらく休止していた中国語学習を再開。
昔は中国語のIMEをインストールするのに四苦八苦したけど、今はスマホもPCも選択するだけなので楽になった。
ピンインなどをかなり忘れているのを思い出しながら学習しています。
学習するのにNHKのゴガクルもかなり使えるのだけど、「読む・聞く・発音」にはDuolingoが便利。
中国語版が出来ないかなと思っていたら、英語→中国語コースが去年から開設されていた。
うれしい。
以前、リバースコース(中国語話者向けの英語)を試したけど、中国語のヒアリングの機能がなかったので止めたのです。

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日本人が中国語を勉強する場合、漢字慣れしているのが利点だけど、それが故の問題もあったりする。
中国語教室に通っていた時は自己紹介も中国語読みで。
その頃は漢字をピンイン読みするのが妙に楽しくて、人名や地名も北京語で読むことに抵抗がなかった。
でも学習を再開してみて、そこのところに大いに疑問を感じているところ。
報道などで中国人の名前を日本では日本語の音読みにするのも、歴史的経緯があるとはいえ、そろそろ改めないと不便だと思う。
習近平が中国も含めて全世界的に「シーチンピン」なのに、日本だけ「シュウキンペイ」では混乱する。
フィギュアスケートのボーヤン・ジンをアナウンサーがキンハクヨウ、ハンヤンをエンカンと呼ぶたびに苦笑いしていた。

漢字の読みの問題は、日本語の地名や人名にもある。
少し前に中国人観光客と話す機会があって、
「明日どこに行くんですか」
「インヅォ」
(「?」)
しばらく考えて「インヅォ=銀座」と思い当たったけど、道を訊ねる時など、筆談ならともかくインヅォと言われても訊かれたほうも困ると思う。
で、当然、訊いたほうも困ることになる、と。

以前、上海を旅行した時、現地のガイドさんが日本語に堪能で、中国の地名も日本語読みで話してくれたけど、日本語上手いなと思いつつ、地名は中国語で困らないよなと思ったものでした。
四川料理がスーチュアン料理になっても文句はない。
まして日本の地名と人名は日本語読みにするほうがお互いのため。
イタリアのフィレンツェは英語ではフローレンス、ヴェネツィアはベニスだけど、英語圏からの観光客向けにいちいちフローレンスとかベニスとは言ってないと思うし。

ただし、三国志の武将名など歴史的な呼び方は従来のままでいいです。
あの時代は北京語読みではなかったはずだし、むしろ日本語読みのほうが本来の音に近いかもしれないし。

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きっかけと原因は別

物事のきっかけと原因は関連性はあってもイコールではないことが多いけど、きっかけと原因を混同しているのが目に付く。
最近だと体操協会のパワハラ問題とか。
宮川選手と塚原夫妻のどっちが悪いかという議論に持ち込もうとする向きがあるけど、それは違う。
宮川選手へのパワハラと塚原夫妻の体操協会の私物化は別の問題。
経緯としてはパワハラ告発に付随して表面化したけれど、2020の不透明な選考基準とか施設の使用など問題としてはより大きい。
もちろん、パワハラはパワハラでしかるべき対処が望まれるし、暴力を容認などはしていない。

塚原夫妻及びフジテレビはきっかけをつぶせば原因が消えると勘違いしているみたいだったけど、そういう勘違いをするあたりが指導や管理には相応しくない。
定年で退いていれば老醜をさらすことはなかったのだろうに。

トップが老害の具体的な例としてシドニー五輪の水泳の選考を思い出す。
あの時の会長は終身で絵に描いたような頑固ぶりだったけど、定年で辞めていれば恣意的な不透明な選考で選手が泣くことはなかったし、フジヤマのトビウオが晩節を汚すことにもならなかった。
今回のムーンサルトも同じく。
金メダリストの塚原副会長が職にいることは、百歩譲って現役時代の実績へのリスペクトと解釈できなくもないけど、それでも30年は長すぎだし定年を定めるべき。
役職に居続けさせることではなく、きちんと引導を渡すことこそがレジェンドへのリスペクトだと思う。
塚原強化本部長については一般人からしたら「実績ってなに?」だし、指導方法の古さも指摘されているわけで、パワハラや公私混同の問題が明るみに出なくても定年を反故にして要職に居続ける合理的な理由はない。

ここは文科省とかスポーツ庁の出番だと思うけど、体操だけでなく、国が助成金を出す競技団体の役職の定年を定めて老害をなくして欲しい。
能力があって知識をアップデートしている人が定年後に仕事を続けたいのなら嘱託みたいな形で仕事をする制度はあっていいけど、年功序列では組織が淀む。
ボクシングの「終身会長」なんてもう論外。

テレ朝の宮嶋泰子も昔は選手に寄り添った良心的な取材をする人だと思っていたけど、ただの老害になってしまいましたね。
顔つきまで違ってしまった。

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