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2019年3月

2019年3月14日 (木)

誰のための制裁か

ピエール瀧逮捕の一報を知って、最初に脳裏に浮かんだのは見られなくなるかもれない作品の一覧。薬物の影響を心配するのでなく。
自主規制の弊害きわまれりという感じ。
抑止力を理由にドラマの放送中止や映画の公開中止を支持する人もいるけど、薬物に手を出す人が「賠償金が発生するから」と思いとどまるものだろうか。
結局、本人よりも関係者やファンの受ける損害のほうが大きくて、誰が制裁を受けているのかわからなくなっている。
一視聴者としては、なんで一人のために見たいドラマや映画を見られなくなるわけ?と思うし。
抑止力や懲罰なら、別の方法を考えるべきだと思う。
一定期間社会奉仕とか、ギャラの一部を寄付することを義務づける、など。

とりあえず「いだてん」の撮影分は予定通り放送して欲しいです。
前例を気にするのなら黄金の日日の時も出演者が大麻で逮捕されているので同じ対応でいいと思う。

追記:
自主規制の必要性を強硬に主張する人の意見を見ていると、事件によって影響を受けた関係者への配慮が根こそぎ抜けている。
連帯責任を負わせることを「仕方がない」で済まそうとすることが腹立たしい。
また、そういう人に限って映画・ドラマ・音楽への思い入れも薄いしね。

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2019年3月 3日 (日)

パフォーマンスの場に非ず

ここ数日、東京新聞の望月記者を擁護する記事が連発。
必死さに、腹立ちを通り越して気持ち悪さすら感じる。
なんなのだ、この連帯意識。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190303-00187046-hbolz-soci
菅長官、「政府に都合が悪い意見」を言う東京新聞望月記者だけを無視、妨害。質疑可視化で明らかに
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190302-00010007-huffpost-soci.view-000
東京新聞の望月衣塑子記者を助けたい。中2の女子生徒がたった1人で署名活動に取り組んだ理由とは

望月記者擁護する人たちは官房長官会見の質疑応答を「記者との自由な討論がなされるべき場」と位置付けて論理を展開しているけど、ミスリードもいいところ。

そもそも官房長官の会見は政府の決定事項を伝える場。
質疑応答は発表した内容について齟齬をきたさないためのもの。
一記者が自分の意見を開陳する場ではない。
件の記者はそのことをわかっていないのかと思っていたけど、確信犯だったようで。

https://www.huffingtonpost.jp/2017/09/26/isoko-mochiduki_a_23222953/?utm_hp_ref=yahoo
菅官房長官への追及は「政治や権力に一石投じたい」から 東京新聞・望月衣塑子記者に聞く

最初からパフォーマンス目的だったのか。

一石を投じるといっても、ちょっと考えればわかることだけど、もしも記者全員が望月記者のようなことを始めたら収集がつかなくなる。
会見は官房長官の仕事の一つであって、報道専門官ではなく、一記者のパフォーマンスにいちいちつきあっていたら時間がいくらあっても足りない。
(報道対応の専門官だったとしても、つきあう必要性は感じないけど。)
仮に「官房長官と自由に討論する場」があったとして、そこへの参加資格は誰が決めるのか。
新聞記者を国民の代弁者と認定したことはないし、別に記者に届けてもらわずとも、今なら内閣府HPの御意見・御感想フォームで送ればいいわけです。
そもそも、国民の代表者同士が話し合うために国会がある。
したがって、あらゆる点で望月記者の行為に正当性は、ない。

擁護している人たちは、自分たちが白を黒と言いくるめる行為をしていることを自覚しているんだろうか?

コンサート会場で目立とうとする迷惑な観客がいるけど、この記者をたとえるならばそれかな。

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