カテゴリー「アガサ・クリスティ」の15件の記事

2022年3月 7日 (月)

ナイル殺人事件

アガサ・クリスティの映画やドラマは原作に忠実なほうが好きだし、ケネス・プラナーが映画化するとポリコレ的キャストと改変必至だし、でもケネス・プラナーがどう演出するのかは見たい。。。
というわけで鑑賞してきました。

リネットの管財人、オッターボーン母娘の配役が例によってポリコレだったし、冒頭のポワロの過去の話に費やした時間でリネット・ジャクリーン・サイモンの関係を変なダンス抜きで描けたと思う。
原作と旧作では良家のお嬢さんのリネットとジャクリーンがあのセクシーダンスはちょっとね。
それと、塹壕は「魔笛」にも出てきたけど、ケネス・プラナーは第一次大戦の塹壕に思い入れがあるのだろうか。
リネットの宝石がいかにもイミテーションっぽかったのも残念な点。

ともあれ、旅行気分を味わえたし、衣装その他は豪華だし、登場人物が整理されていてテンポはいいので退屈はしなかった。
原作未読の人は楽しめるんじゃないだろうか。
リネットが一目ぼれ(親友から奪うことに躊躇しないほどに)するという点では、これまで見た中では今作のアーミー・ハマーのサイモン・ドイルが一番説得力があるかもしれない。
原作通りの「母性本能をくすぐる英国の田舎の没落した旧家の息子」という設定込みだとスーシェ版のJ.J・フィールド一択なんだけど。

個人的にはスーシェ版の「ナイルに死す」が好きなので、それを凌ぐところまではいかなかったという感想。
スーシェ版のエンディングは本当に秀逸。
ダンスする恋人たちのバックに流れるのは「Love is the sweetest thing」という曲で、曲名からして愛ゆえに犯罪に加担したジャクリーンに相応しい選曲でした。

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そういえば1978年版をちゃんと見ていなかったので、Amazonプライムで見てみた。
テレビ放映でちらっと見た時はミア・ファローの印象しかなかったけど、ロケ地・衣装・音楽が素晴らしい。
特にミア・ファローの衣装は全部素敵。
ファーガスンとティム・アラートンの統合はわりと腑に落ちる。
スーシェ版の不満はロザリーとティムの扱いだったので。
映像技術の進化で押しなべて映像は現代のほうが良く感じるけど、新旧ナイル殺人事件については、旧作のほうが豪華に感じてしまった。

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2021年7月29日 (木)

ポワロの怒り

AXNミステリーでスーシェ版「オリエント急行の殺人」の終盤を見て、ポワロが犯人たちに激昂する場面がいつになく胸に刺さった。
このところ過剰な社会的制裁に思う所があったもので。

「あなたがたは何様なのだ!デタラメの人民裁判だ。人々が勝手に隣人を裁いていたら、暗黒の中世と変わらない!」

この台詞は原作にはなく、ドラマのオリジナル。
このドラマとプラナー版の映画は私刑に対するポワロの怒りを強く出している。
それは原作にはないものだけど、今の時代には必要な要素だと思う。

クリスティの原作でポワロの倫理観というか正義が一番強く描かれているのは「愛国殺人」で、「カーテン」とつながるものを感じるのだけど、スーシェ版のドラマは「オリエント急行の殺人」と「カーテン」に関連性を感じるのです。

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2018年4月18日 (水)

黒井戸殺しとオリエント急行殺人事件

三谷幸喜の次のドラマが「黒井戸殺し」という記事を見て、しばし考えて「ああ、アクロイドか」。
こういうセンス、好きです。

ドラマは、テレビ視聴者向けに若干ソフトにした部分もあったけど、まあ許容範囲。
随所に三谷幸喜テイストを織り交ぜながら、ドラマの終りでは原作の読後感みたいなものが感じられた。
「うん、クリスティの面白さって、これだよね」っていう感じ。
野村萬斎と大泉洋の演技の変化が絶妙でした。
エンディングも余韻があって良かった。
デヴィッド・スーシェ版の「ナイルに死す」のジャズをバックにダンスをする映像で終わるのが好きなのだけど、それに似た余韻。
犯罪に対しては厳しく対処しつつも、人間の心の弱さに対する痛みがあるっていうか。
翻案しつつ原作のポイントははずさない脚本と演出には安心感さえ感じてしまった。
スーシェ版の「アクロイド殺人事件」は珍しくトンデモ改変でいただけなかったので、なおさら。

背景の置き換えについても、地方の素封家とかは日本にも存在するので、「黒井戸殺し」は違和感なし。
前の「オリエント急行殺人事件」は、原作の「様々な人種が一つの家に集まる」というアメリカの金持ちならではの設定を日本に翻案したのがちょっと苦しかったけど。
それと、誘拐された女の子の名前は聖子ではなく雛子にして欲しかった。
デイジー→雛菊なので。

ちなみに、昨年末に観たケネス・ブラナー監督主演の映画はかなり改変されていて、そのあたりは好き嫌いが分かれるけど、ウィレム・デフォーのハードマン(子守の女の子の恋人)が印象的だった。
三谷版の池松壮亮(ドラマでは羽佐間)も良かったので、ハードマンってじっくりと描きたくなる役なのか。
メアリー・デベナムを演じたデイジー・リドリーがスター・ウォーズと全然違っていて、女優ってすごい。
映画のエンディングに流れたミシェル・ファイファーが歌う「Never Forget」が胸に染みる名曲でした。
音楽が良い映画やドラマには弱いです。

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2017年7月17日 (月)

酷暑の海の日

海の日は酷暑のため夕方まで室内でAXNミステリーの名探偵ポワロを見て過ごす。
クリスティの比較的後期のポワロものって、原作はあまり好みじゃないものが多いけど、ドラマは面白い。
「鳩の中の猫」は脚本がマーク・ゲイティス。シャーロックのマイクロフトですね。
「第三の女」はゾーイ・ワナメイカーのオリヴァ夫人が素敵。
脚本と俳優の力ってすごい。

マーク・ゲイティスはゲイであることを公表しているけど、英国のテレビはそれが障害にならないところがうらやましい。
50年前までは日本よりもずっと厳しくて法的な制裁さえあったから、ここまでくるのは平坦ではなかっただろうけど、めざましい進歩。
日本は比較的寛容だったけど、社会的な偏見はまだ根強い。
英国なら成宮君がセクシャリティの報道の仕方が原因で引退に追いこまれることはなかっただろうに。

昼間はずっとCSを見ていたけど、CMの時間帯に民放を見るとお掃除棒と2時間ドラマの帝王の話題。
面白がって取り上げているけど、事件だったら名前を伏せるケースじゃないのか。
相変わらず面白がっていいものとそうじゃないものの基準をわかっていない。
で、批判されると過剰に自粛、と。

それと内閣支持率のニュースの頻度がこのところやけに高い気がする。
こんなに頻繁に調査するものだっけ。
批判すべき点を批判するのはいいけど、マッチポンプと報道しない自由はいい加減やめてね。

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2016年12月 3日 (土)

運命の裏木戸、猿の困惑

アン・ブックスと細雪とアガサ・クリスティを不定期に読み返すんですが、しばらく前からクリスティのトミーとタペンスシリーズに入っていて、今はラストの「運命の裏木戸」を読んでいるところ。
何度となく読んでいるのに、「秘密組織」の出版が大正11年だとか、今更ながらの発見がいくつかあった。
小川未明の「赤いろうそくと人魚」が大正10年なので、その翌年なのか。
小川未明とアガサ・クリスティが同時期に作品を発表していたというのが不思議な感じ。
新見南吉の「ごんぎつね」よりも「秘密組織のほうが先なのですね。

「運命の裏木戸」では、タペンスがリチャード三世善人説に言及する場面などもあったり、ストーリー以外のタペンスの述懐が面白い。
中に出てくる「チリー杉」って、以前は「そういう杉があるのだな」と漠然としたイメージだったけど、これってもしかしてチリ松のことでは?と思って原文を調べてみたら「Monkey Puzzle」でビンゴ。
ついでにパンパスグラスも検索したら、いつか皇居東御苑で見かけた羽箒のような植物がそれだった。和名は「シロガネヨシ」。
トミーとタペンスの家の周囲にチリ松とパンパスグラスがあったのかと思ったら、ちょっとうれしくなった。

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2015年5月 5日 (火)

ポワロと非クリスティなドラマ

連休に入り、AXNミステリーの名探偵ポワロの連続放送を見ています。

「青列車の秘密」はわりと大胆な脚色。
ミレーユが設定も性格も原作とは全然違うけど、原作どおりのミレーユが出てきたら、かなりうっとうしいだろうから、これはアリだな。
許容範囲なんだけど、キャサリン・グレイとデリク・ケッタリングは、もう少し原作寄りが良かった。

「マギンティ夫人は死んだ」は比較的原作に忠実。
ウェザビイ家を割愛したのはドラマ的には良かったかも。
原作のアリアドニ・オリヴァ夫人はそんなに好きではなかったんだけど、ドラマではゾーイ・ワナメイカーが良い味を出している。
このイメージで読めば良いのか。
吹き替えの声も雰囲気が出ているなと思ったら山本陽子でした。

オリヴァ夫人の人気小説を戯曲化する話が持ち上がり、その作業に協力するためにオリヴァ夫人は脚本家の自宅に滞在することになり、同じ村に偶然居合わせた旧知のポワロの捜査に協力するのだけど、原作を無視してとんでもない改変をしようとする脚本家と、それを阻止しようとするオリヴァ夫人のやりとりが面白い。
最初に読んだ時は、脚本家のアイデアがあまりに突拍子もなくて「こんなこと、本当にあるの?」と思ったけど、トンデモ改変されたドラマを何度か見ることになろうとは。

で、ベネディクト・カンバーバッチ目当てで見た「殺人は容易だ」なんですが、そういうトホホな改変をされたドラマでした。
ベネ様の声が聞きたいし、原作を読んでいるからストーリーはわかるだろうと副音声で見たら、なんだかよくわからない。原作の重要な人物が出てこないし。
見逃したのかと思って、もう一度再生してみたけど、やはりホイットフィールド卿が出てこないし、犯人の年齢設定もキャラクターも違う。
で、ネタバレしてくださっているサイトのお世話になったけど、読んでびっくりである。
なんだか横溝正史かバーナビー警部みたいな話に変わってる。
まあ、ミス・マープル物ではない話にミス・マープルを出すわけだから多少の設定変更はあるだろうと思っていたけど、ここまでとは。
動機を全面的に変えちゃダメでしょ。

「ゼロ時間へ」は雰囲気は良かったけど、スケッチ旅行って最早ミス・マープルじゃないし。

探偵と役名を大幅に変えながら、動機は原作どおりのフランス版クリスティの評価が上がってしまいました。

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2011年2月12日 (土)

警部とか警視とか

これまで見るタイミングを逃していた「予告殺人」(ジョーン・ヒクソン版)をようやく見ることができました。
ミス・マープル物のドラマでは、これと「鏡は横にひび割れて」「パディントン発4時50分」「スリーピング・マーダー」が完成度が高いと思う。
といっても、他の作品もジョーン・ヒクソン=ミス・マープルと古い街並みと洒落た会話が楽しめるので、それなりに好きなのだけど。

クラドック警部の部下フレッチャーに見覚えがあると思ったら、ルイス警部を演じているケヴィン・ウェイトリーではないですか。
ここでも良い味をだしていた。


その「ルイス警部」はルイスと部下のハサウェイ部長刑事のかけあいが面白い。
「主任警部モース」はインテリ上司と叩き上げの部下だったけど、今度は「叩き上げの上司とインテリの部下」コンビ。
「主任警部モース」は、モース自身がいわばオックスフォードの象徴のようなキャラクターだったからかオックスフォードらしくないエピソードもあったけど、ルイスが主人公になった分、物語の中で街や大学の果たす役割が大きくなっているような気がする。

ファンタジーにシェイクスピアにバーナード・ショーと、引用がたくさん出てくるけれど、そういう中で戸惑うルイスと、さらりと引用元を口にするハサウェイが面白い。
クリスティの登場人物も外国人のポワロ以外はしばしば古典の引用をするけれど、そういうのも楽しみの一つだったりする。


ハサウェイ役のローレンス・フォックスはジェイムズ・フォックスの息子ということで、お父さんの出演映画も何本か観ているはずなんだけど、伯父さんがエドワード・フォックスと知ってそっちに驚いた。
そーいえば伯父さんに似ているような気もする。

同じく「叩き上げの上司とインテリの部下」という組み合わせの「ダルジール警視」、部下のパスコー役のコリン・ブキャナンが「蒼ざめた馬」のマーク役だったと知って驚いた。
髪型と服装が違うだけでまるで別人に見える。

「蒼ざめた馬」は物語としては原作に忠実だし面白かったけど、マークの設定を学者から彫刻家に変えた理由がわからなかった。
パスコーだったら学者でもよかったのに。

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2011年2月11日 (金)

奥様は名探偵

アガサ・クリスティの「親指のうずき」のフランス版。
ミス・マープル及びトミーとタペンスのシリーズは英国を舞台にしてこその面白さだと思うので、基本的には海外作品は好まない。
でも、AXNミステリーで放送された「奥様は名探偵」をフランス語の勉強代わりにと観てみたら、これが意外と面白かった。
サヴォワ地方の風景はきれいだし、笑える場面や台詞がふんだんにあるし。
本家・英国製作のクリスティのドラマもクスッとする場面は随所にあるのだけど、フランス版はゲラゲラ笑ってしまうのがお国柄の違いだろうか。

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2010年3月24日 (水)

鏡は横にひび割れて

AXNミステリーでジョーン・ヒクソン版を視聴したので、ドラマと原作を織り交ぜての感想をちょっと。

この物語の初見は映画「クリスタル殺人事件」。
適当な日本語タイトルもさることながら、ミス・マープルを演じたアンジェラ・ランズベリーはイメージと違うし、豪華キャストのわりに印象に残らなかった。
この時はプロットも動機も「だからどーした」と思ってしまったのだけど、原作を読んでみたら、今度は胸にグッときたんであった。
この物語で一番印象的なのは殺人の動機、それから被害者のキャラクター。

往年の名女優マリーナ・グレッグがセント・メアリーミードの豪邸を購入、パーティを開く。
パーティに参加した村人の一人バドコック夫人がマリーナのカクテルを飲んで死亡し、当初はマリーナを狙った犯行と思われていたが、真相は被害者が得意そうに語った思い出話に隠されていた。
その思い出話とは、自分は昔からマリーナの熱烈なファンで、入院中の病院を抜け出して会いに行ったことがある、というもの。
マリーナは前夫との間に障害を持った子どもがいて、病院に入ったまま。
バドコック夫人の昔の病気というのは風疹だったのだけれど、マリーナは、彼女が妊娠初期の自分に会いにきたことが子どもの障害の原因だったと知って・・・。

エネルギッシュで親切で世話好きだけど独善的で、時として他人にとって迷惑な存在で、それでいて本人には悪意など微塵もない、バドコック夫人のような人は珍しくもない。
平凡な女性の軽率な行動が、少なくとも二人の人間の人生に修復しがたいダメージを与えてしまった、ということが心にずっしりと響く。
妊娠初期の女性への風疹の影響は知識として知っていたけれど、これを読んで、こんな悲劇も起こりうるのだと認識を改めた。

「深刻な事態を生じうる軽率な行動」というと、伝染する病気で歩きまわるのもそうだけど、飛行機の中で携帯を使うこと(携帯使用許可の機種は別)、傘さし運転もこれに当る。

テレビ版は、変化しつつあるセント・メアリー・ミードの村、人は好いけど押しつけがましい付添い人に戸惑うミス・マープルの様子をきちんと描いているし、マリーナ・グレッグ役のクレア・ブルームは、「神経が繊細で、エキセントリックな面と人を逸らさぬ魅力を合わせ持つ往年の名女優」のイメージに合っている。
クレア・ブルームならバントリー夫人がシャーロット姫を連想するのもわかるし。
映画版のエリザベス・テイラーは、往年のスターにはぴったりだったけど、エキセントリックというよりもヒステリックな印象で、あまりピンとこなかった記憶あり。

織物は飛び散り、ひろがれり
鏡は横にひび割れぬ
ああ、呪いは我が身にと
シャーロット姫は叫べり


Out flew the web and floated wide;
The mirror crack'd from side to side;
'The curse is come upon me,' cried
The Lady of Shalott.

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2008年8月 3日 (日)

ミス・マープル~普通が意外

ミステリー・チャンネルで「復讐の女神」を放送していたので録画。
基本的には海外ドラマや映画は字幕で見たいほうなのだけど、このジョーン・ヒクソン/山岡久乃の組み合わせは大好きです。

「復讐の女神」は、原作の訳には大いに不満があるのだけど、ドラマはそこが気にならないし、バスツアーで巡る英国の古い邸宅と庭園の数々が見られてうれしい。
ただ、マイクルとヴェリティについて語られる部分が省略及び単純化されていて、「ポケットにライ麦を」もそうだったけど、原作の印象的な部分、複雑で奥行きを感じる箇所が削られてしまったのが残念。
ドラマとして物語を展開するためにはしかたのないことなのかもしれないけど。
原作についてつらつらと述べたエントリはこちら

時を同じくしてミス・マープルの新作が放送中。
ピーター・ユスチノフのポワロもあることだし、配役についてはジェラルディン・マクイーワンの小妖精みたいな容貌のマープルもありと思う。
ただ、ユスチノフ版はなんだかんだいっても「几帳面、神経質、マイノリティ」といったポワロの特徴ははずさなかったんですよね。
でも、新作マーブルの、ミス・マープルが妙におしゃれなだったり、恋人の写真(多分、若くして戦死か何かしている?)を持っていたり、チャンドラーの小説を読んでいる、という設定はいただけない。
ヴィクトリア朝の価値観、温和で上品な外見や物腰の、一見どこにでもいそうな「田舎の老婦人」でありながら、身も蓋も無いまでのリアリスト、ごく狭い世間の中で暮らしながら観察眼の鋭さで事件の真相を見抜く、という意外性こそがミス・マープルの魅力。
そこに「過去のロマンスを胸に秘めていて、(アメリカの小説を読むような)新しいものへの好奇心も旺盛」などという要素を入れたら、ただのハイカラおばあさんの話になってしまい、ミス・マープルという人物の持つ特異性、意外性が消えてしまう。
ハイカラおばあさんの話にしたいのなら、いっそ「ル・テスク家の人々」みたいに原案ということにすれば良かったのに。

ジョーン・ヒクソン版の素晴らしいところは、外見がマープルのイメージにぴったりというだけでなく、原作で描かれているマープルの個性を「何も足さず、何も引かず」に表現しているからだと思う。

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