カテゴリー「着物」の7件の記事

2011年1月 8日 (土)

訪問着

今月下旬に親戚の結婚式があるため、振袖を訪問着になおしてもらった。
振袖は成人式に祖母が作ってくれたもので、後で袖を短くすることを配慮した色と柄ゆきなのだけど、今までなかなか決心がつかなかったんである。
着物は袖も含めて全体が一つのデザインだし、それを短くしてしまうのは惜しいなと。
でも、さすがに振袖のままで人前に出る勇気はないし、実家の妹が自分の振袖を詰めてもらうと言い出したので、「じゃ、私のもお願い」と頼んでしまった。
礼装用としては、自分で色無地を作ったのだけど、いちいち持っていくのが面倒で、振袖なら実家に一式揃っているから楽だわと思っていたのだけど、考えてみると帯締めとか髪飾りは二十歳の時のは使えないので、そのための和装小物や髪飾りなどをただいま物色中。

振袖を祖母、母、孫へと引き継ぐ・・・という話は好きだけど、現実的には難しい点もある。
戦争で振袖を作れなかった世代もあるし、着物の柄といえども流行り廃りはあって、寸法の問題もあったりする。
レトロな柄に憧れて、古着の着物を買おうと思ったことがあるけど小さすぎて断念したことがあったし、「明治・大正・昭和の着物展」で明治の頃の花嫁衣裳を着付けたマネキンを見て、あまりの小ささに驚いたものだった。
ウチの祖母の着物は私も余裕で゛着られるのだけど、昔にしてはかなりの高身長だったのだろうと思う。

※最近の子は、また小さくなってきているみたいだけど、栄養状態は大丈夫なんだろうか。

祖母が私に作ってくれた着物は身長から割り出したもので、自分で作った着物は実際に採寸して作ったものだけど、裄丈が微妙に違うために同じ長襦袢は使えないのがちょっと面倒。

着物を着るのはかなり久しぶりで、帯結びがうまくいくか不安で「面倒だな」という気持ちもあったけど、念のため二重太鼓を結ぶ練習をしてみたら、意外とうまくいってモチベーションが上向きになってきた。
振袖に愛着があったように、帯結びも文庫系の変わり結びが好きだったけど、二重太鼓もなかなか渋くて良いなと思えるようになってきたから、人の好みは変わるもの。
今でも可愛い変わり結びを見るのは好きだけど。
なお、お太鼓系の変わり結びはあまり好きじゃなかったりする。

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2010年7月20日 (火)

おけいはん

このところ着てないけれど、着物好きとしては気になるニュース。

おしゃれ?非常識?祇園祭おけいはんポスターに「逆さ帯」

京阪電鉄は「スタイリストが浴衣メーカーに『逆にしても間違いではない』と確認を取っていた」と話している。


呉服量販店などは売らんかなで伝統を壊しにかかっているようにさえ思えるし、メーカーだからといって正しい知識を持っているとは限らず、どういう問い合わせ方をしたかによっても答えは変わる。
文様が青海波であることと祇園祭のポスターに使用することを伝えたうえで聞くのと、単純に「帯を上下逆にしめても大丈夫ですか」と聞くのとでは反応は違ってくるから。

それにしても、こういう相談を受けた時に「正しい」と言い切れないのなら、「やめておいたほうがいいですよ」とアドバイスすべきなんじゃないのかな。
どうも基準が曖昧な場合にゆるい基準を示す傾向があるけど、それってなんだか無責任。


帯の上下のことはおいても、「年齢設定が10代で元気の良さをアピールしたい」というわりに浴衣の柄が10代の子が選びそうにない色柄だし、青海波の帯も同じく。
無地とか縞とか無難なのがいくらでもあるし、帯締めと帯留めも10代らしくないセンス。
10代云々という以前に、比較的こまかい柄の浴衣に細かい柄の帯をあわせるセンスが野暮ったい、ともいえるけど。
どちらかというと「親が選んでくれた浴衣を着ている素直な娘さん」に見えて、スタイリストの言う「元気の良さのアピール」というコンセプトと選んだ浴衣が全然一致していないものだから、ますます言い訳に思えてしまう。

-補足-
浴衣のブラントと思しきサイトを見たら、そちらの写真ではもっとヴィヴィッドな色で、たしかに元気の良い10代らしい色とデザイン。
ポスターではわからなかったけど。

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先だって、桜や梅が入った古典文様の浴衣を「オールシーズンで着られるからよい」と書いているブログを見て目が点になったけど、振袖ならともかく、浴衣ってオールシーズン着るものじゃないんだが。
まさか販売員がそんなことを売り文句にしていないだろうね、と思ってしまった。

着やすさ・動きやすさでいったら残念ながら洋服のほうが断然上。
それでも着物を着たいと思うのは日本の伝統的な衣服だからというのも大きな理由だと思う。
そこから季節感とか伝統美をなくしたら、浴衣も着物も着る意味を失うんじゃないかと思うし、それは着物を創る人、売る人たちの首を絞めることになる。
浴衣は着物の入門編で、だからこそちゃんとしたものを作って勧めるべきだと思う。
大量生産で安く売るのも悪くはないけど、せめて柄の季節感くらいはちゃんとしようよ。

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2008年8月 4日 (月)

サントリー美術館「小袖展」

週末、サントリー美術館の「小袖展」に行ってきた。
展示されている小袖の数々は、美しいばかりでなく、シュールな意匠などもあって見応え十分。
まさに江戸のオートクチュール。
和の心意気っていうんでしょうか。
萌葱、浅葱、縹(はなだ)、納戸(なんど)など、これまで抱いていた色のイメージと少し違っていることがわかったのも発見であった。
展示された小袖だけでなく、着物の年表も資料として興味深い。
振袖の袖丈が何年に何寸伸びた、とか、黒繻子襟が流行った、とか。
図録は絶対お勧めです。

サントリー美術館で欠かせない、もう一つの楽しみが不室屋のカフェで、この日は生麩のぜんざいをいただいてきた。
美味です。


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新国立美術館の「ウイーン美術史美術館展」にも行ったのだけど、ここで印象に残ったのは数々の花の絵。
呼び物の「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」も良かったけれど、マルガリータ王女の絵は青いドレスのが一番好き。

新国立美術館というと、モネ展が長蛇の列で断念した以外は、概ね空いているという印象なのだけど、特にフェルメール展が比較的空いていた--少なくとも、モネ展よりは遥かに混雑の度合いが低かった--のが意外だった。
モネは日本人好み(もちろん私も好き)ではあるけれど、日本で所蔵している美術館もあるし、見る機会の多い画家でもある。
「フェルメールのほうが希少価値は高いのにねー」と不思議がったものでした。


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2008年8月 3日 (日)

浴衣と花火の季節

花火の季節ということで、街で浴衣姿の女の子を見る機会が多い。
今は帯とセットで吊るしの浴衣が売られていて、価格も手頃だし、若い女の子が手に取りやすくなったこと、浴衣を通じて和の装いに親しむのは良いことだと思う。
最近は友禅風のデザインの浴衣もあって、ちょっといいなーと思ったのだけど、気になったのは柄ゆきが桜とか紅葉で、季節感を無視していること。
個人的には、夏に桜文様のものを着るよりは、ハイビスカス模様とか、なんだったらパイナップル模様のほうが季節感があって良いくらいである。
まあ、パイナップルは極端としても、呉服屋さんも夏の花で柄ゆきを工夫してほしいもの。
友禅風にするにしても、撫子とか、鉄扇とか、夏の花で合いそうなものはいろいろあると思うし。

若い子の浴衣姿でもう一つ気になったのが着崩れ。
最初は着付けが悪いのかと思ったけど(そういう子もいるけど)、どうも姿勢が悪いために着崩れてしまっているよう。
「背筋はまっすぐ、できれば撫で肩」が着物を着た時の基本姿勢だけど、激しく着崩れている子の姿勢を見ると、猫背で、さらにわざわざ両肩をすぼめるようにしている。
着物の動きに逆らっているわけで、これじゃ着崩れて当然と思うし、猫背+肩をすぼめるって、洋服でも美しく見えないだろうに。

それと、吊るしの浴衣は、どうしても大きめの品を選ぶことになるから、身体に合わないのも着崩れる原因かも。
で、そういう場合、子どもの浴衣みたいに肩上げしてもらったら可愛いし、着崩れも防げると思うのですが。

今風の浴衣もそれなりに良いけれど、見ていて落ち着きを感じるのは、親御さんが誂えてくれたとおぼしき藍染の浴衣をきっちりと着ている子。
流行の浴衣の華やかさはないけれど、お誂えは身体にフィットしているし、そういうのを着ている子は姿勢も良くて、しっかりした家庭のお嬢さんなんだろうなと思う。

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2007年5月23日 (水)

画竜点睛を欠く?~SAYURI

スカパーで「優駿」を、WOWOWで「SAYURI」を観た。

「SAYURI」については、公開前に予告を観て感じたこととあまり変わらない。
ただ、ストーリーは思っていたよりもずっとしっかりした人間ドラマだったし、出演者の演技とジョン・ウィリアムズの音楽は良かったと思う。

が、とにかく「着物の着付」のダメさが致命的。
予告編で感じたのは「違和感」だったけど、本編はそれどころじゃなかった。
襟の合せ方がだらしないし(特にコン・リーの着付。半襟が襟の後ろまではみ出ている)、胸元にシワが寄っているし、帯と体のバランスも最悪。
舞妓の衣装もツッコミドコロは多いけど、普段着の時が特にみっともない。
お太鼓っていうのはね、自分の体とバランスをとって大きさを変えて結ぶのよ!!!と心の叫び。
お正月に放送したNHK教育の語学番組スペシャルで、フランス語会話に出ているジェニファーが着物を着て登場したけど、「SAYURI」よりもよほどサマになっていたぞ。
(だから、日本人かどうかよりも、やっぱり着付の問題)

それから踊りの発表会にも驚いた。
あれはなんの踊りですか。
普通に鷺娘でも、十分インパクトはあったと思うけど。

祇園(?)の街も祇園に見えなくて、「愛人/ラマン」に出てきた中国人街のショロンみたいだった。
いっそ「愛人/ラマン」のJ.J.アノー監督だったら、もっと日本の文化をきちんと映像化したんじゃないか。
「愛人/ラマン」の1930年代のサイゴンや、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」のラサの描写が日本人以外にどう見えているのかは知らないけど、少なくとも「いい加減」には見えていないんじゃないかと思う。

コストの嵩む街のセットはおくとしても、着物の着付とか、変な日舞とか、ストーリーには影響のない、些細といえば些細なことです。
でも、着物の着付をきちんとする、踊りを正統な振り付けと演出で見せる、これだけでこの映画の評価はずいぶん変わったはず。
なんでそこをいい加減にしてしまったのかなーと思う。


そして「優駿」も、全体からすれば数十秒のシーンで評価を下げてしまった残念な映画です。

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2007年3月15日 (木)

さくらん

映画「さくらん」を観てきました。
目的は成宮寛貴、石橋蓮司の楼主、市川左團次と出演者を見ることだったけど、映画としても思ったより楽しめた。

襖や障子の色使い、花の活け方、ヒロインきよ葉の衣装が徹底して人工的なところが面白かった。
美しいかといわれると、あまり好みではないので首をかしげてしまうけれど、とにかくポップ。
花魁道中の衣装や花の活け方、襖のデザインなど思いきり遊びながら、一方で和の基本を守るべきは守っていて、そこは好感が持てました。
禿が着ている着物、若衆の浴衣の柄、壁の紅殻の色は伝統的なものだったし、芸者の唄と踊りはホンモノ。
花魁の衣装も色柄は斬新でも襟の抜き方、合せ方等、着付けはちゃんとしていた。

外国人がニッポンを勘違いをするなら、「SAYURI」よりはこっちのほうがいい。

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2006年5月 8日 (月)

「風神の門」~衣装編

「風神の門」は、忍び、侍、大名、公家、姫君、侍女、町娘、遊女、盗賊、かぶき者etc.と様々な人たちが登場するけど、その衣装を見るのもなかなか楽しい。
「衣装代に○○千万円」という豪華さはないけれど、着物の色や柄に慶長という時期の独特の雰囲気が感じられた。
変装による大きな変化も楽しいのだけど、TPOにあわせた日常的な変化のつけ方がまた面白かった。

霧隠才蔵は、目的によっては忍び装束はいうまでもなく、三河万歳の衣装を着たり、侍姿になったり、時には女装(これが不気味で)もするけれど、濃い緑色の着物と同じ色の袴(裾には脚絆)、襟と裏地が紅の萌黄色の袖なし羽織が基本スタイル。けっこう派手です。
旅先等でお国と2人でいる時は羽織と脚絆は脱いでも袴は着けたまま、男3人で寝る時や分銅屋で昼寝をする時は袴も脱いで着流しになったりと、シチュエーションや相手によって微妙に変化をつけている。
遊女の梅ケ枝も、遊女屋にいる時、大納言家に参上している時、青子と旅をしている時で衣装が違って、大納言家にいる時に梅ケ枝が着ている明るいオレンジの着物に同系色の半襟の組み合わせはシンプルだけどお洒落。

獅子王院の服装は「膝丈の着物に角帯、足には脚絆」で「あずみ」の男の子たちをこぎれいにした感じなのだけど、帯の結びが小ぶりの文庫(ちょうちょ結びみたいなやつ)になっていた。
その文庫結びを見て「女の子みたい」と思ったのだけど、旅先の旅籠で才蔵が自分で袴を脱いで着流しになる場面でも帯の結び方は小型文庫。
検索してみたら、あれは男性が袴を着る時の「一文字」という結び方だそう。
ほかにも、お国が足袋を脱ぐ場面では足袋がアップになったりしていたけど、この頃の足袋にはコハゼがなかったこともわかって、いろいろ勉強になった。

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