カテゴリー「音楽(周辺)」の16件の記事

2017年2月 9日 (木)

JASRAC

ピアノを習っていた頃の記憶を辿ると、私は先生の演奏を聴いた覚えがない。
右手の練習・左手の練習の時は手本のとおりに弾いたのかもしれないけど、まとまった曲を弾くようになって以降は口頭の指導だったと記憶している。
JASRACの言い分だと、この場合、私が演奏者で先生が「公衆」になるんですかね? 
まったく納得できませんが。
ピアノ教室の場合、習うのは著作権が発生しないクラシックの練習曲ばかりですが、包括契約で徴収の対象にな
るとしたら、それもおかしな話です。

今回の件に対する反発が強いのは、徴収する金額の多寡ではなく、音楽の発展という、もっと本質的な点に関わることだからだと思う。
JASRACには音楽の裾野を広げようという視点が欠落しているというか、むしろ狭めようとしているとしか思えない。
著作権の必要性は理解しているつもりだけど、あくまでも音楽の振興があってこそのもの。
音楽教室というのは、将来の振興のためのものでしょう。
音楽が衰退したら著作権の存在意義自体が消滅すると思うのだけど、JASRACの人たちにはそういう考えはないのかね?
本来の目的とか、いろいろ見失っている気がする。
著作権って、音楽を好きになる人が増えて、初めて成り立つものですよ。
「著作権ありき」じゃないでしょ。
著作権法の意義そのものを考えても、JASRACの動きはおかしい。

そもそも、著作権による利益は作者に分配すべきもので、JASRACは管理しているにすぎず、いわば「他人の金」。
徴収と分配の方式にグレーな部分が多々あるし、他人の懐に入るべきお金の徴収にここまで躍起になるって、何か他の目的があるんじゃないのと思ってしまう。
著作権者の利益を守ろうとしているようには思えない。


それにしても、どういう経緯で「音楽教室から著作権料を徴収しましょう」と発議して、「賛成」みたいな流れになってしまったのか。誰も「音楽文化を発展させましょう」とは言わなかったのか。
そういう会議を想像すると、気持ち悪い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月19日 (火)

TBS音楽の日、FNSうたの夏まつり

FNSうたの夏まつりはいつもどおり杉山清貴の出番をチェック。
「さよならのオーシャン」コラボはなかなか素敵な面子でしたが、他のメンバーも上手い人たちなのに、その中で抜群に上手い杉山清貴が素晴らしい。
毎度思うことだけど、もっと歌って欲しい。
冬バージョンの時には、今度こそ「最後のHoly Night」を。

夏の名曲100に稲垣潤一の「夏のクラクション」が入っていて、やっぱりそうよね。
当然のことなのだけど、このところテレビでは「クリスマスキャロルの頃には」が代表曲扱いされていたもので、妙に安心してしまった。

土曜日に放送されたTBS音楽の日は、ぐうぜん見たNOKKO・TRICERATOPSのラズベリーコラボが良かった。
まさか「Raspberry Dream」を聴けるとは。
「Raspberry Dream」の演奏中、司会の中居正広が口ずさんでいるのが映って、ほんとに歌が好きなんだなーと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月15日 (土)

感想はライブの後に

何も言わないで ちょうだい
黙ってただ聴きましょう
観客の私語はうるさいから
ライブの後にしてね

ここはお馴染のライブ
いつものように楽しみましょう
(でも)せめて演奏中に
おしゃべりするのだけはやめて

誰にも負けず深く愛してる
あの曲も雑音で
台無しね

何も言わないでちょうだい
黙ってただ聴きましょう
だって客の私語はうるさい(から)
ライブの後にしてね

-----
杉山清貴アコースティックソロライブ「I AM ME」に行ってきました。
たいへん寛いだ雰囲気で、演奏曲には嬉しさに心の中で歓声をあげた曲が何曲もあったりといつもながら、いつにもまして楽しいライブでした。

が、あまりに寛ぎすぎたのかMCの間(一度は曲が始まってからも!!)ずっっっっっっっっっとおしゃべりをしている人が後ろにいて大迷惑。それも、声をひそめもせずに。
開演前に「撮影禁止・携帯の電源OFF」といったライブ中の禁止事項を書いたボードを持った係員が場内を周回していたけど、「私語禁止」も付け加えてほしい。
ほとんどMC中とはいえ、私は彼女たちの話し声を聴くためにライブに出かけたわけじゃありません(怒)。
リビングでDVDを見ているんじゃないんだから、というか、その場でいちいち感想を言い合わないと気がすまないなら、自宅のリビングでDVDを見ていて欲しい。
「Live, Life, Like」も発売されたことですし。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年5月 2日 (木)

作詞家プレイリスト

「I AM ME」を聴きながら「80年代の歌詞はドラマがあっていいねー」なんて考えているうちに、ふと思い立ってiTunesで作詞家のプレイリストを作ってみたら、これが結構面白い。
作曲家で作ろうとしたこともあるのだけど、なんだかんだと聴くのは「自分で曲を作る人」が多いので歌手別と変わらないプレイリストになってしまう。
その点、作詞家で作ると、意外な人や曲が並んだりするので楽しい。
いくつか作ったプレイリストの中で、特にバラエティに飛んでいたのが康珍化でした。

で、山下達郎の「シャンプー」(詞:康珍化)を久しぶりに聴いて、達郎は歌詞を歌う表現力でも卓越しているなーと思った。
「達郎が上手い」なんて言わずもがなもいいところだけど、これは「硝子の少年」でも感じたことで、自分のための曲ではない、人に提供した曲だからこそより上手さが強調されるんじゃないかと思う。
カバーを好きな理由もそこにあるし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月25日 (日)

手拍子

競馬のG1レースのたびに、ファンファーレの手拍子にぶつぶつ言うのがもはやお約束。
「リズム、合ってないよー」と。
で、まあ、ファンファーレはまだいいんだけど、最近ちょっと気になるのがライブの手拍子。
スローバラードの手拍子は論外として、テンポの良い曲でも変拍子だったりで手拍子が合わない曲がある。
川崎のロックユニットトリオの「Day Tripper」の出だしの手拍子が音頭風になっているのを見かねて(聴きかねて?)杉山さんが止めたけど、あれは英断でした。
これに限らず、ビートルズはよほど初期の曲以外は手拍子は様子見するほうがいいと思う。
結局、「Day Tripper」も手拍子をしちゃってたけど。

ミディアムテンポであっても、歌や演奏をじっくり聴きたい曲は手拍子が邪魔になるけど、一律に手拍子してしまう人がいて、そういう人に限って微妙に手拍子が下手だったりするのが悩ましい。
音も大きかったり。
手拍子が曲に必要というよりも「客席がのっていることをアピール」するための手段になっていることも多い気がする。
「これは絶対に手拍子が必要な曲!」と思えるのは「ラデッキー行進曲」とスタレビの「と・つ・ぜ・んFall In Love」くらいかな。

SSKの「Glory Love」でKANがカッコいい手拍子をしていて、あれは定着したらいいのにと思ったけど、SSKに行く杉山清貴ファンが限られているため実現しそうになく、残念なことである。
そう考えると「と・つ・ぜ・ん」の複雑な手拍子がスタレビファンに定着したのはすごいことだと思うし、それなのに終盤部分がワイパーになったのが惜しまれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年11月 8日 (木)

コンテンツとハードの蜜月

iPadminiがAT570よりも25g軽いと知った時は「すっぱいぶどう」モードになりかけたけど(ハンドルも「きつね」ですし)、今はiPadminiの良さも認めつつ、AT570への愛着を深めております。
電子書籍リーダー+αだったら操作性及び軽さからiPadminiに軍配が上がるけど、写真を持ち歩こうという発想は、有機ELディスプレイじゃなかったら起きなかったと思う。
コンテンツのためにハードがあって、ハードの性能によってやりたいことが広がる。

iPadmini、Windows8、Kindleが発表されたら、量販店の電子書籍リーダーをチェックする人も増えていた。


ところでiTunesでソニー系の音楽配信が始まったとのことで、ソニー系は好コンテンツが多いのでユーザーにとっては非常に喜ばしい。
いささか遅きに失した感はあるけれど。
早速「アルバムを買ってまでではないけれど聴きたい曲」を何曲かダウンロードしました。
もっと早くiTunesと連携していれば、ソニーの製品ももっと売れただろうに。
操作性はアップルに譲るとしても、音質は良かったんだから。
自社の利益を出すためや、一部の不正ユーザーに対抗するために真っ当なユーザーの利便性を犠牲にするようなやり方は絶対にうまくいかないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月28日 (火)

ファンor顧客?

昔は熱を上げるとわりにサクッとファンクラブに入会したものなんだけど、このたびファンクラブ入会を決めるまでにずいぶん迷った。
あ、杉山清貴ですが。
なぜ迷うかといえば、今はファンクラブじゃなくてもライブのチケットは押さえられるし、郵便局の払い込み用紙でやりとりするよりも、オンラインで予約してコンビニで発券するほうがイライラハラハラしないで済むし、特別なファンサービス的なものを求めなくなっている自分がいたりする。
ファンサービスを望まなくなったのは、サービスといってもそこにはお金が介在するわけで、お金が絡んだ時点で自分がファンではなく「顧客」になってしまうことに抵抗を感じるから。
顧客としては費用対効果を意識せざるを得なくなるし、かといってお金を度外視するのもちょっと違う気がして。
気分の問題なんだけれど、憧れの人が顧客サービスに努める姿を見たいかといえば否で、ファン心理は複雑なんである。
握手とかサインとか会話はうれしいに決まっているけど、それよりも歌詞が飛んだ時にお客さんたちが歌ってあげたりするような、そっちのほうが心温まるし、ファンとミュージシャンの心のつながりとしては美しい。
アーティストとファンの関係って、ある意味一方通行で、お互いに勝手に投げたボールがなぜか毎回ストライク、というのが理想。

で、そんな私がなぜまたしてもファンクラブに入ろうと思ったのかといえば、ファンクラブじゃないと入手できないDVDがあることを知ったから、です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 4日 (日)

過呼吸な息継ぎ

「ブレスを取り入れた歌唱法」には失笑しか感じないし、息継ぎの音の目立つ歌手は日頃から避けているので、ほとんど聴く機会はないのだけど、今回たまたま出かけたライブのゲストがブレスが思いきり耳に付くタイプだったので、久しぶりにブレスについて考えてみた。

このたび「へ?」と思ったのが、歌っている間ではなく、歌い出しの直前に息を吸い込む音が聞こえたこと。何度も。
イントロや間奏の間にマイクから顔を離して呼吸をする時間はあるはずなので、息継ぎのタイミングも変なんだけど、呼吸法そのものもちょっとおかしい。
自分で深呼吸してみるとわかるけど、正常な呼吸時は息を吸う音よりも吐く音のほうが大きいのです。
吸う音のほうが大きいというのは過呼吸と同じで、ちゃんと空気を吸いこめていない時。
だから、マイクに入るような音で息を吸い込むというのは、耳障りだわ効果はないわ、といいことなし。

ブレスが気になるようになったのは10年くらいの傾向だけど、なぜそんなことになったのか不思議。
昔のアイドルで肺活量が少なくて息が続かずにブレスの音が入ってしまったというケースはあったけど、最近はロングトーンはできているし声量もあって、肺活量はそれなりにありそうな人でも呼吸が変だったりする。
練習次第で治ることだと思うのに、治さないのは自分で気にならないんだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 2日 (金)

こだわりはあるけど、必要かというとそうでもなく

SSK(杉山清貴・スターダストレビュー・KAN)ライブin広島に、心がちぢにみだれております。
杉山清貴を観たいならソロライブに行けば良いんだけど、MCの肩の力の抜けた感とコーラスワークに勤しむ姿はSSKならではかなーと。


去年「大極殿音絵巻」のDVDを見た時に、KANがとても面白かったので公式サイトを見てみたら、これまた滅法面白い。
コラムが読み応えがあってめちゃめちゃ笑えるうえに、ステージ衣装へのこだわりがまた素晴らしい。
さすが紅白にモーツァルトのコスプレで出ただけのことはあるなと。
あのモーツァルト衣装は、紅白という番組へのリスペクトとお笑いの要素を両立させたナイスな選択だったので深く記憶に刻まれている。

お笑い要素は音楽のライブに必須のものではないけれど、やる以上は徹底的にと思うほうなので、そのためにも衣装にこだわることにはとても共感できてしまう。
モンティ・パイソンも190cm越えの大男が体にフィットしたコスプレや女装をしていて、衣装のクォリティも高かった。
やってることがナンセンスギャグだから、衣装がいい加減だとああまで面白くはならなかったはず。
・・・BBCの衣装部が優秀だったのかもしれないけど。

スタレビもアルバムツアーではコントみたいなことをやってたけど(今もだろうか?)、スタレビのMCの面白さは根本要の話術にあるので、コント的なものはなくていいかなーと思っていた。
面白い時はいいんだけれど、中途半端なのは要らないなと。
で、その根本要のMCも、基本ツッコミの人なのでボケがいないと気ぜわしく感じることがあったりした。
ドラムとベースは非常にナイスなボケキャラだけど、リズム隊をボケにするのは演奏に支障を来たす危険があり、そのためかパーカッションのVOH林氏がボケ役を務めることが多いけど、VOH氏も本来はツッコミだし生真面目なので切れ味がいまいち。
でも、大極殿ライブではKANという天才的なボケを得て、根本要のトークが水を得た魚のようだった。
ボケって大事なんだなと思ったのでありました。
2009年夏の薬師寺ライブのゲストコーナーも、杉山清貴の肩の力が抜けているので、根本氏もやりやすそうに見えたし。

お笑い要素にこだわりは持ちつつ、ライブに行くかどうかを決定する要因ではないんですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月28日 (土)

イベントなのか音楽なのか

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の中に、小澤征爾がビートルズのコンサートに行った話があって、「前座は楽しかったけど、ビートルズが出てきたら歓声しか聴こえなくてつまらなかった」そう。

で、1976年に出た日本のバンドのライブアルバムを聴いていたら、バラードの演奏中にキャーキャーと歓声が聞こえて、その当時はまだライブマナーが確立されていなかったのかなーと思う。
「憧れの人を生で見ることのできるイベント」だったのだろうと。
1980年代に入ると、さすがに「バラードは静かに聴く」というのが定着したみたいで、少なくとも私が行ったライブで、バラードで叫ぶ不埒モノはいなかった。
というか、アップテンポの曲でテンションが上がって・・・というのはまだしも(一万歩くらい譲ったら理解できる?)、バラードの演奏中に歓声を上げたくなるという心理はライブマナー以前によくわからない。

ビートルズ来日時の騒ぎはもっとすごかったんだろうけど、だとするとビートルズが「もうライブやらない」と言い出したのも無理はない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)