カテゴリー「音楽(周辺)」の21件の記事

2019年2月11日 (月)

We Will Rock YouとMagical Mystery Tour~手拍子の練習

コンサートで手拍子がズレる人の傾向として肘から先だけを動かしていることが多い。
体でリズムをとっていないから演奏とズレる。
バスドラに合わせて足でリズムをとると基本ズレないものなのだけど。
それと、休符や変拍子でもかまわず同じテンポで叩いてズレる場合もあり。
そういう向きには是非「We Will Rock You」で足踏みと手拍子の練習をしてほしい。
そして変拍子対策は「Magical Mystery Tour」で。
まあ、こちらは手拍子の練習というよりも、世の中には手拍子が難しい曲があることを知ってほしいんですが。
なんなら小学校の音楽の授業(感覚的なことは早いほうがいいので)に取り入れてほしい。
クラシックにも変拍子の曲は数多あるし、学校の音楽の授業で聴いているはずなんだけど手拍子を意識していなかっただろうし、記憶に留めていない人が多いようです。

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2019年1月14日 (月)

Someone still loves you

ボヘミアン・ラプソディの一回目鑑賞後、これまでスキップして聴いていたクイーンのアルバムを通して聴いたり、DVDを見たりしています。
一通り知っているつもりだったけど、新たに好きな曲が続々出てきて新鮮。


「Radio GAGA」の歌詞がクイーンを含む「(消費されるべきでないのに)音楽が消費されていくことへの抗議にも思えて涙がこみあげる。
このところ世代間の音楽の継承がストップしているように感じて、そのことを寂しく思っていた。
それがあって、映画をきっかけに10代20代がクイーンを聴くようになったというのが妙にうれしい。
まさしくSomeone still loves you.


なおRadio GAGAはPVも見ているし、86年のウェンブリーのライブも見たけど、その時点では聞き流してしまっていた曲でした。
それが映画を見て以来ヘビロテ曲に。
そうなったのは映画館の音響設備の効果もあるけど、やはりライブエイドのパフォーマンスの素晴らしさのせい。
フレディの歌い方が丁寧かつグルーブ感があるし、ドラムもキレがあってかっこいい。
20分という時間の制約があったからこそ全員がよりはっちゃけていたのかもしれない。



映画はライブエイドを最大限生かすために逆算して物語を構成したような。
ゴールデングローブ賞はうれしい驚き。
賞には無縁なタイプの映画と思っていたけど、評価には値するから。



このブーム、自分が良いと思った映画がヒットしているうれしさもあるけど、世代を超えての人気と言うことで、音楽の継続性と言うか継承性が感じられるのもうれしい。
しかも、それがメディアの仕掛けではなく自然発生的に起こったことが。
最近ありがちなステマでもゴリ押しでもなく。


※※
さほど流行っていないものを「これ、今人気です」といってゴリ押しするのはメディアがよくやる手法だけど、公開二週目の時点ではメディアはそんなに取り上げていなかった。
NHKがSONGSを放送したくらい。
宣伝も地味で、よくある「感動しました!」CMもなかった。
それが、チケット購入の時に前方しか残っていなかったので人気があることを実感。
ワイドショーが次々取り上げたのはそれ以降のこと。
その後の人気の加速はテレビで取り上げた影響が大きいけど、公開当初の扱いはそんなに大きくなかったので自然発生と言えると思う。

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2018年9月23日 (日)

リズム

関ジャムのセッション特集、ワイプの中の弘中アナのノリの良さに好感度上昇。
ほんとにリズムに合わせて自然に反応している感じ。
ミュージック・ステーションのMCだったのか(卒業したけど)。

ノリといっても、周囲に迷惑なほど動き回ったりするのは困るけど、ほど良いノリは見ていて気持ちがいい。

ライブで自分がノッていることを表わすために義務感みたいに手拍子する人を見かけるけど、無理して手拍子をしないでもっと音に集中すればいいのにと思う。
リズムに合わせて体が動かないタイプの人の手拍子は大体ズレるし、合わない手拍子はちょっと迷惑でもあるので。

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ミュージックモア

少し前になりますが、杉山清貴出演のTOKYO-MX「ミュージック・モア」のこと。
J-POPに詳しいだけでなく一家言あるクリス松村が結構自分の意見をぶつけて、それを杉山さんが受け止めたり受け流したりする加減が面白かった。
去年の野音のノスタルジアの映像に続いて、ブライアン・アダムスの「Summer of 69's」のPVとヒューイ・ルイスの「The Power of Love」とともに「バック・トゥ・ザ・フューチャ」の映像が。
ブライアン・アダムスの「Reckless」は「Heaven」から入ったのだけど、後になると「Summer of 69's」がじわじわきて、一番多く聴く曲になったな、なんてことを思い出した。
野音で歌ったことがあるとのことで聴きたかったな。
「The Power of Love」を久しぶりに聴いたけど、イントロから「元気な80年代」で、シンプルなロックンロールというイメージだったけど、80年代の楽曲らしい展開もあって、改めていい曲。
ヒューイ・ルイスのボーカルがないと成立しない曲という点が杉山清貴との共通点といえなくもない。

村田和人の話へのクリス松村の反応が、おざなりな感じでなく70年代から本気で音楽を聴いてきた人のソレだったので、ちょっとグッときた。

昔は洋楽カバーがファンに不評だったという話をしていたけど、ライブではビートルズの曲を知らない人を見かけたりと洋楽が苦手な人がわりと多い印象ではある。
で、これも結構不思議。
オメガトライブが売れた頃って、ベストヒットUSAが放送されていたし、それ以外も洋楽MTV番組の全盛期だったのに。
リスペクトが強いとお勧めのCDなどをホイホイ買うファンが少なくなかったり、それによって聴く音楽が広がったりもするけど、目をハートにしてステージを見ているわりに杉山清貴の音楽性に対するリスペクトが少ない感あり。
ごく一部なんだろうけど、洋楽を食わず嫌いのまま、若い時に聴いた音楽が出発点ではなく終着点になってしまっているのはもったいない。
「行きて帰りし」で、いろいろ聴いて出発点に戻るのはいいんだけど。

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2018年8月12日 (日)

羊と鋼の森(書籍)とか

タイトルだけ見た時はなんだろうと思ったけど、「羊と鋼」はピアノのハンマーと弦の素材で、ピアノ調律師の物語。
縦糸とも言える佐倉姉妹の話も好きだけど、長く放置してきたピアノの調律を依頼されたエピソードに思うところが多かった。
調律が終わった後、依頼主の青年が「子犬のワルツ」を弾きながら癒されていくのがグッときた。
ピアノがテーマのわりに具体的な曲名がほとんど出てこない中で、ここだけ「子犬のワルツ」と曲名が出てきて、それが絶妙な選曲なのです。
音大を目指すほどではないけれど、それなりにちゃんと練習してきた人がピアノを弾かなくなって、上に埃が溜まるくらいピアノを放置していたけれど、ふっと思い立って調律を依頼。
そういう人が試奏に選ぶ曲として「子犬のワルツ」はリアリティがある。
ちょっと映画も観たくなった。

誰に聴かせるのでもなく、自分で楽器の音を出したい時があって、そうして楽器を弾くことで癒される瞬間って
確かにあると思う。
以下、本の感想からは逸れます。


既にある程度弾ける人(たとえば子犬のワルツを弾けるレベルの人)がポップスを弾きたいと思ったら楽譜を買ってくればいい。
人に聴かせるわけではないし、先生はいなくて弾くことはできる。
でも、そういう人ばかりが楽器を演奏したいわけではなく、初心者だって弾きたくなる時はある。
ただ、初心者は楽譜だけ買っても弾けるわけではない。
そこで音楽教室の出番。
でも、「費用が高いから行かない」ということになったら楽譜も売れなくなり、著作権者にとってもJASRACにとってはマイナスになる。
JASRACがやろうとしているのは金の卵を産むガチョウを殺す行為なのに、そこがわかっていないのが不思議。
JASRACには音楽教室で習った経験者が一人もいないのだろうか。

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2017年2月 9日 (木)

JASRAC

ピアノを習っていた頃の記憶を辿ると、私は先生の演奏を聴いた覚えがない。
右手の練習・左手の練習の時は手本のとおりに弾いたのかもしれないけど、まとまった曲を弾くようになって以降は口頭の指導だったと記憶している。
JASRACの言い分だと、この場合、私が演奏者で先生が「公衆」になるんですかね? 
まったく納得できませんが。
ピアノ教室の場合、習うのは著作権が発生しないクラシックの練習曲ばかりですが、包括契約で徴収の対象にな
るとしたら、それもおかしな話です。

今回の件に対する反発が強いのは、徴収する金額の多寡ではなく、音楽の発展という、もっと本質的な点に関わることだからだと思う。
JASRACには音楽の裾野を広げようという視点が欠落しているというか、むしろ狭めようとしているとしか思えない。
著作権の必要性は理解しているつもりだけど、あくまでも音楽の振興があってこそのもの。
音楽教室というのは、将来の振興のためのものでしょう。
音楽が衰退したら著作権の存在意義自体が消滅すると思うのだけど、JASRACの人たちにはそういう考えはないのかね?
本来の目的とか、いろいろ見失っている気がする。
著作権って、音楽を好きになる人が増えて、初めて成り立つものですよ。
「著作権ありき」じゃないでしょ。
著作権法の意義そのものを考えても、JASRACの動きはおかしい。

そもそも、著作権による利益は作者に分配すべきもので、JASRACは管理しているにすぎず、いわば「他人の金」。
徴収と分配の方式にグレーな部分が多々あるし、他人の懐に入るべきお金の徴収にここまで躍起になるって、何か他の目的があるんじゃないのと思ってしまう。
著作権者の利益を守ろうとしているようには思えない。


それにしても、どういう経緯で「音楽教室から著作権料を徴収しましょう」と発議して、「賛成」みたいな流れになってしまったのか。誰も「音楽文化を発展させましょう」とは言わなかったのか。
そういう会議を想像すると、気持ち悪い。

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2016年7月19日 (火)

TBS音楽の日、FNSうたの夏まつり

FNSうたの夏まつりはいつもどおり杉山清貴の出番をチェック。
「さよならのオーシャン」コラボはなかなか素敵な面子でしたが、他のメンバーも上手い人たちなのに、その中で抜群に上手い杉山清貴が素晴らしい。
毎度思うことだけど、もっと歌って欲しい。
冬バージョンの時には、今度こそ「最後のHoly Night」を。

夏の名曲100に稲垣潤一の「夏のクラクション」が入っていて、やっぱりそうよね。
当然のことなのだけど、このところテレビでは「クリスマスキャロルの頃には」が代表曲扱いされていたもので、妙に安心してしまった。

土曜日に放送されたTBS音楽の日は、ぐうぜん見たNOKKO・TRICERATOPSのラズベリーコラボが良かった。
まさか「Raspberry Dream」を聴けるとは。
「Raspberry Dream」の演奏中、司会の中居正広が口ずさんでいるのが映って、ほんとに歌が好きなんだなーと思った。

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2013年6月15日 (土)

感想はライブの後に

何も言わないで ちょうだい
黙ってただ聴きましょう
観客の私語はうるさいから
ライブの後にしてね

ここはお馴染のライブ
いつものように楽しみましょう
(でも)せめて演奏中に
おしゃべりするのだけはやめて

誰にも負けず深く愛してる
あの曲も雑音で
台無しね

何も言わないでちょうだい
黙ってただ聴きましょう
だって客の私語はうるさい(から)
ライブの後にしてね

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杉山清貴アコースティックソロライブ「I AM ME」に行ってきました。
たいへん寛いだ雰囲気で、演奏曲には嬉しさに心の中で歓声をあげた曲が何曲もあったりといつもながら、いつにもまして楽しいライブでした。

が、あまりに寛ぎすぎたのかMCの間(一度は曲が始まってからも!!)ずっっっっっっっっっとおしゃべりをしている人が後ろにいて大迷惑。それも、声をひそめもせずに。
開演前に「撮影禁止・携帯の電源OFF」といったライブ中の禁止事項を書いたボードを持った係員が場内を周回していたけど、「私語禁止」も付け加えてほしい。
ほとんどMC中とはいえ、私は彼女たちの話し声を聴くためにライブに出かけたわけじゃありません(怒)。
リビングでDVDを見ているんじゃないんだから、というか、その場でいちいち感想を言い合わないと気がすまないなら、自宅のリビングでDVDを見ていて欲しい。
「Live, Life, Like」も発売されたことですし。

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2013年5月 2日 (木)

作詞家プレイリスト

「I AM ME」を聴きながら「80年代の歌詞はドラマがあっていいねー」なんて考えているうちに、ふと思い立ってiTunesで作詞家のプレイリストを作ってみたら、これが結構面白い。
作曲家で作ろうとしたこともあるのだけど、なんだかんだと聴くのは「自分で曲を作る人」が多いので歌手別と変わらないプレイリストになってしまう。
その点、作詞家で作ると、意外な人や曲が並んだりするので楽しい。
いくつか作ったプレイリストの中で、特にバラエティに飛んでいたのが康珍化でした。

で、山下達郎の「シャンプー」(詞:康珍化)を久しぶりに聴いて、達郎は歌詞を歌う表現力でも卓越しているなーと思った。
「達郎が上手い」なんて言わずもがなもいいところだけど、これは「硝子の少年」でも感じたことで、自分のための曲ではない、人に提供した曲だからこそより上手さが強調されるんじゃないかと思う。
カバーを好きな理由もそこにあるし。

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2012年11月25日 (日)

手拍子

競馬のG1レースのたびに、ファンファーレの手拍子にぶつぶつ言うのがもはやお約束。
「リズム、合ってないよー」と。
で、まあ、ファンファーレはまだいいんだけど、最近ちょっと気になるのがライブの手拍子。
スローバラードの手拍子は論外として、テンポの良い曲でも変拍子だったりで手拍子が合わない曲がある。
川崎のロックユニットトリオの「Day Tripper」の出だしの手拍子が音頭風になっているのを見かねて(聴きかねて?)杉山さんが止めたけど、あれは英断でした。
これに限らず、ビートルズはよほど初期の曲以外は手拍子は様子見するほうがいいと思う。
結局、「Day Tripper」も手拍子をしちゃってたけど。

ミディアムテンポであっても、歌や演奏をじっくり聴きたい曲は手拍子が邪魔になるけど、一律に手拍子してしまう人がいて、そういう人に限って微妙に手拍子が下手だったりするのが悩ましい。
音も大きかったり。
手拍子が曲に必要というよりも「客席がのっていることをアピール」するための手段になっていることも多い気がする。
「これは絶対に手拍子が必要な曲!」と思えるのは「ラデッキー行進曲」とスタレビの「と・つ・ぜ・んFall In Love」くらいかな。

SSKの「Glory Love」でKANがカッコいい手拍子をしていて、あれは定着したらいいのにと思ったけど、SSKに行く杉山清貴ファンが限られているため実現しそうになく、残念なことである。
そう考えると「と・つ・ぜ・ん」の複雑な手拍子がスタレビファンに定着したのはすごいことだと思うし、それなのに終盤部分がワイパーになったのが惜しまれる。

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