カテゴリー「パソコン・インターネット」の6件の記事

2017年3月 7日 (火)

ITとOA

若い世代がPCを使えない、PCが売れないというニュースが心配。
個人的には下の世代がOfficeを使えないおかげで仕事の需要があったりもするのだけれど、PCを使えない人ばかりになった挙句にOA業務が手作業の時代に逆戻りなんてことになるのは嫌だなと。
せっかく便利になったんだから。
それにしても小学校でプログラムの授業やります、と言ってる一方で、新入社員の多くがWordとExcelが使えないって、なんともはや。
スマホの普及がPC使用を阻害するなんて思いも寄らなかった。

この手のニュースに関連して、PCを使えないことを擁護する妙にものわかりのよい記事が出てきたりするけど(でも、その記事の書き手は使える)、そこまで擁護するなら、まずその記事をスマホやタブレットのみで書いてみろと思う。

初回の入力に関しては、今は音声入力もあるしOCR認識(書くより入力するほうが速いけど)も精度が上がっているけれど、文書作成って入力して終わりじゃないわけです。
最初は音声入力で良いとしても、修正をどうするのか。
修正と言っても、文字をちょこちょこ直して終わりではなく、段落ごと入れ替える必要もあるわけで。
パソコンの画面を見ながら、マウスとキーボードで作業するほうが楽だし早いです、絶対。

苦手だからといって修正作業を他人に頼むというのは一時代戻ってしまうし、入力→出力→確認→修正→出力・・・と手間と紙の無駄が増大するわけです。
画面上で校正できるなら、自分でやれって話だし。

タッチタイピングって反復練習で覚えるものだから早いうちのほうが覚えられるけど、そうかといって小学校の授業でタッチタイピングは推奨しない。
小中学生のうちは「字を書くこと」に時間を使うべきだと思っている。
自発的に覚える分にはどんなに早くてもよいけれど、強制的にタッチタイピングを習得する時間を設けるとしたら高校くらいがよいかな。
タッチタイピング及びワープロソフトの必要性が生じるのは長文入力時なので、ITの時間とかじゃなく国語の時間に、800字以上の作文をワープロソフトで作らせてみればいいのに。
文書の体裁は国語の授業の範疇でもあるし、見出し、センタリング、右寄せ、段落、改ページの概念を押さえれば、後の機能は社会人になってから必要に応じて覚えればいい。
センタリング、右寄せをワープロの機能で設定するか、スペースで成形するかというあたりに意外と差が出るものなので。

ワープロソフトの指導については、いくらなんでも学校の先生が800字程度の長文を書いたことがないはずはなく、センタリングや右詰めの概念はあるはずだから、それくらいの指導はできるでしょう。
不安なら、教師の事務処理を補助する職員にExcelとWordのスキルが高い人を置いて、ワープロ指導の補佐を頼めば一石二鳥。

Excelの習得については、数学の授業で関数を使うのは支障があるので(やはりここは自分で計算しないと)、社会科で表を作成させたりするというのはどうだろうか。

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2015年1月 4日 (日)

ネットリテラシー

年末、身近で起きたFacebookを巡るトラブルの話を聞かされた。
ネットリテラシーの共有ができていないっていうか、意識の違いの話だったけど、個人レベルなら実名で付き合う人との通信手段はメールでいいじゃないかと思ってしまう私です。

そして、ポータルサイトで新年早々に安藤美姫のインスタグラムについての記事。
ここで、ふと疑問が生じたのだけど、インスタグラムの内容ややりとりを記事にするにあたっては本人サイドの許可は取っているんだろうか?
そもそも、芸能人やスポーツ選手がブログやTwitter、Facebookを始めたのは、マスメディアのフィルターを通さず自分の言葉で発信したいというのが主な動機のはず。
それでなくても、いわゆるSNSが始まった頃から、他メディアもしくは他サイトの記事の転載・引用というのにはかなり気を使ってきたものなので、元の文意を歪めるような恣意的な一部抜き出しは法的にもNGのはずだけど、どうも配慮に欠ける記事が目につくもので。

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2013年7月26日 (金)

方眼紙Excelを全否定する理由

文書作成及びその清書は、手書き→タイプライター→ワープロ専用機→パソコンのワープロソフト(主にWord)と発展してきた。
タイプライターでは修正が入れば打ち直すしかなかったのが、ワープロ専用機の出現により文書の保存と修正・挿入・削除が出来るようになったのは画期的だった。
それからページ設定で文字の自動折り返しを設定できることも。
ワープロ専用機→Wordで便利になったのは、なんといっても表の作成。
それまでの表は「タブで文字を配置して罫線を引いて」作成していて、行単位の入れ替えは出来ても列の入れ替えは出来なかったのが、Wordでは可能に。
セルの概念が素晴らしい。

その素晴らしいセルをただの方眼としか見ていないのか、Excel本来の表計算の機能さえ犠牲にして清書ソフトとして使っているのが方眼紙Excel。
ワープロソフトも行末に逐一強制改行を入れられると迷惑だけど、それでも改行を消せばなんとかなるものを、方眼紙状態のExcel上に適当に文字を配置された日には修正のたびに打ち直し。
作業効率をタイプライターとワープロ専用機の中間まで戻してどうするのかと。
セル結合で複合表を作っているケースもしかり。
修正の可能性を考えたら、とてもこんなやり方をしていられないはずだけど、いちいちセルを結合したり解除したりを面倒くさいと思わないことが不思議。
Excelは表示どおりに印刷されないから、そもそも緻密なレイアウトには不向きなんですが。


方眼を入力用ではなくテキストボックスを貼る台紙みたいにして使っているケースもあるけど、ピクセルをいちいちミリに換算してセルを方眼にするくらいなら、ミリ単位でグリッドを表示できるWordを使うほうが合理的です。
テキストボックスを貼るのは、どうもExcelの文字列折り返しに不満があってのことらしいけど、だったらなおさら素直にWordを使えば良いのに。

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2013年7月 6日 (土)

方眼紙Excel撲滅!(切望)

Excelのセルを方眼紙状態にする使い方、私の視界からは消えていたのでなくなったのかと思ったら職場を変わったら蔓延していた・・・。
ワープロソフトで、行末に逐一改行したりスペースでインデントした文書にも悩まされたものだけど、方眼紙Excelは改行を消して対応することもできないから、さらに始末が悪い。
表として使うにもExcel本来の機能が使えないし、ワープロ代わりにあの使い方をしている人たちは「推敲」ということをしないのだろうか。
デジタルで文章を入力する利点は見た目の美しさだけではなく、入力したデータを推敲してなんども直せること、そしてそのデータを再利用できること。
方眼紙Excelなどを使うより普通にWordを使ったほうが楽だし、レイアウトのためにどうしても網目表示にしたいのならWordの「グリッドを表示」を使えばいいじゃないかーーーっ。
・・・と心の中で叫びながら検索してみたら、こんな恐ろしいものが。

日経ウーマンが美文書「Excel方眼紙」特集、古傷を刺激された皆さんの叫び声が響きわたる

Excel方眼紙の使用者が(おそらく)「どや顔」しているであろうことにも腹が立つ。
ものすごく作業効率の悪いことをして、他人の効率まで下げているというのに。

なお、方眼紙Excelに入力された文章を修正する時は、
まず問答無用でWordにコピー
→セル結合
→表の解除
→置換で行末の改行(特殊文字)を消去
という手順で作業しております。
そんな手間をかけるのか?と思われる向きもあるかもしれないけど、一度Wordできちんとした形にしてしまえば何度でも直せるから、方眼紙Excelのままにしておくよりもはるかにマシ。

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2011年7月25日 (月)

ともだちのともだちはみなともだちか?

このところのTwitterに起因する事件や騒動を見るに、不特定多数に見られることの怖さを知らずに情報発信することの危険をまざまざと感じる。
有名人の私生活の言動をTwitterで流して問題になるって、私が知っているだけでもこれで三件目で、いずれも流した側が責任を追及されているのに、過去の事例を知らなかったんだろうか。
Twitterを使っていて、Twitterにまつわる事件を知らないのはとても危険。

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ほぼ日の2011年7月25日付け今日のダーリンがフェイスブックの話だったのだけど、
“親しい「ともだち」の間だけで交わす会話が、「フェイスブック」でできるんだということですが、「ともだち」には、また「ともだち」がいるわけですし、その「ともだち」にも、「ともだち」はいますから、「親しい」の範囲は、あっというまに拡大します。”
という部分に、長年のモヤモヤが氷解した気がする。

私がネットを始めた時はWebサイトというものはなくて、まだパソコン通信の時代。
当時、Nifty-ServeのHome Partyを主に利用していて、当時の私にとって「HP」といえば「HomePage」でも「Hewlett-Packard」でもなく、「Home Party」だった。
参加していたHomePartyは、とあるファンの集まりだったけど、「共通の好きなものがあって、かつ、今よりもハードルの高かったパソコン通信という手段を使う仲間の集い」ということで、ROMも含めて把握できるくらいの人数しかいなかったし、安心して楽しむことができた。
交換日記を高速で回す感覚というのか。
その時点でも、無警戒に仲間を増やそうとする人はいたけれど、Home Partyの容量の少なさがそれを阻止してくれた。
でも、Home Partyのサービスがなくなり、Webサイトが主流になり始めた頃から、そうもいかなくなってきて。

パソコン通信からインターネットに変わって、情報収集・閲覧、情報発信については飛躍的に便利になったし、震災直後のTwitterの威力には感動さえしたけど、コミュニケーションツールとして使うには未だに躊躇があるので、糸井重里のコラムを読んで、「ああ、ずっと感じていた不安や疑問はこれなんだよ」と思ったんであった。

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2008年7月 9日 (水)

BBSとブログ

BBSとブログを混同・誤用しているのを見かけたのだけど・・・。

所定のライターによるエントリーがあって、それに対するコメントやトラックバックがつくのがブログ、BBSというのは不特定多数がアクセスして意見を交換する場、ということになると思うけど、今時、その区別がつかないというのは不思議な気がする。
今や日常的なツールなのに。
なかにはコメント欄がBBS化しているブログもあるけれど、だからといってブログとBBSが同じものかといえばやはり違うし、ある程度の期間ネットにアクセスしていれば自然にわかると思うのだけども。
もちろん、日常的にインターネットにアクセスしていない人は知らなくて当然なので、「ネットを利用しているにもかかわらず」ということですが。

用語を混同するのはネット初心者によくあることといえなくもないけど、ブログ機能などはどこにも付いていないサイトを指して「ブログ」と呼んだり、某匿名巨大掲示板をブログと同一視するというのは、ちょっと大雑把に過ぎやしないかと思う。


些細なことではあるんだけど、こういう、一般的に区別されていることを区別しない、もしくは区別することを疎かにする人って、ある意味「空気読めない」タイプなんだろうな、と感じてしまう。

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