カテゴリー「メディア批判」の93件の記事

2018年11月13日 (火)

メディアネタいくつか

安田純平氏に対する批判、沈静化すると同業者が擁護して燃料投下。
何度も拘束された過去がある「捕まりやすい」という「ちょっと特殊な」性質を持っている人が危険な場所に赴くことへの批判なのに、同業者が「危険な地域の報道全般の是非」に話をすりかえるのは何故でしょう。

これまでも安藤美姫、上野樹里、小栗旬のネガティブな記事には意図的なものを感じてきた。
このところの吉岡里帆関連の記事にも同じような不自然さを感じる。

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ZIP

日本テレビのZIPの放送内容がちょっとキモチワルイ。

新大久保の話題で多国籍化を取り上げること自体は良いのです。
でも、その多国籍化したという食べ物の中から、スタジオの試食用に「袋にハングル表記のある食品」を選ぶのは何なの。
これでは「多国籍な街に変わった新大久保」も伝わらないし、徴用工問題の判決が問題になっている時期に無神経でさえある。
出演者のプライバシーの報道などでは過敏に自主規制するテレビが国際情勢及びそれにまつわる国民感情には鈍感なのが理解しがたい。

そして、その翌日の放送はスマホのテレビ電話が手放せない女の子と怪しげなアプリを時間を使って紹介。
この手の番組で、時間を長めに費やしている場合は、実際に流行っているとかではなく「これをプッシュしている」と解釈している。
言うなればステルスマーケティング。
手法自体もどうかと思うけど、紹介したものが酷すぎる。
テレビ電話が手放せない女の子は「最近のトレンド」というには常軌を逸していて、朝の情報番組よりは「月曜から夜ふかし」的ネタ。
「真似しないでね」案件です。
あれがヤラセでないのなら、ほんとうに危ない。
アプリのほうは機能が見るからに怪しいし。
アプリの名前からして胡散臭い。
利用者だという高校生もどこか不自然で、他の人気番組でヤラセ疑惑が起こっている時にこれを出すか?という感じ。

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東京競馬場の新しい馬券購入機の画面に英語と中国語の簡体・繁体、ハングルの切り替えアイコンがある。
・英語は事実上の国際語だから必要
・中国語は中国の人口が多いこと及び英語が話せない人が多いから必要
でもハングルはそもそも使用人口も少ない言語で英語・中国語と並べることに妥当性を感じない。
これに限らず、ここ数年ハングル表記を目にすることが増えてきているけど、「ここにハングル表記を」と言い出しているのは誰なのか。
必要性が理解できれば気にならないけど、まったく理解できないんですよ。

ストラスブールのホテルにドイツ語表記があるようなものかなと思ったりもしたけど、隣国といっても地続きのドイツとフランスとは違って海を隔てている。
大体、フランスもドイツ語があるのは隣接しているアルザス地方と、パリではドイツ行きの路線が発着する北駅くらい。
昔からのコリアン街などはともかく、広範囲の公共の場にハングル表記する必要はない。
「必要性を感じられないもの」が増えている状況がかなり気持ち悪い。


韓国の地上波は今でも日本語禁止というのに、NHKのゴガクルが英語・中国語と並んでハングルに妙に力を入れているのもモヤモヤする。
ほんと、言い出しっぺは誰なんだろう。

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2018年10月15日 (月)

不自然なゴリ押し、不自然なタブー

モデルデビューした某国民的アイドルの娘を称賛する記事が鬱陶しいなと思っていたら、早くもネガティブ記事が出てきて、「上げてから落とす」のがメディアの常道とはいえサイクルが早いな。
あの誰得というか、素人目にも逆効果としか思えないやり方に突っ込まずにいられないのはわかるけど。
両親とも芸能人でマスゴミのやり口など百も承知のはずなのに、なぜこんな売り出し方をしたのかが不可解。
容姿を持ち上げるだけでなく、世間の反応まで過大に盛ったら違和感を覚える人が出ないわけがない。
「嘘も百回言えばほんとになる」的なのはマイナスでしかないと思う。

二世タレントの売り方としては「あの子誰?」→「あの人の子どもなのか~」というのが一番理想的な流れ。
宇多田ヒカル然り、杏然り。
七光りがプラスになるのは本人が何らかの形で実力を発揮した後のこと。
・・・実力があることが前提ですが。

まあ、母親が10数年にわたって世間に「料理が上手い」と思わせることができていたから、今回もなんとかなると思ったのかもしれないけど、今はネットの時代。
画像修正技術も上がったけど、それを見破るほうも目が肥えているわけで。
メディアが書き立てるほどでなくても、そこそこは可愛いんだから相応な売り方をすればいいのに。

それにしても、国民的アイドルの子でもマスゴミの餌食になるのは免れないのに、ツッコミどころ満載でありながらネガティブ記事が出ない人たちがいるのが不思議。
某元フィギュアスケート選手とか、テニスのトップ選手の自称モデルのガールフレンドとか。
一体何に守られているんだろうか。

マスメディアは、(何らかの落ち度はあれど)仕事に取り組んでいるタレントや俳優のプライベートをほじくって足を引っ張るよりも、芸能界の底辺にいる怪しげな輩を白日の下にさらすほうがずっと有意義。
まあ、メディアが目指すのは有意義なことではないのかもしれないけど。

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2018年7月 5日 (木)

BBCの記事

BBCの「日本の秘められた恥」という記事を読んだ。
日本人の性暴力への意識全般とか、暴力行為がないと法的には強姦と認めない等の矛盾や理不尽さについては改善が急務だと思うし納得。
ただ、欧米の考え方が些か極端である感も否めない。
英国はそこまでじゃないけど、アメリカのポリティカルコレクトはかなりすごいことになっているし。
合意がないものは全部強姦に該当っていうけど、どの時点を合意ととらえるかは難しい問題です。
そこに至るまでの過程を無視するのもどうかと思う。
極論で男性を一方的に追い詰めるのは女性にとっても有益じゃないと思うのですよ。

ランチの時間に就職相談と思しき、窮屈そうなリクルートスーツの若い女の子とオジサンが食事している場面を見かけることがある。
女の子たちは一様に助力は欲しいし好感はもってもらいたいけど、踏み込まれないように緊張しつつ会話している。
そういう子が騙されてどこかに連れ込まれたとかでオジサンの毒牙にかかったのなら心から同情します。
ワインスタインのケースでも被害者の多くはだまし討ちのように現場に誘導されていたり、逃げ場がなかったりした。
その場を逃れたとしても女優としてのキャリアをつぶされたり。
でも、就職の斡旋を目的に、バーで知り合った男性に近づき、誘われるままに酒席に赴いたというケースはそれとは違う。
それが正攻法の就活ではないことは本人だって承知の上のはずだし、だから自己責任論も起こるわけで、#MeTooと同じに扱うことには懐疑的です。
まあ、杉田議員は些か言いすぎとは思うけど、方向としては間違ってない。


話は違うけど、タイで少年たちが洞窟に閉じ込められた件でアエラがわざわざ「現地では自己責任論は出ていない」と書いていた。
これは、過去の日本の事件において噴出した自己責任論を念頭においていると思われるけど、子どものすることに対しては日本だって出ませんよ。
そりゃ、中にはなんでもかんでも自己責任論を持ち出す人というのも一定数いるけれど、それが大多数の声になるまでにはそれなりの背景とか経緯がある。
少年たちの冒険が思わぬ事態になったケースと渡航中止勧告が出ている国に丸腰で出かけてテロリストに拉致されたケースを同じには扱わない、普通は。
アエラの記者はそこを全然理解できていないのだということがよーくわかりました。


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2018年5月13日 (日)

適当な知識で褒められると複雑な件

腹を立てるようなことじゃないけど、メディアの不可解さを感じてしまった記事。

杉山清貴&オメガトライブ復活ツアーに見る“シティポップ”の再興
http://www.cyzo.com/2018/05/post_161463_entry.html

ネットの情報を切り貼りしたような記事ですが、おおむね好意的な内容ではある。
好意的なものに文句を言うのは無粋なのだけど「はぁ?」と思う箇所がありまして。
「カテゴリーこそシティポップでしたが、彼らの曲はプロの作家によるもので、どちらかというと歌謡曲寄り」ってところとか。

プロの作家なんて書かずに林哲司の名前を出せばいいと思うし、林哲司の楽曲にいわゆる歌謡曲の要素を感じたことはない。
林哲司に曲を依頼する人たちは歌謡曲っぼくしたくないから頼んだのだと思う。
歌謡曲が悪いってことはないけど、プロの作家の曲=歌謡曲寄りって認識なら雑だと思うし、一貫してシティポップとしてプロデュースしたプロデューサーも気の毒である。
ネットで杉オメの話題が出ると、カルロスを持ち出す人とプロデューサーの功績を延々と語る人がセットで現れて、それはそれでモヤッとするのだけど、功績については認めるに吝かでないので。

それに、この記事が音楽関連の固有名詞を知らない層を想定しているなら「プロの作家」とざっくりした書き方をするのもわかるのだけど、吉田美奈子の名前は出てくるから知らない人向けでもない。
音楽を聴く人で、吉田美奈子は知っているけど林哲司はわからない人っていないと思う。
どちらも知らない人ならいそうだけど、そういう人はシティポップの再興という記事には関心ないと思うし。
で、誰に向けての記事よ?と思うんである。

以前も80年代にアイドルだった現在アラフィフの二人の女優の歌唱力について取り違えて書かれたネット記事があったけど、微妙に間違っている記事って知らない人にはデマを流すことになるし、知っている人はもやもやするので、記事を書くなら関心のある人に書いてほしいものです。

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2018年4月21日 (土)

メディアと世論の乖離が大きくなっていること

しばらく前からマスメディアと世論に乖離が見えていたけど、ここにきて更に大きくなっている。

http://bunshun.jp/articles/-/7134
福田次官セクハラ更迭 なぜかテレ朝の女性記者が叩かれる日本

文春の記事。
女性記者への批判がないとは言わないけど、テレ朝の管理体制と取材手法への批判が圧倒的に多いのだけど。
他の媒体も同じように論点をすりかえているし。

一対一で会うことを取材対象が強制したならともかく、財務省の次官といえども、そういう強制力はないのだからセクハラとはいえない。
「会いたいというから会ってやってる」という立場なわけで。
むしろエロオヤジであることを利用していたのはどっちかって話です。
性的な話をするのをユーモアだと勘違いしているオヤジは迷惑だし、エロオヤジを擁護するのは不本意だけど、そういうことへの嫌悪と進退はまた別の話。
メディアはどうしてもそうじゃないほうに話を持って行きたいようで。

新潟県知事辞職の件、買春でしか恋愛できないのも哀れだけど、自ら売春を雑誌に告白する名門私立大の学生って、ちょっと世も末。
この先どんな人生を送るんだろうか。
昔「パラダイス通信」という漫画があったけど、「お金をもらう側の倫理」みたいなものはあったのにね。


そして、物事の優先順位とか自分たちの仕事とか、いろいろ勘違いしている野党の人たち。

https://www.sankei.com/photo/story/news/180420/sty1804200006-n1.html
野党、セクハラ疑惑に抗議 黒服で「#MeToo」

黒い服を着て嬉々としている女性議員たちのノリが気持ち悪い。
「私たちもこれやってみたかったんだー」っていう感じ。
くだらないパフォーマンスしていないで仕事しろよ、野党。
その野党を批判しないメディアも同類で同罪。

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2018年4月 1日 (日)

理不尽な採点、ありました

「さわこの朝」に出演した某元選手が「理不尽だと思う採点はありました?」と聞かれて「ありました」と答えたとのことだけど、確かにありましたね。
2016年のグランプリシリーズ中国杯 -- 本郷理華
2013年のグランプリファイナル -- リプニツカヤ
2014年の世界選手権 -- リプニツカヤ
2012年のNHK杯 -- 鈴木明子
が優勝だったと今でも思っている。

番組は見ていないけど、阿川佐和子は下世話な本音を聞きだすことが売りなので、質問についてはさもありなん。
本音を知るのが面白い時もあるし、下世話が悪いわけじゃないけど、時と場合によりけりだし、スポーツの醍醐味には興味がなさそうなので、アスリートへのインタビューは向いていない。
(ジャンクスポーツはなんだかんだいってMCの浜田雅功にスポーツへのリスペクトがあるから面白いんだと思う。)
思い起こせば2007年の世界選手権の後にMCをしていた番組に優勝・準優勝の安藤美姫・浅田真央が出演した際の質問もキム・ヨナへのライバル意識を煽ろうとするものばかりで、そのために阿川佐和子を少し嫌いになったほど。
試合翌日の、それもレセプション出席中の選手を引っ張り出して聞くことじゃないなと思ったんである。
ちなみにその時は安藤美姫がうまくかわして、それ以外の普通の質問にも言葉が出てこない後輩をなにくれとなくフォローして代わりに答えてあげていた。
これに限らず一緒にメディアに出る時は、安藤美姫がなにくれとなくフォローしていて、姉なんかよりずっと親身だったと思う。

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2018年3月19日 (月)

懲りてない

報道しない自由を駆使。
根拠が不確かな支持率低下の記事をジャブのように繰り出す。

前にも同じこと・同じやり方をして悪夢のような民主党政権の三年間を招いたのだけど、まだ懲りないのか。
マスゴミは。
倒閣を自分たちの力を誇示するための道具にするんじゃないですよ。
海外情勢が緊張している時だし、メディアが報じるべきこと、国会で議論すべきことは他にある。


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2018年3月14日 (水)

報道しない自由

別に自民党が清廉潔白などと思ってはいないけど、森友問題については関係者が見るからに胡散臭いし、仮にも政治家がそんな危ない橋を渡るほど軽率とは思えない。
泥水に足を突っ込んでしまったどこぞのうっかり夫人にしても、おだてられて舞い上がることはあってもお金のために口利きするタイプではなさそう。
でも、「一度会ったらお友だち」という感覚の人に勝手に名前を出されては如何ともしがたい。
財務省が書類を改竄、政治家の名前を削除って、まだ他にもうっかり屋さんがいたのかと思ったら、既出の籠池理事長の発言のことだったとは。
で、改竄というのは書類の体裁に執心する役人の習性のなせる業だったりして。
なにしろ形を気にするあまり、やたらと罫線にこだわったり神エクセルを蔓延させたりする人たちだし。

ツイッターと掲示板では野党議員の支持団体に強制捜査が入ったニュースで盛り上がっているけど、テレビも新聞もそのことを一切報じないのが不気味。
いつもは芸能人のSNS炎上をもらさず記事にしたり、匿名掲示板の噂を元に記事を書いたりもするのに。
デマならデマで、「ネット民がフェイクニュースに盛り上がっている」とさえ書かず、ひたすら無視し続けているのがものすごく気持ち悪いです。

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2018年1月21日 (日)

文春砲

以前はほぼ毎週買っていた週刊文春。
昔は芸能人のゴシップを扱うのは女性週刊誌とスポーツ新聞とテレビのワイドショー、文春は政治と社会的な事件に関わる記事が主で、女性週刊誌やおじさん系メディアを買うことには抵抗がある人も手に取れるのが新潮と文春だった。
私が新潮よりも文春を選んだのは、連載のコラムが好きだったから。スクープ記事はどうでもよかった。

芸能ゴシップが女性週刊誌やワイドショーの専売特許だった頃は、他人のプライバシーに興味を持つことに対する恥ずかしさがあったし、眉をひそめつつ、そして、あくまでも当事者間の問題であることを弁えた上で他人事として面白がる余裕みたいなものもあったと思う。
本気で弾劾する人がいたとしても声は小さかった。
文春が取り上げて文春砲とか言われだしたあたりから声高に糾弾する流れが出来てしまった気がする。
「たかが芸能ゴシップ」というタガが外れてしまったというのか、叩くことが正義と思いたい人たちを勢いづけてしまった。

ウタフクヤマで見た小室哲哉が、音楽談議にあまりノッていないように見えたので、引退を考えていたのは本当なんだろうと思った。
今回の記事はきっかけだったのだろうけど、そうだとしてもゴシップ記事がミュージシャンを引退に追いこんだことは釈然としない。
ミュージシャンは好感度で商売しているタレントとは違うし、音楽ファンなら犯罪ならともかくゴシップで音楽を聴く聴かないを左右されたりしない。そういうことで聴かなくなるのはもともと音楽を聴かない人たちだから。
俳優も、よほど良妻賢母とか好い人の役ばかり演じている場合は好感度タレントと同じ扱いになるけど、そうでなけば役と俳優は切り離して考えるものなので、本来は問題にならないはず。
小室哲哉の曲をまったく聴かない私でも会見の内容にはいろいろ思うところがあって、そりゃ人間だから自分に都合よく脚色した部分はあるだろうけど、それでも真実は含まれていると思うのですよ。
醜聞として扇情的に記事にするのではなく、「配偶者の介護にあたる人の苦悩」的なアプローチで記事にしようとは思わなかったんだろうか、文春は。
以前の安藤美姫の出産に関するアンケートの時もそうだけど、人のプライバシーとか痛みに対する感覚が相当麻痺していると思う。
メシのタネとしか思っていないというか。
いえ、メシのタネと思っていると自覚があるならまだいいけど、「ジャーナリストでござい」という姿勢なのが腹立たしい。
政治向きの記事には「報道しない自由」を行使しているのだから、読者のニーズを持ち出して正当化してほしくない。

記者の妬みが芸能人の不倫ネタを追うモチベーションなんじゃないかとさえ思う。

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