カテゴリー「メディア批判」の89件の記事

2018年5月13日 (日)

適当な知識で褒められると複雑な件

腹を立てるようなことじゃないけど、メディアの不可解さを感じてしまった記事。

杉山清貴&オメガトライブ復活ツアーに見る“シティポップ”の再興
http://www.cyzo.com/2018/05/post_161463_entry.html

ネットの情報を切り貼りしたような記事ですが、おおむね好意的な内容ではある。
好意的なものに文句を言うのは無粋なのだけど「はぁ?」と思う箇所がありまして。
「カテゴリーこそシティポップでしたが、彼らの曲はプロの作家によるもので、どちらかというと歌謡曲寄り」ってところとか。

プロの作家なんて書かずに林哲司の名前を出せばいいと思うし、林哲司の楽曲にいわゆる歌謡曲の要素を感じたことはない。
林哲司に曲を依頼する人たちは歌謡曲っぼくしたくないから頼んだのだと思う。
歌謡曲が悪いってことはないけど、プロの作家の曲=歌謡曲寄りって認識なら雑だと思うし、一貫してシティポップとしてプロデュースしたプロデューサーも気の毒である。
ネットで杉オメの話題が出ると、カルロスを持ち出す人とプロデューサーの功績を延々と語る人がセットで現れて、それはそれでモヤッとするのだけど、功績については認めるに吝かでないので。

それに、この記事が音楽関連の固有名詞を知らない層を想定しているなら「プロの作家」とざっくりした書き方をするのもわかるのだけど、吉田美奈子の名前は出てくるから知らない人向けでもない。
音楽を聴く人で、吉田美奈子は知っているけど林哲司はわからない人っていないと思う。
どちらも知らない人ならいそうだけど、そういう人はシティポップの再興という記事には関心ないと思うし。
で、誰に向けての記事よ?と思うんである。

以前も80年代にアイドルだった現在アラフィフの二人の女優の歌唱力について取り違えて書かれたネット記事があったけど、微妙に間違っている記事って知らない人にはデマを流すことになるし、知っている人はもやもやするので、記事を書くなら関心のある人に書いてほしいものです。

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2018年4月21日 (土)

メディアと世論の乖離が大きくなっていること

しばらく前からマスメディアと世論に乖離が見えていたけど、ここにきて更に大きくなっている。

http://bunshun.jp/articles/-/7134
福田次官セクハラ更迭 なぜかテレ朝の女性記者が叩かれる日本

文春の記事。
女性記者への批判がないとは言わないけど、テレ朝の管理体制と取材手法への批判が圧倒的に多いのだけど。
他の媒体も同じように論点をすりかえているし。

一対一で会うことを取材対象が強制したならともかく、財務省の次官といえども、そういう強制力はないのだからセクハラとはいえない。
「会いたいというから会ってやってる」という立場なわけで。
むしろエロオヤジであることを利用していたのはどっちかって話です。
性的な話をするのをユーモアだと勘違いしているオヤジは迷惑だし、エロオヤジを擁護するのは不本意だけど、そういうことへの嫌悪と進退はまた別の話。
メディアはどうしてもそうじゃないほうに話を持って行きたいようで。

新潟県知事辞職の件、買春でしか恋愛できないのも哀れだけど、自ら売春を雑誌に告白する名門私立大の学生って、ちょっと世も末。
この先どんな人生を送るんだろうか。
昔「パラダイス通信」という漫画があったけど、「お金をもらう側の倫理」みたいなものはあったのにね。


そして、物事の優先順位とか自分たちの仕事とか、いろいろ勘違いしている野党の人たち。

https://www.sankei.com/photo/story/news/180420/sty1804200006-n1.html
野党、セクハラ疑惑に抗議 黒服で「#MeToo」

黒い服を着て嬉々としている女性議員たちのノリが気持ち悪い。
「私たちもこれやってみたかったんだー」っていう感じ。
くだらないパフォーマンスしていないで仕事しろよ、野党。
その野党を批判しないメディアも同類で同罪。

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2018年4月 1日 (日)

理不尽な採点、ありました

「さわこの朝」に出演した某元選手が「理不尽だと思う採点はありました?」と聞かれて「ありました」と答えたとのことだけど、確かにありましたね。
2016年のグランプリシリーズ中国杯 -- 本郷理華
2013年のグランプリファイナル -- リプニツカヤ
2014年の世界選手権 -- リプニツカヤ
2012年のNHK杯 -- 鈴木明子
が優勝だったと今でも思っている。

番組は見ていないけど、阿川佐和子は下世話な本音を聞きだすことが売りなので、質問についてはさもありなん。
本音を知るのが面白い時もあるし、下世話が悪いわけじゃないけど、時と場合によりけりだし、スポーツの醍醐味には興味がなさそうなので、アスリートへのインタビューは向いていない。
(ジャンクスポーツはなんだかんだいってMCの浜田雅功にスポーツへのリスペクトがあるから面白いんだと思う。)
思い起こせば2007年の世界選手権の後にMCをしていた番組に優勝・準優勝の安藤美姫・浅田真央が出演した際の質問もキム・ヨナへのライバル意識を煽ろうとするものばかりで、そのために阿川佐和子を少し嫌いになったほど。
試合翌日の、それもレセプション出席中の選手を引っ張り出して聞くことじゃないなと思ったんである。
ちなみにその時は安藤美姫がうまくかわして、それ以外の普通の質問にも言葉が出てこない後輩をなにくれとなくフォローして代わりに答えてあげていた。
これに限らず一緒にメディアに出る時は、安藤美姫がなにくれとなくフォローしていて、姉なんかよりずっと親身だったと思う。

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2018年3月19日 (月)

懲りてない

報道しない自由を駆使。
根拠が不確かな支持率低下の記事をジャブのように繰り出す。

前にも同じこと・同じやり方をして悪夢のような民主党政権の三年間を招いたのだけど、まだ懲りないのか。
マスゴミは。
倒閣を自分たちの力を誇示するための道具にするんじゃないですよ。
海外情勢が緊張している時だし、メディアが報じるべきこと、国会で議論すべきことは他にある。


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2018年3月14日 (水)

報道しない自由

別に自民党が清廉潔白などと思ってはいないけど、森友問題については関係者が見るからに胡散臭いし、仮にも政治家がそんな危ない橋を渡るほど軽率とは思えない。
泥水に足を突っ込んでしまったどこぞのうっかり夫人にしても、おだてられて舞い上がることはあってもお金のために口利きするタイプではなさそう。
でも、「一度会ったらお友だち」という感覚の人に勝手に名前を出されては如何ともしがたい。
財務省が書類を改竄、政治家の名前を削除って、まだ他にもうっかり屋さんがいたのかと思ったら、既出の籠池理事長の発言のことだったとは。
で、改竄というのは書類の体裁に執心する役人の習性のなせる業だったりして。
なにしろ形を気にするあまり、やたらと罫線にこだわったり神エクセルを蔓延させたりする人たちだし。

ツイッターと掲示板では野党議員の支持団体に強制捜査が入ったニュースで盛り上がっているけど、テレビも新聞もそのことを一切報じないのが不気味。
いつもは芸能人のSNS炎上をもらさず記事にしたり、匿名掲示板の噂を元に記事を書いたりもするのに。
デマならデマで、「ネット民がフェイクニュースに盛り上がっている」とさえ書かず、ひたすら無視し続けているのがものすごく気持ち悪いです。

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2018年1月21日 (日)

文春砲

以前はほぼ毎週買っていた週刊文春。
昔は芸能人のゴシップを扱うのは女性週刊誌とスポーツ新聞とテレビのワイドショー、文春は政治と社会的な事件に関わる記事が主で、女性週刊誌やおじさん系メディアを買うことには抵抗がある人も手に取れるのが新潮と文春だった。
私が新潮よりも文春を選んだのは、連載のコラムが好きだったから。スクープ記事はどうでもよかった。

芸能ゴシップが女性週刊誌やワイドショーの専売特許だった頃は、他人のプライバシーに興味を持つことに対する恥ずかしさがあったし、眉をひそめつつ、そして、あくまでも当事者間の問題であることを弁えた上で他人事として面白がる余裕みたいなものもあったと思う。
本気で弾劾する人がいたとしても声は小さかった。
文春が取り上げて文春砲とか言われだしたあたりから声高に糾弾する流れが出来てしまった気がする。
「たかが芸能ゴシップ」というタガが外れてしまったというのか、叩くことが正義と思いたい人たちを勢いづけてしまった。

ウタフクヤマで見た小室哲哉が、音楽談議にあまりノッていないように見えたので、引退を考えていたのは本当なんだろうと思った。
今回の記事はきっかけだったのだろうけど、そうだとしてもゴシップ記事がミュージシャンを引退に追いこんだことは釈然としない。
ミュージシャンは好感度で商売しているタレントとは違うし、音楽ファンなら犯罪ならともかくゴシップで音楽を聴く聴かないを左右されたりしない。そういうことで聴かなくなるのはもともと音楽を聴かない人たちだから。
俳優も、よほど良妻賢母とか好い人の役ばかり演じている場合は好感度タレントと同じ扱いになるけど、そうでなけば役と俳優は切り離して考えるものなので、本来は問題にならないはず。
小室哲哉の曲をまったく聴かない私でも会見の内容にはいろいろ思うところがあって、そりゃ人間だから自分に都合よく脚色した部分はあるだろうけど、それでも真実は含まれていると思うのですよ。
醜聞として扇情的に記事にするのではなく、「配偶者の介護にあたる人の苦悩」的なアプローチで記事にしようとは思わなかったんだろうか、文春は。
以前の安藤美姫の出産に関するアンケートの時もそうだけど、人のプライバシーとか痛みに対する感覚が相当麻痺していると思う。
メシのタネとしか思っていないというか。
いえ、メシのタネと思っていると自覚があるならまだいいけど、「ジャーナリストでござい」という姿勢なのが腹立たしい。
政治向きの記事には「報道しない自由」を行使しているのだから、読者のニーズを持ち出して正当化してほしくない。

記者の妬みが芸能人の不倫ネタを追うモチベーションなんじゃないかとさえ思う。

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2017年10月29日 (日)

マイナスポジティブシンキング

フィギュアスケートのシーズンが始まって、旅行から帰ってロシア杯から順番に録画を視聴。

今季の樋口新葉のプログラムはSP・FSともに好き。
FSの「スカイフォール」は何度もリピートして見たくなるプログラムで、これからブラッシュアップして良くなっていくのが楽しみ。

ところで、またかっていう感じだけど、このところのメディアの本田真凜についての過剰な報道が気になる。
「人気があることにして話題にする」手法はいい加減飽きた。
あくまでも有望な若手選手の一人であり、メディアがスターを作ろうとすると当の選手にとっても周囲にとってもロクなことにならないのでやめてほしい。

「(昨季のプログラムだった)ロミオとジュリエットのストーリーは知らない」発言とか、今回のコーチの苦言とか、選手に対しても思うところはある。
なんていうか、ポジティブ思考って必ずしも良いことばかりじゃなく、自分の問題に向き合うためには「きちんと挫折」することも時には必要なんだな、とか。
でも、彼女への批判に浅田真央を持ち出す人を見ると片腹痛い。
「コーチの言うことを聞かない」、「リカバリーの練習をしない」、「振付を省く」、全部浅田真央にも該当することなので。
違うのは練習量だけど、これを比較に持ち出すのはやぶへびだと思う。

そしてタイプは違うけど、ロシアのザキトワも浅田真央と似たところがある。
こちらは上半身の使い方と腕の所作が雑で、振付をこなしているだけなところが。
タノジャンプの多用もGOEはプラスでいいけど、PCSから減点してくれって感じ。
スケート≠バレエであることは重々承知しつつも、「ドンキホーテ」でバレエらしい動きが出来ていないっていうのはどうなのよと思う。
かといってアスリートタイプの選手でもなく、技術は高いだけに残念な感じ。

浅 田 真 央がシニアデビューした頃は「表現はいまいちだけどジャッジ受けする技術がある技術特化型」の選手なのだと思っていた。その後、ジャッジ受けはともかく技術特化は誤解というか、むしろ逆の選手だったことがわかったけど。
今のザキトワは「技術特化型」を真の意味で体現している選手だと思う。
好き嫌いはともかくとして。

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2017年10月 2日 (月)

リベラルとは?

リベラル【liberal】
( 名 ・形動 )
① 自由を重んじるさま。伝統や習慣にとらわれないさま。また、そのような立場の人。 「 -な考え方」
② 自由主義に基づくさま。自由主義の立場をとるさま。また、そのような人。
③ 穏やかに改革を行おうとするさま。また、そのような立場や人。
(大辞林 第三版の解説)

リベラルって、本来は悪い意味ではなく、むしろ好ましい言葉だったのに。
最近の日本の政治における「リベラル」って「現実無視」とか「自分の考えと違う人を攻撃する人たち」を指す言葉になってしまった。
さらに今度は排除の対象にまで。

それにしても民進党は与党時代のまともな反省をしないままでしたね。
あ、マスコミも。

小池都知事の衆議院選出馬が規定路線のように報道されることに違和感があるんだけど、マスコミ的には女性首相という話題が欲しいようで。
そういう理由で都政と国政をおもちゃにしないでくれるかな。
都議選の時は、自民党の都連に対する反感が強かったことが都民ファーストへの追い風になったけど、今は状況が変わっている。
都知事として結果を出すほうが先じゃないかな。
具体的な実績もなしに政権交代なんてとんでもない。
民主党政権の二の舞は勘弁して。

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批判はわかるけど断罪はどうなの?

保毛尾田保毛男は好きじゃなかったし、低視聴率とかつまらないとか、別の理由で批判されるのなら気にならないけど、差別だなんだという騒がれ方をすると、ちょっと待てよと思う。
これに限らず、このところ批判の方向が高圧的と言うか、なんだか大上段に構えすぎ。
個人的な感想を表明するのは自由だし、そういった個人的な感想も集約されれば社会的な力になり得るけれど、最初から断罪する気満々で大声を出す人が増えているみたいで、言論弾圧っぽくてイヤな感じです。
ちょっとした笑いの毒とか悪趣味さを徹底排除する方向に向かっているのは危険だと思う。
これがダメだったらコントなんか全滅、モンティ・パイソンなんてどうなるのか。

それに、これがCMとか、こちらの意志とは関係なく目に入ってしまうものならともかく、一番組の中のキャラクターなんて番組を見なければ避けられるわけだし。

なお、好きではなかったけど、大原麗子が出たコントとプリンスのバットマンのパロディでマントを黒レースにしたのはちょっと好きだった。

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2017年9月 3日 (日)

消極的擁護

「暴力はよくない」は正論だけど、じゃどうすれば良かったのかというと答えは思いつかない。
日野皓正のビンタの件です。
トランス状態に入ってソロを弾き続けるというのは最近行ったライブでもお馴染みのネタ。
ネタの場合は肩を叩かれて我に帰るというお約束の演出がされているけれど、ネタでなく、肩を叩いても、それどころかスティックを奪っても止めない場合どうすればいいのか。しかも相手は子ども。
放置したら放置したで収拾つかなくなるし、後になって他の出演者の不満やら憎悪が燻ることになったんじゃないか。
だから暴力を肯定することには抵抗を感じつつも、止めさせたことに対しては消極的擁護にならざるをえなかったりする。
こうなるとわかっていれば屈強のプロレスラーでも呼んでおいて抱えて連れ出したりもできるけど、突発的な事態だし。

で、これを記事にした新潮も文春も揃って「放火体質」であることがよーくわかった。
有名人の足を引っ張りたいあまり中学生に及ぼす影響を無視している。
なんでそっとしておけないのかな。


女優の結婚ニュースに対してスポンサーがーとか次の仕事がーとかの視点で批判するコメントを目にすることが増えているけど、妙に業界の事情を忖度する人が増えていることに違和感。
そういうのって業界の人が考えればいいことだと思うのだが。

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