カテゴリー「本棚」の57件の記事

2020年3月14日 (土)

王妃マルゴ、完結

萩尾望都の王妃マルゴが完結しました。
ジャック少年の登場には「こう来るか!」と膝を打ちました。
歴史ものなので登場人物の結末はわかっているのだけど、ジャックは実在ではあるけれどフィクションの部分が多いので、行く末が気になってしまった。
ヒロインのマルゴは知性と教養はありながら徹底した恋愛脳で、7巻の右往左往ぶりはかなり愚かしい。でも、だからこそリアリティを感じたりもする。
兄王たちは情緒不安定だし、ギーズ公は政治ではなく宗教のために行動していて、登場人物の中でちゃんと政治をしていたのは母后カトリーヌ・メディシスとナヴァルだけ。
その母后にしても必死でバランスをとろうとしていたけど、何を目指していたのかはわからないまま。
「大きなことばかり言う小さな弟」アランソン公の存在が意外と大きくて、マルゴや母后には軽く扱われているけど軍事的才能があるし、彼の死が三アンリの戦いの火蓋を落とすことになる。
母后がマルゴに対して冷淡な理由は具体的に語られず、心理を掘り下げると面白そうだけど想像の余地を残しているのもまた良かったりする。

7巻と8巻を読む間に佐藤賢一の「ブルボン王朝」を読みました。
カペー朝、ヴァロア朝に比べて、ブルボン朝の王たちはあまりにポピュラーすぎて興味がなかったのだけど、王家となる前のブルボン家についてのくだりが面白かった。

今まで知ることのなかったマルゴの姉たちが出てきたのも興味深かった。
エリザヴェートはオペラの登場人物にもなっているし、みんな劇的。

ギーズ公の母アンナ・デステがルクレツィア・ボルジアの孫で、したがってギーズ公アンリは曾孫なのが塩野七生のルネサンスものを愛読した者としては格別な感慨があります。
アンリエットの夫のヌヴェール公はイザベラ・デステの孫だし、「ルネサンスの女たち」の後日譚として読んでも面白いです。

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2020年3月 2日 (月)

読書のススメ

休校、イベント自粛、美術館も遊園地も閉まっている間、子どもたちがやることないなら読書したらいいんじゃないかな。
こういう時なので、なんだったら伝染病とか感染症が出てくる本でもどうかなと思ったらカミュのペストが売れているらしい。
同じことを考える人はいるものですね。

ペストは休校の対象向けとは言い難いので、以下は小学校高学年から高校生に勧めたい小説リスト

---小学校高学年以上
鹿の王 上橋菜穂子 架空の伝染病
隔離された家(アンの友達) ルーシー・モンゴメリ 天然痘
没我の精神(アンをめぐる人々) ルーシー・モンゴメリ 天然痘

---高校生以上
細雪 谷崎潤一郎 猩紅熱と赤痢
デカメロン ボッカチオ ペストの流行から避難している人たちが語る設定
鏡は横にひび割れて アガサ・クリスティ 風疹

 

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2020年2月11日 (火)

モンプチ、嫁はフランス人

新刊の「私はカレン、日本に恋したフランス人」が好評らしく、「パリ愛してるぜ」以来の読者としてなんだかうれしい。
成田空港の音とかimodeとか、カレンさんが好きな日本のポイントが「そうきたかー」という感じ。
「こんなに日本を好きになってくれてありがとう」、です。
各エピソード冒頭のカレンさんがだんだん可愛くなっているのもいい。

旬なのは新刊「私はカレン」なのですが、今更ながらではありますが既刊の「モンプチ 嫁はフランス人」のこと。
最近イクメン絡みの記事を読むことが多いんだけど、小さい子供を持つお父さん、これから父になろうとする男性たちにも「嫁はフランス人」を是非勧めたい。
子どもの行動の観察が細かくて、自分の子ども時代を忘れてしまった人・子どもへの接し方がわからないお父さんたちには参考になると思うので。
もちろん、奥さんとの異文化コミュニケーションの部分も面白いけど。
幼児に生半可なバイリンガル教育をして日本語も外国語も中途半端にしてしまう日本人親が少なからずいるけど、「嫁はフランス人」はカレンさんがきちんと日本語習得に取り組んだ人なので、言語教育についても納得できるところが多いです。
「牛乳飲む」と現在形の後に「牛乳飲んだ」と過去形で話す息子の成長に感動するカレンさんが好き。

フランスを旅行する時、移動中の列車で親子連れを見る機会があるけど、私が見かけたフランス人の若いお父さんはちゃんと「父親」していた。
「お母さんの代わり」じゃないのですね。あくまでも父として。
で、それによってお母さんの負担も軽減している。
別にフランスが全部偉いわけじゃないけど、そこのところはちょっとリスペクトしています。

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2019年12月23日 (月)

十二国記 白銀の墟 玄の月

ようやく出ました。
待ちに待った十二国記 戴国の完結編です。
二巻まではどうなるんだろうと思ったけど、三巻から怒涛の展開。
夜更かしして一気に読んでしまいました。
随所で「魔性の子」とつながっているのがうれしかった。
読み終わってしまったけど、泰麒の看板見たさに書店に行ったりしています。

で、その後「暁の天、黄昏の岸」を読み返しました。
前に読んだ時は、世界を壊しにかかっているように思えて、この先どうなるのか心配だったけど、
完結した後はただただ懐かしく読めた。
読み返すと氾王がいいキャラでした。
そして、泰麒と陽子が「高里です」「中島です」と挨拶する場面が好き。
ファンタジーの世界と現実がリンクする気がするからだろうか。

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2019年6月16日 (日)

時代の香りを伝えてくれた人たち

相次いで好きな人たちの訃報が。

田辺聖子の古典には本当にお世話になりました。
「文車の日記」、「鬼の女房」、「新源氏物語」、「むかしあけぼの」、「隼別王子の叛乱」が特に好き。「舞え舞え蝸牛」と「私本・源氏物語」も。
わかりやすくて、くだけてはいるけど、その時代の雰囲気が感じられる解釈と描写。
昔の人も気持ちは今と変わらないなと感じつつ、決して「現代人」ではないという。
「千すじの黒髪」、「花衣ぬぐやまつわる」などの評伝は、その人物の欠点や悪評などにも触れつつ、常にフラットな視点で、欠点も含めて愛情が感じられる筆致が好きだった。
古典以外では「日毎の美女」が今読んでも笑える。社会的な背景はかなり変化したけれど。


そしてフランコ・ゼッフィレッリ監督。
「ロミオとジュリエット」は何度も映画館に足を運びました。
この映画から中世からルネサンスに興味を持ったことが、塩野七生を読むようになったきっかけにもなった。
もとは、ああいう衣装を身に着けた人たちが生きていた時代が知りたいという、ちょっとミーハーな動機だったのだけど。
古典作品を、本格的ではあるけれど必ずしも原作や歴史に忠実ではない形で映画化したという点で先駆的な監督だったと思う。
「ロミオとジュリエット」にしても「ハムレット」にしても、かなり斬新な描き方だったけれど、それでいて背景となる時代をしっかりと感じられたし、省略はしても改ざんはしない点も好きだった。節度っていうのだろうか。
「ヤング・トスカニーニ」の公開に合わせて開催された「フランコ・ゼッフィレッリの世界」という映画の衣装と絵コンテの展覧会で、ジュリエットの赤いドレスを生で見られたのは貴重な経験でその時の図録は永久保存版。
トゥーランドットが水色のイメージになったのはゼッフィレッリ演出のオペラをテレビで見てからです。
映画上映用に編集した「ナザレのイエス」を劇場で見たけれど、完全版のDVDが出ていた。今は中古のみだけど、再発売してくれないだろうか。

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2018年11月18日 (日)

かつての万葉集解読ブームに思うこと

1990年代前半に「万葉集を古代朝鮮語で解読する」という本が相次いで出版されたことがあった。
ブームだったかも。
ちょうど梅原猛の「隠された十字架」、「水底の歌」を読んだところで、芋づる式の興味で藤村由加の「人麻呂の暗号」を読みました。

「人麻呂の暗号」は「実は草壁皇子の鎮魂の意味が込められている」などの解釈が魅力的だったのだけど、彼女たち(藤村由加は四人の名前を組み合わせた筆名)が学んだのは韓国語と中国語(と記憶している)で、現代の韓国語と万葉仮名を結びつけるのは強引すぎるというモヤモヤは残った。

それで、次に選んだのが古代の韓国語で万葉集を解読したという李寧煕の「枕詞の秘密」。
古代韓国語なら関連性はありそうだと期待したけど、いちいち変な解釈をして、あまりに不愉快なので途中で放り出した。

半島起源説に特にアレルギーはないし、古代朝鮮語と古代日本語がどう対応しているかには興味があった。
日韓とも昔の公文書は漢文だったし、漢字の読みに呉音・漢音・唐音があるように古代朝鮮語の読み(音)と対応する漢字があるのなら、それを元に解読できるのかなと思ったのだけど、違った。
連想ゲームみたいなこじつけを羅列して「古代朝鮮語ではこう読むんです!」と言うばかり。
古代朝鮮語の語彙は出てくるけど、それがどの文字に対応するのかを言わない。
不完全でも古代朝鮮語と漢字と万葉仮名の対応表とか一覧表があれば、もう少し説得力があったと思うんだけど。
これで古来から有名な歌を春歌みたいに解釈されましてもって感じだった。

「文献が残っていない古代朝鮮語」(高麗あたりで焚書にあったらしい)で「まとまった形で残っていて体系づけられている万葉仮名」を解読することにそもそも無理があったわけです。
逆に万葉仮名で古代朝鮮語を類推するほうがずっと合理的。
そういう本が売れるかどうかは知らないけど。

韓国及び韓国好きの人に対して、軽微ではあるけれど警戒心を抱くようになったのは、これ以来だった気がする。
根拠のない上から目線とおめでたさ。


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中国でピンインを読めない人が増えている人がいるということを小耳に挟んで、どうやって入力しているのかと思ったら注音があるのか。
中国語の発音記号。
ハングルって、注音記号と同じようなものだと思うけど、発音記号だけでちゃんと表現できるんだろうか?
いろいろなことに漢字廃止が影響していそうに思う。
来年から漢字教育が復活するそうだけど、まともに話し合えるようになるのは再び漢字が定着してからかもしれない。


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漢字がないほうが外国人が日本語を学ぶ時にとっつきやすいという意見を見たけど、そりゃ観光旅行レベルならそれでいいけど、もっと突っ込んだ話をしたい時にどうするんだよと思った。

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2018年8月18日 (土)

初期の村上春樹作品を自炊、批判の作法

お盆休み、思い立って村上春樹の初期作品を自炊した。
初期のものはハードカバーなので自炊するには中古の文庫を購入するところから始めることになり、やろうと思いつつ伸ばし伸ばしにしていた。
それをやる気になったのは、ある記事がきっかけ。
ここまで否定されて逆に愛着が強くなったというか。
ここらで「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「カンガルー日和」をiPad miniに入れて、いつでも読めるようにしようと思ったのです。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」は既に自炊済み。

自炊作業に踏み切るきっかけとなった記事がこれ↓。

村上春樹の小説を僕が嫌いな理由(コリン・ジョイス)


嫌いな理由を論理的に分析しているのかと思いきや
「よくわからないし、ちゃんと読む気もないけど、自分がわからないのに人気があるから嫌い」という内容。
なんだこれ。

ファンが村上春樹の魅力を語れないと書いているけど、この人も「嫌いな理由」をタイトルにしながら具体的に説明できていないのはどうなのか。
私自身、今は熱心な読者ではないし、長編小説が長すぎるというくだりには大いに同意。
でも、それは「ねじまき鳥クロニクル」以降の話。
「ダンス・ダンス・ダンス」までは特に長いとは思わなかったな。

>>ただし僕が村上ファンと話をすると、いつも彼らは村上を支持する説得力ある理由を言えない。「特別な魅力がある」とか「作品の空気が好きなんだ」と言うだけで、村上が何について書いているのか、なぜ村上が重要かを理解できるようなことは言ってくれない。

そもそも、なぜ好きな作家の面白さを他人に理解できるように言わなくてはならないのか、というのもあるけど、「ダンス・ダンス・ダンス」までなら魅力は語れますよ、具体的に。
でも、「羊をめぐる冒険」を「途中まで読んでやめた人」を納得させることはできないだろうし、しようとも思わない。
この人が話したという村上ファンだって同じじゃないのかな。
「ノルウェーの森」以前は「羊をめぐる冒険」以外の作品には一切言及なしだし。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」も。

>>村上はジョージ・オーウェルやフランツ・カフカなど他の作家にさりげなく言及する。音楽家についても同じことをよくやっている(ヤナーチェクやコルトレーンなど)。ひいき目に見れば偉大な作家たちへのオマージュだが、シニカルに見れば自分が偉大な先人に近づいたことを暗に伝えようとしたり、彼らの名声を借りようとしたりする行為だ。

自分の好みじゃなかっただけで、ここまで穿った見方をするのかって思う。
「つまらなかった」でいいのに。

この人に限らず、村上春樹を批判する人たちの多くは「村上春樹を面白く思えない自分」に焦りを感じて、その原因である村上春樹を叩いているっていう感じがする。
「なんで自分に理解できない小説を書くんだ」、と。
その焦りがよく理解できない。
どんなベストセラーだろうが大作家だろうが、しょせんは好き嫌いの話でしょう?
いわゆるハルキストにしても、読むのが当然とか理解できない人に圧力かけたりはしていないと思うのだけど。
(してるのか?)
司馬遼太郎を司馬史観で括りたがる人たちともちょっと共通しているかもしれない。
勝手に権威扱いして、勝手に否定するという。
好意的な読者は別に権威だから読んでいるわけじゃなく、面白いから読むんだけど。

ちなみに、私が村上春樹を読んだきっかけは映画監督の大森一樹のエッセイ(コラム)でした。
ここまで言うなら読んでみよう、と思ったのが始まり。
さらについでに、レイ・ブラッドベリを読んだのは山下達郎がロングインタビューで勧めていたから、でした。

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2018年8月12日 (日)

羊と鋼の森(書籍)とか

タイトルだけ見た時はなんだろうと思ったけど、「羊と鋼」はピアノのハンマーと弦の素材で、ピアノ調律師の物語。
縦糸とも言える佐倉姉妹の話も好きだけど、長く放置してきたピアノの調律を依頼されたエピソードに思うところが多かった。
調律が終わった後、依頼主の青年が「子犬のワルツ」を弾きながら癒されていくのがグッときた。
ピアノがテーマのわりに具体的な曲名がほとんど出てこない中で、ここだけ「子犬のワルツ」と曲名が出てきて、それが絶妙な選曲なのです。
音大を目指すほどではないけれど、それなりにちゃんと練習してきた人がピアノを弾かなくなって、上に埃が溜まるくらいピアノを放置していたけれど、ふっと思い立って調律を依頼。
そういう人が試奏に選ぶ曲として「子犬のワルツ」はリアリティがある。
ちょっと映画も観たくなった。

誰に聴かせるのでもなく、自分で楽器の音を出したい時があって、そうして楽器を弾くことで癒される瞬間って
確かにあると思う。
以下、本の感想からは逸れます。


既にある程度弾ける人(たとえば子犬のワルツを弾けるレベルの人)がポップスを弾きたいと思ったら楽譜を買ってくればいい。
人に聴かせるわけではないし、先生はいなくて弾くことはできる。
でも、そういう人ばかりが楽器を演奏したいわけではなく、初心者だって弾きたくなる時はある。
ただ、初心者は楽譜だけ買っても弾けるわけではない。
そこで音楽教室の出番。
でも、「費用が高いから行かない」ということになったら楽譜も売れなくなり、著作権者にとってもJASRACにとってはマイナスになる。
JASRACがやろうとしているのは金の卵を産むガチョウを殺す行為なのに、そこがわかっていないのが不思議。
JASRACには音楽教室で習った経験者が一人もいないのだろうか。

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2018年5月 6日 (日)

皇帝フリードリッヒ二世の生涯

文庫化まで待とうと思っていたけれど、まだ十字軍も控えているし、このままではいつ読めるかわからない。
ということで待ちきれずにKindle版を購入。
印刷や製本が要らないのだから、もう少し安くしてくれるとうれしいけど、内容にはたいへん満足しています。
もうね、塩野七生のフリードリッヒ愛が溢れている。
十字軍は文庫化を待つつもりだけど、より一層楽しみになってきた。

英国王室史話を読んでから自分の中でリチャード1世の評価がやや低くなっていたのだけど、塩野七生はわりと好きなのだな、とか、フランスのルイ9世に辛口なのが面白い。

今まで読んだ中世史で何度も名前を見たフリードリッヒ2世だけれど、こうして評伝の形で読むと歴史のつながりがより頭に入ってくる。
法王庁や既得権を守ろうとする人たちとの攻防、数ヶ国語に通じ、大学を創設し、ローマ数字に代えてアラビア数字を導入、数学者を手厚く保護。
中世と言う時代でありながら手紙を駆使して情報戦。
そして無血のエルサレム奪回にわくわく。
無血であるが故に評判が悪かったなんて、本当に時代によって価値観が違うものですね。

ユリウス・カエサルには彫刻とコインがあるし、チェーザレ・ボルジアにも肖像画が残っているけれど、こんなに合理的で近代的な人でありながら、フリードリッヒ2世の写実的な肖像画は残っていないところが中世の人だったのねと思う。

フリードリッヒ2世の死からホーエンシュタウフェン朝の滅亡までのくだりに一抹の寂しさ。
ちょっと武田家滅亡を連想した。
フリードリッヒ2世は信玄というよりは穏やかな信長っていう感じなのだけど。
16歳で斬首されたコンラディン(フリードリッヒの孫)の最期が哀れ。
300年後のベアトリーチェ・チェンチの斬首といい、聖職者は時として俗人よりもずっと血も涙も無い。


宮殿のあったフォッジアには行っていないけれど、パレルモとモンレアーレには15年くらい前に行っている。
本で見たアラブ・ノルマン様式の建物に魅かれて。
まだデジカメではなかったので残っている写真がいまいちなのが残念ですが。
モンレアーレの大聖堂で私の回廊愛が芽生えたと言っても過言ではない。

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2017年5月14日 (日)

ドラマ「精霊の守り人」と書籍の電子化のこと

録りためていた「精霊の守り人」を連休からまとめ視聴。
今のところ第二シーズンの途中です。
気軽に見られる内容ではないので、見るための気持ちを整えるのに時間がかったけど、このキャストで作ってくれてありがとう、です。
NHKはやればできる子。
シハナ役の真木よう子の台詞まわしだけは容認しがたいけど、表情やアクションは良いので台詞だけ吹き替えにしてはどうでしょう。

第二シーズンのタルシュ帝国のセットが少年ドラマシリーズ風味なのはちょっとアレだけど、新興国だから古くてはいけないわけで、「新しい豪華さ」を出すのは難しい。
侵略した国の人たちを臣民にするあたりサラセン帝国のイメージなのだが。
それ以外はまあまあ。
四路街の雑踏の描き方は好きです。

シーズン1を見た後に久しぶりに「精霊の守り人」を読み返してみたら、建国の神話に雷神とか巨人が出てきて、ちょっと北欧神話を連想。

「精霊の守り人」を読み返そうと思ったのをきっかけに、原作を自炊しようと思ったのだけど、しばらく前からScanSnapの紙の分離が出来なくなり、紙詰まりが酷くなっていて作業が遅々として進まない。
ScanAidという交換用部品とクリーニングキットのセットがあると知り、早速取り寄せてみた。
原稿を分離するパッドと原稿を搬送するローラーを交換したら、すいすいと快適にスキャンできるようになりました。
紙詰まりは推奨交換周期を大きく超えてしまっていたせいでした。

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