カテゴリー「本棚」の51件の記事

2018年8月18日 (土)

初期の村上春樹作品を自炊、批判の作法

お盆休み、思い立って村上春樹の初期作品を自炊した。
初期のものはハードカバーなので自炊するには中古の文庫を購入するところから始めることになり、やろうと思いつつ伸ばし伸ばしにしていた。
それをやる気になったのは、ある記事がきっかけ。
ここまで否定されて逆に愛着が強くなったというか。
ここらで「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「カンガルー日和」をiPad miniに入れて、いつでも読めるようにしようと思ったのです。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」は既に自炊済み。

自炊作業に踏み切るきっかけとなった記事がこれ↓。

村上春樹の小説を僕が嫌いな理由(コリン・ジョイス)


嫌いな理由を論理的に分析しているのかと思いきや
「よくわからないし、ちゃんと読む気もないけど、自分がわからないのに人気があるから嫌い」という内容。
なんだこれ。

ファンが村上春樹の魅力を語れないと書いているけど、この人も「嫌いな理由」をタイトルにしながら具体的に説明できていないのはどうなのか。
私自身、今は熱心な読者ではないし、長編小説が長すぎるというくだりには大いに同意。
でも、それは「ねじまき鳥クロニクル」以降の話。
「ダンス・ダンス・ダンス」までは特に長いとは思わなかったな。

>>ただし僕が村上ファンと話をすると、いつも彼らは村上を支持する説得力ある理由を言えない。「特別な魅力がある」とか「作品の空気が好きなんだ」と言うだけで、村上が何について書いているのか、なぜ村上が重要かを理解できるようなことは言ってくれない。

そもそも、なぜ好きな作家の面白さを他人に理解できるように言わなくてはならないのか、というのもあるけど、「ダンス・ダンス・ダンス」までなら魅力は語れますよ、具体的に。
でも、「羊をめぐる冒険」を「途中まで読んでやめた人」を納得させることはできないだろうし、しようとも思わない。
この人が話したという村上ファンだって同じじゃないのかな。
「ノルウェーの森」以前は「羊をめぐる冒険」以外の作品には一切言及なしだし。
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」も。

>>村上はジョージ・オーウェルやフランツ・カフカなど他の作家にさりげなく言及する。音楽家についても同じことをよくやっている(ヤナーチェクやコルトレーンなど)。ひいき目に見れば偉大な作家たちへのオマージュだが、シニカルに見れば自分が偉大な先人に近づいたことを暗に伝えようとしたり、彼らの名声を借りようとしたりする行為だ。

自分の好みじゃなかっただけで、ここまで穿った見方をするのかって思う。
「つまらなかった」でいいのに。

この人に限らず、村上春樹を批判する人たちの多くは「村上春樹を面白く思えない自分」に焦りを感じて、その原因である村上春樹を叩いているっていう感じがする。
「なんで自分に理解できない小説を書くんだ」、と。
その焦りがよく理解できない。
どんなベストセラーだろうが大作家だろうが、しょせんは好き嫌いの話でしょう?
いわゆるハルキストにしても、読むのが当然とか理解できない人に圧力かけたりはしていないと思うのだけど。
(してるのか?)
司馬遼太郎を司馬史観で括りたがる人たちともちょっと共通しているかもしれない。
勝手に権威扱いして、勝手に否定するという。
好意的な読者は別に権威だから読んでいるわけじゃなく、面白いから読むんだけど。

ちなみに、私が村上春樹を読んだきっかけは映画監督の大森一樹のエッセイ(コラム)でした。
ここまで言うなら読んでみよう、と思ったのが始まり。
さらについでに、レイ・ブラッドベリを読んだのは山下達郎がロングインタビューで勧めていたから、でした。

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2018年8月12日 (日)

羊と鋼の森(書籍)とか

タイトルだけ見た時はなんだろうと思ったけど、「羊と鋼」はピアノのハンマーと弦の素材で、ピアノ調律師の物語。
縦糸とも言える佐倉姉妹の話も好きだけど、長く放置してきたピアノの調律を依頼されたエピソードに思うところが多かった。
調律が終わった後、依頼主の青年が「子犬のワルツ」を弾きながら癒されていくのがグッときた。
ピアノがテーマのわりに具体的な曲名がほとんど出てこない中で、ここだけ「子犬のワルツ」と曲名が出てきて、それが絶妙な選曲なのです。
音大を目指すほどではないけれど、それなりにちゃんと練習してきた人がピアノを弾かなくなって、上に埃が溜まるくらいピアノを放置していたけれど、ふっと思い立って調律を依頼。
そういう人が試奏に選ぶ曲として「子犬のワルツ」はリアリティがある。
ちょっと映画も観たくなった。

誰に聴かせるのでもなく、自分で楽器の音を出したい時があって、そうして楽器を弾くことで癒される瞬間って
確かにあると思う。
以下、本の感想からは逸れます。


既にある程度弾ける人(たとえば子犬のワルツを弾けるレベルの人)がポップスを弾きたいと思ったら楽譜を買ってくればいい。
人に聴かせるわけではないし、先生はいなくて弾くことはできる。
でも、そういう人ばかりが楽器を演奏したいわけではなく、初心者だって弾きたくなる時はある。
ただ、初心者は楽譜だけ買っても弾けるわけではない。
そこで音楽教室の出番。
でも、「費用が高いから行かない」ということになったら楽譜も売れなくなり、著作権者にとってもJASRACにとってはマイナスになる。
JASRACがやろうとしているのは金の卵を産むガチョウを殺す行為なのに、そこがわかっていないのが不思議。
JASRACには音楽教室で習った経験者が一人もいないのだろうか。

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2018年5月 6日 (日)

皇帝フリードリッヒ二世の生涯

文庫化まで待とうと思っていたけれど、まだ十字軍も控えているし、このままではいつ読めるかわからない。
ということで待ちきれずにKindle版を購入。
印刷や製本が要らないのだから、もう少し安くしてくれるとうれしいけど、内容にはたいへん満足しています。
もうね、塩野七生のフリードリッヒ愛が溢れている。
十字軍は文庫化を待つつもりだけど、より一層楽しみになってきた。

英国王室史話を読んでから自分の中でリチャード1世の評価がやや低くなっていたのだけど、塩野七生はわりと好きなのだな、とか、フランスのルイ9世に辛口なのが面白い。

今まで読んだ中世史で何度も名前を見たフリードリッヒ2世だけれど、こうして評伝の形で読むと歴史のつながりがより頭に入ってくる。
法王庁や既得権を守ろうとする人たちとの攻防、数ヶ国語に通じ、大学を創設し、ローマ数字に代えてアラビア数字を導入、数学者を手厚く保護。
中世と言う時代でありながら手紙を駆使して情報戦。
そして無血のエルサレム奪回にわくわく。
無血であるが故に評判が悪かったなんて、本当に時代によって価値観が違うものですね。

ユリウス・カエサルには彫刻とコインがあるし、チェーザレ・ボルジアにも肖像画が残っているけれど、こんなに合理的で近代的な人でありながら、フリードリッヒ2世の写実的な肖像画は残っていないところが中世の人だったのねと思う。

フリードリッヒ2世の死からホーエンシュタウフェン朝の滅亡までのくだりに一抹の寂しさ。
ちょっと武田家滅亡を連想した。
フリードリッヒ2世は信玄というよりは穏やかな信長っていう感じなのだけど。
16歳で斬首されたコンラディン(フリードリッヒの孫)の最期が哀れ。
300年後のベアトリーチェ・チェンチの斬首といい、聖職者は時として俗人よりもずっと血も涙も無い。


宮殿のあったフォッジアには行っていないけれど、パレルモとモンレアーレには15年くらい前に行っている。
本で見たアラブ・ノルマン様式の建物に魅かれて。
まだデジカメではなかったので残っている写真がいまいちなのが残念ですが。
モンレアーレの大聖堂で私の回廊愛が芽生えたと言っても過言ではない。

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2017年5月14日 (日)

ドラマ「精霊の守り人」と書籍の電子化のこと

録りためていた「精霊の守り人」を連休からまとめ視聴。
今のところ第二シーズンの途中です。
気軽に見られる内容ではないので、見るための気持ちを整えるのに時間がかったけど、このキャストで作ってくれてありがとう、です。
NHKはやればできる子。
シハナ役の真木よう子の台詞まわしだけは容認しがたいけど、表情やアクションは良いので台詞だけ吹き替えにしてはどうでしょう。

第二シーズンのタルシュ帝国のセットが少年ドラマシリーズ風味なのはちょっとアレだけど、新興国だから古くてはいけないわけで、「新しい豪華さ」を出すのは難しい。
侵略した国の人たちを臣民にするあたりサラセン帝国のイメージなのだが。
それ以外はまあまあ。
四路街の雑踏の描き方は好きです。

シーズン1を見た後に久しぶりに「精霊の守り人」を読み返してみたら、建国の神話に雷神とか巨人が出てきて、ちょっと北欧神話を連想。

「精霊の守り人」を読み返そうと思ったのをきっかけに、原作を自炊しようと思ったのだけど、しばらく前からScanSnapの紙の分離が出来なくなり、紙詰まりが酷くなっていて作業が遅々として進まない。
ScanAidという交換用部品とクリーニングキットのセットがあると知り、早速取り寄せてみた。
原稿を分離するパッドと原稿を搬送するローラーを交換したら、すいすいと快適にスキャンできるようになりました。
紙詰まりは推奨交換周期を大きく超えてしまっていたせいでした。

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2016年10月16日 (日)

ハルキスキ

村上春樹は、現在進行形でハードカバーを買うほどの思い入れはないけれど、過去の好きな作品への愛着がなくなったわけでもなく、文庫になったら買いますというスタンス。
なので、ハルキストの熱心さにも違和感はあるけれど、ノーベル賞受賞ならずの記事のコメント欄に否定的なコメントを書く人たちにもモヤモヤする。
知名度が低ければアンチも(ほとんど)いないので、村上春樹のアンチの多くは「ノルウェーの森」がベストセラーになったあたりから出てきたと思うけど、「蛍」のラストの描写の美しさを感じられなかったのだとしたらもったいないことである。
「蛍」のモチーフは「ノルウェーの森」よりも短編の「蛍」で読むほうが印象深いけれど。

ノーベル賞を受賞して「夜会服で晩餐会に臨む村上春樹」を密かに楽しみにしているのだけれど、村上春樹自身はきっといやでしょう。

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2016年8月12日 (金)

魂に響くピアノを

中村紘子の追悼番組を途中から視聴。

美人ピアニストの代名詞みたいな人だったし、子どもの頃から顔と名前を知っている人がいなくなると一抹の寂しさを禁じえない。
個人的にはピアノより著書のほうがなじみが深かったけれど、カレーのコマーシャルでシューマンの謝肉祭の「フィリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進」を好きになりました。
音楽番組に出た時はショパンを演奏したりしたけど、中村紘子の演奏ではロシア物のほうが好き。
伝説のN響とのラフマニノフもあったけど、骨太で壮大な演奏をする人でした。

いろいろな映像が出てきたけど講師を務めた「ピアノとともに」のVTRがものすごく面白かった。
なんて情熱的な教え好き。
こういうレッスンって、生徒役にそれなりに技術のある人を選んでいて、それだけ聴いていると上手いんだけど、先生が弾くと「やっぱりすごい!」となるのが一つの醍醐味だったりする。
NHKでピアノ講座というとルイサダが講師のスーパーピアノレッスンを思い出すけど、あれより20年も前にこんなマニアックなものを放送していたとは。

檀ふみのナレーションがリスペクトにあふれていて、N響アワーのMCつながりでもあるし素晴らしい人選。
こういうところはNHKの底力というかセンスの良さ。

この訃報に関連して、ネットでも、やはり庄司薫に触れている書込みが多いけど、「赤頭巾ちゃん気をつけて」だけを読んだ人と他の著書も読んだ人の温度差が興味深い。
赤頭巾ちゃんから「さよなら怪傑黒頭巾」を読みすすめた人は、おそらく「僕の大好きな青髭」まで読んでいて、青髭を読んだ人は庄司薫に対してかなり思い入れがあると思う。

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2016年3月16日 (水)

柔らかな犀の角

アマゾンで山崎努著「柔らかな犀の角」を発見。
週刊文春で連載していた読書日記ではないですか。
好きな連載だったので6年分をまとめて読めるのがうれしい。
Kindle版があったので、そちらを購入。

読書日記を読んだからといって同じものを読んだりするわけではないけれど(読むこともあるけど)、「読書」を通して人となりが見えるのが面白いのです。

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2013年10月20日 (日)

いわゆる一つの自己責任ではないかと

ヤマザキマリの最近の発言のうち、雑誌のおまけに関するツイートが禍根を残しているようだけど、個人的には映画の原作料をめぐる発言のほうが引っかかっていて、「キャンペーンや取材はノーギャラ」と暗に迷惑みたいな言い方をしていたのがちょっと意外だった。
撮影立会いとかPR参加はてっきり「好きでやってる」もんだと思っていたもので。
もちろん、好きでやってるならノーギャラでいいというわけではないけれど、原作者が映画の撮影やら宣伝に頻繁に顔出しするのは珍しいし、映画化の契約の段階からPRに協力することが含まれていたのかどうか気になるところ。
エッセイでも「作品を世に送り出した責任があるから自発的に撮影に立ち会った」と書いていたし、映画祭参加も楽しそうにネタにしていたし。
まあ、映画の興行成績と比して原作料はさすがに安いと思ったし、村上春樹の原稿流出事件が頭にあったりもしたので、出版社の体質は相変わらずだなーと思ったりもしたけれど、「自分にとっては千載一遇のチャンスだから逃したくない」とも書いていたことからすると、仕事を断る選択肢もあったと思われるし、そうなると多忙過ぎて家族と軋轢が生じたのは自己責任じゃないの?と思う。

エッセイはすべからく事実を書かなくてはならないものではないけれど、読む側としては矛盾があるとやはり気になる。
それもうんと若い頃に書いたものと最近のものの違いならば「人って変化するものだから」と納得もできるけれど、アラフォー・アラフィフになって書いたことが5年と経たずに矛盾するっていうのはちょっとね。
面白かっただけに残念。

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2013年5月12日 (日)

平成よっぱらい研究所と地球のはぐれ方

二ノ宮知子の「平成よっぱらい研究所 完全版」、東京するめクラブ(村上春樹・吉本由美・都築響一)の「地球のはぐれ方」を自炊。
「平成よっぱらい研究所」は、飲みすぎて自己嫌悪に陥った時に読むと気持ちを楽にしてくれる素晴らしい本です。
タブレットに入れたから、これで探し回らずに済む。

そして「地球のはぐれ方」は、くだらないっちゃくだらないけど面白い旅行記。
私はこれで名古屋メシの存在を知りました。江ノ島が猫スポットであることも。
ハワイのスパムにぎりなどの面白寿司やディープなスポット、熱海討論会などもお薦めです。
これも電子書籍向き。
ふと思いついた時に読み返してクスクス笑うのに向いているけど、携行するのに500ページは重いから。

ハワイのマイタイ飲み比べが出てくるけど、私がハワイに行った時は連日ピナコラーダを飲み倒したため「ハワイ=ピナ・コラーダ」のイメージ。
でも、それも村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」に影響されてのことで、村上春樹とハワイは意外と縁がある。

ハワイつながりといってはなんだけど、杉山清貴が出演したテレビ番組でアヒポキという料理を作ったと聞いて、ググッてみたら美味しそうな料理じゃないか。
「手軽で美味しい料理」というと自分でも作りたくなるので早速作ってみました。
メバチマグロは当たり外れが大きいけど、この料理はメバチマグロでも美味しく出来た。
海に囲まれているハワイで魚を食べるのは当然のようだけど、ハワイというと肉のイメージだったので、魚の生食レシピはちょっと意外でした。

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2013年2月10日 (日)

レ・ミゼラブル百六景

映画を観た後、いい大人なんだし、いつまでも児童書の知識だけではまずいかなと、青空文庫の「レ・ミゼラブル」をダウンロード。
「縦書きで読みたい」、「ルビも表示したい」、「どうせならPDFよりもepubで」など、いろいろと試行錯誤の末、PDFで縦書きルビ付きをタブレットで読む、までは実現(epubは挫折)。
が、作業に注力しすぎて肝腎の原作を読む気力が減退してしまいました。
かわりといってはなんですが、読み始めたのが鹿島茂著「レ・ミゼラブル百六景」。
原作よりも当然短く、でも、子ども向けの「ああ無情」では割愛されたエピソードの数々がわかりやすく記されています。

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