カテゴリー「映画(洋画)」の80件の記事

2022年3月26日 (土)

耳に残るは君の歌声(The Man Who Cried)

1920年代のロシアの寒村のユダヤ人集落。
フィゲレの父は貧しさゆえにアメリカに出稼ぎに行く。娘を必ず迎えに来ると言い残して。
だが、村は焼き打ちされて祖母はわずかなお金と父の写真を持たせてフィゲレを村の若者に託して逃がす。フィゲレを必死で逃がそうとする男の子たちが健気。
フィゲレは船で英国に辿り着き「スージー」として生きることになる。
養父母にも心を開かず、英語も覚えず、学校でも独りぼっちのスージーを一人の教師が諭す。
「ここは英国。英語をしゃべるんだ。私もウェールズ語だった。だが英語を学んでよかった。」
10年後、スージーはパリの劇場でコーラスガールとして働くことになり、ロマの青年チェーザーと出会い恋に落ちるが、パリがナチス・ドイツに占領され、ユダヤ人排斥の魔の手がのびる。

ロシアから逃げたユダヤ人の少女と、豊かな暮らしを夢見てパリに来たロシア人女性、イタリアが枢軸国になったことで唄う機会を奪われナチスドイツに接近するイタリア人歌手、ユダヤ人の歌劇団の主催者、そしてロマの青年と彼の家族と仲間たち。
第二次大戦下、さまざまな人たちの状況や感情が交錯する。
ウクライナを追われる話では「屋根の上のバイオリン弾き」が有名で、この映画はロシアの寒村だけれど、「迫害」は物語の重要な背景となっている。

配役は以下のとおり。
スージー(フィゲレ):クリスティーナ・リッチ
ロマの青年チェーザー:ジョニー・デップ
スージーのルームメイトで仕事仲間のローラ:ケイト・ブランシェット
オペラ歌手ダンテ:ジョン・タトゥーロ
劇場主フェリックス:ハリー・ディーン・スタントン。

白馬に乗ったジョニー・デップが胸が痛むくらい美しい。
人気オペラ歌手のダンテは傲慢なファシストだけれど、類まれな美声と歌唱力を持っている。
そのダンテの歌の吹き替えは故サルヴァトーレ・リチートラ。
サントラも素晴らしいです。
映画の邦題に使われた「耳に残るは君の歌声」も良いですが「Dido's Lament」も好き。

2000年製作の映画ですが、ふと観たくなって。
国を追われること、その時生きている場所を追われることは常に悲しいことだなと。
以前見た時は違う感想だった気がするけど、今はこういう時だから、こんな感想。

 

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6422015
<にほんでいきる>外国籍の小中学生、なお1割が「不就学」「就学不明」 文科省調査

生きていく武器として日本語を学んでほしいと思う。映画のスージー(フィゲレ)のように。
この記事を見たことが映画を見返そうと思った直接の動機でした。

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2022年3月 7日 (月)

ナイル殺人事件

アガサ・クリスティの映画やドラマは原作に忠実なほうが好きだし、ケネス・プラナーが映画化するとポリコレ的キャストと改変必至だし、でもケネス・プラナーがどう演出するのかは見たい。。。
というわけで鑑賞してきました。

リネットの管財人、オッターボーン母娘の配役が例によってポリコレだったし、冒頭のポワロの過去の話に費やした時間でリネット・ジャクリーン・サイモンの関係を変なダンス抜きで描けたと思う。
原作と旧作では良家のお嬢さんのリネットとジャクリーンがあのセクシーダンスはちょっとね。
それと、塹壕は「魔笛」にも出てきたけど、ケネス・プラナーは第一次大戦の塹壕に思い入れがあるのだろうか。
リネットの宝石がいかにもイミテーションっぽかったのも残念な点。

ともあれ、旅行気分を味わえたし、衣装その他は豪華だし、登場人物が整理されていてテンポはいいので退屈はしなかった。
原作未読の人は楽しめるんじゃないだろうか。
リネットが一目ぼれ(親友から奪うことに躊躇しないほどに)するという点では、これまで見た中では今作のアーミー・ハマーのサイモン・ドイルが一番説得力があるかもしれない。
原作通りの「母性本能をくすぐる英国の田舎の没落した旧家の息子」という設定込みだとスーシェ版のJ.J・フィールド一択なんだけど。

個人的にはスーシェ版の「ナイルに死す」が好きなので、それを凌ぐところまではいかなかったという感想。
スーシェ版のエンディングは本当に秀逸。
ダンスする恋人たちのバックに流れるのは「Love is the sweetest thing」という曲で、曲名からして愛ゆえに犯罪に加担したジャクリーンに相応しい選曲でした。

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そういえば1978年版をちゃんと見ていなかったので、Amazonプライムで見てみた。
テレビ放映でちらっと見た時はミア・ファローの印象しかなかったけど、ロケ地・衣装・音楽が素晴らしい。
特にミア・ファローの衣装は全部素敵。
ファーガスンとティム・アラートンの統合はわりと腑に落ちる。
スーシェ版の不満はロザリーとティムの扱いだったので。
映像技術の進化で押しなべて映像は現代のほうが良く感じるけど、新旧ナイル殺人事件については、旧作のほうが豪華に感じてしまった。

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2022年3月 6日 (日)

ゴヤの名画と優しい泥棒

ヘレン・ミレン出演ということで観てきました。
ゴヤの「ウェリントン公爵」盗難事件をめぐる実話。
ダウントン・アビーのような上流階級でもなく、底辺でもない、裕福ではないけど礼節を重んじて生活している市井の人のお話。

ヘレン・ミレンが演じるのは主人公の妻で、金持ちの家の清掃をして家計を支えていて、息子たち(特に長男)がスラングを使ったりするとその都度「Language!(言葉遣い)」と注意する真面目な人。普通のおばさんのヘレン・ミレンも素敵です。
主人公のケンプトン・パントンは独学だけど博識で正義感が強いおじさん。
BBCの受信料が強制であることに抗議して街頭で署名を呼び掛けたりしている。
おしゃべりしすぎてタクシー会社をクビになり、正義感が強すぎてパキスタン移民の青年に人種差別とパワハラをする上司に抗議してパン工場をクビになる。
善良だけど、一緒に仕事をするとなかなか難儀そうな人で、でも憎めない。
家族は大変だったと思うけど。

マシュー・グードがイケメンメガネ男子の人情味とユーモアのある弁護士役。
「キングスメン・ファーストエージェント」でも観たばかりだけど、こっちの役のほうが好き。

映画の舞台の1961年当時、BBCの受信料を払わないと刑務所行き。
NHKも強引だけど、BBCも昔は大概だったな。
1950年代から60年代あたりの英国って、「グランチェスター」の19歳の少年が過失致死で絞首刑になる話とか「イミテーションゲーム」の同性愛罪みたいに、やたらと厳しかった印象だけど、この映画みたいに温情判決が出たりすることもあったのですね。

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2022年1月17日 (月)

ハウス・オブ・グッチ

生活はグッチとは一切縁はないけれど、わりと公開を心待ちにしていた映画。
かいつまむなら財を成した家の盛衰と階層が違う結婚の悲劇、だろうか。

ロドルフォ・グッチ役のジェレミー・アイアンズのスーツの着こなしが相変わらず貴族的でエレガント。
実業家だった兄のアルド役のアル・パチーノとの対比もいい。
ロドルフォの一人息子マウリツィオ役はアダム・ドライバー。
「ドンキホーテを殺した男」以来、アダム・ドライバーを映画館で見る頻度が高い。
今回の御曹司役が一番好きかもしれない。
ダブルブリッジ(っていうの?)の眼鏡は鼻が隠れるし。
そして、パトリツィア役はレディ・ガガ。目の演技が印象的だった。
マウリツィオと出会った頃のイケイケな70年代のファッションが魅力的だけど、好みが変わらないままなので、90年代になると「大阪のおばちゃん」状態に。
モデル体型ではないので生活感というかリアリティがあるのです。
清潔感はあって無難だけどお洒落ではなかったマウリツィオの服装がだんだん洗練されていくので、二人の外見の違いが夫婦の溝と二人の育ちの違いの表現にもなっていた。
サンモリッツの場面、マウリツィオの友人たちの中で、リゾート地なのに装飾性の強いファッションで現れ、噛み合わない会話で浮き上がってしまうパトリツィアにいたたまれなさを感じてしまった。
父ロドルフォの反対を押し切ってパトリツィアと結婚したマウリツィオは、中・下流の生活にもわりと馴染んで満足もしていたと思う。
でも、パトリツィアの意向でグッチの事業と関わることで上流社会に戻り、昔の友達に会うことでパトリツィアとの違いが気になるようになってしまう。
「ステラ・ダラス」もそうだったけど、ヴァイタリティで生きている下層出身者って、上流出身の恋人を自分の生活に引き込むことには成功するけど、自分が上流社会に入り込むことには失敗するよね、と思いながら見ていた。
で、思い通りにならなくて殺人に至るわけですが。
パトリツィアが野心家で財産目当てだったのは確かだけど、それならば愛がないのかといえばそうとも言えず、マウリツィオを愛してはいた。財産やバックボーン込みだし、愛ではなく妄執かもしれないけど。
マウリツィオを殺したのも、彼がグッチの経営権を失った後だし。
それにしても、「親の助言は聞け」「クリムトをピカソと間違える相手と結婚してはいけない」に尽きますね。

音楽が良かった。サントラを買おうかと思ったけど、手持ちの曲でプレイリストが作れそう。

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2021年10月24日 (日)

最後の決闘裁判

リドリー・スコット監督で、中世が舞台で、ということで観てきました。
衣装と背景はゼッフィレリ版ハムレットと同じくらい好き。
時代設定的には、ハムレットとはたぶん200年くらい違うんだけど、中世って長かったから。
建設途中のパリのノートルダム大聖堂が見られるのもうれしい。

不器用で頑固な騎士ジャン・ド・カルージュにマット・デイモン、彼の聡明で美しい妻マルグリットにジョディ・カマー、教養があって世渡りが上手い領主のお気に入りのジャック・ルグリにアダム・ドライバー。
アダム・ドライバーは「ドン・キホーテを殺した男」の仮装パーティシーンもルネサンス期あたりの衣装が良く似合っていた。
ジョディ・カマーはテレビドラマの「Killing Eve」の殺し屋役しか知らなかったけど、複雑な思いを抱えた聡明な貴婦人役も似合う。
同じ出来事を三人の登場人物の視点で描くので、長いっちゃ長いけど面白かった。
三人がちょっとずつ本当のことを語ったり語らなかったりする。

それにつけても決闘場面の迫力はあったけどえげつないほどでした。

放蕩三昧で嫌味な領主ピエール役の俳優、知っているのに思い出せないと思っていたらベン・アフレックだった。
ほんとに嫌な奴で、つまり好演。
出演者の一覧にナサニエル・パーカーがあって、リンリー警部の頃と風貌が変わっていて気付かなかったけど、マルグリットの父親役だった。
上品さに納得。

マルグリットとルグリが「薔薇物語」と「パーシヴァル」について会話を交わす場面もあって、「騎士道」の概念はあったはず。
でも、数か国語を理解し教養があるルグリでも女性に対する態度は無教養なジャンと変わらない。
ルグリの思惑とは違い、マルグリットの側に恋愛感情がなかったのはそのあたりを見抜いていたからかもしれない。
姑と親友がマルグリットを裏切るのが女の敵は女という感じで、リアルというかなかなか辛い。
姑は息子可愛さとしても、親友の心理は複雑。
ルグリに恋慕される対象が自分ではなかったことに対する嫉妬と解釈したのだけれど、それにしたってここまでやるか?と思う。

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2021年10月 3日 (日)

クーリエ:最高機密の運び屋

キューバ危機をめぐる情報戦の内幕(の一部)を描いた作品。
「カンバーバッチでスパイもの」という軽い気持ちで観に行ったけど、予想をはるかに超えて面白かった。
映画の初め「ベネ様、肥った?」と思ったけど、物語が進むにつれて、それが安定した生活を送る中年男の役作りだったとわかりました。
後半のルビヤンカの場面との対比が凄い。
時代としては「ブリッジ・オブ・スパイ」の後日譚という感じだけど、物語はずっと苦くて、何故こんな危険なことをするのだろうと思うけど、核戦争への危機感がものすごく身近なものだったのだろうと解釈した。
映画では友情と核戦争への危機感と描かれていたけど。

最近はマスメディアの警察気取りには腹が立つことのほうが多いけど、メディアの監視があることで拘束された人の虐待が抑制されるなら意味があるかもしれないと、この映画を見て思ったりした。
メディアの監視などモノともしない国には効果がないけど。

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MINAMATA

緊急事態宣言が明けて、レイトショーが再開されたので「MINAMATA」を観に行ってきた。
水俣病というテーマの重さもさることながら、俳優の演技、美しい映像、透明感のある音楽と一見の価値がある映画。
主人公の写真家ユージン・スミスをジョニー・デップが演じる。
「ブラックスキャンダル」が未見なので実在の人物を演じるジョニー・デップを見るのは「パブリック・エネミーズ」以来かな。
邦画ではないため、通訳のアイリーンはもとより、國村隼(チッソの社長)、加瀬亮(患者で活動家)の台詞が英語だけど、流暢でありながら発声その他が日本人のそれなので違和感がなかった。
國村隼演じるチッソの社長はメディアの力を知っていて、だからユージン・スミスを懐柔しようとし、写真がひとたびLIFEに掲載されると観念して補償金を支払うことを決める食えない人物。切れ者だけど単純な悪人ではないところが良かった。
加瀬亮は熊本弁も上手いと思ったけどネイティブの方たち的にはどうなのだろう。
バリバリのアメリカ英語だったら違和感があったのだろうけど。
青木柚が演じるスミスと交流を持つ若者シゲルも印象的だった。
ビル・ナイが演じた経営とジャーナリズムの狭間で悩むLIFEの編集長も良かったです。

外国映画だし、海外ロケも多いので、1971年の熊本を100%忠実に再現できているかといえば疑問符は付くけど、かなり近づけてはいる。
漁師の家の外観がおしゃれだったり、チッソの社長のスーツが洗練されていたり(当時はいくら高級でも、もっと「背広」感があったのではないかと)。
でも、ちょっと違うなと思う部分にも美があるから十分に許容範囲内。

近代の時代考証・風俗の再現という点では大河ドラマの「いだてん」の再現度は凄かったと今にして思う。1964年の五輪開会式の場面は、国立競技場にいる人たちの顔がちゃんと昭和していたもんね。

漁師の家に上がった時、アイリーンに「Shoes Off」と言われて「あっ」ていう感じで脱ぎに行くジーン(ユージンの愛称)がいちいち可愛いかった。
日本の習慣に慣れないけど、合わせようとする繊細さが感じられたし。

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2020年6月23日 (火)

エジソンズゲーム

4か月ぶりに映画館で映画鑑賞。
普段でも見たい映画がなければ何か月も映画館に行かないことはあるんだけど、こういう時期だけに社会復帰というかリハビリ気分。
館内が密閉空間なのが気がかりだったけど、映画鑑賞中は基本的に会話をしないのでその点は安心(ボヘミアン・ラプソディが今年じゃなくて良かった)。
前後左右の座席が空いているのもコロナ禍前よりも快適です。
飲食時以外はマスク着用必須だけど、2月に映画を見た時もマスクは外さなかったし、これはまあ仕方がない。

エジソンは児童向けの伝記しか読んでいなかったので直流・交流のシビアな戦いについては知らずに鑑賞。
エジソンは商売下手なのに欲深いエゴイストだけど、発明の瞬間の喜びもまた知っている人として描かれていて、そこが好き。
ベネディクト・カンバーバッチはまた「偏屈な天才」のバリエーションを増やしましたね。

ベネ様とトム・ホランド(助手インサル役)の共演はアベンジャーズで見ているけれど製作されたのはこの映画のほうが先だとか。
ワインスタインの件でお蔵入りしかけたという話もあって、無事にディレクターズカット版が公開されて良かったです。
聡明で勝ち気なウェスティングハウス夫人がチャーミングだった。

ただ、邦題についてはちょっと疑問。
理系の人じゃないと原題の「The Current War」は伝わりにくい気がするので「エジソン」を持ってくるのはわかるけど、「ゲーム」にしてしまったのは「イミテーションゲーム」の二番煎じっぽくなってしまうのでもったいない。
良い映画なので。

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2020年5月11日 (月)

ステイ・ホームで鑑賞 1

ウインストン・チャーチル~ヒトラーから世界を救った男
グリーンブック
(WOWOW)
ゴッドファーザーPart2(NHK BS)

「ウインストン・チャーチル」は少し前に録画していたもの。
やはりメイクに目が行ってしまうけれど、表情の動き方などに一切違和感がないのがすごい。
ゲイリー・オールドマンが凄いのは言うまでもなく。
メイクなしで演じたら、いかに演技力があっても「これはチャーチル」とイメージする時間のズレが生じただろうし、容姿だけ似ていれば良いというものではない。
(「英国王のスピーチ」のティモシー・スポールは悪くなかったけど、タイトル・ロールでチャーチルを演じるとなるとちょっと違う。)
下院の演説の場面は感動しました。
と同時に日本にはアジテーションが馴染まないなとも思った。
国民性からも、日本語の特性からも。

「グリーンブック」はWOWOWにチャンネルを合わせたら放映が始まるところだったので、そのまま視聴。
「これは私が見たいヴィゴじゃない」と思って劇場には見に行かなかったけど、良い映画でした。
ドクター・シャーリーのピアノが素敵。
ヴィゴ・モーテンセンが別人のようで、チャーチルと共に見た目変化映画のカテゴリーでもある。


「ゴッドファーザーPart2」も偶然の視聴。
Part1とPart3を見てながらPart2はなんとなく気が向かなくて見ていなかったけど、見入ってしまった。
過去と現在が複雑に入り組んだ構成が素晴らしい。
(いだてんで混乱した人はこれも無理)
ロバート・デニーロ演じる若きヴィトーが素敵(今更ですが)
もっと早く見れば良かったと思うけど、今だから良さがわかるのかもしれない。

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2020年2月11日 (火)

テリー・ギリアムのドン・キホーテ

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」鑑賞。

「ロスト・イン・ラ・マンチャ」は撮影初日のトラブルまで見て切なくなって挫折しました。
まさか完成する日が来ようとは。

映像と衣装が目の保養で、「ロスト」にあった斬新な大道具・小道具の片鱗を完成作品でも見られて幸せです。
「バロン」の「ハリボテ感」がファンタジーっぽくて好きだったけど、もしも思い通りの予算を使えていたら、バロンもこんな重厚な感じになったんだろうか。
いつもながら女優の趣味も良いです。
こういう映画で女優の容姿が微妙だとヒロイン補正に労力を使うから、女優が文句なしに美しいことはとても重要。

ジャン・ロシュフォールがあまりにもドンキホーテ顔だったので、ジョナサン・プライスの風貌でドン・キホーテってどうなんだろうと思ったけど、映画の中にドン・キホーテがちゃんといました。
トビー役のアダム・ドライバーも良かった。不本意な仕事へのフラストレーション、自分が運命を変えてしまった人たちへの罪悪感などなど。
SWのカイロ・レンは今一つだったけど、この映画はとても良い。
アダム・ドライバーはハマリ役といってもよく、16世紀の衣装はジョニー・デップより似合うんじゃないかと思う。
それでも「ロスト・イン・ラマンチャ」のロバに乗ったジョニー・デップの画像を見ると、あの当時のジョニーデップで見たかったという気持ちも捨てがたかったりする。
それを言い出すとユアン・マクレガー版もみたいけど。

音楽も素晴らしくて、サントラを聴いて映画に出てきた風景や場面を思い返しています。

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