カテゴリー「音楽(Classic)」の20件の記事

2016年12月19日 (月)

Unforgettable

MUSE Christmas Present アンフォゲッタブル・コンサートに行ってきました。
ジャズ・フュージョンの人と杉山清貴のコラボは絶対楽しいに違いないと。
国府弘子については「ピアノ・タペストリー」というアルバムを持っていて、アルバム購入のきっかけとなった曲「すべての山に登れ」を聴くことができてうれしい。
他にEL&Pの「タルカス」をカバーしたピアニストとしても記憶していた人です。平清盛のテーマで盛り上がっていた時だったか。

スペシャルトリオのバックでのリアレンジバージョンの「最後のHoly Night」、「さよならのオーシャン」はもちろん良かったですが、Beatlesコーナーがそりゃもう楽しかった。
客席からのリクエストを即興で演奏というのは、杉山清貴の正しい活用法。
いつか一緒に「タルカス」をやって欲しい。

もう一人のゲストがヴァイオリニストの三浦文彰で、無伴奏ソナタ?にも引き込まれましたが、ピアノとヴァイオリンの「真田丸」を聴くことが出来てうれしい。
最終回の放送前日に生真田丸。

アンコールは全員で「時代」。
杉山清貴が中島みゆきを歌うなんて貴重な機会に感謝、です。

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2016年8月12日 (金)

魂に響くピアノを

中村紘子の追悼番組を途中から視聴。

美人ピアニストの代名詞みたいな人だったし、子どもの頃から顔と名前を知っている人がいなくなると一抹の寂しさを禁じえない。
個人的にはピアノより著書のほうがなじみが深かったけれど、カレーのコマーシャルでシューマンの謝肉祭の「フィリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進」を好きになりました。
音楽番組に出た時はショパンを演奏したりしたけど、中村紘子の演奏ではロシア物のほうが好き。
伝説のN響とのラフマニノフもあったけど、骨太で壮大な演奏をする人でした。

いろいろな映像が出てきたけど講師を務めた「ピアノとともに」のVTRがものすごく面白かった。
なんて情熱的な教え好き。
こういうレッスンって、生徒役にそれなりに技術のある人を選んでいて、それだけ聴いていると上手いんだけど、先生が弾くと「やっぱりすごい!」となるのが一つの醍醐味だったりする。
NHKでピアノ講座というとルイサダが講師のスーパーピアノレッスンを思い出すけど、あれより20年も前にこんなマニアックなものを放送していたとは。

檀ふみのナレーションがリスペクトにあふれていて、N響アワーのMCつながりでもあるし素晴らしい人選。
こういうところはNHKの底力というかセンスの良さ。

この訃報に関連して、ネットでも、やはり庄司薫に触れている書込みが多いけど、「赤頭巾ちゃん気をつけて」だけを読んだ人と他の著書も読んだ人の温度差が興味深い。
赤頭巾ちゃんから「さよなら怪傑黒頭巾」を読みすすめた人は、おそらく「僕の大好きな青髭」まで読んでいて、青髭を読んだ人は庄司薫に対してかなり思い入れがあると思う。

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2012年12月12日 (水)

ピアノの音色に浸る

東京オペラシティのクリスチャン・ツィメルマンのリサイタルに行ってきました。

集中力や体調を維持する自信がないため、クラシックはもっぱらCDを楽しむマイルドライトなファン。
(ポピュラーのコンサートで集中していないわけじゃないですよ)
でも、発売を待ち続けているショパンのピアノソナタ第3番のCDがいっこうに出そうになく、このままツィメルマンの弾く3番を聴くことはできないのだろうかと思っていたところへ、リサイタルのプログラム変更の情報が。
オール・ドビュッシー→ショパンのピアノソナタ第3番in。
しかも場所は東京オペラシティで、完全に行動圏内。
これは行くしかないと思ったわけですが、今は演奏の余韻に浸りつつ、自分の決心を褒めてあげたい。
水彩画を描くようなドビュッシー、震災の被災者に捧げられたシマノフスキ、そしてショパンのソナタは圧巻。
予想よりも軽やかで、でもそれでいて深みのある演奏だった。

シマノフスキの演奏に入る前にマエストロのメッセージが読み上げられて、昨年の震災の日に日本にいたのだそう。
そういえば11日だったけど、海外にも月命日みたいな感覚があるのだろうか。

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2012年1月23日 (月)

小澤征爾さんと、音楽について話をする

さくさく読めるんだけど、もったいなくてちょっとずつ読んでしまった。
美味しいお菓子を少しずつ口にするみたいに。

村上春樹は「1Q84」がまだ未読というか買ってもいない状態だけど(一応文庫待ち)、小説以外は読んでいて、なんだかんだと文章が好きなんだと思う。
音楽に譬えると、「最近、作る曲はちょっと好みじゃないけど、演奏はやっぱり上手いよねー」という感じ。

「ボクの音楽武者修行」には、「この人は文章で自分を語るのは得意じゃないんだな」と感じて、読み物としては今ひとつの印象だったけれど、村上春樹という優れたインタビュアを得ると、小澤征爾ってこんなに観察力が豊かで深い人なのかと、思う。
認識がすっかりあらたまってしまった。
岩城宏之とか中村紘子みたいに自分のいいたいことを自在に文章で表現できてしまう人たちは、逆にこういう化学反応みたいなことが起こりにくいかもしれない。
文章があまり得意じゃないからこそ実現したコラボとでもいうのか。

「先生」カラヤンと「レニー」バーンスタインの違い、マーラー、オペラなど全編興味深いですが、スイスのワークショップに村上春樹が参加したくだりも、それぞれの情景が目に見えるよう。
宮崎国際音楽祭やタングルウッドを映像で見たときのような感覚を文章から感じた。
スラーについての解釈が、人によって全然違うというのも面白かった。
「シドニー!」のサッカースタジアムのトイレのくだりでも思ったのだけど、着眼点・観察眼・分析力が優れているんですね。
(スタジアムやコンサートホールのトイレの数って、客にとっては切実な問題だけど、意外と見過ごされがち。)
スラーうんぬんも、その場にいたのが専門家だったら、気に留めなかったかもしれない。

村上春樹は終始「素人が専門家に話を聞く」というスタンスだけど、この場合の「素人」って、あくまでも「専門家ではない」というだけであって、クラシック音楽に対する造詣は極めて深く、だからこそ興味深い話を次々と引き出せる。
どこかに「知らないことが自分の強み」と言い放った脚本家がいたけど、中学生レベルの歴史の知識もないズブの素人の「知らない」じゃ話にならない。

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2011年12月11日 (日)

グリュミオー

久しぶりにアルテュール・グリュミオーのCDを購入。
ヴァイオリンとピアノを一人二役で多重録音したモーツァルトのヴァイオリンソナタです。
その昔、ヴァイオリン曲に目覚めた時にたまたま買ったレコードがグリュミオー演奏の小曲集。
安かったのが購入動機だったけど、その後CDに切り替える時に別の演奏家のにしたら、なんとなくしっくりこなくて。
結局グリュミオーのCDを買いなおし、以来ヴァイオリンで聴きたい曲があるとまずグリュミオーのCDを買うようになりました。
美麗・艶やか・品がある音色で、まさに歌うようなヴァイオリン。
歌曲の演奏は、音色と共に歌詞が聴こえてくるような気がする。

先日、タワーレコードに行ったら、グリュミオーのポスターが貼ってあって、没後25年でCD再発とのこと。
というか、廃盤になっていたことを知らなかった。

ちなみにピアノはルービンシュタイン、スタンダードナンバーはナット・キング・コールが「とりあえず、この人のを聴いていたら間違いない」という私の定番。
時々「のだめ」に出てきた「ロック春」みたいなのが聴きたくなることもあるけど、基本的には正統派が好き。

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2010年12月26日 (日)

スタンドアローン

「坂の上の雲」第二部のエンディングが第一部のサラ・ブライトマンのヴォカリーズから森麻季による日本語の歌唱に変わって、「スタンドアローンという曲を日本人が日本語で歌う」というコンセプトにおいては現時点で望みうる最上の人選だと思う。
掲示板で森麻季を下手と書いているのを見かけて、演技や歌についてやたらと下手とか大根とか棒とか書く輩がいるのはお約束だけど、これはかなり恥ずかしい。
たとえば濃厚なソプラノを好むオペラファンが森麻季の声に物足りなさを感じるとかならわかるし、「サラ・ブライトマンの声が好きなのにー」という人もいるだろうし、オペラの歌い方が好きじゃない人もいるだろうと思う。
でも、歌唱のテクニックにおいて森麻季がサラ・ブライトマンに劣るということはない。
それなのに、「下手」と臆面もなく言える人って、サラ・ブライトマンのことも知名度で評価しているだけで、ほんとうの良さをわかっていないんだろうと思う。
「日本語の歌詞をつける」ということの是非については、当然異論はあるだろうし、あっても良いと思うけど。

NHKのスタジオパークで広瀬武夫役の藤本隆宏が「スタンドアローン」を歌っていて、心のこもった素直な歌で好感が持てた。
ユアン・マクレガーとまではいかなったけど。

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2009年7月28日 (火)

ラクリモサ

アイスショーの評判を聞いて以来、ずっと見たいと思っていた安藤美姫のモーツァルトのレクイエムを、ようやくYouTubeで見ることができた。
今週末にはテレビ放送もありそうなので楽しみにしている。
去年の「ボレロ」も良かったけれど、この「レクイエム」はさらに進化したという印象。
ステップ、スパイラル、スピンと一つ一つの要素が美しくて、地道に技を磨いてきたことが実を結びつつある、と思った。
いつものことながら衣装も素敵。
前から曲の感情や表情を表現することには秀でていて、内なる表現力を感じさせる選手だったけど、スケートできちんと形にできるようになった。
本当に成長したんだなーと思う。
アップダウンのある選手だけど、どれもこれも「運命が用意してくれた大切なレッスン」で、それを糧にするかしないかは選手自身の気構えにかかっていたことだけれど、ちゃんと糧にした、と。

使用曲の「ラクリモサ」は、映画「僕のピアノコンチェルト」を見て以来、ピアノ版もかなり好き。
あくまでも原曲があってのことだけど、ピアノで聴くと和音や旋律がくっきり聴こえて、新鮮なのです。
「僕の・・・」はピアノで弾いているフレーズが短いので、完全版はないものかと思って検索してみたところ、リストの「モーツァルト, ラッセンらによる声楽曲のピアノ編曲集」 と加羽沢美濃の「クラシックピアノファンタジー」がヒット。

加羽沢美濃版は、途中からショパンみたいになっていて「これ、モーツァルト?」と思うけれど、これはこれで好き。
Jクラシックには、「選曲はいいけどアレンジが残念」と感じることがあるけれど、そういう残念さはなかった。

「これを探していたのよ!」と思ったのはリスト編曲版のほう。
原曲の荘厳な響きを残しつつ、ピアノの透明感を生かした編曲。
それにしてもリストがピアノに編曲していない名曲はあるのだろうかって思う。

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2009年1月 5日 (月)

ジルベスターコンサート

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

2009年の年明けは東急ジルベスターコンサートを観ながら迎えました。
カウントダウンの曲目は「ラプソディ・イン・ブルー」、ピアノは小曽根真。
カウントダウンのタイミングは「??」でしたが素敵な演奏で、小曽根真は、やっぱりモーツァルトよりガーシュウィンのほうが水を得た魚という気がする。

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古澤巖のヴァイオリン演奏で荒川静香が「ツィゴイネルワイゼン」を滑っていた。
スケーティングは相変わらず優雅。
ただ、衣装がタイトすぎたのがちょっと残念。

ショスタコーヴィチの「ジャズ組曲」より「ワルツ第2番」が素敵な曲で、前衛的な曲だけではなかったのかとまた一つ勉強になりました。
上野水香と高岸直樹のバレエも良かったです。


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コンサート、バレエ、映画、それからフィギュアスケートの使用曲と、なんによらず「後で聴きたくなるかどうか」が私にとっての良いパフォーマンスの判断基準で、最近では織田信成の「仮面舞踏会」がそれ。
以前のものでは、荒川静香の「トゥーラン・ドット(バネッサ・メイ版)」、安藤美姫「カルメン(シチェドリン版)」、ランビエールの「ロミオとジュリエット」etc.
長洲未来の「コッペリア」も音楽のみでも聴きたくなる演技でした。
織田信成の「仮面舞踏会」は音楽に乗っているところが好き。
「おお、ワルツを踊っている」と思うんですね。
エキシビションの「トスカ」もそうですが、リズムだけでなく「メロディを表現するセンス」が卓越しているなぁと思う。

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2008年5月30日 (金)

かつて、星は輝いていた

1990年に録音された中村紘子のラフマニノフのCDを購入。
ロシアの平原と大河を思わせる、壮大にして力強く豊かな音色の非常に素晴らしい演奏です。
このCDを買おうと思い立ったのは先日放送されたN響アワーを見て。
ただし、それに感動したからではなく、むしろ「すごい」演奏だったから。
知らない音がふんだんに入って、第3楽章が終わるまで実にスリリングだった。
(パリに留学する前の“のだめ”がコンチェルトを弾いたらこんなかもしれない。)
テレビで見ていてこんなだから、指揮者の準・メルクルはさぞドキドキしていたことでしょう。
中村紘子の持ち味は日本人離れした壮大さと男性的ともいえる力強さで、この人のショパンの小曲集などは聴こうと思わないし、繊細さとか精緻さを求めたりはしない。
多少のミスタッチは覚悟の上で味わうべきピアニストだと思うけど、この演奏に関しては、技巧上の失敗が芸術性をしのいでしまったというか、芸術性が技巧上の失敗に惨敗したというか。
いっそ、これがもっとなじみの薄い曲だったら、ミスタッチを気にせずに聴くことが出来たのかもしれないけど。

なんていうか「愕然とする」演奏だったわけだけど、これでもって中村紘子というピアニストを評価するにしのびない、したくないなと思ったのです。
高みに到達したピアニストだということもまた事実だし、そういう人を一回のひどい演奏で記憶したくない。
それでネットを検索してみたら、中村紘子のラフマニノフのCDが見つかって、レビューの評価も高いし、値段も手ごろ。
これは買ってみようかなーと思ったわけです。
聴いてみて、やはり一時代を担っただけのことはあるよね、と心から納得。
N響アワーが素晴らしい演奏だったら、そこで満足してCDを買おうとは思わなかったかもしれない。

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昔に比べてリーズナブルな価格になっていたのもCD購入のポイントの一つで、日本人演奏家のCDは、外国人演奏家に比べて価格が割高なので、買うに際してのハードルが高く、かなり強い動機が必要になる。
なので、昔、テレビで中村紘子のラフマニノフを聴いて、素晴らしかったという記憶はあったものの、CDを購入するには至らなかったのだけど、ひょんなことが買うきっかけになりました。

中村紘子が著書の中でやんわりと触れていたフジコ・ヘミングも、彼女自身のドラマ性だけでなく、音楽的に「高みに到達したことがある」ということは、その演奏から感じとれるので、必ずしも話題性だけとは思わなかったりする。
とはいえ、自分としては現在進行形で演奏を聴きたいとは思わないのですが。

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2008年3月14日 (金)

のだめカンタービレ#20

「のだめカンタービレ」20巻。
今回はちょっと熱くこみあげてくるものがありました。
早く次の巻が読みたいデス。

以下、ネタばれ

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