カテゴリー「WOWOW/スカパー」の11件の記事

2011年8月17日 (水)

スカパー!e2

昨年引越した時に、屋外へのアンテナ設置に問題が生じたためスカパーを解約。
一応、110度CS対応BSアンテナを物色したりしたけれど、新居ではCATVがただで見られるので購入にはいたらず、むしろ固定費が減ったことに満足していたといってもいい。
そう、鈴木隆行がJ2水戸に入団するまでは。
CATVの契約パックは映画と海外ミステリーと大河ドラマの旧作を見る分にはまったく不自由がないし、サッカーもJ1の試合は視聴できるのだけど、J2はごくわずかしか見られないんである。
なんとかしたいと思っていたところ、アンテナ用のスタンドの存在と110度CSアンテナを室内に置いているケースを知って、居てもたってもいられずにアンテナを購入し室内設置を試みた。
窓際の窓枠がかぶらない場所においてアンテナの角度を合わせてみたら、以前使用したことのある室内用BSアンテナとは比較にならない高感度で、BSもCSきれいに映る。
カーテンを閉めても大丈夫。
スカパー!e2を申し込み、無事に試合と勇姿を見られるようになりました。
うれしい。

今回のアンテナの室内設置におけるポイント
・南西45度に高い建物がないこと
・網戸NG
・窓枠NG
・窓ガラス・カーテンは無問題

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2009年2月19日 (木)

めがね et かもめ食堂

スカパーの契約を変更して映画チャンネルが増えた。
見逃していた映画を気軽に見ることが出来るのがうれしい。
で、先日はチャンネルNECOで放送していた「めがね」と「かもめ食堂」を観ました。
どちらも小林聡美、もたいまさこが出ています。


「めがね」は、南の島(与論島)の民宿「ハマダ」が舞台。
旅行客のタエコ(小林聡美)、不思議なカキ氷屋のサクラ(もたいまさこ)、民宿の主人(光石研)、近所の学校の教師ハルナ(市川実日子)、タエコを追ってやってきた青年ヨモギ(加瀬亮)、みんなが何故かメガネをかけている。
物語にはほとんど起伏がないけれど、与論島の淡いエメラルド色の海がきれいで、食事とビールが美味しそう。
朝食を、茹でた伊勢海老を、こおり金時を、みんな黙々と、でも美味しそうに食べる。
梅干を食べて酸っぱい顔になる。
食べ物に静かな存在感があって、欠くべからざる脇役になっている。
開放的なキッチンも素敵。
映像の美しさからいえば映画館の大きなスクリーンで観たい気もするけれど、気分としては家でゆったりと見たい映画です。
くつろいだ服装で、ビールでも飲みながら。

ハルナは学校の先生ということで野暮ったいスーツを着ているのだけど、市川実日子は着こなしがきれいで、さすがモデル出身。
かっこよく着ているわけじゃなく普通に着ているんだけど、きれいなんですよね。

続いて「かもめ食堂」。
少し前にも放映されて、その際に録画したきり観ていなかったのだけど、「めがね」を観て意欲がわいたので引き続き鑑賞。
フィンランドはヘルシンキの「かもめ食堂」が舞台です。
登場人物は「かもめ食堂」の店主サチエ、日本から来たミドリとマサコ、日本かぶれのフィンランド人青年、夫に逃げられた主婦、お店のお客さんたち、など。
これも出てくる食べ物がとても美味しそうです。
というか、こちらのほうが「めがね」より前の映画ですが。
「かもめ食堂」のメニューは鮭の塩焼き、トンカツ、おにぎりと、いわゆる高級和食ではない、普通の日本のおかず。
海外旅行先で和食を食べたいと思うことはまずないのだけど、もしも、こういう食堂があったら入りたくなるかも。

サチエたちが立ち働く動作がきびきびしていて、とても気持ちがいいです。
ヘルシンキという場所を選んだことも心にくいし。
日本が舞台だと細腕繁盛記になってしまうし、ヨーロッパの街でもパリやロンドン等の大都会では物語として非現実的になり過ぎる。
時々商売を度外視することはあっても、サチエの食堂経営に対して前向きだから、あまり田舎だと隠退したみたいで違う気がするし・・・で、やっぱりヘルシンキだな、と。
ところどころでムーミンの話がでてくるのも好き。
(ムーミンパパは理想の父親像No.1)


食べ物が出てくる映画は数あっても、ほんとうに美味しそうに見える映画は少ないです。
文章ならば多いけど。
でも、「かもめ食堂」も「めがね」も、特に凝った献立じゃないけど、食べ物がほんとうに美味しそうです。
映画に漂う空気感も好き。
心地よさという点では共通しているけど、「めがね」は南国の春の、ちょっと湿った柔らかい空気がたそがれるのにぴったりだし、「かもめ食堂」の北の国の夏の湿度の低い爽やかさは、少し前向きな3人に合っている。

「かもめ食堂」の原作にちょっと目を通してみた。
原作者の群ようこは、一時期まとめて読んだけど、その後ぱったりと読まなくなった。
観察眼の鋭さとサクサク読めるところが好きだったし、視点にも共感できたのだけど、言葉の選び方の雑さとか、文章がせわしなく感じられるようになってしまったため。
「かもめ食堂」も、サチエをはじめとする登場人物は魅力的で物語には引き込まれながらも、地の文に「ださい」という単語が使われていたことに違和感を覚えたりした。
サチエのキャラクターに合わないし、群ようこもそういう言葉遣いで育った年代じゃないのに、と思うので。
でも、映画なら文章は気にならないし、原作の良さだけを引き出せた感じ。
もともと映画のための書き下ろしだそうだけど、映画になってよかった。

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2009年2月11日 (水)

空の羊~向田邦子新春シリーズ

TBSチャンネルで放送された向田邦子新春シリーズより、「空の羊」と「あ・うん」を見ました。
このTBS版の向田邦子シリーズは、向田邦子というよりは久世光彦色が強く感じられたので、リアルタイムでは見たり見なかったり。
「空の羊」は見なかったうちの一本で、次女の恋人役で西島秀俊が出演していたと知ってから放送を心待ちにしていました。
久世光彦の演出も今となってはもう見られないし、西島秀俊が出ていて、向田邦子が原作、久世光彦が演出、金子成人の脚本とくれば、これは見ずばなるまい。

「空の羊」は昭和13年の東京、女ばかりの桂木家を舞台にした物語。
三姉妹を演じているのが田中裕子、戸田菜穂、田畑智子、母親が加藤治子、桂木家に出入りする落語家を小林薫が演じています。
西島秀俊が演じたのは桂木家の次女五重の恋人。
作家の卵で「純情きらり」の杉冬吾と「さよならみどりちゃん」のユタカを足して2で割って零下まで冷やしたような男。
登場シーンはそんなに多くないのだけど、和服姿も表情も昭和13年という時代背景に馴染んでいて、亀和田武が「昭和の顔」と評したこともむべなるかな、と思う。
そういえば「花へんろ」の戦後編にも出ていたっていうし、向田邦子、久世光彦、早坂暁の関わった作品に出演しているのがなんとなくうれしい。

小林薫とともに、このシリーズのレギュラーである長女役の田中裕子は無論のこと、戸田菜穂と田畑智子も昭和10年代の雰囲気に馴染んでいて良かった。
こういう戦前の中流階級の家庭を舞台にしたドラマって、若いうちは演技力以上に地の部分が試されるというか、育ちが見えてしまうものだけど、戸田菜穂と田畑智子からは育ちの良さがそこはかとなく感じられた。
時代劇であるとか、同じ昭和を舞台にした作品でも構溝正史とか江戸川乱歩等の非日常的な物語は思いきって役作りできるけど、向田邦子のように日常を描いたドラマは、微妙な違いであるだけ雰囲気を出すのが難しくなってきているんじゃないかな。


それから「あ・うん」
小林薫、田中裕子、樋口可南子と好きな俳優が揃っているのだけど、NHKのオリジナル版(と言わせてもらおう)のキャストへの思い入れが強くて、敢えて見なかった作品。
樋口可南子が君子役には綺麗過ぎるように感じたものの、出演者はみな好演。
さと子役の池脇千鶴も良かったし、さと子のお見合い相手を演じた窪塚洋介も戦前の雰囲気に違和感がなく、育ちの良い帝大生らしさが出ていた。
(窪塚洋介の髪型は似合っているとは言いがたいのだけど、自分の容姿よりも役柄のリアリティを優先した心意気を買う。)
見るまでは小林薫はてっきり夜学での謹厳実直な水田仙吉役なのかと思っていたのだけど、門倉役だったのですね。
「粋な二枚目」の小林薫を見たのは、ものすごく久しぶりな気がする。
これはこれで良いなと思うと同時にNHK版の杉浦直樹の素晴らしさもまた再確認してしまった。

NHK版のエンディングテーマ曲は「アルビノーニのアダージョ」だったけど、こちらはエンディングに「ディドの嘆き」。
どっちも好きです。


ところで「空の羊」出演時は西島秀俊は26歳くらいだけど、それについてドラマとは別に思うところがありました。
和服姿の26歳の西島秀俊は、今の20代後半の俳優とずいぶん違って、顔つきや表情が大人だなと思った。
現代人は昔よりも若く見えるようになっているというのは以前から言われていることで、「サザエさん24歳マスオさん28歳」をちょくちょく冗談のネタにしてきたけれど、たった10年ほどでこんなに変化があったのかと、そのことにちょっと驚いた。
かといって12年前の西島秀俊が今の20代よりも物理的に老けていたわけではなく、お肌なんかはつるつるで顔そのものは若い。
そして、ドラマで演じているのは人間として未熟な青年なのだけど、でも前提として「大人」なんです。
「未熟な大人」だったり「幼稚な大人」だったりするけれど、とにかく大人の階段は登りきっている。
でも、現在の20代後半の俳優の多くはどこか少年っぽい。
年齢的には立派に青年なのだけど、青年というよりは「老成した少年」に見える。
で、それが良いことか悪いことかというと、ちょっと否定的だったりする。
若く見えるのは基本的には良いことだし、「マスオさん28歳」は老けすぎなのだけど、あまりいつまでも少年っぽさを引きずるのは、役の幅という点ではマイナスになるんじゃないかと思うのです。
ファンが若々しさとか可愛さを求めていたりすると、大人の男への脱皮もなかなか簡単じゃないだろうし、男っぽさを狙いすぎてあまりにワイルドになりすぎるのもうれしくないけど。

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2008年12月12日 (金)

三年身籠る

スカパーで放送していた「三年身籠る」を鑑賞。
タイトルどおり、身籠ったまま三年間子どもが産まれてこない夫婦の話です。
かいつまむと、「妊婦の冬子は十月十日を過ぎても産気づく気配が一向に表れず、通常考えられない妊娠18ヶ月目に突入。家族を始め周囲の人間が騒ぎ立てる中、ついには妊娠27ヶ月に突入し…。(「Oricon」データベースより)」という話。


親としての自覚がなくて子どもっぽい夫が父親の自覚を持つまでの物語として見れば楽しめるし、三年間妊娠しているという設定もコメディとしてなら許容範囲。
冬子の実家が極端な女系家族であるという設定も、それ単体では面白かった。
実家に行った徹がここぞとばかりに瓶や缶の蓋を置かれて、憮然とした顔で開けていく場面なんかも笑えたし。
ヒロイン冬子の夫・徹を演じる西島秀俊は「これぞモテるダメ男の神髄」とでも言いたくなる演技で、でも、物語が進むにつれて、父親として夫としての役割や責任を自覚した顔に変化していく。
冬子のお腹に向かって「いないいないバア」、お腹の中の子どもを玩具を使ってあやしたり、というあり得ないシチュエーションがおかしい。
ただ、映画全体としてはちょっとどうなの?と思わないでもない。

荒唐無稽なコメディに徹していれば面白かったのに、中途半端に意味ありげな描き方をしたために、女の主張みたいなものが見え隠れして、それが鼻についてしまった。
徹と妹の緑子に比して、ヒロインの冬子が無条件に肯定されているのも納得できなくて。
臨月の妻がいながら深夜に帰宅して廊下に服を脱ぎ散らかしていた徹の幼稚さは論外として、情報をシャットアウトして、耳栓して過ごす冬子だって社会性が欠如しているのだけど、それを肯定したままというのは一方的な気がした。
それから、台詞と音楽の音量のバランスが酷かったのも気になりました。
西島秀俊と塩見三省は良かったのに、もったいない。

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原作?が文庫化されて書店で平積みになっていたので目を通してみたのだけど、自然分娩とか父親の自覚とか、文字になるとより押し付けがましくなって、映画に感じた「気持ち悪さ」が自分の中で明確になった気がする。
ファンタジーもしくはコメディと割り切って見る分には、妊娠期間が三年だろうが男が子どもを産もうが子どもが木に実ろうが構わないんです。
たとえば映画「ジュニア」。
真面目に考えれば妊娠中のシュワルツェネッガーの体内はどうなっているの?という疑問が浮かぶのだけど、コメディに徹していたから、野暮なことは考えずにマタニティブルーのシュワちゃんや女装したシュワちゃんを楽しめた。
「十二国記」も人間が里木に実って生まれることに特別な意味付けをしていないから、「ファンタジーの世界の設定」と割り切って読んだし。
でも、「三年間身籠ったのは私が望んだこと」なんて妙な正当化をされてしまったら、こちらも真面目につっこみたくなってしまう。
「胎児の呼吸はどうなってるの?」とか、外的刺激なしで二歳まで胎内にいたら、聴覚はともかく赤ちゃんの視覚はどうなるの?とか。
それ以前に、二歳児の大きさの赤ちゃんを自然分娩で産むのは物理的に不可能だと思いますが。


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脚本以外でも、「アイデアはいいんだけど・・・」と残念な点が目につく映画でもある。
やりたいことが整理できていない感じ。
全体的に画面がゴチャゴチャしていて、末田家のような古い日本家屋とか使われている小物とか、それぞれ監督のこだわりはあるのだろうけど、如何せん美しさを引き出せていなかった。
古アパートの雑然とした部屋に一種の美を醸しだすこともある(ex.真木栗ノ穴)ので、決して雑然としていることがダメなわけじゃないのですが。
西島秀俊が何度か見切れていたりしたのも映画としてどうかと思った点。
不安感を煽るなどの狙いがあるのかと深読みもしてみたけれど、単に雑なだけに思える。

食べ物も単体で見れば美味しそうだったけど、食べるシチュエーションが美味しそうでなく、扱いも粗雑な印象。
いっそ食べ物が小道具に徹していればそれはそれでいいのだけど、そのわりにメニューが凝っていたりと、食べ物を見せることに対するひとかたならぬ思い入れとこだわりは感じたものだから、余計に違和感を感じてしまった。

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2008年10月25日 (土)

さよならみどりちゃん

NHKのドラマ「ジャッジⅡ~島の裁判官奮闘記」が始まった。
去年放送された1を欠かさず見ていたのに、続編があることはノーチェックだったので、危うく第一話を見逃すところだった。
丁寧な作りのドラマで、舞台となっている南の島の自然が美しく、主人公の判事補を演じる西島秀俊は本当にはまり役。
視聴率狙いの大河ドラマにはウンザリだけど、こういう良質なドラマを作ってくれるなら、受信料を払い続けてもいいかなという気にもなろうってもの。


ところで、西島秀俊が「ジャッジ」とは正反対の役柄を演じている映画「さよならみどりちゃん」を見ました。
スカパー「日本映画専門チャンネル」で放送していたのを途中から見て、妙に惹かれるものを感じたので、再放送を録画。

自分が本命ではないと知りつつ、遠距離恋愛の彼女がいる男と関係を続けているOLユウコの物語で、西島秀俊が演じているのがユウコが思いを寄せているユタカ。
ユウコ役の星野真里とユタカ役の西島秀俊は配役の妙だなーと思う。
一歩間違えると映像的にドロドロしてしまいかねない話なのに、この二人だとそうならない。

星野真里はちょっと前にバラエティに出ているのを見て面白いなと思っていたけど、この映画でさらに好きになった。
透明感とみじめじゃない切なさがあってとても良かった。
文字通り「体を張った」演技なのだけど、張っただけのことはあったと思う。

ユウコはユタカがひどい男だとわかっていても、ただただユタカが好き。
そういうユウコはものすごくダメな女の子だし、身近にいたら「相手の人柄や行動を考慮しなさい」と説教の一つや二つはしてしまいそうなタイプ。
世の中にダメな男に魅かれてしまう女の子と、そういう女の子を夢中にさせてしまう男が存在することは知っているけど、自分がそういう男に出会ったとしても恋に落ちることはない。たぶん絶対に。
現実にそういう男がいた場合、絶対嫌なオーラを放っているし、嫌悪感を感じるから。
なので、本来であればユウコの気持ちはまったく理解できないのだけど、映画を見て「その手の男」がまるごと西島秀俊の容姿だったらちょっとわからないな、と思ってしまった。

で、女にやたらとモテる顔のいいダメ男というだけなら、もっとぴったりの俳優もいると思うけど、そこのところをあまりリアルにしてしまうと映画を見終わる前にいやけがさしてしまうと思う。
でも、西島秀俊だと、ダメ男のイヤな部分・ダメな部分に対する見る側の感覚が鈍くなって、「ユウコの気持ちは100%理解できない」から「わからないでもない」という感じになる。
「ダメオーラ」が感じとれない女の子の感覚を疑似体験できるというか。
西島秀俊のちゃらんぽらんなダメ男ぶりは容赦ないんですけどね。

ユタカにとってユウコは気の許せる女の子で、時には独占欲めいた感情も見せることさえある。
ただ、恋愛感情における「好き」だけがない。
恋愛が人生の伴侶を探すための準備段階のものならば、ユウコはユタカを選ばないだろうし、逆にユタカはユウコを選ぶと思う。
ユウコだけでなくユタカも、ある意味、恋愛というものに対しては純粋。
まあ、社会的な要素は人生において大切なものなので、現実においてはそういうのを美化しちゃいけないんですけど。

こういう話を共感を持って見られるようになったのは、私がユウコの年齢を過ぎている、ということもあると思う。
リアルなお年頃だったら、身につまされるか、反感を持つかのどちらかだろうから。
たぶん、反感のほうが強いかな。


エンディングがユーミンの「14番目の月」のカバー。
ユーミンの歌詞がこんなに心に染みたのははじめてかもしれない。

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2008年10月 2日 (木)

僕のピアノコンチェルト

深夜、たまたまWOWOWにチャンネルを合わせて、ピアノの音色にひかれてながら視聴しているうちにいつの間にか真剣に見ちゃってました。

主人公はヴィトスという男の子でIQ180でピアノの天才。
「のだめカンタービレ」のリュカと「天才ファミリー・カンパニー」のアミィが合わさるとヴィトスみたいになるんだろうか。
千秋と勝幸ともいえるけど。

「周囲とのギャップに悩む天才少年」という題材は少し前にエントリを書いた「リトルマン・テイト」と共通しているけれど、この映画の主人公ヴィトスは裕福な両親のもとで英才教育を受けている点が違っていて、フレッドよりもクールな少年。
ヴィトスは「普通になりたい」という願いから、転落事故を偽装してショックから天才でなくなったフリをするのだけど、親の前で能力を隠して普通のフリをするうちに、しだいに自身の能力を有効活用する道を見出していく、というお話。

途中から見始めたせいもあるけれど、「僕のピアノコンチェルト」というタイトルからもっとピアノががんがん出てくるかと思いきや、祖父名義でインターネットで株の売買をして大金持ちになったり、その祖父も家の修理そっちのけで儲けたお金でフライトシミュレーター、はては飛行機を買ってしまったりというのが楽しい。
でもヴィトスのピアノへの愛情もまたきちんと描かれていて、それがラストのコンサートの感動にもつながります。
「レクイエム」の演奏で祖父の死を暗示する場面も印象的。
こういう音楽の使い方は大好き。

ほんとにたまたま見始めたので、予備知識は一切なく、主役の子のピアノの弾きフリ上手いわーと思っていたら、演じているのは正真正銘の天才ピアニストで、劇中の演奏もすべて彼だとのこと。

11月にまた放送があるので、今度は全部録画しようと思う。
こういう出会いみたいなのがあるから、映画のテレビ放映はあなどれない。

来月の放送を待つつもりが、サントラを買いに行ったついでにDVDも買ってしまった。
映像を見ながら聴くと演奏は何割増かよく聴こえるものだけど、テオ・ゲオルギュー君のピアノは映像なしでも聴き劣りしません。
巨匠たちと比較すれば拙さはあるのだけど、その曲が流れた映画の場面と演奏が呼応していて、彼なりの解釈が感じられる。
まだ子どもの手でこれだけ弾けることもすごいんだけど、なにより感受性がとても豊かなんだなーと思う。

こういう映画を見ると、音楽を扱った映画の演奏のリアリティというのは重要だとしみじみ思う。
どんなに演奏が素晴らしくても、大人のピアニストの演奏に体の動きだけ合わせては違和感があるだろうし、自分で弾いていたとしても、「そのへんの巧い子レベル」の演奏では天才設定に無理が生じてしまうし。

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2008年4月21日 (月)

007カジノ・ロワイヤル

WOWOWで放送していた「007カジノ・ロワイヤル」を見ました。
「ライラの冒険」のダニエル・クレイグとエヴァ・グリーンが出ているし、ちょっと見てみようかな程度の気持ちで気軽に見始めたのだけど、予想外に面白かったし映画としての完成度も高いと思う。
おしゃれだし、小道具が大掛かりすぎないところもいい。
これ、007シリーズとしては「ロシアより愛をこめて」以来の傑作じゃなかろうか。
ピアース・ブロスナンのスマートでユーモアのセンスのあるボンドは好きだったし、ほとんどの007シリーズは肩のこらない娯楽大作としては楽しめるけれど、荒唐無稽になりすぎた作品もまた多かったりする。
その中で、「ロシアより愛をこめて」は洗練された大人の映画で、ジェームズ・ボンド役としてのショーン・コネリーの名声も、この名作があったがゆえだと思うのです。
で、この「007カジノ・ロワイヤル」は、洗練度においてそれに匹敵すると思う。
エヴァ・グリーン演じるヴェスパーもエレガントだし。

ダニエル・クレイグが「エリザベス」に出演していたということで、「何の役だろう?」と思ったらジョン・バラードの役。
この時は、俳優の名前は覚えなかったものの、バラードの登場シーンは印象的だったんですよね。
これで「ジョン・バラード=エリザベス一世を暗殺しようとした男」というデータが記憶にすりこまれたし、宮殿の中を足音とともに歩いてきて、エリザベスとニアミスするあたりは相当怖い。

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2007年6月12日 (火)

レジェンドダブルス

WOWOWでテニスの全仏オープンを見ていたら、試合の後にレジェンド・ダブルスを放送していたので録画して視聴。
これがとても面白かった。

マッケンロー・ジャリード対ナスターゼ・ゴメス組の対戦で、ジョン・マッケンローはすっかり白髪頭になっていたけど、やんちゃな表情とスレンダーな体型は相変わらず。
実況?のダバディが「対戦相手のナスターゼが観客受けを狙ってふざけたプレーをすると怒る」とか、「毎日有酸素運動とトレーニングを欠かさない」というマッケンローのエピソードを紹介していた。

マッケンローというと試合中の審判や観客に対する態度の悪さから「悪童」と呼ばれたわけだけど、不思議とマッケンローのそういう態度に不快さを感じたことはなかった。
自分がマナーの悪い選手に対して寛大なほうとも思わないのだけど。
で、それは、マッケンローの抗議や感情の爆発が「勝負に対する真剣さゆえ」だったからだと思う。
マッケンローのように、「ライン際数センチ」を狙って打つ人にはインかアウトかは、それこそ死活問題で、そういうプレーをするためには人一倍集中を要するだろうし。
ジャッジに黙って従うタイプの選手は、それはそれでスマートだと思うけど、「抗議する」という行為が不当なわけではないと思うのです。
考えてみれば、マッケンローはダブルスでも世界ランク一位になったわけだから、パートナーとの協調性はあったのだろうし、ただやんちゃなだけじゃなかったんですね。

#マッケンローがJリーグでサッカーをやったら、線審相手にキレまくるにちがいない。

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2007年5月23日 (水)

画竜点睛を欠く?~SAYURI

スカパーで「優駿」を、WOWOWで「SAYURI」を観た。

「SAYURI」については、公開前に予告を観て感じたこととあまり変わらない。
ただ、ストーリーは思っていたよりもずっとしっかりした人間ドラマだったし、出演者の演技とジョン・ウィリアムズの音楽は良かったと思う。

が、とにかく「着物の着付」のダメさが致命的。
予告編で感じたのは「違和感」だったけど、本編はそれどころじゃなかった。
襟の合せ方がだらしないし(特にコン・リーの着付。半襟が襟の後ろまではみ出ている)、胸元にシワが寄っているし、帯と体のバランスも最悪。
舞妓の衣装もツッコミドコロは多いけど、普段着の時が特にみっともない。
お太鼓っていうのはね、自分の体とバランスをとって大きさを変えて結ぶのよ!!!と心の叫び。
お正月に放送したNHK教育の語学番組スペシャルで、フランス語会話に出ているジェニファーが着物を着て登場したけど、「SAYURI」よりもよほどサマになっていたぞ。
(だから、日本人かどうかよりも、やっぱり着付の問題)

それから踊りの発表会にも驚いた。
あれはなんの踊りですか。
普通に鷺娘でも、十分インパクトはあったと思うけど。

祇園(?)の街も祇園に見えなくて、「愛人/ラマン」に出てきた中国人街のショロンみたいだった。
いっそ「愛人/ラマン」のJ.J.アノー監督だったら、もっと日本の文化をきちんと映像化したんじゃないか。
「愛人/ラマン」の1930年代のサイゴンや、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」のラサの描写が日本人以外にどう見えているのかは知らないけど、少なくとも「いい加減」には見えていないんじゃないかと思う。

コストの嵩む街のセットはおくとしても、着物の着付とか、変な日舞とか、ストーリーには影響のない、些細といえば些細なことです。
でも、着物の着付をきちんとする、踊りを正統な振り付けと演出で見せる、これだけでこの映画の評価はずいぶん変わったはず。
なんでそこをいい加減にしてしまったのかなーと思う。


そして「優駿」も、全体からすれば数十秒のシーンで評価を下げてしまった残念な映画です。

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2007年5月 6日 (日)

映画「永遠(とわ)の愛に生きて」

日本語タイトルは歯が浮きそうですが、原題は「Shadowlands」。
先日、WOWOWで放送したのを久しぶりに見ました。
この映画は「ナルニア国物語」の原作者C.S.ルイスの実話を元にした映画。
DVDが出たら買おうと思っていたのに、いつまでたっても出る気配がなかった作品なので、放映してくれて非常にうれしい。
「ナルニア国」と合わせてというのが心にくいじゃありませんか。

ケンブリッジの建物、英国の田園風景、ルイスの著作からの美しい言葉の数々がアンソニー・ホプキンスの声で語られること、などなどが、この映画の得がたい魅力。
「ナルニア国の魔法」を無理やり意味を持たせて解釈しようとする衒学的なケンブリッジの教授たちの描き方も、シニカルかつユーモラス。

※映画の舞台をオックスフォードと思い違いをしていましたが、C.S.ルイスが当時教鞭をとっていたのはケンブリッジですので、その点を修正しました。

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